婚約破棄された貧乏令嬢は、今日こそモテたい!

ともり

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33. 10月30日 冬の離宮の娯楽室

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 最悪だったディナーからようやく開放され、わたしはほっと息を吐いた。音楽に合わせて踊っている集団をすり抜け、ヘンリーを狙っているブロンド美女がわたしに話しかけてきた。

「どうも。さっきうちの兄と話していたわね。私、ベアトリスよ。トリクシーって呼ばれてるわ」

「こんばんは、トリクシー。わたしはアリスよ。アリーって呼ばれてるの」
わたしは身構えながら、トリクシーに椅子をすすめた。

「さっきは兄と何を話していたの?ほら、フレッドって調子がいいでしょう?あなたを困らせてないといいけど」
トリクシーは椅子に腰かけると、愛想よく言った。

「あなたのお兄様とはこのパーティーについて話をしていたの。毎年ここに来ると言っていたわ」

「そうよ。ここは殿下のごく親しい人しか来ることができない特別な集まりなの。本当は洗練されて美しい人しか入れないはずなのよ」

「それなら今回誘ってもらったわたしは幸運ね」
わたしはトリクシーの含みのある言い方にあえて言及せず会話を続けた。

「誰に誘ってもらったの?」

「そこにいるヘンリーよ」
わたしはヘンリーがいる方向を指差した。
「わたしをどこかに連れて行ってくれるつもりだったみたいで、殿下がそのことを知って、冬の離宮に連れてきてはどうかと言ってくださったそうよ」

トリクシーの整った顔が歪み、赤い唇が何か言いかけたそのとき、カミラがわたしたちの席にやってきた。
「私もご一緒していいかしら?」

「カミラ、どうぞ座って」
はたしてカミラの登場は吉と出るか凶と出るか。わたしはトリクシーとカミラをそれぞれ紹介した。
「カミラとわたしは寄宿学校時代のルームメイトだったの」

「あら、学校はどちらなの?私はローズタワー女学院出身よ」
トリクシーの質問にカミラの顔がひきつった。ローズタワーとマーガレットフィルは、昔から競い合っている。

「まあ、優秀でいらっしゃるのね。わたくしとアリーはマーガレットフィル記念女学院の出身よ」
早くもトリクシーとカミラはばちばちと火花を散らしている。

ああ、ここから逃げ出したい。わたしは部屋を見渡すと、かんじのよさそうな令嬢たちがお喋りしている光景が目に入った。カミラが絶妙なタイミングでわたしにそっと話しかけてきた。
「あの子達はみんなメリークレアの出身なんですって。だから身内の話ばかりしていて、他人を寄せ付けないのよ。見た目はかんじがいいのに一番排他的なんだから、性質が悪いったらないわよねえ?」

トリクシーもわたしを見てほほ笑んでいるが、目が笑っていない。どうやら二人はまだわたしを逃してはくれなさそうだ。


 「やあ、お嬢様方。君たち楽しんでる?」
ヒューバート王子とフレッドがこちらに近づいてきた。

「まあ、殿下。こちらへお座りになって」
抜け目のないカミラが王子に声をかけた。カミラとトリクシーは王子の両隣をがっちりとおさえて座った。仕方がないので、わたしは反対の席にフレッドと座った。

「やあ、また会ったね」と、フレッドがウィンクする。

「フレッドとアリー。案外いい組み合わせね」
トリクシーがフレッドとわたしを交互に見ると、おかしそうに笑う。

「さすが僕の妹。アリー、僕と一緒にダンスしない?」

フレッドが踊っている人の輪を指差しながら誘ってくる。絶対にお断りだ。

「いーえ!悪いけど、踊りたい気分じゃないの」

「君ってつれないね。まあ、その方が口説き甲斐があるってことだ。ねえ、僕とあっちで話さない?」

フレッドの示す方向にヘンリーを見つけた。ちょうど清楚な雰囲気の令嬢に話しかけられて、こちらに気がつかずに談笑している。
フレッドはわたしの視線の先を目で追うと、わたしにだけ聞こえるように耳打ちしてきた。
「ヘンリー・クラーク卿は、ああいうのがタイプなのかな?きれいなご令嬢ではあるし、彼とはつり合いが取れているよね」

フレッドの言葉は鉛となって、わたしの奥底まで沈んでいく。わたしではヘンリーにはつり合わない。ここは場違いすぎる。ヘンリーが振り向き、わたしと目が合った。わたしは涙をとっさに拭き、目をそらした。


 「殿下、みなさん。楽しんでいますか?」
後ろから声が聞こえ、わたしは振り返った。

「ヘンリー!カードゲームをしようかと話していたんだ」
王子に続き、トリクシーとカミラがヘンリーを誘う。

ヘンリーは「せっかくですが、僕は遠慮します」と言うと、かがんでわたしに話しかけた。
「星がきれいだから、一緒に見に行かない?」

「外は寒いわよ」
トリクシーはふんと笑った。

「二人は放っておいて、行きましょうよ」と言って、カミラは王子とフレッドの腕に自分の腕をからめて歩き出した。

トリクシーは迷っている表情を見せたが王子に促されると、王子の空いている方の腕に自分の腕を通して、一向はあっという間にカードゲームの台に向かっていった。
わたしは一向が去っていったのと、ヘンリーが来てくれたことで、肩の力が抜けてしまった。

「アリー、眠そうだね。今夜はもう休もうか」
ヘンリーが心配そうに提案する。

昨夜はほとんど寝ていないし、それに今日はお酒を飲み過ぎてしまった。
「ええ、そうね。そうしたいわ」

ヘンリーにリードされて、わたしは離宮の娯楽室を出る。
 

 月明かりに照らされた廊下には、わたしたち二人だけだ。わたしが使う部屋の前でわたしたちは足を止めた。

「じゃあ、僕はそろそろ行くよ」

「ええ、そうね」

悠久にも感じられるような沈黙が流れる。

「おやすみ、アリー」
ヘンリーが一歩離れた。踵を返して、歩き去さろうとしている。

「あ、待って」
わたしはまだおやすみを言っていないことに気づき、ヘンリーの袖を掴んだ。ヘンリーは驚いて、ふりかえってわたしを凝視した。わたしは思わず掴んでしまったヘンリーの袖を放した。
「言ってなかったから。ええと、おやすみなさい」
わたしはそう言うと、眠気が再び襲ってきた。

ヘンリーはしばらく硬直したまま微動だにしていない。

「どうかしたの?」と聞くと、ヘンリーは眠気が吹っ飛ぶようなことを口にした。

「アリーのベッドに潜りこんでいいというなら今すぐにでもそうするところだけど、今夜僕は礼儀正しく君を送り届けて自分の部屋に戻る。アリーを大切にしているんだ。だから、僕は紳士でいるよ」

ヘンリーは右手をそっとわたしの頬に添え、おでこに口づけを落とし、耳もとでささやいた。
「おやすみ」

わたしはすっかり動揺してしまって、回れ右をしてそのまま部屋に入った。ドアの外の足音が小さくなっていく。おでこと頬にヘンリーの感触が残っていて、顔が熱を帯びている。心臓の音が体中に響く。今夜は眠れないかも。
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