婚約破棄された貧乏令嬢は、今日こそモテたい!

ともり

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5. 一年後の7月18日 アリーの部屋

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 騎士団の帰還から一年と一ヶ月が経った。つい数日前に誕生日が来て、わたしはひとつ年を取った。
このままだらだらと過ごして、一人ぼっちでおばあさんになってしまったらどうしよう。


 ヘンリーが行方不明になったと聞いてから、家族と話し合い、ヘンリーの帰還を一年待った。
クラークの家督をヘンリーが継いだことで、ヘンリーが帰ってこなければクラーク公爵家はお取り潰しになってしまう。
一ペニーで手に入れたクラーク家の土地を王家に献上した後ろめたさに、残されたホームズ家の人間はクラーク家に対して、いつだって後ろめたさを感じているのだ。


 この一年、これは幸いとばかりに、わたしは実家でゆるゆるとした時間を過ごしていた。日記を書き、姪の遊び相手になり、ときには趣味のペガサス乗馬をした。
義姉には、いつも家にいるなら少しは社交の場でいい人脈とつながるなり、家の手助けをするなり、家のお荷物でいるなと叱られるけど、お茶会やパーティーに行くにはドレスを新調する必要がある。
費用がかさむと文句を言われるので好都合と家にこもっていたが、そろそろ義姉の小言にもうんざりだった。


 その日は突然やってきた。
ついに実家の経営が苦しくなり、わたしはとうとう援助目当てに見合いをさせられそうになってしまった。

 今朝、朝食のあと義姉にいつもの小言を聞かされていたのだが、話はそれだけでは終わらなかった。
見合い話があるからぜひ受けるようにと言われた。父さんと兄さんは、そろそろ見合いも受けてみたらいいだろうと賛成している。
ほんと、裏切りもいいところ。

 元々は貴族向けに魔法のキャンドル事業で成功したおじい様が、ギャンブルでクラーク家の土地をタダ同然でもらってしまい、その土地を欲しがっていた先代の王に献上したことがきっかけだった。落ちぶれてしまったクラーク家を援助するために、ヘンリーとわたしの婚約は結ばれた。
しかし時代と共に状況も変化し、いつのまにかホームズ家は援助を必要とするまでに没落していた。

 商売に興味のない父さんと、人はいいがビジネスセンスのない兄さんの手へと事業が渡るにつれ、ホームズ商会の経営は悪化していき、産業革命による蒸気ランプの普及も向かい風となり、商会はかつての勢いを失っていた。

 わたしは見合いの書類と肖像画をこっそりと盗み見た。
「ムーア将校?うそでしょう」

 世間に疎いわたしでも知っている。ムーア将校は見合い相手としては向かない。

 彼はかなり悪評の人物で、パーティー荒らしとして有名だ。社交界デビューしたばかりの令嬢に声をかけるせいで、ムーア将校が参加するパーティーの主催者には、いつも苦情が殺到するそうだ。
そのくせ彼の周りにいるのは女優や得体のしれない派手な女性たちだ。有名な富豪の相続人になって、莫大な遺産を受け継いだのは、有名な話だ。その遺産で彼は好き勝手に遊んでいる。

 みんな迷惑しているけど、同じ階級の仲間だから我慢している。
でも実は彼の荒唐無稽なゴシップを楽しんでいる人も多い。

「彼を知っているの?素敵な紳士でしょ」
知っているなら話が早いと、義姉は肖像画をわたしに押し付けてくる。

わたしはムーア将校の肖像画を義姉に押し返す。

「ねえ、キティ。ムーア将校はホームズ家にとって不利益にしかならないわ。
何度も離婚して醜聞を繰り返しているのよ。ホームズ家に泥を塗ってもいいの?
人は、この手のスキャンダルが大好きよ。こんな人と結婚なんてことになったら、うちに大勢の野次馬が押しかけるわよ。
親戚にも笑われちゃうわ」

親戚に馬鹿にされるのが大嫌いな義姉は苦虫をすりつぶした顔になった。

「アリー、家のために何かしなさいよ。この家の人間ってば、本当に誰も働かないんだから」と、ぶつぶつ文句を言っている。

確かにその通りだが、義姉もたいして役に立っていないのも事実だ。決して本人には言えないけど。


 わたしは、義姉の気が変わらないうちに、急いでドローイングルーム居間を出て、自室へと非難した。
ムーア将校との見合いはうまいこと断れそうだけど、またいつとんでもない見合い相手を探してくるかわからない。

 窓に面したウィンドウシートに座り、わたしは考えた。なんとか逃れる手はないだろうか。
寄宿学校時代のルームメイトであるルーシーが言っていたように、やはり経済的にも実家から独立するしか手はなさそうだ。

 父さんが読み終わったあとの新聞を持ってきたので、さっそく求人欄に目を通す。

 数分もしないうちに、わたしは絶望的な気持ちになった。
専門的な学校を卒業していない、世間知らずのご令嬢であるわたしには、どうやら応募資格すらなさそうだ。

貴族の令嬢向けのマーガレットフィル記念女学院は、アスリエル王国トップの女子のための名門学校だ。
他の伝統校と比べると歴史は浅いが、女子も男子と同様の教育を目指して作られた学校で、男性には引けを取らない女傑を多数世に送り出している。そこでわたしは一通りの常識と魔法の知識を学んだ。
でも、それを活かせる仕事は女のわたしには全くない。

 同級生のようにはうまくいかないものだ。
ルーシーは小説家として成功したし、カミラは実家の家業に口を出し、うまいこと商会を牛耳っている。
どうしてわたしには、彼女たちのような才能がないのだろう。

 わたしはすっかり落ち込んでしまって、クッションを抱きしめて、おいおいと泣いた。ひとしきり泣いたところで、クッションを体から離し、元の場所に置いた。

そのとき、ルーシーが送ってくる雑誌が目に入った。ルーシーは自分の小説が載ったその雑誌を毎月送ってくるが、読んだのは最初の方だけで、まったく読まなくなっていた。
昨日最新号が送られてきて、ウィンドウシートの隅に放り投げておいたっけな。

わたしはその雑誌を開き、ぱらぱらとページをめくった。
見つけちゃったかも。

 夏休みの間、貴族の令嬢の家庭教師を募集している。
応募資格は「アスリエル王国の名門女子校を卒業している才女」だそうだ。私にも資格がある!
名門女子校と呼ばれる学校はアスリエル王国には三つしかない。マーガレットフィル記念女学院、ローズタワー女学院、メリークレア女子学院だ。
夏休みということは、八月のまるまる一ヶ月だろう。一ヶ月住み込みということは、その間は実家から離れられる!
うるさい義姉に小言を言われなくて済むなんて、きっと天国に違いない。魔法の知識を活かせる仕事があるなんて夢のようだ。


 わたしはさっそく手紙を書いた。住所は王都の隣の州なので、明日にはきっと届くだろう。


 すぐに返事が来た。三日後に面接をしたいので、来てほしいとのことだった。

 わたしは実家から逃げるようにして、三日後の指定された時間に面接のために募集先の屋敷に向かった。

 王都パールモルネから列車を乗り継ぎ、北へ一時間。のどかなデムーンストーン州にある、築三百年の《キャットワースハウス》だ。

どこまでも芝生が続く歩道をひたすら歩き、うっすらと全身に汗をかいたころ、やっと建物が見えてきた。城と言っても差し支えないほど巨大だ。
その前には噴水が涼しい整形庭園が配置され、暑い七月には水しぶきの音が聞こえるだけで気持ちがいい。

 わたしは深呼吸をすると、呼び鈴を鳴らした。
広大な屋敷は、王都育ちのわたしが見たことがないくらいに立派だった。王都は土地がせまく、大貴族の屋敷でもこれほど広大ではない。

 中に通され、この伯爵家の女主人であるシーモア夫人にインタビューを受けた。
わたしはふと、あるものに目がいった。夫人はわたしの視線をたどると「ああ、これ」と言って、雑誌を手元に置いた。
それは、まさにこの募集をみつけて応募することになった雑誌だった。
「その雑誌を見て、この仕事に応募したんです」

「あなたもこの雑誌をお読みになるの?」

「はい。わたしの寄宿学校時代の友人が、その雑誌に小説を書いていて、実は毎月送ってくれるんです」

「まあ、もしかしてそのお友達は、ルーカス・リッチフィールドじゃないかしら?」

ルーカス・リッチフィールドは、ルーシーが使っているペンネームだ。勝手に正体をばらしてはまずいだろう
わたしは曖昧に笑ってみせた。

「彼は実は女だという噂があって、マーガレットフィルの卒業生だなんて言われているのよ」と、シーモア夫人は意味ありげに笑う。

「あなたの人柄と深い知識、そしてご友人との信頼関係が気に入りました。
わたくしは人のご縁というものを大切にしています。人を陥れてでも自分の利益を優先する方だったら、きっとうまくいかないだろうと思ったのです。だけど、実際にお越しいただいて、思慮深く優しいお人柄だとよくわかりました。
一ヶ月、ぜひお願いしたいわ」

「シーモア伯爵夫人、ありがとうございます。精一杯、お勤めしますわ」
わたしに幸運の天使が舞い降りたようだ。
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