義妹に王子を横取りされて婚約破棄された悪役令嬢は、聖女を目指す

ともり

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10. 弁当はどうした?

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 翌朝、いつも以上に丁寧に髪をブラッシングしたマリーは、メイドのアリスに仕上げとしてシェルピンク色の小さな髪飾りを着けてもらった。
いつものように聖堂で朝の祈りという名のユリーカへの告白を終えてから、マリーは教室へ向かう。

 教室は騒がしかった。生徒たちが色めき立っている。マリーは近くにいるクラスメイトに何事かと尋ねた。

「今日、このクラスに転入生が来るんですって。どういう方かしらね?」

転入生について憶測が飛び交う教室に、先生に連れられたユリーカが入ってきた。昨日マリーが見た通り、ユリーカはこの学園の制服姿だった。マリーはうっとりとユリーカに見惚れている。

「ユリーカです。よろしく」
ユリーカは穏やかに自己紹介した。

その神々しさに、マリーだけではなく、クラス中がため息をついた。コレットでさえ、目を奪われている。
ユリーカは席に着く途中で、目が合ったマリーに向かってウィンクした。
ユリーカの後方からマリーの「うっ」という呻き声がしたのは、彼の気のせいではない。


 マリーの平穏はジョゼフ王子の登場によって終わりを告げた。
昨日、聖堂で王子が叫んだ通り、マリーと昼休みを過ごすために教室へやってきたらしい。昼休みになった途端、教室のドアを乱暴に開けて、マリーに近づいてくる。

「頭が足りないお前のことだ。昨日の約束を忘れているだろうと思ってな。わざわざ迎えに来てやったぞ」
「約束なんてしていませんけど」

「ああ?昨日言っただろう!食堂の俺たちがいつもいる場所に行くぞ」
「確かに王子は言っていたかもしれませんが、あたしは了承した覚えはないです。そもそもいつもの場所ってどこですか?」

「説明しただろう!?中二階にある奥のテラスだよ!生徒会のメンバーで飯を食ってるんだ。お前も来い」
「なぜですか?生徒会のメンバーではないので、邪魔するわけにはいきません」

コレットが王子の隣にやってきた。
「なんでマリーも来るの?王子もお花様たちもいい人たちだからって、調子に乗るなんてはしたねえことしたら、今夜の夕食で公爵様に怒られるよ?」

「うるせえ、コレット。関係ねえやつは黙れよ」

王子に睨まれたコレットは半べそ状態だ。下唇を噛んで、悔しそうにマリーを見る。
いつのまにかユリーカがマリーのそばに来ていた。マリーはユリーカの存在に気がつくと、その存在に励まされるように王子に向き合っていった。

「昼食はクラスメイトと一緒に食べています。ランチタイムは友達と過ごす貴重な時間なんです」

「そんなに言うなら、俺がお前らと一緒に昼休みを過ごすことにしよう。俺が貴重な昼休みを与えてやるんだ。光栄に思えよ。それにお前だって楽しみにしていたんだろ?髪に装飾品なんてつけて、色気を出そうとしているな」

「な!?これは」
もちろんユリーカのためであって王子は関係ない。だが、王子はまんざらではなさそうな表情を浮かべている。コレットはそのやりとりに頬を膨らませている。
ユリーカはマイペースにマリーの正面に回ると、マリーをじっと見つめた。マリーは落ち着きなく、そわそわしている。

「かわいい髪飾りだね。よく似合っているよ」

マリーは体中から沸騰しそうになって、頬に手を当てた。それを見た王子は面白くなさそうに舌打ちした。


 マリー、コレット、王子、ユリーカ、その他女生徒数名で中庭に移動した。
各々が持参した昼食を広げる。奇妙なランチタイムが始まった。マリーのランチを見た王子は、さっそくマリーに苦言を呈す。
「おい、それは購買のバゲットサンドだろう。なぜ弁当じゃないんだ?」
「は?あたしはパン派ですが、何か?」

「こういうときは手作りの弁当だと相場が決まっているだろ!それに!普通は持ってきた弁当を俺に差し出すだろ!」

「あたし、料理なんてしたことありません。それに、なぜあたしが王子にわざわざ作って持ってこなきゃならないんですか?勉強だって大変なのに、そんな時間ありませんよ」

「私はあります!前はよぐよく作っていました。王子、私が明日から持ってきます!」
コレットがすかさずアピールする。今夜はデ・ラ・クレール公爵家の厨房は大変なことになりそうだ。

 マリーは気を取り直して、ユリーカに話しかけた。
「ユリーカ様は何を食べるんですか?」

マリーはユリーカのランチを覗き込む。神様は食事をするのだろうか。ユリーカはマリーにランチの中身を見せた。蜂蜜がたっぷりかかったパンにりんご、木の実にベリー。想像通りというべきか、まるでダイエット中の女子のような食事メニューだ。

「うわあ!ユリーカ様のごはんを見ていたら、甘いものが食べたくなってきました」

王子はユリーカのランチを横目で見ると、気に入らないとばかりに鼻で笑った。王子は食堂から運ばせた料理を一人で食べている。温かいお皿に乗った肉料理のおいしそうな匂いが風に運ばれ、マリーの鼻をくすぐる。
冷えたバゲットサンドを食べるマリーには、ちょっとした飯テロだ。

「おい、マリー・デ・ラ・クレール。一口やってもいいぞ」

マリーが答えるより早く、コレットが王子に向かって甘えた声を出した。
「マリーばかりずるい!殿下、私のお魚もどうぞ」

王子はコレットには返事をせず、怨めそうにユリーカを横目に睨みながら肉を口に運ぶ。

マリーと女生徒たちは最近学校の近所にオープンしたお菓子屋さんについて話し始めた。彼女たちは、ユリーカにその店がどんなに魅力的なのかを聞かせている。
まるで王子の存在など空気のようだ。

王子はマリーたちのやりとりを聞き、にやりと口の端を上げたのだった。
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