昼は侍女で、夜は姫。

山下真響

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56女子会

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(なんだか、疲れちゃった)

 シャンデル王国からダンクネス王国へ渡ってきたルーナルーナの顔色は、正直言って悪かった。

「ルナ、大丈夫? それよりあれ見て!」

 まだダンクネス王国へやってるのは二回目というコメットは、辺りを見渡して文化の違いに興奮している。

「あ、あれは提灯とか言うものよ。以前、あれによく似た雰囲気のものをミルキーナ様が商人からお求めになっていたわ」

 ルーナルーナは若干投げやりな解説をしながら、新しい自分の部屋の長椅子に腰掛けた。彼女をここまで疲労困憊にさせたのはミルキーナだ。いざ出発するという直前になって、毎日昼間に帰ってきて侍女として身の回りの世話をしてくれと言ってみたり、ダンクネス王国の貴族達に侮られないように高価な祝いの品を大量に押し付けようとしたりしてきたのだった。

 結局、コメットから多くの物を持って世界間を渡れないことを諭され、引き下がったかに見えたが、最後はルーナルーナが窒息しそうな程ギュウギュウと抱きしめた。その姿はいつもの高貴な白亜の女神から程遠く、多くの者を啞然とさせたと言う。




 ルーナルーナがようやく一息つけたのは、クロノスへの挨拶、サニー、アレスとの結婚式関連の打ち合わせが終わった後だった。コメットは、たまには専属侍女らしいことをすると言って、お茶の用意をしている。

 ルーナルーナはまだ着慣れぬキモノの袖をもてあそびながら、ぼんやりしていた。

(サニーの妃になったら、これよりももっと忙しくなるのよね……がんばらなくちゃ)

 侍女仕事であれば何時間でも働いていられる彼女だが、やはりキュリーにみっちり仕込まれ通りの貴人としての所作で気の使うことばかりしていると、早くも精神的に擦り切れてしまう。

 そこへ、部屋の扉が数回叩かれた。すぐにコメットが来客の対応に向かう。

「改めてようこそ! ダンクネス王国へ」
「レア様! 歓迎をありがとうございます。これからも仲良くしてくださいね」

 これまでであれば、お世話になりますとお辞儀するところだが、今のルーナルーナはシャンデル王国の姫。一貴族の娘であるレアよりも身分が高くなったので、簡単に頭を下げられなくなってしまった。王妃教育の先生であるキュリー曰く、下手に下手に出てしまうと、身分の秩序を乱すことになり、かえって相手の立場も悪くしてしまうということらしい。

 生まれながらの令嬢であるレアは、それを十分に理解しているので、元侍女にこのような態度をとられても全く気にはしていない。

「もちろん! では早速ですが、ルーナルーナ様。婚礼の衣装はもう仕上がっておりますのよ。今日はキモノに合わせる小物を決めてしまいましょうね」

 レアはルーナルーナの許可をとると、連れてきた彼女の侍女達を部屋に招き入れた。そしてテーブルいっぱいに並べ立てられた装飾品の数々は、ダンクネス王国の女性であっても喉から手が出そうな程センスが良く、高級なものばかりで。

 結局ルーナルーナはダンクネス王国での流行や常識にも疎いので、ほとんどをレアのお任せで決めてしまった。コメットが淹れたシャンデル王国の紅茶を飲みながら楽しい女子会は恙無く進んでいく。

 と、その時。

「何事ですの?!」

 レアが叫び声を上げる。
 なんと、部屋の窓が突然割れたのだ。窓際に近寄ると、大きな瓶が一つ転がって、酸っぱい臭いを出す液体が水たまりになっている。

(もしかして、ダンクネス王国で私の輿入れに反対している方たちからの嫌がらせかしら?!)

 ルーナルーナは、咄嗟に結界を張ることを怠った自分を責めた。レアは、瓶の一部を拾い上げると、壊れたように笑い出す。

「そう、わざわざ家紋の入った瓶を投げ込むとは良い度胸じゃないの? このレア、その喧嘩、買って差し上げますわ!」

 レアは窓に近寄って外を睨む。そこには、数人の女性達が下品な忍び笑いをしていたが、レアと目が合った途端に顔色を悪くしてきまう。

「あなた達、私と私のお友達に何かご用?」
「まさか……レア様が……」
「派手なご挨拶をどうもありがとう。お返しは後日、しっかりとさせていただきますから、楽しみにお待ちになってね?」

 凄みを効かせたレアに、女性たちは慄いて後ずさりする。

「そんなぁ……! 私達はレア様のことを思って……」
「次に王妃になるのは、私達女性のファッションリーダーでもあるレア様が適任かと!」

 レアは、さらに笑みを深めると……吠えた。

「だまらっしゃい!! 私には愛する婚約者がおりますのよ? 今のは彼への侮辱と見なします。それに、殿下をただの身分と顔だけでしか見ることのできない貴方達が、ルーナルーナ様に適うことは一生……いえ、生まれ変わっても無理でしょうね!」
「その通りだわ。姫巫女への侮辱は教会への敵対とも見なしましょう」

 レアはハッとして背後を見た。

「大巫女様……」
「ルーナルーナ様の友人で、レア殿ですね。私のことは特別にライナと呼ぶことを許しましょう」

 これは、この国における若い女性のヒエラルキーのトップを誇るレアと、大巫女ライナが、ルーナルーナを守るために結託した瞬間だった。それは、直接的に政治が関わるわけではないが、社交界に激震が走る程の大スクープである。
 窓の外の女性たちは仲良く揃って倒れてしまった。

「あら、これぐらいのことで失神するなんて、まるで私が虐めたみたいに見えるじゃない。失礼よね?! 目障りだから、あの者達を片付けておいてちょうだい」

 ライナは自らの連れてきた巫女見習い達に指示を放った。ルーナルーナはこれら一連のことに驚きすぎて、他人事のように呆然と見つめることしかできない。

 ライナは氷のように冷たい目つきを一瞬のうちに解除すると、改めてルーナルーナの方に向き直った。

「ルーナルーナ様、ご機嫌よう。ようこそダンクネス王国へいらっしゃいました。姫巫女はこの世界で最も尊いお方。今後このような事が無きよう、全力でお守りしていきますから、どうか安心なさってね?」
「……はい」

 ルーナルーナは久しぶりに会うライナの勢いに、か細い声でしか返事することができない。それをコメットは、少し不安そうな面持ちで見守る。

(確かメテオ様のお話では、大巫女ライナ様って出世欲の塊みたいな人みたいだったし……自分が大巫女になれたのは、ルナとサニーの恋も一因だから、その恩返しってところなのかしら? それとも、姫巫女の守護者として名を上げることで、より一層自分の地盤を固めたいのかも。ルナが変なことに巻き込まれないのであれば、私は別に何でもいいけどね)



 その後は、ルーナルーナ、コメット、レア、ライナの四人でのお茶会へと雪崩込んだ。現在のダンクネス王国における女性としては、そうそうたるメンバーばかりで、コメットは一人そわそわしている。

「それにしても、ルナ。これからダンクネス王国に永住するわけだけど、キプルジャムの安定的な供給はいつになるのかしら? いずれは今ある在庫もなくなってしまうのですし……」

 コメットは、シャンデル王国を出る際に、かなり多めのキプルジャムを飲み込んできている。しかし、この効果が切れてしまえばまたシャンデル王国に戻ってしまうのだ。それがいつ来るのかは女神のみぞ知るといったところ。もし、ルナの晴れの舞台である結婚式の途中で戻ってしまったらどうしようと、やきもきしているのだ。

「あ、そういえば、この事はコメットさんにもお話ししなければなりませんね。サニーからも尋ねられているんですけど、教えるのは結婚式の後と約束しているんです」
「そんな方法があるんですか!」

 コメットは身をテーブルに乗り出した。レアは心当たりがなさそうに首を傾げている。しかしユピテは思い当たるところがあるらしく、一人ふふふと意味深な笑みを浮かべていた。

「ルナ、もったいぶらないで教えてよ!」
「ちょっと話すのは恥ずかしい内容なのだけれど、大切な事ですものね」

 そして明かされた方法に、コメットは頬を両手で挟み、目を白黒とさせていた。

(一応、私もその方法を実行できる条件は整っているけれど……でも、一人じゃ成しえないことですもの。どうしたらいいの?! こんなこと、おいそれと他人に頼めないし……)

 そんなコメットを面白そうに見つめているのはレアだった。

「うふふ。コメットもルーナルーナ様もピュアな乙女で良かったわね」
「レア様、笑わないでください! 他人事だと思って……!」
「私は別に茶化してなんかいないわ。そうね。私が一肌脱いであげる。コメットのお相手となれば、ルーナルーナ様の不利益にならないような方でなければならないもの。私から殿下達に相談して、どなたかを推薦してさしあげるわ!」

 推薦と言っても、これは事が事なのだ。別にこの人選で人生全てか決まるわけではないのだが、内心ではそれに匹敵するぐらいの大事である。ルーナルーナは、自分の侍女としてついてきてくれたコメットに申し訳なさを感じていた。

「レア様。なるべくコメットと相性が良さそうなお方でお願いします」
「ルーナルーナ様、その相性とはどちらの意味で?」
「も、もちろん、性格とか、気持ちのことです!」

 こうして、ルーナルーナとコメットは真っ赤になり、その後もレアとライナから散々弄られたのであった。


 そして、あっという間に婚礼の日がやってきた。

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