「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

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道具箱の種明かし

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 湘南記念病院の休憩室を借りて、自販機で買ったペットボトルのミネラルウォーターをコップの中に入れると、優花がハンカチに包んだひとひらの紫色の花びらを指で摘んで沈ませた。

「師匠、粉の色は?」

 テーブルの上には道具箱が開かれて置いてある。優花はコップの正面に座り、斜め後ろの椅子に座った洋介が指示をした。

「その時の気分だが、白とカラーの二つの容器を選ぶのをルーティンとしている」

「魔法の粉じゃなかったの?白はユニコーンのツノの粉だと思ってたんだけど」

「夢を壊して悪いが、重曹とクエン酸で作った粉末。でも、微妙な泡立ちと天然の色合いは錬金術による研究成果だ」

「そ、そうか?とにかく、見よう見まねでやってみるよ」

 優花はそう言って、白と緑色の硝子容器を選び、銀のスプーンでひと匙ずつ掬ってコップに入れ、二つの粉がジュワッと泡立ち、紫色の花びらが水の中で僅かに浮き上がるのを見つめた。

 救急車で運ばれた幸哉は手当てを受けて病室のペッドで母親に付き添われて寝ている。怪我は軽症で、体が冷え切っていたが意識を取り戻し、点滴をして休養すれば回復するだろうと診断された。

 そして警察官が二人来て病室で質問したが、幸哉は「転んで怪我がをしてから何も覚えてない」とだけ答え、母からも促されたが詳しい事は口を噤んだ。


 優花はコップの水を口に含んで目を閉じて、洋介に教えられた呪文の言葉を心の中で呟き、ゆっくりと水を飲み込んだが何も見えずに目を開け、がっくりとしな垂れた。

「ムリ。そんな簡単にできるわけないよね。やっぱ師匠は凄いっす」

「優花」

「うん、不甲斐ない弟子でごめんよ」

「違う。後ろを見てみろ」

 洋介が優花の肩を叩き、振り向くと休憩室の出入り口に先生と生徒たちが立っていた。通路にも列を作って並び、クラスの生徒全員が神妙な表情で窓から顔を出している。

「優花。ごめんなさい。みんなで幸哉くんに謝りに来た。もう、いじめたりしないって生徒たちで決めたから。許してくれる?」

「奈々子。もちろんだよ。みんな、ありがとう」

 優花に笑顔が戻り、クラスのみんなで幸哉くんの病室へ行き、頭を下げていじめた事を謝罪した。先生は母親に生徒たちが答えを出したと説明し、早く戻って来て欲しいと話したが、幸哉くんは寝返りを打って背中を見せたままだった。

 その時、遅ればせながら優花の瞳に幻影が見えた。コップの水の中に冷たく凍り付いた幸哉くんの顔が浮かび、まだ解決してない事を紫色の花びらに教えられたのである。


 由香里は仕事があるので先に軽ワゴン車で花屋に帰り、店に着くと折れて潰れた紫陽花の茎をハサミで整えてバケツの水に浸した。

「この紫陽花に聞く事になるかも」と洋介に言われ、由香里が長谷寺の係員に交渉したのだが、願わくば出番がない事を祈った。

 玄関から店前の通りを見ると、雨は小降りになり、空を見上げると雲が流れ明日は青空が広がりそうと微笑む。


 そして数時間後、洋介と優花がバスに乗って帰って来た。湘南記念病院からは車で20分程の距離で、授業を免除された優花は疲れ切って部屋へ行き、由香里は洋介から病院での事を聞き出した。

「生徒たちが病院に謝りに来たが、幸哉くんに笑顔は無かった。たぶん、それ以上に大きな問題を抱えている」

「イジメだけじゃないって事か?でも優花は大丈夫そうだね。友だちの心は優花に傾いた。ほんの一部だろうけどさ」

「ああ、明日の朝、一気に攻勢に転じて見せる。傷は塞がっても、心の血は絶え間無く流れているからね」

 洋介は先生と生徒たちが去ると、幸哉くんと母親に紫陽花の占いを提案し、明日の朝二人で花屋に来る約束を取り付けた。

「もちろん無料で、水の錬金術師の能力をお見せする」と言うと、洋介の予想通り幸哉くんは興味を示した。

『花が好きな君なら、絶対に乗ってくる』

 洋介はそう確信して、ベッドの上でこっちを見た幸哉くんに微笑みかけた。
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