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謎① 嫉妬深いレディ
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先生は、のほほんとした声でたずねた。
「呼び出した理由と、僕が作家とカウンセラーを兼業している理由と、どっちから聞きたいかね」
「えっと、じゃあ、兼業の理由で。どっちが本業なんですか?」
「作家だね。大学時代に地方文学賞を取って、それが処女作として出版されて、そこから10年間で8冊、あと雑誌にエッセイの連載を持ってる」
「そんなに!?」
驚いて大声を出すと、先生は首の辺りをぽりぽりとかいた。
「卒論やら臨床心理士の試験やらで、ちょっとお休みしたからね。一途にやっていればもっと出せたと思うけど」
「それでもすごいです……先生、有名なんですか?」
先生は、試すような目でこちらを見下ろした。
「作家志望の君が、ミステリー以外の分野の本とか、純文学系の賞をチェックしていれば、知ってるかもね」
うっ、と言葉に詰まる。
興味がある本しか読んでいないし、賞の話は、ニュースで芥川賞がどうのこうのをチラッと聞くだけしか知らない。
でも、話の裏を返せば、本屋で文芸作品のコーナーに立ち寄れば普通に並んでいたり、デビューしたあとも何かの賞を取ったということなのだろう。
「じゃあ、カウンセラーをやってる理由はなんですか?」
「ネタ集め」
「え?」
「ねたあつめ」
はっきり発音されたけど、別に聞き取れなかったわけじゃない。意味が分からなかったのだ。
困惑する俺を見て、先生は口元にこぶしを当てた――ここまでで分かったけれど、先生は多分、笑いをこらえるのが苦手だ。
「いやあ。ただ書くだけの人生なんてつまらないし、外へ出ないと、インスピレーションも湧かないでしょう。それで、この世で最もネタ集めに効率の良い職業を考えたら、スクールカウンセラーだったというわけ」
「どうしてですか?」
「悩める青少年の心の機微を観察でき、そのうえ定時で帰れる。週3日しかない。授業時間はひまだ」
「そんな理由で……」
思わず小声が漏れてしまった。
しかし去年の記憶をたどってみると、相談室の先生は、毎週月曜日の朝昼に校舎内を巡回しているところしか見たことがなかった。
あとはずっと相談室にいるのだとしたら、ひまそうではある。
「授業の間はずっと執筆してるんですか?」
「相談室登校の生徒がいなければ」
「いたら?」
「至極のネタとして思う存分話を聞き、家に帰って執筆する」
信じられない。
ネタ集めというのは、ひとの悩みをネタにするということなのだろうか――そうだとしたら、とんだ大人だ。
目を丸くしていると、先生はニヤニヤとしながらあごをなでた。
「ああ、面白い。思った通りだ。君、面白いね」
「初めて言われました」
「僕は一目見た時から面白そうだと思ったけど」
一目……ノートを読み上げられていたときじゃないか。
あのときは優しさに感謝したけど、腹の底では生徒なんてみんなネタでしかなく、俺もそのひとりだったのだと思ったら、途端悲しくなった。
「先生もからかうんですか」
「はて、何を」
たきつけた張本人がなぜか、俺が不思議なことを言ったかのような見るような目で見てくる。
黙っていると、先生は肩をすくめて「まあ聞きなされ」と言い、俺の頭にぽんと手を置いた。
「君は、自分で思っている以上に個性的な人物だ。目の前のことしか面白がれない調子乗りに遠慮して、教室の隅っこでぐじぐじしていているのはもったいない」
「ぐじぐじ」
「作家の素養もある。創作行為に生きるだの死ぬだのを見出す感じのひと、僕は好きだね」
「どういう意味ですか」
「書くものは、文章はめちゃくちゃだけど、映像的だ。たくさん読んだんだね、探偵モノ」
俺の言葉は完全に無視で、ほぼ独白だ。
あいずちをあきらめると、先生は急に上体をかがめて、俺の顔をのぞき込んだ。
「君、書生にならない?」
「書生?」
「うん、書生。分かる?」
「えっと……作家の身の回りを世話する弟子みたいな感じですよね?」
「そうだね」
言葉の意味は分かるけれど、先生が言っている意味は分からない。
「書生になるってどういうことですか?」
「意味そのままに、用事を手伝ってもらう代わりに、教えてあげてもいいってことだよ」
「用事って? 何をすればいいんですか?」
「取材活動。ひとの面白そうな話に首を突っ込んでネタ探しをすることがよくあって、そこに君のトンチ……若者ならではの見解があると、非常に有意義だなと。君の作品づくりの地肉にもなって一石二鳥。悪くない話だと思うけど。だって君、土日ひまでしょ?」
そういえば先生は、相談室で、俺が部活に入っていないことを確認していた。
なるほど。元々俺がひまであることを見込んで、本気ならば問題を解いてこい、来られる程度に頭が働くやつならネタ探しのお供にちょうどいいと。
呼び出されたのは、そういう理由だったのか。
理由がスッキリしたところで、新葉先生、もとい、優しさのお面をかぶった珍妙作家の様子を眺める。
カンカン帽のてっぺん押さえ、斜め下の地面へ顔を背けていて……本当に笑いをごまかすのが下手だ。
「それで、小説の書き方を教えてくれるんですか?」
「うまく書けたら、僕の担当編集に一筆添えて紹介してあげよう」
「え!」
願ってもいないチャンスだ。
「どう? いい話でしょ?」
「はい! ぜひお願いします!」
先生は帽子を取り、顔をすっぽり隠してしまった。
「笑わないでください。うれしかったんです」
しばらく肩を震わせた先生は、カンカン帽を少し下にずらし、目だけチラッと見せて、言った。
「君、面白いね。それにちょっと可愛い」
「かっ……?」
慌てる俺の反応を見て、また顔を隠し、肩を小刻みに揺らす。
「あのー、先生」
「何だね」
「先生って、学校の雰囲気と休みのときで全然違いますけど、どっちが素なんですか」
本日最大の疑問を投げかけると、帽子をかぶり直した先生は、すーっと目を細めた。
「そんなの、学校で猫をかぶってるに決まっているでしょう」
「そうですか」
やっぱり、とんだ大人だと思った。
<謎① 嫉妬深いレディ 終>
「呼び出した理由と、僕が作家とカウンセラーを兼業している理由と、どっちから聞きたいかね」
「えっと、じゃあ、兼業の理由で。どっちが本業なんですか?」
「作家だね。大学時代に地方文学賞を取って、それが処女作として出版されて、そこから10年間で8冊、あと雑誌にエッセイの連載を持ってる」
「そんなに!?」
驚いて大声を出すと、先生は首の辺りをぽりぽりとかいた。
「卒論やら臨床心理士の試験やらで、ちょっとお休みしたからね。一途にやっていればもっと出せたと思うけど」
「それでもすごいです……先生、有名なんですか?」
先生は、試すような目でこちらを見下ろした。
「作家志望の君が、ミステリー以外の分野の本とか、純文学系の賞をチェックしていれば、知ってるかもね」
うっ、と言葉に詰まる。
興味がある本しか読んでいないし、賞の話は、ニュースで芥川賞がどうのこうのをチラッと聞くだけしか知らない。
でも、話の裏を返せば、本屋で文芸作品のコーナーに立ち寄れば普通に並んでいたり、デビューしたあとも何かの賞を取ったということなのだろう。
「じゃあ、カウンセラーをやってる理由はなんですか?」
「ネタ集め」
「え?」
「ねたあつめ」
はっきり発音されたけど、別に聞き取れなかったわけじゃない。意味が分からなかったのだ。
困惑する俺を見て、先生は口元にこぶしを当てた――ここまでで分かったけれど、先生は多分、笑いをこらえるのが苦手だ。
「いやあ。ただ書くだけの人生なんてつまらないし、外へ出ないと、インスピレーションも湧かないでしょう。それで、この世で最もネタ集めに効率の良い職業を考えたら、スクールカウンセラーだったというわけ」
「どうしてですか?」
「悩める青少年の心の機微を観察でき、そのうえ定時で帰れる。週3日しかない。授業時間はひまだ」
「そんな理由で……」
思わず小声が漏れてしまった。
しかし去年の記憶をたどってみると、相談室の先生は、毎週月曜日の朝昼に校舎内を巡回しているところしか見たことがなかった。
あとはずっと相談室にいるのだとしたら、ひまそうではある。
「授業の間はずっと執筆してるんですか?」
「相談室登校の生徒がいなければ」
「いたら?」
「至極のネタとして思う存分話を聞き、家に帰って執筆する」
信じられない。
ネタ集めというのは、ひとの悩みをネタにするということなのだろうか――そうだとしたら、とんだ大人だ。
目を丸くしていると、先生はニヤニヤとしながらあごをなでた。
「ああ、面白い。思った通りだ。君、面白いね」
「初めて言われました」
「僕は一目見た時から面白そうだと思ったけど」
一目……ノートを読み上げられていたときじゃないか。
あのときは優しさに感謝したけど、腹の底では生徒なんてみんなネタでしかなく、俺もそのひとりだったのだと思ったら、途端悲しくなった。
「先生もからかうんですか」
「はて、何を」
たきつけた張本人がなぜか、俺が不思議なことを言ったかのような見るような目で見てくる。
黙っていると、先生は肩をすくめて「まあ聞きなされ」と言い、俺の頭にぽんと手を置いた。
「君は、自分で思っている以上に個性的な人物だ。目の前のことしか面白がれない調子乗りに遠慮して、教室の隅っこでぐじぐじしていているのはもったいない」
「ぐじぐじ」
「作家の素養もある。創作行為に生きるだの死ぬだのを見出す感じのひと、僕は好きだね」
「どういう意味ですか」
「書くものは、文章はめちゃくちゃだけど、映像的だ。たくさん読んだんだね、探偵モノ」
俺の言葉は完全に無視で、ほぼ独白だ。
あいずちをあきらめると、先生は急に上体をかがめて、俺の顔をのぞき込んだ。
「君、書生にならない?」
「書生?」
「うん、書生。分かる?」
「えっと……作家の身の回りを世話する弟子みたいな感じですよね?」
「そうだね」
言葉の意味は分かるけれど、先生が言っている意味は分からない。
「書生になるってどういうことですか?」
「意味そのままに、用事を手伝ってもらう代わりに、教えてあげてもいいってことだよ」
「用事って? 何をすればいいんですか?」
「取材活動。ひとの面白そうな話に首を突っ込んでネタ探しをすることがよくあって、そこに君のトンチ……若者ならではの見解があると、非常に有意義だなと。君の作品づくりの地肉にもなって一石二鳥。悪くない話だと思うけど。だって君、土日ひまでしょ?」
そういえば先生は、相談室で、俺が部活に入っていないことを確認していた。
なるほど。元々俺がひまであることを見込んで、本気ならば問題を解いてこい、来られる程度に頭が働くやつならネタ探しのお供にちょうどいいと。
呼び出されたのは、そういう理由だったのか。
理由がスッキリしたところで、新葉先生、もとい、優しさのお面をかぶった珍妙作家の様子を眺める。
カンカン帽のてっぺん押さえ、斜め下の地面へ顔を背けていて……本当に笑いをごまかすのが下手だ。
「それで、小説の書き方を教えてくれるんですか?」
「うまく書けたら、僕の担当編集に一筆添えて紹介してあげよう」
「え!」
願ってもいないチャンスだ。
「どう? いい話でしょ?」
「はい! ぜひお願いします!」
先生は帽子を取り、顔をすっぽり隠してしまった。
「笑わないでください。うれしかったんです」
しばらく肩を震わせた先生は、カンカン帽を少し下にずらし、目だけチラッと見せて、言った。
「君、面白いね。それにちょっと可愛い」
「かっ……?」
慌てる俺の反応を見て、また顔を隠し、肩を小刻みに揺らす。
「あのー、先生」
「何だね」
「先生って、学校の雰囲気と休みのときで全然違いますけど、どっちが素なんですか」
本日最大の疑問を投げかけると、帽子をかぶり直した先生は、すーっと目を細めた。
「そんなの、学校で猫をかぶってるに決まっているでしょう」
「そうですか」
やっぱり、とんだ大人だと思った。
<謎① 嫉妬深いレディ 終>
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