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5. お前みたいな女は初めてだ
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「初日から王子様に名前を覚えられた!ああ、ジョゼフ王子って痺れるくらいかっこええなあ。結婚したらプリンセス・コレットになるんだろか」
コレットはクッションを抱きしめながら、もう三十分は王子のことを話している。コレットの部屋には、大きなぬいぐるみが何体も置いてあり、ヒロインのお手本のようだ。
マリーはすっかりコレットの話に飽きてしまって、三杯目の紅茶に手をつけた。お腹はたぷたぷである。
マリーには王子の魅力はさっぱり理解できない。いきがっているダサい男子という認識だ。
「あんな弱いものいじめする卑劣な男のどこがいいの?」
「いじめは駄目だし、さっきは嫌な態度だったけど、いいところもたくさんあると思うだ!」
卒業式で婚約破棄される予定だったのに、まさか入学一日目でこうなるとは、マリーにとっては幸運だ。幸先のいいスタートが切れたことに、内心ほくそ笑む。
「まあ、あたしには王子の魅力はわからないけど、人の好みはそれぞれだっていうしね。コレットがあの俺様王子様を変えてあげればいいんじゃない?そういうのって王道でしょ」
コレットはマリーの言葉を聞いて、ヒロインよろしく頷いた。彼女の胸には、王子を愛の力で更生させる未来が溢れていた。
翌日、マリーはコレットと一緒に登校していると、王子がちょうど馬車から降りてきたところだった。王子は二人に気がつくと、威厳に溢れた歩調で近づいてきた。
「よう。お前らは確か、昨日のコレットと……」
「おはようございます、ジョゼフ王子!私の名前、覚えてくれたんですね。こちらは義姉のマリーです」
ハイテンションのコレットを尻目に、マリーは無表情で礼をした。内心、なんで朝からこんなやつの顔を見なければいけないのだと、毒づいている。
「マリー・デ・ラ・クレールです」
「ああ、お前がデ・ラ・クレール家の娘か」
王子は興味なさそうにマリーを一瞥すると、コレットに向かって話しかけた。
「お前みたいなやつ、そうそう忘れねえよ。つーか、今日は訛ってないんだな」
「訛りが出ないように一生懸命練習中なんです!もう、殿下ったら!」
登校のピーク時間にこんなところで話していたら、さぞ目立つだろう。ただでさえコレットはピンク頭なのだ。上機嫌な王子にぎょっとしながら、生徒たちは迂回して足早に通り去る。マリーはたまらず、そっと二人に告げた。
「コレット、あたしは先に行っているから。じゃ、失礼します」
王子とコレットはマリーに目を向けることもなく、軽口を続けている。マリーは小走りでその場を離れた。
続く一週間、王子とコレットは廊下で会えば立ち話をし、食堂で冗談を言い合う姿が目撃された。
王子がコレットをからかうたびに、コレットは嬉しそうにはしゃぐ。その姿を見る王子もまんざらではなさそうだった。二人の姿を見たのはマリーだけではない。
同級生やお姉さま方は、マリー以上に二人の様子をしっかりと確認していた。
昼休みにも関わらず、マリーは浮かない顔で歩いていた。前の授業で宿題を忘れてしまい、担当教諭からお叱りを受けたのだった。真理だったときから勉強嫌いはちっとも変わっていない。マリーは足を止めて窓の外を見た。
(あの先生ったら、話が長いんだから。こんなにさわやかないい天気なのに、お説教なんてまいっちゃうなあ。あれ?ここ、中庭になってるんだ。ここでランチできたら楽しいだろうな。)
マリーは視界の隅に、見覚えのある髪を捉えた。目立つピンク色の髪の持ち主はコレット以外に知らない。
一緒にいるのは女子生徒たちだが、周囲にはただならぬ雰囲気が漂っている。その光景が物語で何度も目にしてきた構図と一致し、マリーは中庭へ繋がる通路へと駆け出した。
マリーが中庭に到着すると、女生徒に交じって一人の男子生徒の後ろ姿があった。コレットは戸惑いの表情と、それ以上に、隠しきれない歓喜の表情が顔に浮かんでいる。
コレット以外の女生徒たちは、困惑と恐怖から互いに寄り添い、難局を乗り越えようと懸命に耐えている。
「おい、ブス!聞いてるのかよ?お前ら、全員のことだよ!」
その男子生徒は暴言を吐き、女生徒の一人を泣かせる。男子の背後に躍り出たマリーは彼の後頭部に華麗なチョップを決めると、威勢よく言った。
「ちょっとそこの男子!女子を泣かせてんじゃないわよ!ほんっと、ガキね!」
男子生徒は振り向くと、マリーに向かって突っかかりそうな勢いで言った。
「てめえ!何しやがる!俺をこの国の王子と知っての発言か?」
王子だったのかという驚きと、他に誰がいるんだというツッコミが、マリーの思考を支配した。
マリーはため息をつくと、落ち着いた口調で告げた。入学式にコレットが王子に啖呵を切ったことで、自分の保身のために考えたセリフのうちの一つをここで披露する。
「この学園では、みな学生という身分しかありません。それに、王子という身分を考えると、女生徒を恐喝して泣かせたとあっては、それこそ問題でしょう」
「恐喝?俺はこいつらが数人がかりでコレットをいじめていたから、注意してやったんだよ」
「ゴタゴタ言い訳するなんて男らしくない!女子をブス呼ばわりするなんて、百万年早いわ!」
マリーはせっかく取り繕ったのにも関わらず、イライラが最高潮に達し、再び王子に食って掛かった。王子との相性はとことん悪いようだ。
言ってしまったあとで「しまった」と気がついても、もう後の祭りだ。マリーは自身の発言を心から悔やむことになる。
王子は豆鉄砲を食らったような顔を見せると、すぐにおかしそうに笑った。マリーはこの展開をつい最近見たことがある気がするのだが、いつだったか思い出せない。
ただ、嫌な予感がする。
「こんな面白い女は生まれて初めてだ」
ジョゼフ王子の顔にはうっすら赤みが差している。マリーは王子から顔を背けると、鳥肌が立った腕を無意識にさすった。
コレットはクッションを抱きしめながら、もう三十分は王子のことを話している。コレットの部屋には、大きなぬいぐるみが何体も置いてあり、ヒロインのお手本のようだ。
マリーはすっかりコレットの話に飽きてしまって、三杯目の紅茶に手をつけた。お腹はたぷたぷである。
マリーには王子の魅力はさっぱり理解できない。いきがっているダサい男子という認識だ。
「あんな弱いものいじめする卑劣な男のどこがいいの?」
「いじめは駄目だし、さっきは嫌な態度だったけど、いいところもたくさんあると思うだ!」
卒業式で婚約破棄される予定だったのに、まさか入学一日目でこうなるとは、マリーにとっては幸運だ。幸先のいいスタートが切れたことに、内心ほくそ笑む。
「まあ、あたしには王子の魅力はわからないけど、人の好みはそれぞれだっていうしね。コレットがあの俺様王子様を変えてあげればいいんじゃない?そういうのって王道でしょ」
コレットはマリーの言葉を聞いて、ヒロインよろしく頷いた。彼女の胸には、王子を愛の力で更生させる未来が溢れていた。
翌日、マリーはコレットと一緒に登校していると、王子がちょうど馬車から降りてきたところだった。王子は二人に気がつくと、威厳に溢れた歩調で近づいてきた。
「よう。お前らは確か、昨日のコレットと……」
「おはようございます、ジョゼフ王子!私の名前、覚えてくれたんですね。こちらは義姉のマリーです」
ハイテンションのコレットを尻目に、マリーは無表情で礼をした。内心、なんで朝からこんなやつの顔を見なければいけないのだと、毒づいている。
「マリー・デ・ラ・クレールです」
「ああ、お前がデ・ラ・クレール家の娘か」
王子は興味なさそうにマリーを一瞥すると、コレットに向かって話しかけた。
「お前みたいなやつ、そうそう忘れねえよ。つーか、今日は訛ってないんだな」
「訛りが出ないように一生懸命練習中なんです!もう、殿下ったら!」
登校のピーク時間にこんなところで話していたら、さぞ目立つだろう。ただでさえコレットはピンク頭なのだ。上機嫌な王子にぎょっとしながら、生徒たちは迂回して足早に通り去る。マリーはたまらず、そっと二人に告げた。
「コレット、あたしは先に行っているから。じゃ、失礼します」
王子とコレットはマリーに目を向けることもなく、軽口を続けている。マリーは小走りでその場を離れた。
続く一週間、王子とコレットは廊下で会えば立ち話をし、食堂で冗談を言い合う姿が目撃された。
王子がコレットをからかうたびに、コレットは嬉しそうにはしゃぐ。その姿を見る王子もまんざらではなさそうだった。二人の姿を見たのはマリーだけではない。
同級生やお姉さま方は、マリー以上に二人の様子をしっかりと確認していた。
昼休みにも関わらず、マリーは浮かない顔で歩いていた。前の授業で宿題を忘れてしまい、担当教諭からお叱りを受けたのだった。真理だったときから勉強嫌いはちっとも変わっていない。マリーは足を止めて窓の外を見た。
(あの先生ったら、話が長いんだから。こんなにさわやかないい天気なのに、お説教なんてまいっちゃうなあ。あれ?ここ、中庭になってるんだ。ここでランチできたら楽しいだろうな。)
マリーは視界の隅に、見覚えのある髪を捉えた。目立つピンク色の髪の持ち主はコレット以外に知らない。
一緒にいるのは女子生徒たちだが、周囲にはただならぬ雰囲気が漂っている。その光景が物語で何度も目にしてきた構図と一致し、マリーは中庭へ繋がる通路へと駆け出した。
マリーが中庭に到着すると、女生徒に交じって一人の男子生徒の後ろ姿があった。コレットは戸惑いの表情と、それ以上に、隠しきれない歓喜の表情が顔に浮かんでいる。
コレット以外の女生徒たちは、困惑と恐怖から互いに寄り添い、難局を乗り越えようと懸命に耐えている。
「おい、ブス!聞いてるのかよ?お前ら、全員のことだよ!」
その男子生徒は暴言を吐き、女生徒の一人を泣かせる。男子の背後に躍り出たマリーは彼の後頭部に華麗なチョップを決めると、威勢よく言った。
「ちょっとそこの男子!女子を泣かせてんじゃないわよ!ほんっと、ガキね!」
男子生徒は振り向くと、マリーに向かって突っかかりそうな勢いで言った。
「てめえ!何しやがる!俺をこの国の王子と知っての発言か?」
王子だったのかという驚きと、他に誰がいるんだというツッコミが、マリーの思考を支配した。
マリーはため息をつくと、落ち着いた口調で告げた。入学式にコレットが王子に啖呵を切ったことで、自分の保身のために考えたセリフのうちの一つをここで披露する。
「この学園では、みな学生という身分しかありません。それに、王子という身分を考えると、女生徒を恐喝して泣かせたとあっては、それこそ問題でしょう」
「恐喝?俺はこいつらが数人がかりでコレットをいじめていたから、注意してやったんだよ」
「ゴタゴタ言い訳するなんて男らしくない!女子をブス呼ばわりするなんて、百万年早いわ!」
マリーはせっかく取り繕ったのにも関わらず、イライラが最高潮に達し、再び王子に食って掛かった。王子との相性はとことん悪いようだ。
言ってしまったあとで「しまった」と気がついても、もう後の祭りだ。マリーは自身の発言を心から悔やむことになる。
王子は豆鉄砲を食らったような顔を見せると、すぐにおかしそうに笑った。マリーはこの展開をつい最近見たことがある気がするのだが、いつだったか思い出せない。
ただ、嫌な予感がする。
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