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6. 聖堂で気がついたこと
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「こんな面白い女は生まれて初めてだ」
マリーは信じられないものを見るような目で、ジョゼフ王子の顔を窺う。王子の顔には、マリーへの興味と好意が見え隠れしている。
マリーは、王子の発言を幻聴だと思いたかった。つい先週もコレットに向かって同じようなセリフを言ったのを、マリーは聞いたばかりだ。気に入られてしまったかもしれない。やはり後頭部を殴ったのがいけなかったか。
それにしても、自分に対して暴言を吐くような女ばかりに魅力を感じるとは、王子はなかなか厄介な性質だ。
(もしかして惚れられた?こいつ、コレットのことはどうした?)
そわそわする王子に害虫でも見るような視線を向けると、マリーは王子の後ろにいるコレットの様子を窺う。
コレットは顔をしかめている。コレットはマリーの視線に気がつくと、軽快な仕草で王子の腕にするりと自分の腕を絡めた。
「殿下、助けてくれてありがとうございます!」
「あ、ああ。コレット。お前も勘違いされるような行動は慎めよな!こいつの妹なんだろ?」
「はあい。私たちはもういきますね!」
コレットは一瞬顔を引きつらせたように見えたが、次の瞬間には天使のような笑みを浮べた。マリーの腕を引っ張ると、中庭からさっさと校舎に入っていった。
廊下を歩くマリーの顔色は悪い。頬を赤らめてうっとりと自分を見つめる王子の様子に、神経が参ってしまった。王子の問題発言が頭にリフレインするたびに「ひいいい」と、つい声を上げてしまう。
実際にこんな惚れられ方をしても、気色悪いことこの上ないものである。
マリーの隣を歩くコレットは、マリーの奇声に驚き、顔をしかめた。教室に戻る間、コレットは王子が助けに来てくれたときのかっこよさを延々と語って聞かせていたのだ。マリーはそれをうわの空で聞いていた。
「ジョゼフ王子を殴るなんて、マリーは何を考えてたんだか。王子が優しいから問題にならなかったけど、あんな方法で王子の気を引こうとしなくてもいいでないの。王子もマリーのことを面白いなんてなあ」
マリーはどうせ好意を持たれるなら、せめてまともな人がよかった。王子のせいですっかり食欲をなくし、教室に戻ってきたのだった。
自分の席についたマリーはすっかり元気がない。先ほどコレットと中庭にいた女生徒の一人がマリーに声をかける。
「さっきはありがとう。あなたのおかげで、わたしたち全員助かったわ」
「たいしたことじゃないから。コレットと中庭で何をしていたの?」
「あまりに彼女が王子と親しくしているから、気をつけた方がいいわよって伝えたの。教室では目立つしね。先輩や他のクラスの子たちがコレットの悪口を散々言っているのを聞いたから。でも王子に睨まれちゃったし、彼女自身もわたしたちの忠告なんてありがた迷惑のようだから、もう関与するのはやめるわ」
「そうなの。コレットを心配してくれて、ありがとう」
マリーは半信半疑で女生徒の話を聞いている。いずれにせよ、彼女たちが今後コレットにちょっかいを出すことはないだろう。
「コレットはあなたの義理の妹ですものね。ねえ、あなた。顔色が優れないようだけど、大丈夫なの?」
「疲れたのかも。ほら、学校生活も始まったばかりだし」
「帰る前に聖堂に寄ったらどう?お祈りすれば、心も落ち着くわよ」
女生徒は「じゃあ」と言って、去っていった。王子に大立ち回りをしたのだから、普通なら一生分の肝を冷やしてもおかしくないはずだ。だけど、マリーをげっそりさせた理由は、王子の面白い女発言であった。
授業が終わると、マリーは一人で聖堂を訪れた。いつもならコレットと仲良く帰宅するのだが、今日はコレットの王子自慢を聞く気力はなかった。
祈ってもストレスが減るとは思わなかったが、コレットと一緒にいることでストレスが新たに増えるくらいなら、お祈りした方がはるかにマシである。
マリーは聖堂の重い扉を開けて、ひんやりとした聖堂の中に足を踏み入れた。神様の像や絵画が飾られ、厳かな空間だ。マリーは像に近づくと、興味深そうに眺めた。
神々しくも凛々しい青年の形をした像は、マリーを助けてくれた彼に似ている。無機質なそれに、そっと手を触れた。
ひんやりとした感覚が伝わってくる。涙がマリーの頬を伝う。
(これが恋なのね。あたしはあの日から、ユリーカ様が好きなんだ。)
マリーは初めて芽生えた感情に、初恋という名前を付けてラベリングした。それは切なくて恋しくて、手の届かない焦燥感と幸福が混ざり合い、膨らんだ風船のように、浮かんではすぐに消えてしまう生まれたての感情だった。
マリーは聖堂のベンチにしばらく座っていたが、やがて席を立つと、出口に向かって歩いていった。マリーは出口付近の張り紙に目を向けると、足を止めた。
聖女募集の張り紙に興味を惹かれたマリーは、張り紙の内容を声に出して読んでみた。
「聖女とは神の妻。心が純粋で高貴な乙女が選ばれる崇高な存在です。聖女に選ばれることは栄誉あること。神とこの国の民のために祈り、奉仕を行いましょう」
張り紙を読むマリーの瞳は、きらきらと輝いていた。まさにマリーが求めていたものだ。
(聖女になれば、神様と結婚できるのね。神様ってユリーカ様のことよね?この気持ちは絶対に消えない。あたしは彼といたくてこの世界に来たんだもの。あたし、ユリーカ様と結婚したい。決めた、あたし聖女を目指す!)
マリーは信じられないものを見るような目で、ジョゼフ王子の顔を窺う。王子の顔には、マリーへの興味と好意が見え隠れしている。
マリーは、王子の発言を幻聴だと思いたかった。つい先週もコレットに向かって同じようなセリフを言ったのを、マリーは聞いたばかりだ。気に入られてしまったかもしれない。やはり後頭部を殴ったのがいけなかったか。
それにしても、自分に対して暴言を吐くような女ばかりに魅力を感じるとは、王子はなかなか厄介な性質だ。
(もしかして惚れられた?こいつ、コレットのことはどうした?)
そわそわする王子に害虫でも見るような視線を向けると、マリーは王子の後ろにいるコレットの様子を窺う。
コレットは顔をしかめている。コレットはマリーの視線に気がつくと、軽快な仕草で王子の腕にするりと自分の腕を絡めた。
「殿下、助けてくれてありがとうございます!」
「あ、ああ。コレット。お前も勘違いされるような行動は慎めよな!こいつの妹なんだろ?」
「はあい。私たちはもういきますね!」
コレットは一瞬顔を引きつらせたように見えたが、次の瞬間には天使のような笑みを浮べた。マリーの腕を引っ張ると、中庭からさっさと校舎に入っていった。
廊下を歩くマリーの顔色は悪い。頬を赤らめてうっとりと自分を見つめる王子の様子に、神経が参ってしまった。王子の問題発言が頭にリフレインするたびに「ひいいい」と、つい声を上げてしまう。
実際にこんな惚れられ方をしても、気色悪いことこの上ないものである。
マリーの隣を歩くコレットは、マリーの奇声に驚き、顔をしかめた。教室に戻る間、コレットは王子が助けに来てくれたときのかっこよさを延々と語って聞かせていたのだ。マリーはそれをうわの空で聞いていた。
「ジョゼフ王子を殴るなんて、マリーは何を考えてたんだか。王子が優しいから問題にならなかったけど、あんな方法で王子の気を引こうとしなくてもいいでないの。王子もマリーのことを面白いなんてなあ」
マリーはどうせ好意を持たれるなら、せめてまともな人がよかった。王子のせいですっかり食欲をなくし、教室に戻ってきたのだった。
自分の席についたマリーはすっかり元気がない。先ほどコレットと中庭にいた女生徒の一人がマリーに声をかける。
「さっきはありがとう。あなたのおかげで、わたしたち全員助かったわ」
「たいしたことじゃないから。コレットと中庭で何をしていたの?」
「あまりに彼女が王子と親しくしているから、気をつけた方がいいわよって伝えたの。教室では目立つしね。先輩や他のクラスの子たちがコレットの悪口を散々言っているのを聞いたから。でも王子に睨まれちゃったし、彼女自身もわたしたちの忠告なんてありがた迷惑のようだから、もう関与するのはやめるわ」
「そうなの。コレットを心配してくれて、ありがとう」
マリーは半信半疑で女生徒の話を聞いている。いずれにせよ、彼女たちが今後コレットにちょっかいを出すことはないだろう。
「コレットはあなたの義理の妹ですものね。ねえ、あなた。顔色が優れないようだけど、大丈夫なの?」
「疲れたのかも。ほら、学校生活も始まったばかりだし」
「帰る前に聖堂に寄ったらどう?お祈りすれば、心も落ち着くわよ」
女生徒は「じゃあ」と言って、去っていった。王子に大立ち回りをしたのだから、普通なら一生分の肝を冷やしてもおかしくないはずだ。だけど、マリーをげっそりさせた理由は、王子の面白い女発言であった。
授業が終わると、マリーは一人で聖堂を訪れた。いつもならコレットと仲良く帰宅するのだが、今日はコレットの王子自慢を聞く気力はなかった。
祈ってもストレスが減るとは思わなかったが、コレットと一緒にいることでストレスが新たに増えるくらいなら、お祈りした方がはるかにマシである。
マリーは聖堂の重い扉を開けて、ひんやりとした聖堂の中に足を踏み入れた。神様の像や絵画が飾られ、厳かな空間だ。マリーは像に近づくと、興味深そうに眺めた。
神々しくも凛々しい青年の形をした像は、マリーを助けてくれた彼に似ている。無機質なそれに、そっと手を触れた。
ひんやりとした感覚が伝わってくる。涙がマリーの頬を伝う。
(これが恋なのね。あたしはあの日から、ユリーカ様が好きなんだ。)
マリーは初めて芽生えた感情に、初恋という名前を付けてラベリングした。それは切なくて恋しくて、手の届かない焦燥感と幸福が混ざり合い、膨らんだ風船のように、浮かんではすぐに消えてしまう生まれたての感情だった。
マリーは聖堂のベンチにしばらく座っていたが、やがて席を立つと、出口に向かって歩いていった。マリーは出口付近の張り紙に目を向けると、足を止めた。
聖女募集の張り紙に興味を惹かれたマリーは、張り紙の内容を声に出して読んでみた。
「聖女とは神の妻。心が純粋で高貴な乙女が選ばれる崇高な存在です。聖女に選ばれることは栄誉あること。神とこの国の民のために祈り、奉仕を行いましょう」
張り紙を読むマリーの瞳は、きらきらと輝いていた。まさにマリーが求めていたものだ。
(聖女になれば、神様と結婚できるのね。神様ってユリーカ様のことよね?この気持ちは絶対に消えない。あたしは彼といたくてこの世界に来たんだもの。あたし、ユリーカ様と結婚したい。決めた、あたし聖女を目指す!)
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