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ベラドンナの目
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ベラドンナの名前はイタリア語で『美しい婦人』という意味があり、その昔ベラドンナの実の成分を使い、瞳孔を大きく美しく見せるために使われていた事に由来している。
その日の夕方、洋介と望美は藤沢駅で待ち合わせをして、夏川千聖が運転する車で郊外の一軒家に連れて行かれた。
「部屋を数分だけ見てくれ。その後、藤沢署へ行き自殺現場に落ちていたハイビスカスで水の錬金術師の力を見せて貰いたい」
洋介が後部席に座った望美に説明するまでもなく、「せっかちな人ね」と洋介の耳元で囁いている。
望美は趣味でもあるカメラを持ち、目的の家の周辺に近付くと、マスコミが集まっているのを見て興奮していたが、洋介は騒がしいのと目立つのは苦手でもう帰りたいと嘆く。
「自殺と発表したんですよね?」
「ええ、現場状況では疑わしい点はありませんでした」
「それなら、穏やかなままで良いのでは?意味があるとは思えない」
「いや、それは見てからでしょ?もし、自殺じゃなかったら、安らかに眠れると思う?」
朝のニュースではアイドルグループの女子高生が亡くなった原因は不明としていたが、事務所から自殺と発表があり、TVのワイドショーで芸能人の自殺が続いていると話題になっていた。
そしてパトカーの近くに車を止めて、警察官が立っている家の裏口から二階の部屋に通された洋介はすぐに嫌な視線を感じた。
『目?』
壁や天井に美しい女性の目が水面に浮き上がる泡のように一瞬だけ現れては消えてゆく。
洋介はその瞳孔の開いた片目を見て、これは自殺ではないと感じたが、身の毛のよだつ気味悪さに能力をシャットダウンした。
『実際、この部屋に一歩入っただけで体毛が逆立っている』
「どうしたの?」
相棒の望美がすぐに洋介の異変を感じ取って付近を警戒している。
先に部屋に入って背中を洋介に向けて腕を組む夏川千聖は、壁に貼られたポスターと棚に置かれたぬいぐるみを眺めて、女子高生の趣味に目を細めながら事務的な声で説明を始めた。
「そのクローゼットの中で首を吊って死んでいた。ハイビスカスの花びらはそっちの窓の下の床に落ちていたらしい。家族の話では久しぶりの休みで喜んでいたので、自殺なんて有り得ないと証言している。遺書はなく、状況から突発的な自殺と判断されたが、どうも私は腑に落ちない芸能人の自殺が続き、今回も不審に思っている」
しかし洋介はせっかちでマイペースな千聖を無視して、無表情で部屋の出入り口付近に立っているだけで、何かを調べるでもなく望美に時折顔を振り、早く帰ろうという無言の仕草をしている。
望美はそれだけで、この部屋の中に普通の人間には見えない何かが潜んでいると推理した。
『まさか、悪霊とか?』
洋介の視線が向く方を狙って、カメラのレンズを向けて素早くシャッターを押す。
その音にやっと二人を注視した千聖は、この調査は無駄だったかと早くも落胆した。
警察の科学的な調査では解明できない事件もあると理解しているが、苦労して上司を説得し、自分のキャリアを懸けてこの場に臨んでいると言うのにその態度は何だ。
「やる気ないのか?」
首を傾げて水に溺れそうな錬金術師に文句を言って、望美が写真を撮るのも終わらせて部屋を出る事にした。
「正直、がっかりした」
「まー、そう言わないでください。洋介は敏感なので、時々拒否反応を示す時があるんです」
青ざめて貧血で倒れそうな顔色をしていた洋介は、車の後部席にもたれてプールから上がった少年のように唇を紫色にして隣の望美に囁く。
「もう帰ろうぜ」
「ダメだって。刑事さん、マジで怒ってるから」
「写真撮ったんだろ?見せてやれ」
そう言われて、望美がさっき撮ったばかりの部屋の写真をファインダーで再生して、洋介が恐怖した存在を発見して顔を歪めた。
「なんなのコレ?」
望美は洋介が見ている方を適当にカメラを向けてシャッターを押しただけだったが、想像以上に鮮明な心霊写真が映っている。
「やっぱり悪霊だったのか?」
そう呟いて運転している夏川千聖の前にカメラを出して不思議な写真を見せた。
「これ見てください。普通だったら映らないけど、きっと洋介がいたから撮れたんですよ」
壁や天井に女性のメイクした美しい目が浮かび、ショットが切り替わる度に位置が変わって何かを見ている感じがした。
「なんなのよ?」
片方の瞳孔の開いた美しい目は人の心を見透かして嘲笑い、悪意がこもった視線を見た者に送っている。
「残像です。自殺した女性はその目に耐えられなくなったのでしょう。SNSで誹謗中傷されるのと同じ悪意がその目には込められている」
洋介はそこまで話して、自分も死にたい気分になったと心の中で呟いた。
「本当に悪霊なのか?」
夏川千聖が車を道路の脇に止めて写真を確認している。心霊写真など信じてはないが、奇妙な眼が映っているのは否定できない。
「洋介、刑事さんが聞いてますよ~」
望美が軽い感じで話しかけ、洋介は深呼吸をしてから仕方なく小声で説明した。
「想像に過ぎないが、死んではいないと思う。あまりにも念が強過ぎるからね」
そして洋介は体調が悪いので、もう終わりにしたいと申し出た。
「ハイビスカスの花も恐怖を感じ、何も語らないさ」
そう言って家に帰ると宣言し、夏川千聖が頬を引き攣らせ怒っていたが、望美がある方法を思い付いて刑事に提案すると、すぐに了承して車をUターンさせて花屋まで送ってくれた。
「なんて交渉した?」
花屋の探偵事務所のテラス席に座り、姉の作ったハーブティーを飲んで少し落ち着いた洋介が望美に聞いている。
「それは明日のお楽しみです」
「なんか、大変だったみたいね」
由香里も席に着き、望美に渡されたカメラのファインダーを覗き込んで心霊写真を見ながら話す。
「確かに、こりゃ怖いわ」
「はい、こんな落ち込んだ洋介を見るの久しぶりです。以前大学の先輩で執着心の強い女性が洋介を好きになって、追っかけ回した時があったんですけど、あれ依頼ね」
「って事は、これ女の嫉妬の眼だね」
由香里がそう呟くと、洋介が自殺した部屋を見た時を思い出して吐き出した。
「ベラドンナの目だ。死ねば……ブス、と目で言ってるのさ」
その日の夕方、洋介と望美は藤沢駅で待ち合わせをして、夏川千聖が運転する車で郊外の一軒家に連れて行かれた。
「部屋を数分だけ見てくれ。その後、藤沢署へ行き自殺現場に落ちていたハイビスカスで水の錬金術師の力を見せて貰いたい」
洋介が後部席に座った望美に説明するまでもなく、「せっかちな人ね」と洋介の耳元で囁いている。
望美は趣味でもあるカメラを持ち、目的の家の周辺に近付くと、マスコミが集まっているのを見て興奮していたが、洋介は騒がしいのと目立つのは苦手でもう帰りたいと嘆く。
「自殺と発表したんですよね?」
「ええ、現場状況では疑わしい点はありませんでした」
「それなら、穏やかなままで良いのでは?意味があるとは思えない」
「いや、それは見てからでしょ?もし、自殺じゃなかったら、安らかに眠れると思う?」
朝のニュースではアイドルグループの女子高生が亡くなった原因は不明としていたが、事務所から自殺と発表があり、TVのワイドショーで芸能人の自殺が続いていると話題になっていた。
そしてパトカーの近くに車を止めて、警察官が立っている家の裏口から二階の部屋に通された洋介はすぐに嫌な視線を感じた。
『目?』
壁や天井に美しい女性の目が水面に浮き上がる泡のように一瞬だけ現れては消えてゆく。
洋介はその瞳孔の開いた片目を見て、これは自殺ではないと感じたが、身の毛のよだつ気味悪さに能力をシャットダウンした。
『実際、この部屋に一歩入っただけで体毛が逆立っている』
「どうしたの?」
相棒の望美がすぐに洋介の異変を感じ取って付近を警戒している。
先に部屋に入って背中を洋介に向けて腕を組む夏川千聖は、壁に貼られたポスターと棚に置かれたぬいぐるみを眺めて、女子高生の趣味に目を細めながら事務的な声で説明を始めた。
「そのクローゼットの中で首を吊って死んでいた。ハイビスカスの花びらはそっちの窓の下の床に落ちていたらしい。家族の話では久しぶりの休みで喜んでいたので、自殺なんて有り得ないと証言している。遺書はなく、状況から突発的な自殺と判断されたが、どうも私は腑に落ちない芸能人の自殺が続き、今回も不審に思っている」
しかし洋介はせっかちでマイペースな千聖を無視して、無表情で部屋の出入り口付近に立っているだけで、何かを調べるでもなく望美に時折顔を振り、早く帰ろうという無言の仕草をしている。
望美はそれだけで、この部屋の中に普通の人間には見えない何かが潜んでいると推理した。
『まさか、悪霊とか?』
洋介の視線が向く方を狙って、カメラのレンズを向けて素早くシャッターを押す。
その音にやっと二人を注視した千聖は、この調査は無駄だったかと早くも落胆した。
警察の科学的な調査では解明できない事件もあると理解しているが、苦労して上司を説得し、自分のキャリアを懸けてこの場に臨んでいると言うのにその態度は何だ。
「やる気ないのか?」
首を傾げて水に溺れそうな錬金術師に文句を言って、望美が写真を撮るのも終わらせて部屋を出る事にした。
「正直、がっかりした」
「まー、そう言わないでください。洋介は敏感なので、時々拒否反応を示す時があるんです」
青ざめて貧血で倒れそうな顔色をしていた洋介は、車の後部席にもたれてプールから上がった少年のように唇を紫色にして隣の望美に囁く。
「もう帰ろうぜ」
「ダメだって。刑事さん、マジで怒ってるから」
「写真撮ったんだろ?見せてやれ」
そう言われて、望美がさっき撮ったばかりの部屋の写真をファインダーで再生して、洋介が恐怖した存在を発見して顔を歪めた。
「なんなのコレ?」
望美は洋介が見ている方を適当にカメラを向けてシャッターを押しただけだったが、想像以上に鮮明な心霊写真が映っている。
「やっぱり悪霊だったのか?」
そう呟いて運転している夏川千聖の前にカメラを出して不思議な写真を見せた。
「これ見てください。普通だったら映らないけど、きっと洋介がいたから撮れたんですよ」
壁や天井に女性のメイクした美しい目が浮かび、ショットが切り替わる度に位置が変わって何かを見ている感じがした。
「なんなのよ?」
片方の瞳孔の開いた美しい目は人の心を見透かして嘲笑い、悪意がこもった視線を見た者に送っている。
「残像です。自殺した女性はその目に耐えられなくなったのでしょう。SNSで誹謗中傷されるのと同じ悪意がその目には込められている」
洋介はそこまで話して、自分も死にたい気分になったと心の中で呟いた。
「本当に悪霊なのか?」
夏川千聖が車を道路の脇に止めて写真を確認している。心霊写真など信じてはないが、奇妙な眼が映っているのは否定できない。
「洋介、刑事さんが聞いてますよ~」
望美が軽い感じで話しかけ、洋介は深呼吸をしてから仕方なく小声で説明した。
「想像に過ぎないが、死んではいないと思う。あまりにも念が強過ぎるからね」
そして洋介は体調が悪いので、もう終わりにしたいと申し出た。
「ハイビスカスの花も恐怖を感じ、何も語らないさ」
そう言って家に帰ると宣言し、夏川千聖が頬を引き攣らせ怒っていたが、望美がある方法を思い付いて刑事に提案すると、すぐに了承して車をUターンさせて花屋まで送ってくれた。
「なんて交渉した?」
花屋の探偵事務所のテラス席に座り、姉の作ったハーブティーを飲んで少し落ち着いた洋介が望美に聞いている。
「それは明日のお楽しみです」
「なんか、大変だったみたいね」
由香里も席に着き、望美に渡されたカメラのファインダーを覗き込んで心霊写真を見ながら話す。
「確かに、こりゃ怖いわ」
「はい、こんな落ち込んだ洋介を見るの久しぶりです。以前大学の先輩で執着心の強い女性が洋介を好きになって、追っかけ回した時があったんですけど、あれ依頼ね」
「って事は、これ女の嫉妬の眼だね」
由香里がそう呟くと、洋介が自殺した部屋を見た時を思い出して吐き出した。
「ベラドンナの目だ。死ねば……ブス、と目で言ってるのさ」
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