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過去とのめぐり逢い
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澄んだ青空に爽やかな風の吹く金曜日の午後、由香里と洋介が店先に出迎えると、山崎知子は花屋の女主人にオレンジのカリフォルニアポピー、白のカスミソウ、赤のポピー、ピンクのコマチソウ、紫のラベンダーの花束を渡した。
「宜しくお願いします」
「素敵な彩りですね?」
「はい。彼は北海道出身だったらしくて、ファーム富田の彩りの畑をイメージして、街の花屋を駆け回って探したと言ってました」
ハーブの女王は水の錬金術師に言われたように、現在の彼が好きな花を持って再来したのである。
「初めて北海道だと知ったのですか?」
洋介が驚いてそう聞くと、山崎知子は恥ずかしそうに告白した。
「過去の事はお互い話してません。今回初めて、昔の彼が忘れられないと打ち明けました」
そして花束を受け取った姉が花瓶に生け、洋介と一緒にテラスのテーブル席へ向かう時に首を傾げて呟いた。
「偶然かしら?遠距離恋愛をしていた彼氏、北海道だったよね」
「ああ、そして現在の彼は過去を沈黙をしている。時の流れが押し寄せるのをその花で感じるよ」
花屋の横にある白いテラス席に洋介と山崎知子が対面して座り、テーブルの上に彩りのハーブの花が花瓶に飾られた。
姉は店を休憩中にして紅茶とチーズケーキを客に出すと、洋介の斜め後ろの丸椅子に腰掛けて観客になった。紅茶のポットとカップをガラス窓の棚に置き、湯気で曇って店内の草花がぼやけて映っている。
「それではこの花が見た想いを水に溶かして、現在から過去へ旅立ってみましょう」
「宜しくお願いします」
コップに水を注いで、道具箱を開けた洋介は一つだけ重要な質問をした。
「名前の確認をさせてください。依頼者である貴方にプロポーズなされた彼氏は?」
「三浦春希です。大学の同窓会で数年ぶりに会い、付き合い始めたのはここ一年くらいです。学生時代は特に親しくはなかったのですが……」
洋介が途中で依頼者の話を手で遮り、コップの水の中にそれぞれの花びらを一枚ずつ摘んで入れ、道具箱から赤色と青色の粉の硝子容器を取り出す。
その二色の粉を銀のスプーンでひと匙ずつ掬ってコップに入れると、水の中でジュワッと泡立ち、彩りの花びらにも泡が付着するのを両手を広げてハーブの女王に示した。
「時は感じた瞬間に過去になり、想いは時を超えて駆けめぐる」
依頼者は来店した時から、ラベンダーの香水をふんわりと匂わせ、今この時も昔の彼に想いを寄せている。洋介はそれを感じながら、慎重にガラス棒で花びらと粉を混ぜ合わせ、水をゆっくりと口に含んで心の中で呟く。
『花は想いを感じ、その恋は水に溶ける』
呪文のような心の中の呟きが、水に溶けたハーブのエキスと精神が同調して身体に染み込み、花が見て感じた想いと心が通じ合う。
洋介は目を閉じて、爽やかに香るハーブの混在した液体を舌で泳がせてから、ゆっくりと喉に流し込んだ。
「花の精霊の声に耳を澄ませば、心の湖面に時の結晶の雫が滴り、過去の記憶が波紋となって押し寄せてくる」
洋介が依頼者に彼氏の名前を確認したのにはそれなりの理由があった。北海道出身でハーブの花を彼女に渡した者と、ラベンダーの香水をプレゼントした彼氏が水の中で赤色と青色で混じり合うと予測した。
「カフェの窓際の席、そこで答えを待つと彼は言ったのですね?」
心のスクリーンに三浦春希が窓からの陽射しを浴びて、温かいコーヒーを飲んでいる姿が映し出された。短髪で白いシャツに空色のジャケットを着た爽やかな青年である。
「ええ、駅まで春希さんと一緒に来ました。彼はその花束を私に渡す時、君への想いが伝わらないのであれば諦めると言ってました」
洋介は薄目を開けて、言い当てられて驚いている依頼者の返答を聞き、その三浦春希の想いに集中した。
彼は過去ではなく、今の愛をこのハーブの花束に込めて彼女に託したのである。
「以前から、つまり高校の頃から貴方を知っていたと思われる。しかしそれを話したくはなかったようですね」
「そうなんですか?私には彼の記憶はありません。でも、何故それを言わないのでしょう?」
山崎知子はそう言って紅茶を飲み、チーズケーキをフォークで刺してひとかけら口に放り込んだ。北海道から取り寄せた富良野のゆきどけチーズのふわりした甘さが、口の中に広がって凍り付いた想いを溶かす。
それは由香里と洋介の作戦であった。依頼者に少しでも高校生の頃の北海道での想い出を映像として感じ取って欲しかった。
「貴方は高校二年生の夏休みに友達と北海道旅行へ行き、富良野のハーブガーデンでバイトしていた男性と知り合った?」
此処までは依頼者が前回訪れた時にそれとなく聞いてあった。山崎知子の恋は一年半程であったが、直接逢えなかった故に濃厚なミルクの味わいと愛の香りに包まれた。
「はい。その人が小田圭太くん。それから遠距離恋愛が始まり、私たちは不思議なくらい気が合って、お互い大切な人だと思うようになったのです」
知子は圭太との初めての出会いと、初夏の太陽の降り注ぐラベンダーの花畑を思い出し、香りだけではなく、温かい感触が心の中を駆けめぐった。
濃厚なソフトクリームを食べている時に、LINEの交換を申し込んで来た圭太の恥ずかしそうな笑顔を想い出して微笑む。
その過去のめぐり逢いが洋介にも伝わり、ハーブの花束が読み取った三浦春希の心象風景が蘇り、波のない水のスクリーンに映し出す。
「貴方は気付いてないようですが、その時、カウンター内で二人を見守っていたバイトの学生が三浦春希さんです」
「えっ?嘘でしょ?」
洋介にはソフトクリームを山崎知子に渡し、友人の圭太が勇気を振り絞って話しかけに行く背中を春希が押したのが見えていた。
そして過去から現在へと映像は切り替わり、三浦春希がカフェの席で幼い頃からの友人、小田圭太の写真を財布から取り出して、懐かしそうに見つめているのが夢のように流れた。
「現在の彼は過去の彼に貴方を託されたのでしょう。月と太陽が入れ替わるように……」
「宜しくお願いします」
「素敵な彩りですね?」
「はい。彼は北海道出身だったらしくて、ファーム富田の彩りの畑をイメージして、街の花屋を駆け回って探したと言ってました」
ハーブの女王は水の錬金術師に言われたように、現在の彼が好きな花を持って再来したのである。
「初めて北海道だと知ったのですか?」
洋介が驚いてそう聞くと、山崎知子は恥ずかしそうに告白した。
「過去の事はお互い話してません。今回初めて、昔の彼が忘れられないと打ち明けました」
そして花束を受け取った姉が花瓶に生け、洋介と一緒にテラスのテーブル席へ向かう時に首を傾げて呟いた。
「偶然かしら?遠距離恋愛をしていた彼氏、北海道だったよね」
「ああ、そして現在の彼は過去を沈黙をしている。時の流れが押し寄せるのをその花で感じるよ」
花屋の横にある白いテラス席に洋介と山崎知子が対面して座り、テーブルの上に彩りのハーブの花が花瓶に飾られた。
姉は店を休憩中にして紅茶とチーズケーキを客に出すと、洋介の斜め後ろの丸椅子に腰掛けて観客になった。紅茶のポットとカップをガラス窓の棚に置き、湯気で曇って店内の草花がぼやけて映っている。
「それではこの花が見た想いを水に溶かして、現在から過去へ旅立ってみましょう」
「宜しくお願いします」
コップに水を注いで、道具箱を開けた洋介は一つだけ重要な質問をした。
「名前の確認をさせてください。依頼者である貴方にプロポーズなされた彼氏は?」
「三浦春希です。大学の同窓会で数年ぶりに会い、付き合い始めたのはここ一年くらいです。学生時代は特に親しくはなかったのですが……」
洋介が途中で依頼者の話を手で遮り、コップの水の中にそれぞれの花びらを一枚ずつ摘んで入れ、道具箱から赤色と青色の粉の硝子容器を取り出す。
その二色の粉を銀のスプーンでひと匙ずつ掬ってコップに入れると、水の中でジュワッと泡立ち、彩りの花びらにも泡が付着するのを両手を広げてハーブの女王に示した。
「時は感じた瞬間に過去になり、想いは時を超えて駆けめぐる」
依頼者は来店した時から、ラベンダーの香水をふんわりと匂わせ、今この時も昔の彼に想いを寄せている。洋介はそれを感じながら、慎重にガラス棒で花びらと粉を混ぜ合わせ、水をゆっくりと口に含んで心の中で呟く。
『花は想いを感じ、その恋は水に溶ける』
呪文のような心の中の呟きが、水に溶けたハーブのエキスと精神が同調して身体に染み込み、花が見て感じた想いと心が通じ合う。
洋介は目を閉じて、爽やかに香るハーブの混在した液体を舌で泳がせてから、ゆっくりと喉に流し込んだ。
「花の精霊の声に耳を澄ませば、心の湖面に時の結晶の雫が滴り、過去の記憶が波紋となって押し寄せてくる」
洋介が依頼者に彼氏の名前を確認したのにはそれなりの理由があった。北海道出身でハーブの花を彼女に渡した者と、ラベンダーの香水をプレゼントした彼氏が水の中で赤色と青色で混じり合うと予測した。
「カフェの窓際の席、そこで答えを待つと彼は言ったのですね?」
心のスクリーンに三浦春希が窓からの陽射しを浴びて、温かいコーヒーを飲んでいる姿が映し出された。短髪で白いシャツに空色のジャケットを着た爽やかな青年である。
「ええ、駅まで春希さんと一緒に来ました。彼はその花束を私に渡す時、君への想いが伝わらないのであれば諦めると言ってました」
洋介は薄目を開けて、言い当てられて驚いている依頼者の返答を聞き、その三浦春希の想いに集中した。
彼は過去ではなく、今の愛をこのハーブの花束に込めて彼女に託したのである。
「以前から、つまり高校の頃から貴方を知っていたと思われる。しかしそれを話したくはなかったようですね」
「そうなんですか?私には彼の記憶はありません。でも、何故それを言わないのでしょう?」
山崎知子はそう言って紅茶を飲み、チーズケーキをフォークで刺してひとかけら口に放り込んだ。北海道から取り寄せた富良野のゆきどけチーズのふわりした甘さが、口の中に広がって凍り付いた想いを溶かす。
それは由香里と洋介の作戦であった。依頼者に少しでも高校生の頃の北海道での想い出を映像として感じ取って欲しかった。
「貴方は高校二年生の夏休みに友達と北海道旅行へ行き、富良野のハーブガーデンでバイトしていた男性と知り合った?」
此処までは依頼者が前回訪れた時にそれとなく聞いてあった。山崎知子の恋は一年半程であったが、直接逢えなかった故に濃厚なミルクの味わいと愛の香りに包まれた。
「はい。その人が小田圭太くん。それから遠距離恋愛が始まり、私たちは不思議なくらい気が合って、お互い大切な人だと思うようになったのです」
知子は圭太との初めての出会いと、初夏の太陽の降り注ぐラベンダーの花畑を思い出し、香りだけではなく、温かい感触が心の中を駆けめぐった。
濃厚なソフトクリームを食べている時に、LINEの交換を申し込んで来た圭太の恥ずかしそうな笑顔を想い出して微笑む。
その過去のめぐり逢いが洋介にも伝わり、ハーブの花束が読み取った三浦春希の心象風景が蘇り、波のない水のスクリーンに映し出す。
「貴方は気付いてないようですが、その時、カウンター内で二人を見守っていたバイトの学生が三浦春希さんです」
「えっ?嘘でしょ?」
洋介にはソフトクリームを山崎知子に渡し、友人の圭太が勇気を振り絞って話しかけに行く背中を春希が押したのが見えていた。
そして過去から現在へと映像は切り替わり、三浦春希がカフェの席で幼い頃からの友人、小田圭太の写真を財布から取り出して、懐かしそうに見つめているのが夢のように流れた。
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