昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

文字の大きさ
39 / 66

39巫女の一生

しおりを挟む
 メテオがすぐさま部下に確認させると、念話で報告が上がってきた。

『神具がない』

 サニーとメテオは、神具を特別な箱に仕舞い込み、さらに魔法で簡単に開かないように細工していた。しかし、箱ごと行方知らずになってしまった挙句、中が暴かれてしまったのだ。

「あの箱は、王族の血でなければ開かないようになっていたはずだ」

 サニーが悔しげに唇を噛みしめる。

「つまり、犯人は一人しかいないじゃないか!」

 開封には、王家の者の血を一滴垂らし、さらに強力な魔力を注入しなければならない。そんな方法を見抜いて実行に移せそうな王族は王と第二王子ぐらいのもの。さらに、半身の神具の片割れと迂闊に合体させそうな者と言えば、簡単に特定できてしまう。

 サニーは忌々しげにその名を吐き捨てた。

「オービット……!!」

 それを不思議そうに眺めていたのが大巫女だ。

「嬉しくないのかえ? 世界が一つになれば、そなたらは共に生きることができる」
「馬鹿も休み休み言ってもらいたい。例え同じ世界で生きられるようになろうとも、その世界が奈落の底へまっしぐらであれば、誰もが不幸せだ!」

 サニーの声が高い天井を突き破るように大きく響き渡る。これにはルーナルーナでさえ、身を縮めてしまった。

「教会にも事情があるだろう。しかしこれは宗教の一端であり、一つの考え方に他ならない。決して、多くの人々を混乱や恐怖に貶めるようなものではあってはならないはすだ!」

 対する大巫女にはまだまだ余裕が見て取れる。薄っすら笑みさえ浮かべていた。

「それは王家の都合。この世界はいずれ一つになることが大昔から定められておる。それが少しばかし早まっただけだ。そなたが案じずとも、全ては女神の御計らいにより、穏やかに収束していくことだろう」
「くだらん! さぁ、王の元へ来てもらおうか!」

 サニーは大巫女を拘束するための魔法を展開しようとした。が、なぜか効かない。咄嗟に視線を投げた先にいたメテオも、何か魔法を使おうとしたが、全く発動しなかった。見ると、大巫女の周囲、そしてルーナルーナ、サニー、メテオの周りに半透明の白いベールがかかっていた。

「どういうことだ……?!」
「ここは教会。神力の結界は魔法を上回る。さて、我も立っていられるのが後少しとなりそうだ。最後に昔話でもしてやろう」
「そんな悠長なことを言ってる場合か?! 早く世界を元に戻す方法を吐け!」
「せっかく世界が本来の方向へ向かっているというのに無茶を言う。何、世界がしっかりと合わさるまでまだ時間はある。どうやら神具も正式には融合していないようだからな」

 今は互いの世界の存在が視認できるだけ。しかし、二つの世界が完全に一つになってしまえば、物理的に二つの国が重なってしまうということだ。これは災害に他ならない。
 ルーナルーナも我慢ができなくなって叫んだ。

「お願いです。もうこんなの止めてください! このままでは、皆死んでしまい、世界は滅んでしまいます!」

 けれど、大巫女は穏やかな表情を浮かべたまま、おもむろに天井を仰ぐと、ある物語を紡ぎ始めた。







 ユピテという女にその能力が宿ったのは五歳の時だった。運が良いのか悪いのかは分からないが、よりにもよって街の神殿の巫女プラウの夢に入ってしまったのだ。プラウは街の有力貴族の娘であったユピテとは面識があり、その力を見出すこととなる。ユピテはすぐに親元を引き離され、神殿で暮らすようになった。

 転機が訪れたのはユピテが十七歳の時だ。他の巫女と同様、キプルの実を使った菓子を日常的に楽しんでいたユピテは、ある日突然見たこともない場所に降り立つ。ベージュや白の壁に赤茶の三角屋根が連なるシャンデル王国とは全く違う景色。青や緑の瓦屋根の背丈の低い屋敷がひしめき合い、街ゆく人々は寝巻のような仕様の衣を身につけている。ユピテは呆気にとられて身動きができず、危うくスリに遭いそうになっていた。そんな彼女を助けたのがジェンドル、当時のダンクネス王国第一王子である。

 ジェンドルは生まれながらの統治者であった。ユピテの世界に興味をもったジェンドルはすぐにシャンデル王国へ赴き、王家でもなかなか解決できなった様々な問題へ次々に道筋をつけていく。時には四大公爵家のお家騒動をまとめ、時には税制改革を王家へ進言し、時には農業改革を行った。もちろんユピテは神殿をバックとした勢力でジェンドルの支援にまわり、ジェンドルとはやがて恋仲に発展していく。

 そうしている間にジェンドルは、シャンデル王国内で民衆の圧倒的な支持と名声を手に入れた。ここで動きを見せたのがシャンデル王家だ。王家としては、突如現れた王家よりも目立つ英雄は役に立つものの、手綱をしっかり掴んでおきたい。王家を凌ぐ存在になられては困るのだ。そこで活躍に対する報奨という形で、王女がジェンドルに下賜されることになった。同時にシャンデル王国のある大陸の端にある未開の地を領地として与えたのである。つまり、体の良い追放だった。

 これには王の臣下達からも反対は上がった。何より、王女が可哀相だと哀れんだのである。しかし、どこの馬の骨とも分からぬジェンドルがこれ以上力を持つことは、上流階級の誰もが望んではいなかった。そもそもジェンドルは異国の王子という身分を隠していたのだ。

 結果的にジェンドルはシャンデル王家の姫を娶り、未開の地へと向かった。そう。ユピテは捨てられたのである。ユピテには手紙が残された。

『そろそろダンクネスに戻ろうと思う。共に生きていけないのが、何よりも辛い。すまない。』
 
 ジェンドルは、王家からある種見放されてしまった姫をダンクネス王国へ連れ帰った。色白のジェンドルの故郷は今、黒が最も高貴な色とされている。王族にも関わらず黒を持たないジェンドルは迫害されていたのだ。そんな所へ戻るなんて、死地へ向かうのと同じである。

 ユピテはカッとなった。そこからは死に物狂いで出世街道を走った。駆け抜けた。そしてついにはダンクネス王国でも巫女の資格を取り、シャンデル王国とダンクネス王国、両方の大巫女として君臨したのだった。この頃には、ユピテはこの世で唯一、両方の世界で生きられる女になっていた。

 ジェンドルとユピテの交流はその後も続いた。ジェンドルと姫の間に子どもができてからもだ。ジェンドルは持ち色が白にも関わらず、奇跡的に王子から王になった。そして、視察を名目に年に一度だけダンクネス王国の教会を訪れる。それ以外は、年に数回、秘密の文通を。

 ジェンドルは七十六歳まで生きた。キプルの実の副作用でほとんど年をとれなくなったユピテは、大巫女としてジェンドルの葬儀も取り仕切った。かつてない程に大掛かりな国葬だった。その直後、ユピテはジェンドルの妻である元姫から、ダンクネス王国の秘宝である神具を密かに受け取ることになる。これをユピテに渡すこと。その願いがジェンドルの最期の言葉だったと妻は話した。

 ユピテは一人になった。寂しさややるせなさは、大きく膨らんでパチリと弾けてからは、ほとんど感じられなくなってしまった。要するに麻痺してしまった。ジェンドルが死んでから初めて、なぜ彼の夢に一度も行かなかったのだろうと悔やんだ。しかし、その理由は見ないふりをした。

 でも、誰かを恨んでいたわけではない。もちろん、ジェンドルを横取りした姫のことも、シャンデル王家のことも。ただ、なぜ世界が二つに分かれているのだろうと不思議に思った。

 その時だ。初めて懺悔の間の天井に秀麗な絵画が姿を現した。ユピテは、死んでもなおジェンドルは自分のことを想ってくれているのだと思った。そして決意する。この二つの世界を一つにすると。

 ユピテは外見こそ変わらぬものの、緩やかに老衰していった。それに抗うように、世界を一つにする方法を探り、神話を研究することに精魂を注ぎ込んだ。そして、ジェンドルと自らを繋ぐ神具の正体をも突き止めたのである。

 その後も、ユピテが眠りに落ちてうなされない日はほとんど無かった。あの時、元々ジェンドルと同じ世界に存在していたのであれば、こんなことにはならなかったのに。ジェンドルはユピテの世界で正当に評価され、それに相応しい地位につき、その隣には自分がいたであろうにと思うと、悔しくて、やり切れなくて仕方がなかった。

 こんな悲しみを、辛さを、次代に引き継いではならない。今も多くの巫女を始めとする人々が世界を越えて絆を育んでいるのだから。ユピテは強い使命感を持ち、ついに本格的に動き始める。

「それが、確か三年前だったかの。時が過ぎるのは早い。しかし、ジェンドルのいない時間を生きるのは恐ろしく長く、もう我には耐えられぬ」

 大巫女はこう締めくくると、くらりと揺らめき、その場に倒れてしまった。同時に、展開していた神力による結界が全て解除される。ルーナルーナは真っ先に大巫女へ駆け寄った。

「そなた、あの者と生きたいか?」

 大巫女の顔は青白く、血が通っていない人形のように見えた。ルーナルーナは大巫女の体を支えたが、その体重はあまりに軽い。

「今はそれどころではありません。すぐにお医者様を連れてきますから……」
「我はもうこれまでだ。最後に、そなたへ良いことを教えてやろう。そなたがダクーに永住したいならば……」

 ルーナルーナが、その衝撃の方法に顔を真っ赤にした瞬間、大巫女はその瞳をそっと閉じた。長い長い、一人の女の戦いは、ここに幕を下ろした。魂の光がほのかに白く輝きながら、体から抜け出して天へと昇って行く。

 ルーナルーナは胸元で手をクロスし、魂の行く先は隔てなく広い一つの世界でありますようにと祈った。その後ろでは、サニーとメテオも沈痛な面持ちで祈りを捧げ、巫女の最期を見送っていた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

公爵家の秘密の愛娘 

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。 過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。 そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。 「パパ……私はあなたの娘です」 名乗り出るアンジェラ。 ◇ アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。 この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。 初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。 母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞  🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞 🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇‍♀️

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...