魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ

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獣王国ベスティア

再誕せし神の泥

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 【聖獣が倒れた】

 誰もがそう感じ歓喜の声が響く。前線の兵士が避難した獣王宮からは動ける者たちが身を乗り出し、飛べるものは空から見る。

 当然、その場にいたグレイもそう感じた。
 何故なら、半身を切り裂かれて生きている生物など魔物であろうと魔獣であろうといるはずもない。

 巨体は右半身が無くなった事でバランスを崩し崩れ落ちる。傷跡から大量のどす黒い血を吹き出し自身の周りを池のように覆っていく。

「やった…?やった、やったにゃ……!これでもうママが死ぬ事はないんだ」

 長年母を獣王と言う肩書きから解放する術を模索してきたネロは遂に達成した悲願を前に緊張の糸が切れ、地面に座り込む。

 ジーク達も聖獣の様子や辺りの歓声に武器を下ろした。


 だが、ただ一人だけこの状況でも未だ聖獣を見る者がいた。
 大勢の部下が切り裂かれ、踏み潰され、噛み砕かれ、呑み込まれて。

 たった一人の生還者として戻ってきた。

 獣王だけが終わりではない事を知っていた。

「まだだ!!もう一度消し炭になるまで撃て!!」

 その声に驚いたグレイだが、その鬼気迫る様子にすぐに残りの魔力でルーンを描く。
 だが、遅かった。

 死んだ聖獣を上空から見ていた獣人の一人に影が落ちる。獣人は上を向くのも間に合わず影の正体を見る前に影ごと地面へと落下した。

「は……?」

 頭の中が真っ白になったネロから発せられた一言はその場にいた者たちの代弁だった。

 何故なら、聖獣が動いているのだから。

 いや、動いていると言うのは誤りだろう。正しくはだ。
 純白の毛で覆われていた筈の聖獣の身体は身体から吹き出した血で汚れどす黒くなっていく。そして、獣人を襲った影もまた同様にどす黒い液体のような物。

 その全てが脈動し、蠢き、立ちあがろうとしている。

「なん、だ、こいつ……」

 冒険者として数ある魔物、魔獣を見たジークでさえも聖獣の変容に言葉が出ない。
 その場にいる全ての者が言い表しようのない恐怖を抱え、手を振るわせる。
 その間にも聖獣は変容し続け落ちた獣人すらも取り込んで形を成していく。

 純白の毛は薄汚れた吐瀉物のような色に、右半身はかろうじて再生した後ろ足で立ち、まるで泥で作った狼人形のような。
 しかし、一つだけ前と明らかに違う部位が付け加えられた。

「つば、さ……?なんでにゃ、まるで……!」

 圧縮ルーンを作っていたグレイすらその異様な聖獣の変容具合に驚き手が止まる。
 まるで、あの空中から落ちた獣人の様な翼を携えた聖獣はその巨体を背中に生えた両翼で空へと飛翔する。

「アイツ、何処に行く気だ!?」
「アレの向いている方向……まさか!?獣王宮に行くつもりか!?グレイ、まだ出来ぬのか!」
『後もう少し!』

 聖獣はグレイ達から視線を獣王宮、更に言うと補給部隊と前線から引いた兵士たちに変更した。
 まだ、翼に慣れていないのか上は下へと身体が浮き沈みを繰り返しているものの、徐々にぎこちない動きが滑らかになっていく。

 まるで雛鳥が飛び方を倣うかの如く餌を求めより多い場所へと飛ぼうとしているのだ。

「くっダメ、高過ぎて矢も届かない」

 唯一の遠距離攻撃手段を持つライラもどうにかして撃ち落とそうと矢を撃ち続けるが、聖獣まだは届かない。

「来るなッ落ちろ死に損ない!」

 飛べる者達を中心に聖獣へと攻撃を開始し始める。魔封石は使い切った為、剣や槍、中にはそこらの岩を投げつける者までいた。

 しかし、聖獣の勢いは止まらないどころかその止めようとした獣人達にも牙を向く。
 身体から吐瀉物色の触手のようなものを伸ばし攻撃して来た獣人達に襲いかかる。
 おおよそ狼としての攻撃手段ではない。まして、生物としても怪しいところ。

 更に飛行速度を増す聖獣は獣王宮へあと少しと言うところまで辿り着いてしまった。


◇◇◇

「うわぁここまで来たぁ!」
「なんなんだよ、あれはぁ!」
「助けて、誰か!」

 阿鼻叫喚、絶体絶命、逃げる時間などなく、逃げ場も無い。
 聖獣に届く攻撃手段も無く、まして戦えない者達の集まりが何でもいいから助けになりたいと集まったのが補給部隊だ。戦えるはずもない。

 だが、そんな中でを吐く者もいた。

「だから人間など信用するべきではなかったのです。これは我らの戦いで私の戦い。ただ一人王宮で友たちを見送ってしまった私の贖罪の場。何であろうとここは通しはしないぞ」

 巨大な蛇が補給部隊を守るようにトグロを巻いて立ち塞がる。裂けた瞳孔で聖獣を見る。

 元々事務次官であったヴリトラは戦闘など得意どころか苦手であった。それ故に十年前は獣王宮で友を見送った。
 しかし、帰ってきたのは友の伴侶のみ。だからこそ、誰も死なないように誰も悲しまないようにと後ろ暗いことも何度もしてきた。

(此処こそ私の死に場所。命の使い所ですね)

 チラリとネロとアグリナのいる方向を見たヴリトラは少し微笑み視線を聖獣へと戻す。
 大きく口を開いたヴリトラはまるで弾丸のように毒を発射していく。
 
 聖獣はその毒弾を避けるがその巨体故に全ては避けられずその身体は徐々に紫がかっていく。生えた翼の動きが毒によって阻害されたのか聖獣の歩みが遅くなる。

 しかし、その毒もすぐに適応し再度侵攻を開始し始める。

「ダメか……リリ、ララ後を頼みますね」

 残る兵士たちをリリ、ララに任せたヴリトラはトグロを巻いていた身体で中の兵士を傷つけないように解きながら前に出る。

 そうして聖獣が獣王宮の立つ霊峰に接近した瞬間、ヴリトラがその巨体で絡みついた。
 流石の聖獣といえど自身と同程度の大きさのヴリトラを支える事はできず、落下した。
 
 土埃をたてながら地面に激突したヴリトラだが、その巨体の柔軟性ゆえに大したダメージは負わない。だが、聖獣もそれは同じ。
 骨すらないのではと思うほどに液体が地面に落下したような感触をヴリトラは感じた。

 そして、自身が聖獣に呑まれていく感覚も。

(私の身体を呑むには時間がかかるでしょう……あぁ死にたくないなぁ)

 今際の際、最期まで死んでいった仲間たちのように果敢に死ぬつもりであったヴリトラだが、やはり恐怖は感じるのだと呑まれながらに思う。

 そんなヴリトラを祝福するかのような純白の光が聖獣とヴリトラを包み込んでいく。
 円形に広がっていくそれは地面を削りながら膨張していく。
 
 光が晴れ土埃の先には呑まれたかに思えたヴリトラが居た。

「これは、一体……?」
『ルーンで圧縮ルーンに耐えられるように強化しておいた。無事でよかった』
「自爆なんて腹黒がするもんじゃないにゃ。お腹を壊して暴れられたら困るにゃ」

 魔獣化したネロからグレイが降りる。
 圧縮ルーンをネロの背で完成させながらギリギリの所でヴリトラの身体に強化のルーンを施すことが出来た。
 肝心のネロは悪態こそついているものの、目は潤んでおり、本音はわかりやすい。

「聖獣はどうなりましたか?」
「グレイのルーンをまともに喰らって跡形もなく消滅したのを見たにゃ」
「そうですか、よかっ」

 ヴリトラはネロの言葉を聞いた途端、魔獣化が解け、後ろに倒れた。
 いかに身体を強化したとはいえ、グレイのルーンを喰らった身体はボロボロ。
 獣王宮から降りてきたリリ、ララによってヴリトラは王宮へと担がれていった。
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