「水に溶ける恋」花と読み解く物語

田丸哲二

文字の大きさ
42 / 43

仮想の対決

しおりを挟む
『邪魔をするつもりか?』

 水の中で洋介を睨み付け、大きな瞳から滲んだ一粒の黒い涙が水に揺れて煙のように上昇し、水面にプクッと泡立つ。洋介それが憎しみの感情であり、SNSと霊力を利用して黒い毒の悪意を振り撒き、俳優や歌手を自殺に追い込んだと推測した。


『貴方は風船に針を刺して楽しんでいる』

『美女がブスに真実を告げて何が悪い。死は認めたって事だろ?』

『美女?実際はどうなんだ。目付きの悪い、狐目なのでは?』

 適当な発言であるが、洋介はデフォルメされたベラドンナの目は真逆の変身を意味するのではないかと推測し、相手の動揺から的中していると思った。

『ふっざけんな。ありえねーわ。観客がびっくりするほどの美眼だからね』

『それなら、見られる者が繊細なのは知ってるだろ?』

『ふん、弱者ではスターになれないのさ。お前も繊細な騎士なんだろ?死ねば」

『なるほど。貴方はスターだったのですね?もしくは目指していた?』

 その言葉で前園塔子は水の錬金術師に巧みに誘導尋問されていると気付き、目はコップの水の中で暴れ出し、黒い涙で完全に水は濁り、水面からもベラドンナの毒の湯気が湧き上がった。


 優花と正美が悲鳴を上げ、望美と由香里も顔を引き攣らせて仰け反ったが、なんとか手の指先を絡ませて洋介と輪を結んでいる。

 しかし千聖はコップの水が泡立って黒くなり、ベラドンナの目に逃げられると思って自ら手を離した。

『ブチッ』という電線が切れる衝撃音とコップの破裂音がして毒液の飛沫が飛散し、全員がテーブルから弾き飛ばされたが、千聖は踏み止まって左手で腰の手錠に触り、右手を前いっぱいに伸ばす。

『逃がすか!』

 刑事の執念なのか、千聖は腕と顔に黒い毒水を浴びながらも黒い水の中から何かを掴んで取り出した。

『キャァーッ!』

 指に黒い髪の毛が巻き付き、それが壊れたコップの底へ続いている。それを見て千聖は白目を剥いて気絶し、膝から崩れ落ちるのを洋介が抱き抱えて椅子に座らせてやる。


「怖いもの知らずかと思ったが、人間らしいところもあるんだな」

 自分も顔に黒い水飛沫を浴びたが、頬の滴を指で掬って舌で舐め、暫し目を閉じて口に含んでから吐き出す。

「火の錬金術師が関わっているのは間違いないが、その質問をする前に逃げられた」

 洋介は残念そうにコップが割れて水がこぼれたテーブルを眺めた。

「洋介。大丈夫なの?」

 テーブルから少し離れた位置で姉の由香里が心配そうにしている。その後ろに優花と正美が隠れ、望美は壁側に置いてあった鞄からカメラを出してテーブルの上を撮り始めた。

「もう、悪意の霊力は消え去ったよ」

 黒い髪の毛の幻影は消え、コップの破片は飛び散っているが水は黒ではなく黄色に戻り、ハイビスカスの花びらだけは黒く変色している。

「逃げられたのね?」

「うん。でもかなりの情報が得られた。もう、この方法は通用しないだろうけどね」



「あれは幻影だったのか?」

 暫くリビングのソファーに横になっていた千歳が、床に座り込んで温かいお茶を飲んでいる望美と洋介に質問した。

「洋介。気が付いたみたいよ」

 姉の由香里は優花を連れて店の車で正美を送りに行き、洋介と望美は今後の相談をしていた。望美の横には一眼レフカメラが置いてあり、テーブルに流れた水と黒ずんだハイビスカスの花びらが映っている。

「そうだね。幻影かって問われても、自分が感じたままでいいと客には説明している。自然の光と風に疑問を抱く者はいないだろ?」

「俺は客ではないぞ」

「まだ偉そうなこと言ってるよ。刑事の性分なのかね。根性だけは認めるけどさ」

 望美がそう言って微笑み、温かいお茶を入れてテーブルの上に差し出した。

「近未来ではVRゴーグルをしなくても仮想現実を体験できるらしい。そう考えれば不思議な現象も科学で説明される。これでいいか?千歳刑事」

「なるほど」

 千歳は納得した訳ではなかったが、そう呟いて体を起こしてお茶を飲み、手のひらを見て髪を握った時の感触を蘇らせて顔を顰めた。

「光の幻影を信じれば神になり、黒い影に恐怖を感じれば悪魔が生まれる」

「やだ、洋介ったらマジで変なこと言わないでよ」

 望美がそう言って大袈裟に震えてみせたが、千聖はもう洋介を馬鹿にしたり蔑んだりはしなかった。寧ろ、この水の錬金術師しかこの事件を解決できないと納得した。

「記憶を呼び起こして夢を見るのに似てたが、感触は妙にリアルだった」

 千聖は濡れた唇を手の甲で拭って拳を握り締め、瞳の輝きを取り戻して二人を睨んだ。

「それで、これからどうする?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...