「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

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魔女の目の探索

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 コップの水の中に赤い花びらが数枚入っている。自殺したアイドル・岡崎友紀子と、彼女の友人・長坂正美が持っていたハイビスカスの花の混合である。

「今回は新しい試みなので、どうなるかは分かりませんが、皆さんの想いが一致すれば上手くいくと思ってます」

 洋介は花屋の店内で草花に囲まれて一時間ほど考え込み、花の意見に耳を傾けてこの難題に取り組む方法を導き出した。

 その間、花屋の玄関にクローズの告知がされ、テラス席のテーブルにアイスハーブティーとチーズケーキが置かれて、千聖と正美がもてなされた。

 由香里と望美と優花が二人の話し相手になって水の錬金術師の動きを待ち、現在、花の占いが進んでいる。


「難しく考えないで、ナチュラルに花の声に耳を傾けて欲しい」

 白いテーブルを丸く囲み、洋介の両隣に由里子と望美、優花、正美、千聖の順番で座った。

「なんか緊張しますね」

「大丈夫だよ、正美さん。リラックスして水の中の花を心に浮かべるんだ」

 優花が弟子として、年上の正美に水の錬金術師の所作を教えている。

 きっと待ち時間に師匠の凄さを説明したのだろうが、刑事の千聖に効果はなく、コップを見詰める冷たい視線を感じて洋介は苦笑いしそうになった。


 白いテーブルに置いた道具箱から白と黄色の硝子容器が選ばれ、その粉を銀のスプーンで掬って、ひとさじずつコップに入れて水の中でジュワッと泡立て、軽くガラス棒でかき混ぜる。


「いつもはこの水を口に含んで花の想いを読み取るのですが、邪念が強過ぎるので、皆さんの力を借りてコップの水の中に呼び寄せます」

 そう言って両隣りと手を繋いで目を閉じてもらい、全員の意識をコップの水に沈む花びらに集中させる。

「コックリさんみたいですね?」

 正美がそう言って隣の優花も微笑んだが、千聖以外は手をしっかり握って真面目に花の想いに耳を澄ました。

「もう少し、理論的な捜査はできないのか?」

「刑事さん。貴方は夏の陽射しの強い日に、水の錬金術師と呼ばれる不思議な探偵の噂を聞いてここに現れた」

「そうよね。火の錬金術師を追っているんでしょ?」

「そうだが。それは詐欺師の隠語だと思っていた。これは魔術なのか?」

「深く考えるな。貴方は恋をしたことはないのか?」

「あるわよ」

「花を美しいと思ったことは?」

「ありますー」

「それじゃ、目を閉じてゆっくり鼻から息を吸って、そよ風のように吐き、花の想いを感じ、水に溶ける時の流れを心の中に映しこむのです」

 洋介と千聖の言葉のやり取りが、催眠術のよつに耳から心に染み渡り、手を繋ぐ感触に温かい気のエネルギーが伝わって、花畑に包まれている感覚が押し寄せた。

『なんなの?花の香りがする……』

『ひまわり?』

『サルビアもある』

『夏の風景だね』

『幻影なのか?』

『きっと友紀子のイメージだよ』


 正美は友紀子が夏休みに旅行に行きたいと言ってのを思い出した。カフェのテーブルの上にハイビスカスの花を置き、九州の旅行雑誌の写真を二人で見て、笑顔で話したシーンが頭の中に蘇る。

『なんなの?』

 目を閉じて、心の中で呟く会話が手から伝わり、まるで電波みたいに流れて隣に巡っている。

『テレパシーみたい』

『映像も見えるよ』

 太陽の光を受けて咲く「ひまわり」「サルビア」「ハイビスカス」「はまゆう」の鮮やか花畑の映像がコップのガラス面に上映された。

『小さなパノラマだ』

『五感の共有?』

 不思議な事に視覚も聴覚を臭覚も共有して幻影の中に入り込んで会話をしている。カフェで正美が飲むコーヒーの味さえ舌に感じた。

『水の錬金術師のマジックか?』

 千聖の疑惑の呟きが他の者にも伝わったが、優花と由香里と望美の信頼感と正美の純粋な想いで洋介の能力が発揮されている。


『問題はここからだ……』

 太陽の陽射しが翳り、カフェで楽しそうに話す友紀子の笑顔に冷たい声が浴びせられた。ハイビスカスの花が読み取った悲しみであるが、正美には悟られないように、そっと心の中に押し込んだ。

 しかし、濁った水に小さなダムが汚されているのを感じる。

『なんでセンターなん?』
『グループのゴミ』
『キモい』
『消えろ』
『汚い』
『嫌なら辞めなよ』


 アイドルグループの人気が出始めた頃、ちょっとしたファン同士の揉め事に巻き込まれて、SNSで誹謗中傷のコメントを書き込まれるようになった。


 友紀子は小学校から仲良しの正美に相談したかったけど、せっかくの大切な時間を台無しにしできない。

『勇気を出して、もっと頑張らなきゃね』

 正美と別れた後、友紀子は久しぶりに普通の女子高生に戻った感じがして、こんな事で挫けちゃダメだと反省した。


 そして笑顔で実家に帰って家族揃って夕食を食べたのだが、二階の部屋に入ってスマホを見ていると気持ちが落ち込んだ。

『言葉の棘だ……』

 洋介の呟きに、正美が目に涙を浮かべて項垂れる。

『ユキコ。なんで相談してくれなかったの?親友じゃないか?』

 その悲しげな姿を見て、正美がコップのガラス面に映る友紀子に泣きながら話しかけたが、これはハイビスカスの花が見た過去のイメージであり声は届かない。

『親友じゃないか?』


『シビアな世界に住む者ほど悩みを抱えてしまう。口にすると、心の壁がひび割れて、夢も自分も壊れてしまう恐怖がある。美しい硝子の服を着た騎士なのさ』

 洋介がそう正美に伝えた時、ベッドに腰掛けた友紀子の背後にあの心霊写真に映っていた目が現れた。

『コイツだ』


 友紀子もその目に気付いて振り返ると、コップに映った部屋の映像は消えたが、目はガラス面からコップの水に入って残った。

 一瞬水が泡立ち、花びらに隠れていた金魚が泳ぎ出すように魔女の目が浮き上がり、睫毛を揺らして水の中でこっちを覗き見している。


『ひえっ』

 優花と正美が身を引き、望美と由香里も顔を顰めたが、千聖だけは眉間に皺を寄せて睨み付けた。

『コイツが犯人か?』

 その問いを愚弄するように魔女の目はクルッと回って、金魚が尾で水を跳ね上げるように泳いでくぐもった笑い声を発した。

『クッ、クックゥ……』

『アホはクソ食って死ね』

『生配信ですね?』

 洋介は水のアブクに混ぜて悪態を発する魔女の目に冷静に問いかけた。さっきまでは花が読み取った記憶であるが、この目はリアルタイムの映像である。

『気になって、見に来たんだろ?』

『そうなのか?名前を言え』

 千聖が顔を近付けてそう問い詰めが、目は無視して泳ぎ回り、洋介に興味を示して時折視線を送る。

『おまえは能力者だな?』

『貴方はベラドンナの目。腐った香りで、すぐわかりました』

 ゾクゾクするような恐怖感は消え、家族と友だちの温かみを心に感じて、洋介は正体を読み取ろうとしたが、魔女の目は強力な妖気を発している。
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