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102恥ずかしすぎて無理だった
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「いいですか? 古今東西、夜に王の寝室に呼ばれるということは大変名誉なことなのです。しかもエース様は曲がりなりにも公爵家貴族令嬢。さらには、お父上も王とエース様の仲は公認で、予定よりも早くお話が進む分には、いかなる障害も取り払ってくれることでしょう。もちろん、娼婦が戯れに呼ばれるのとは訳が違います。娼婦や側室の場合、女性の部屋を王がお通りになるのが通常ですが、あなたはわざわざ私室に通していただける。これは絶大な信頼の証であり、エース様の立ち位置が他の羽虫のような華やかさと若さだけが取り柄の貴族令嬢とは一線を画すことを表していてですね」
あー、もー、分かりましたよ!
お気づきだろうか。私、姫乃、またの名をエースは、ラベンダーさんという大ボスに捕まってしまったのだ。彼女が背後に従えているのは、日頃マリ姫様や王妃様を飾り立てている専属侍女様の有志達。皆、化粧水やマッサージオイル、いかにも高級そうな布地の服を手に目をギラギラさせている。
もう、なんでこんなことになっちゃったんだろう。いや、理由なんて分かってる。クレソンさんったら、後でこっそり呼んでくれればいいものを、廊下に勢揃いした侍女さん方の耳にばっちり入ってしまう声量であんなことを言ったのだ。
「今夜は、僕の部屋においで」
もちろん、マリ姫様も目の前にいるところだったので、悶絶ものの恥ずかしさだったけど、これから始まる恥ずかしさは次元を越えたものだ。裸に剝かれて体を磨かれまくるって、プライバシーを大切にする現代日本人の心を極限にまで削り取るものがある。
「えっと、クレソンさんに失礼がないようにというのは分かるんですけど、たぶんこのままで大丈夫かと……」
私は最後の抵抗とばかりに、ラベンダーさんへ嘆願するけれど――。
「どうせエース様はいずれお城にお住まいになるのです。その時の予行練習だと思って挑んでください。悪いようにはしませんから」
ラベンダーさん、目が怖いです。美人を怒らせるとろくなことがないわ。しかも悪いようにはしないってどういう意味?! それを聞いたら安心するどころか、不安しか出てこないんですけど。
◇
そんなこんなで、むさ苦しい第八騎士団の副団長を務める私は、たちまちお姫様に仕立て上げられ、これいくらなの?!って聞きたくても聞けないぐらい高そうな夜着を着せられてクレソンさんの寝室の隣で控えている。めっちゃ広くて豪華な部屋。マリ姫様の部屋並みの上等さだ。身の丈に合わなさすぎてため息が出る。
やれやれ。なんでこんなに緊張してちゃうんだろうな。別に今夜は、侍女さん達が期待するような、あぁいうことをするわけじゃないのだ。それは、以前私とクレソンさんの間で決めたことだから、きっと彼も約束を守ってくれるはず。でも、もう一つの約束は今夜こそ果たさなくちゃならないんだろうなぁ。
よーし、こういう時は別のことを考えて気を紛らわせなくちゃ! そうそう、最近めっきりキャラウェイ団長の姿を見かけない。まさか、宰相派だったのか?!と思いきや、私に仕事を丸投げして領地の改革の方をがんばっているらしい。お貴族様は大変ですわね。
大変と言えば、ディル班長もすっごく忙しそうなんだよね。手下の方達、つまりクレソンさんの部下にもあたる孤児たちからボスって呼ばれてて、かなり広範囲に仕事の差配を任されているみたい。たぶん本来はこういう人の管理ができる方こそ、副団長になるべきだと思うんだけど。ま、ディル班長曰く、目立つ役職になれば表舞台の仕事が忙しくなるし、裏の仕事がやりにくくなるし、そこまで出世に興味が無い、らしい。っていうのを、お花模様の刺繍とかしながら語ってくれるところは、相変わらずなのでほっとしちゃうんだけどね。
と、その時、ようやく部屋の扉がノックされた。
「エース」
「はい」
って、え?! 廊下側じゃなくて、部屋の別の壁のドアから声が聞こえてくる。
「エース、入るよ」
「は、はい」
んん? もしかして、もしかしたりする?
私の予想は当たっていた。開かれた扉は廊下側ではなかったのだ。
「びっくりした? この部屋は、いずれエースの部屋になるんだよ。だから僕の部屋と繋がっているんだ」
わわわ。ここ、未来の王妃様のお部屋でございましたか! って、私?! うん、いずれそうなれればいいなって思ってたし、クレソンさんからも頼まれてたけど、いきなりこんなお部屋に放り込まれちゃうなんて。
「れいのものは、こっちにあるんだ。来てくれる?」
クレソンさんが扉の向こうから手招きする。私は渋々小さく頷いた。れいのアレ。アレは、あろうことか私とコリアンダー副隊長がサフランさんからもらったヒントを元に改良を重ねてしまったもの。お陰様で大変高性能になり、クレソンさんの仕事面では大活躍していると聞くけれど、まさかこんな形で自分の首を締めることになろうとは……!
「エース、そこ座って」
そこって、応接セットのソファではなく、ベッドですか? はい、いいですよ、それぐらいなら。で、そのベッドの上に無造作に置かれた箱。それが今夜のおもちゃなのですね。
クレソンさんは、私に続いてベッドに腰掛けると、すぐに箱の蓋を開けた。
ちゅうちゅう言ってる。
そうです。これ、記録鼠。通常はビジネスシーンにおいて会議の記録用に使われる魔道具的な魔物鼠です。変な力持ってるから魔物と分類されてますが、十分に普通の愛玩動物として扱うことができます。見た目も、角があるけどそこそこ可愛らしいです。はい、説明はここまで。
クレソンさんは、ほんとに嬉しそうだった。
「エース、やっとゆっくり会える時間ができたね」
ぎゅっとしてもらうと、ここが王の部屋ではなく騎士寮の私達の部屋じゃないかと錯覚しそうになる。自然と頬が緩んで、これから起きることなんて全て忘れそうになるぐらい。彼の匂いが私の乾ききっていた心をみるみるうちに満たしていく。
「寂しかった、です」
そう言うと、クレソンさんが私の額に彼のおでこを軽くぶつけて、私の視界には彼以外のものがなくなってしまった。鼻先がくっついて、互いの息がかかるぐらいの距離。彼のおでこの位置が少しずつスライドしていく。私は怖いぐらい素直に、それに反応してそっと目を閉じる。ふんわりとした感触が唇から広がって、あまりの幸福感に私の中の女の子的感性が震えるように反応した。
「エースに会ったら、いろんなことを話そうと思ってたんだ。改めて昇進おめでとうとか、この前もあんな現場に居合わせることになってしまってごめんね、とか。でも、本当はそんなのじゃなくて、ひたすらエースを感じたくて、そして」
クレソンさんがもう一度ゆっくりキスをする。
「愛してるって伝えたかった」
「クレソンさん」
クレソンさんが、表では爽やかな敏腕な王様、裏ではニゲラ団長ですら出会い頭に顔色を悪くするぐらいの魔王的存在であるのを、私はよく知っている。というか、周りの人達の噂で伝え聞いている。でもね、私の前ではそのどちらにも属さない、特別な顔になる。嬉しそう、なんて安っぽい他人事みたいな言葉では表せないような、溢れんばかりのハッピーオーラが彼を包み、そんな彼が私の心身を包み込む。
仕事の時は、遠目にその姿が見えたり、時々目があったり、お手紙をくれたり、それだけでときめいている私だけど、やっぱり顔を合わせるのが一番。こうやって触れて、服の上からじゃなくて、手を握って、好きな者同士じゃないとできないことをする。この上ない幸せ。
「ねぇ、エース」
クレソンさんは、私の手を引っぱってベッドの上に横たえた。
「今夜は、君の声をたくさん聞かせて」
私の上で四つん這いになるクレソンさん。情欲に濡れた彼の視線が真っ直ぐに私を貫いて、シーツに釘付けにされてしまう。
え、もしかして、これってそういう展開なの? そんなの、聞いてないんですけど!
と心配していたら、クレソンさんはどこからともなく紙を取り出してきた。
「じゃ、これを順番に声に出して読んでいってね」
「はい」
私はこの時、紙の内容を見ずに返事したことを心底後悔することになる。
「えっと……うっ」
「エースはこの世界の文字読めるの知ってるよ」
ちくしょー。逃げ道を断たれてしまった。
「じゃ、いきます」
「エース、リラックスだよ。自然体の声を録っておきたいんだ」
そんなこと言われても。だって、ここに書かれてある言葉、恥ずかしすぎなんですけど!
「えっと、緊張しちゃって」
「大丈夫。何度も言い間違えてもいいよ。エースが記録鼠を改良してくれたお陰で、長い時間の記録が可能になっているからね。それにこれを聞くのは僕だけだから、安心していいよ」
他の人に聞かれてたまるかっての! だって、与えられた台詞は初っ端からこれなんだもん。
「クレソンさん、私、寂しかった。クレソンさんと一緒じゃなきゃ、眠れないの」
何、これ。めっちゃ痛い子じゃん! てか、この台詞はクレソンさんが考えたのかな? それならちょっと引く。
「あ、これは僕が考えたんじゃないよ」
「そうなんですか?」
「僕がエースに会えなくて寂しすぎて仕事が手につかないって言ったら、とある側近が良いアイデアを出してくれてね。寂しい時に録音しておいたものを聞けばいいんじゃないかって」
とある側近って、あの人しかいないじゃないですか! ラムズイヤーさん! あの人、私をクレソンさんのための道具としか思っていないところがあるからなぁ。だからこんな羞恥プレイを押し付けてきたにちがいない。今度会った時は、覚えててよ!! ただじゃおかないんだから!
「エース、そんな顔したらせっかく可愛いのに勿体ないよ」
「むぅ」
「あ、その声も好き」
「え」
「やっぱり自然体になれるシチュエーションが要るのかなぁ」
するとクレソンさんは、さらに私をホールドした。
「これで続き読んでみて?」
もうっ。わざと耳元で話さないで! くすぐったいし、何かのスイッチが入っちゃいそう。
「えっと……」
「エース」
駄目だ。私の声よひもクレソンさんの声を録るべきだ。甘すぎて、聞いた私が溶けちゃうよ。そして籠絡されていくのである。
「クレソンさん、好き」
「どこが好き?」
「カッコいい、と思うし、優しい」
「じゃ、ここ読んで?」
私はハッと息をのみながらも、俯きながらリクエストに応えてしまう。
「もっとクレソンさんといたいの」
「次の行は?」
「クレソンさんと……キスしたいの」
「いいよ」
気づいた時には、触れるだけのキスがいっぱい降ってきた。なんか恥ずかしさと嬉しさで死にそう。
「じゃ、次、ここね」
「……早く、クレソンさんのお嫁さんになって……ご奉仕したいな……?!」
「そうなんだ? 嬉しいな。僕も早く結婚したい」
ご、ご奉仕って何ですか?! いけない匂いがぷんぷんするんですけど。クレソンさんは、私があたふたしている隙に、さりげなく私の胸に触れてきた。私はそれを軽くあしらって押しのける。だけど確実に私達はそういうモードに突入しつつあった。
だって、クレソンさんも寝る時の格好で薄着。私も、透けそうなほど薄い夜着一枚だけで、肌の露出も多い。微妙な間接光で照らし出された薄暗い部屋の中、大好きな人と二人きり。間違いなく、何かあってもおかしくない。
そんな雰囲気に飲まれてしまって、私は相変わらずクレソンさんから逃げることもできず、彼に捕まってしまっている。
「エース、次はここだよ」
「……今夜は一緒にお風呂に入って、洗っこして、一緒に寝よう? それから……」
流石に次の言葉は読むことができなかった。
「エース?」
「抱いてくださいなんて、言えるわけないじゃないですかぁああ!!」
さらにその後に続く文章を見たら、明らかに十八禁な内容。こんなの言えるわけないじゃない!
おのれ、ラムズイヤー。許さんぞー!
あー、もー、分かりましたよ!
お気づきだろうか。私、姫乃、またの名をエースは、ラベンダーさんという大ボスに捕まってしまったのだ。彼女が背後に従えているのは、日頃マリ姫様や王妃様を飾り立てている専属侍女様の有志達。皆、化粧水やマッサージオイル、いかにも高級そうな布地の服を手に目をギラギラさせている。
もう、なんでこんなことになっちゃったんだろう。いや、理由なんて分かってる。クレソンさんったら、後でこっそり呼んでくれればいいものを、廊下に勢揃いした侍女さん方の耳にばっちり入ってしまう声量であんなことを言ったのだ。
「今夜は、僕の部屋においで」
もちろん、マリ姫様も目の前にいるところだったので、悶絶ものの恥ずかしさだったけど、これから始まる恥ずかしさは次元を越えたものだ。裸に剝かれて体を磨かれまくるって、プライバシーを大切にする現代日本人の心を極限にまで削り取るものがある。
「えっと、クレソンさんに失礼がないようにというのは分かるんですけど、たぶんこのままで大丈夫かと……」
私は最後の抵抗とばかりに、ラベンダーさんへ嘆願するけれど――。
「どうせエース様はいずれお城にお住まいになるのです。その時の予行練習だと思って挑んでください。悪いようにはしませんから」
ラベンダーさん、目が怖いです。美人を怒らせるとろくなことがないわ。しかも悪いようにはしないってどういう意味?! それを聞いたら安心するどころか、不安しか出てこないんですけど。
◇
そんなこんなで、むさ苦しい第八騎士団の副団長を務める私は、たちまちお姫様に仕立て上げられ、これいくらなの?!って聞きたくても聞けないぐらい高そうな夜着を着せられてクレソンさんの寝室の隣で控えている。めっちゃ広くて豪華な部屋。マリ姫様の部屋並みの上等さだ。身の丈に合わなさすぎてため息が出る。
やれやれ。なんでこんなに緊張してちゃうんだろうな。別に今夜は、侍女さん達が期待するような、あぁいうことをするわけじゃないのだ。それは、以前私とクレソンさんの間で決めたことだから、きっと彼も約束を守ってくれるはず。でも、もう一つの約束は今夜こそ果たさなくちゃならないんだろうなぁ。
よーし、こういう時は別のことを考えて気を紛らわせなくちゃ! そうそう、最近めっきりキャラウェイ団長の姿を見かけない。まさか、宰相派だったのか?!と思いきや、私に仕事を丸投げして領地の改革の方をがんばっているらしい。お貴族様は大変ですわね。
大変と言えば、ディル班長もすっごく忙しそうなんだよね。手下の方達、つまりクレソンさんの部下にもあたる孤児たちからボスって呼ばれてて、かなり広範囲に仕事の差配を任されているみたい。たぶん本来はこういう人の管理ができる方こそ、副団長になるべきだと思うんだけど。ま、ディル班長曰く、目立つ役職になれば表舞台の仕事が忙しくなるし、裏の仕事がやりにくくなるし、そこまで出世に興味が無い、らしい。っていうのを、お花模様の刺繍とかしながら語ってくれるところは、相変わらずなのでほっとしちゃうんだけどね。
と、その時、ようやく部屋の扉がノックされた。
「エース」
「はい」
って、え?! 廊下側じゃなくて、部屋の別の壁のドアから声が聞こえてくる。
「エース、入るよ」
「は、はい」
んん? もしかして、もしかしたりする?
私の予想は当たっていた。開かれた扉は廊下側ではなかったのだ。
「びっくりした? この部屋は、いずれエースの部屋になるんだよ。だから僕の部屋と繋がっているんだ」
わわわ。ここ、未来の王妃様のお部屋でございましたか! って、私?! うん、いずれそうなれればいいなって思ってたし、クレソンさんからも頼まれてたけど、いきなりこんなお部屋に放り込まれちゃうなんて。
「れいのものは、こっちにあるんだ。来てくれる?」
クレソンさんが扉の向こうから手招きする。私は渋々小さく頷いた。れいのアレ。アレは、あろうことか私とコリアンダー副隊長がサフランさんからもらったヒントを元に改良を重ねてしまったもの。お陰様で大変高性能になり、クレソンさんの仕事面では大活躍していると聞くけれど、まさかこんな形で自分の首を締めることになろうとは……!
「エース、そこ座って」
そこって、応接セットのソファではなく、ベッドですか? はい、いいですよ、それぐらいなら。で、そのベッドの上に無造作に置かれた箱。それが今夜のおもちゃなのですね。
クレソンさんは、私に続いてベッドに腰掛けると、すぐに箱の蓋を開けた。
ちゅうちゅう言ってる。
そうです。これ、記録鼠。通常はビジネスシーンにおいて会議の記録用に使われる魔道具的な魔物鼠です。変な力持ってるから魔物と分類されてますが、十分に普通の愛玩動物として扱うことができます。見た目も、角があるけどそこそこ可愛らしいです。はい、説明はここまで。
クレソンさんは、ほんとに嬉しそうだった。
「エース、やっとゆっくり会える時間ができたね」
ぎゅっとしてもらうと、ここが王の部屋ではなく騎士寮の私達の部屋じゃないかと錯覚しそうになる。自然と頬が緩んで、これから起きることなんて全て忘れそうになるぐらい。彼の匂いが私の乾ききっていた心をみるみるうちに満たしていく。
「寂しかった、です」
そう言うと、クレソンさんが私の額に彼のおでこを軽くぶつけて、私の視界には彼以外のものがなくなってしまった。鼻先がくっついて、互いの息がかかるぐらいの距離。彼のおでこの位置が少しずつスライドしていく。私は怖いぐらい素直に、それに反応してそっと目を閉じる。ふんわりとした感触が唇から広がって、あまりの幸福感に私の中の女の子的感性が震えるように反応した。
「エースに会ったら、いろんなことを話そうと思ってたんだ。改めて昇進おめでとうとか、この前もあんな現場に居合わせることになってしまってごめんね、とか。でも、本当はそんなのじゃなくて、ひたすらエースを感じたくて、そして」
クレソンさんがもう一度ゆっくりキスをする。
「愛してるって伝えたかった」
「クレソンさん」
クレソンさんが、表では爽やかな敏腕な王様、裏ではニゲラ団長ですら出会い頭に顔色を悪くするぐらいの魔王的存在であるのを、私はよく知っている。というか、周りの人達の噂で伝え聞いている。でもね、私の前ではそのどちらにも属さない、特別な顔になる。嬉しそう、なんて安っぽい他人事みたいな言葉では表せないような、溢れんばかりのハッピーオーラが彼を包み、そんな彼が私の心身を包み込む。
仕事の時は、遠目にその姿が見えたり、時々目があったり、お手紙をくれたり、それだけでときめいている私だけど、やっぱり顔を合わせるのが一番。こうやって触れて、服の上からじゃなくて、手を握って、好きな者同士じゃないとできないことをする。この上ない幸せ。
「ねぇ、エース」
クレソンさんは、私の手を引っぱってベッドの上に横たえた。
「今夜は、君の声をたくさん聞かせて」
私の上で四つん這いになるクレソンさん。情欲に濡れた彼の視線が真っ直ぐに私を貫いて、シーツに釘付けにされてしまう。
え、もしかして、これってそういう展開なの? そんなの、聞いてないんですけど!
と心配していたら、クレソンさんはどこからともなく紙を取り出してきた。
「じゃ、これを順番に声に出して読んでいってね」
「はい」
私はこの時、紙の内容を見ずに返事したことを心底後悔することになる。
「えっと……うっ」
「エースはこの世界の文字読めるの知ってるよ」
ちくしょー。逃げ道を断たれてしまった。
「じゃ、いきます」
「エース、リラックスだよ。自然体の声を録っておきたいんだ」
そんなこと言われても。だって、ここに書かれてある言葉、恥ずかしすぎなんですけど!
「えっと、緊張しちゃって」
「大丈夫。何度も言い間違えてもいいよ。エースが記録鼠を改良してくれたお陰で、長い時間の記録が可能になっているからね。それにこれを聞くのは僕だけだから、安心していいよ」
他の人に聞かれてたまるかっての! だって、与えられた台詞は初っ端からこれなんだもん。
「クレソンさん、私、寂しかった。クレソンさんと一緒じゃなきゃ、眠れないの」
何、これ。めっちゃ痛い子じゃん! てか、この台詞はクレソンさんが考えたのかな? それならちょっと引く。
「あ、これは僕が考えたんじゃないよ」
「そうなんですか?」
「僕がエースに会えなくて寂しすぎて仕事が手につかないって言ったら、とある側近が良いアイデアを出してくれてね。寂しい時に録音しておいたものを聞けばいいんじゃないかって」
とある側近って、あの人しかいないじゃないですか! ラムズイヤーさん! あの人、私をクレソンさんのための道具としか思っていないところがあるからなぁ。だからこんな羞恥プレイを押し付けてきたにちがいない。今度会った時は、覚えててよ!! ただじゃおかないんだから!
「エース、そんな顔したらせっかく可愛いのに勿体ないよ」
「むぅ」
「あ、その声も好き」
「え」
「やっぱり自然体になれるシチュエーションが要るのかなぁ」
するとクレソンさんは、さらに私をホールドした。
「これで続き読んでみて?」
もうっ。わざと耳元で話さないで! くすぐったいし、何かのスイッチが入っちゃいそう。
「えっと……」
「エース」
駄目だ。私の声よひもクレソンさんの声を録るべきだ。甘すぎて、聞いた私が溶けちゃうよ。そして籠絡されていくのである。
「クレソンさん、好き」
「どこが好き?」
「カッコいい、と思うし、優しい」
「じゃ、ここ読んで?」
私はハッと息をのみながらも、俯きながらリクエストに応えてしまう。
「もっとクレソンさんといたいの」
「次の行は?」
「クレソンさんと……キスしたいの」
「いいよ」
気づいた時には、触れるだけのキスがいっぱい降ってきた。なんか恥ずかしさと嬉しさで死にそう。
「じゃ、次、ここね」
「……早く、クレソンさんのお嫁さんになって……ご奉仕したいな……?!」
「そうなんだ? 嬉しいな。僕も早く結婚したい」
ご、ご奉仕って何ですか?! いけない匂いがぷんぷんするんですけど。クレソンさんは、私があたふたしている隙に、さりげなく私の胸に触れてきた。私はそれを軽くあしらって押しのける。だけど確実に私達はそういうモードに突入しつつあった。
だって、クレソンさんも寝る時の格好で薄着。私も、透けそうなほど薄い夜着一枚だけで、肌の露出も多い。微妙な間接光で照らし出された薄暗い部屋の中、大好きな人と二人きり。間違いなく、何かあってもおかしくない。
そんな雰囲気に飲まれてしまって、私は相変わらずクレソンさんから逃げることもできず、彼に捕まってしまっている。
「エース、次はここだよ」
「……今夜は一緒にお風呂に入って、洗っこして、一緒に寝よう? それから……」
流石に次の言葉は読むことができなかった。
「エース?」
「抱いてくださいなんて、言えるわけないじゃないですかぁああ!!」
さらにその後に続く文章を見たら、明らかに十八禁な内容。こんなの言えるわけないじゃない!
おのれ、ラムズイヤー。許さんぞー!
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