「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

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ハナミズキ

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『桜の花に意図的に押し込められ秘密……』

 洋介が思考を巡らしていると、そんな言葉が紙に書いたあぶり出しの文字のようにゆらゆらと浮き上がり、古い桜の押し花に封印された言葉を感じ取った。

『それは……約束』

 この押し花は、言葉を抑える意味があったのだ。洋介はその律儀な桜の押し花の想いを感じて、別のアングルから探ろうと考えた。

 この家に入る前に気になっていた中庭にヒントあると思ったのである。その草花は洋介を迎えるように一瞬、風に揺れた。

 コップの中を覗くと、それが正解だとばかりに微かに泡立って、桜の押し花の欠片カケラが茶柱のように浮き上がった。

 洋介は立ち上がって漆喰壁の小窓を開けると、そこから美しい中庭が望めた。小さな池があり、苔むした土の上に飛び石が不規則に配置されて優美な日本庭園を築いている。

 そして植木も綺麗に刈り揃えられて、季節に応じて数種類の花が咲くのではないかと思わせたが、桜の木は見当たらない。

「すいません。庭のハナミズキの花を少し貰っていいですか?」

「ええ、構いませんよ」

 依頼主が引き戸を開けて中庭に出ると、枝葉の花を摘んで戻り、無垢一枚板のテーブルの上に置いた。洋介は中心の白からピンク色へと広がるハナミズキの花びらを三枚コップの水の中に入れてガラス棒でゆっくりと掻き混ぜた。

 桜の押し花の欠片カケラがハナミズキの花にまとわり付き、気泡を混じり合わせて二つの想いが溶け合う。

「再度試してみますが、結界の結び目が解けると秘密が守れなくなり、悲しい過去であっても貴方は受け入れるしかなくなる」

 洋介はそう言ってコップの水を口に含み、依頼主が頷くのを見てから眩しそうに目を閉じた。

『花は想いを感じ、その恋は水に溶ける』

 呪文のような心の中の呟きが、水に溶けた花のエキスと精神が同調して身体に染み込み、花が見て感じた想いと心が通じ合う。

 洋介は複雑に絡み合う液体を舌で泳がせてから、ゆっくりと喉に流し込んだ。

「花の精霊の声に耳を澄ませば、心の湖面に淡い桜色の雫が滴り、花の記憶が波紋となって押し寄せてくる……」

 ずハナミズキが庭の手入れをしている庭師の姿を心のスクリーンに映し出した。手拭いを被って逆光で顔ははっきりと見えないが、白髭の老齢の職人である。

「庭師を雇っていますね?」

「はい。一年に一度だけ、母が頼んでいたようです」

「貴方の誕生日に来る?」

「言われてみると四月、桜の時期ですね。なぜ分かったのです?」

「それは……ほのかな土のサイン。本のページに比較的、新しい汚れがあった」

 洋介は目を閉じたまま答え、吉川弓枝が慌てて本を手にして桜の押し花が挟んであったページを捲る音に耳を傾けた。

「つまり……庭師は貴方が成長するのを毎年見守っていたのではないですか?」

 驚いて桜の押し花が挟んであったページの端の土の汚れを確認して、瞑想している洋介の表情に魅入みいっている。

「いったい、何が見えているのですか?」

 薄っすらと洋介が目を開け、依頼主はその顔を覗き込んで薄紅色の唇を七部咲きに開いて唖然とした。

「桜の花が咲いている。それは過去、それとも未来?」

 依頼主は現実と幻想の両方の意味合いを含めてそう質問した。自分が記憶を探って欲しいと頼んだ事も忘れ、不思議な世界に引き込まれている。

 それも無理はない。目を見開いてテーブルの上のコップを眺める洋介の瞳に鮮やかな桜の花が映り込んでいた。

「押し花の想いが、過去へと導く……」

 水の中の欠片カケラが集まり、コップの世界で桜の押し花が蘇り、瑞々しいピンク色の桜の花が開花するのが洋介には見えていた。

 ハナミズキの花に寄り添うように桜の花が息づき、枝葉を伸ばしてコップから溢れ出している。

 それが急成長して、和室の無垢一枚板のテーブルの上に一本の満開の桜の木が現れた。洋介はその工程を驚く事もなく眺め、更にイメージを膨らませてゆっくりと瞬きをすると、タイムスリップするように別の次元の風景に変わっていた。
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