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第40話 い・ん・む

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 放課後、部室。一番乗りは俺だった。例の海外SFを取り出し、定位置に座り、ページを広げる。

「やっほーせんぱーい」

 萌夢ちゃんだった。このパターンは珍しい。普段は萌夢ちゃんが一番だ。部室は旧校舎にあり、旧校舎へは1年生の教室のある3階の連絡通路が近道だからだ。

「今日は遅かったね」
「担任の先生と面談してたんです」

 カバンを置き、萌夢ちゃんは長テーブルのいつもの座席に座り……と思ったら俺の隣に座った。

「あのー萌夢ちゃん? 君の席はあっちじゃないか?」
「え? ここって、座席指定制なんですか?」
「そういうわけじゃないけど、いつもあそこだったじゃないか」

 俺はコの字型に並べられた長テーブルの上辺にあたる箇所を指さした。

「はい、昨日まではそうでした」
「じゃあ、なんで今日はここなんだよ?」
「だって、萌夢、先輩の彼女になったんですよ? なのに隣じゃないのって変じゃないですか?」
「だから、本当は付き合ってないじゃないか。それにな、文芸部は部内恋愛禁止なんだ」
「え? そんなルールありました?」
「おれが今年決めたんだ」
「えー聞いてなーい」
「とにかく、俺は部活に恋愛を持ち込まない主義なんだよ」
「妹は持ち込んで、お口にカフェラテ出すくせに?」

 萌夢ちゃんが口を開け、ねっとりと舌を転がす。ちゅーっと何かを吸う動作の真似をする。んぱ、と唇を開閉する音がした。

「こんなふうに……ごっくん、てね?」
「ば、馬鹿、あれは緊急事態で……」
「ふふ、冗談ですよ。……よいしょっと」

 ぐいぐいイスを俺の隣に寄せてきた。

「近い近い!」
「だって彼女だもーん」

 萌夢ちゃんの肩が俺の二の腕に当たった。俺が読んでいる海外SFをのぞき込む。

「わー字がびっしり!」

 萌夢ちゃんが感嘆の声を出した。

「……小説だから当たり前だろう」
「イラストとかないんですか?」
「ないね」
「へー。なんかたいへーん」

 萌夢ちゃんは鞄からiPadを取り出し、マンガ作成アプリを立ち上げた。

「ところで、先輩?」
「なんだ?」
「雪ちゃんが来るまで、お話ししてもいいですか?」
「ああ」
「先輩って、妹さんにカフェラテ出してるんでしょ?」
「……まあ、そうだな、毎日だ」

 はいはい、サキュバスお得意の直球トークね。

「具体的に、どうやってるんですかあ?」
「それ、言わなきゃだめ?」

 恥ずかしいだろ。分からないのかね?

「だってー、気になるんですよー」
「萌夢ちゃんだって、弟のカフェラテ飲んでるんだろ?」
「はい」
「じゃあ、おそらく、一緒だよ。方法は」

 てか、他にどんな方法があるって言うんだ?

「そっかー、やっぱ基本は淫夢なんですねえ」
「淫夢?」
「はい。寝てるときに見るえっちな夢です。先輩、妹さんにえっちな夢を見させてもらって、そのお礼にカフェラテ出してるんでしょ?」
「え?」
「そっかー、やはり基本は淫夢なのかあ。じゃあ、この前ソファーでやってたのは、特別サービスなんですね」
?」
「はい。淫夢使わずにお手々で頑張って、直接出して貰うもらうことをサキュバス用語でって言うんです」
「……淫夢だとどうやって貰うんだ?」
「それなんですよねぇ、問題は」

 萌夢ちゃん、ため息。

「どうしても、パンツが吸い取っちゃうんですよねえ……」

 遠い目で萌夢ちゃんが言った。なるほど。察した。えっちな夢のなかでカフェラテ出す。すると思わず……てことか。子どもが夢の中でトイレに行ったらおねしょしてしまうのと同じだな、うん。

「あと、やっぱ危険じゃないですかあ?」
「危険?」
「はい」
「淫夢のどこが危険なんだ?」
「……危険でしょ?」
「夢だぞ。夢なんだぞ。何が危険なんだよ?」
「……もしかして、先輩、知らないんですか? 淫夢の危険性?」
「ああ」
「そーなんだ! ちょっとびっくりです!」

 萌夢ちゃんが目をまん丸にして驚いた。

「サキュバスにとって淫夢は夢というより現実なんですよー。夢とは思えないくらいリアルなんです。だから、怖いことされると、とーっても怖いんです」
「怖いこと?」
「はい」
「例えば?」
「ひ・み・つ!」

 萌夢ちゃんがウィンクしながら言った。

「わかったよ。聞かないよ」
「とりあえず、弟ったら、最近夢の中で萌夢とえっちしようとしてくるんです! それも強引に! もうやんなっちゃう!」

 それが淫夢だろうよ……。

 ちょっと前まで、紗希が出てくるえっちな夢を見てた。セクシーな水着で密着したり、ゆるゆる浴衣でお祭りに行ったり。気がついたら夢の精がやってきて俺にささやいて……。

 なるほど。まさにサキュバスの淫夢だ。

 そういえば俺も強引に迫ったことがあった。あまりにも紗希が薄着でくっついてくるものだから、ムラムラした俺は紗希を押し倒した。やめてと懇願する紗希を無視、スカートめくってパンツに手をかけたところで紗希が泣き出したからやめたけど。

 ん? 待てよ? あれ、紗希が見せた淫夢?
 だとしたら……もしかして……?

「あの、萌夢ちゃん、ちょっと聞いていいかな?」
「なんでしょう?」
「淫夢ってさ、見せてる方、つまりサキュバスも同じ夢を見てるのかな?」
「ええそうですよ。さっきも言ったとおり、サキュバスにとって淫夢は現実と同じですから。同じ夢を見ているどころか、しっかり記憶してるんですよー」

 俺は衝撃を受けた。なんだと? サキュバスは淫夢の内容を覚えているだと?

 思い出した。紗希が俺にサキュバスとカムアウトした日のことを。「できれば淫夢は使いたくないの」と言ったときの辛そうな紗希の目。あれは俺が強引に迫ったことを覚えていたからだったのだ。

 だから、この前だって紗希は淫夢を使わなかったのだ。倒れるまで衰弱していたのに、飲む必要があったのに、淫夢を行使しなかったのは俺のむき出しの欲望を覚えていたからなのだ。

 俺はなんてひどいことを紗希にしたのだろう。結果的に最後までしなかったとはいえ。

「先輩? どうしたんですか? なんか顔色悪いですよ?」
「い、いや、なんでもない」
「だったらいいですけど。でね、先輩、萌夢は最近悩んでいるんです」

 萌夢ちゃんが甘えるような声で言った。

「悩み?」
「はい。さっきも言ったでしょ、弟がえっちしたがるようになったって」
「ああ」
「萌夢、今年の2月に15歳になって。それから弟のカフェラテもらっているんですけど、4月頃から弟が調子に乗っちゃって大変なんです。えっち、えっち、ねーちゃんとえっち、って。あ、もちろん、淫夢の話です」
「そうなんだ」
「昨日なんか、無理矢理入れられるとこだったんですよ! それってヤバくないですか!?」
「げふ、げふ、げふっ!」

 ど、どこにだよ! どこに入れられるところだったんだよ!
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