クールそうなホストを溺愛して可愛く仕上げるまでの方法

315 サイコ

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我儘と甘え

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 8.


    
 どうして楡の居場所が、分かったか…
 昼食後、逃げられる事は予め予想をしていたから。
 椅子に残されていた楡のトートバッグの中にGPSを忍び込ませておいた。
 部屋や居場所を探ろうと、色々と手を尽くすよりも、簡単だからだ。
 そんな気持ちからキーケースに似せたGPSを楡が、席を立った隙に…と言う訳だ。
 本人は、気付いてもなかったのか…  
 別れた後に立ち寄ったコンビニの駐車場で不思議そうな顔をして、トートバッグからキーケースを取り出された時は、我ながらヤバい事をしたとは思ったが…
 特に、不審に思わずバッグへと戻した所を国道越しに向かえの商業施設の駐車場から見ていた。
 そこからある程度、歩かせてみた。
 あの界隈で売れてるホストが、格安なアパートに住んでるはずもない。
 この辺りにも、兄の仕事の付き合いから。それなりに土地勘はある。
 おそらくセキュリティの整った部屋なら国道沿いではなく。
 少し通りを入った所だと考え住宅街を、車で走ってスマホで現在の楡が居るであろう範囲を、GPSで調べていた。
 そしたら。
 楡は、思ったよりも近くに居た。
 …で、それが…
 一部始終を、見る切っ掛けになってしまった。
 後ろから抱きつかれた事も、前から抱きつかれて案の定、キスマがバレて言い合いになって…
 平手打ちを食らう所も。
 何って言うか、売れてるホストでも、女に平手で殴られてバランスを崩して尻餅つくんだなぁ…
 と、冷静に見つつキスマの件の発端は、俺にもあるから見過ごす事は出来なかった。
 酷く落ち込みながら濡れた路面に座り込みジッと、動く気配がなく。
 また雨が降り出し始めた事も重なり。身体が、勝手に動き車から降りて駆け出した。
 GPSで後を付けたとか、バレたら完全に引かれる事は分かっていたし。
 今ここで、楡の前に姿を表したら。  
 自分から後を付けていたって、名乗り出るようなもんだろ?
 それでも楡を、その場から引き上げたくて手を差し出した。 
 泣きそう目が、子供がしてくるみたいに不安気で、まるで怒られる時みたいに暗くて悲しそうな表情だった。
 抱き締めたい。
 その気持ちが、差し出した手に乗り移りそうになったけど、こんな薄暗くなる夕方の道の真ん中ですることじゃない。
 気持ちを落ち着かせて楡を立ち上がらせると、縋るように俺の手を掴んだ。
 「びっくりした…香柴さんが、来るから…」
 「ゴメン。付けてた…」
 「やっぱり…」
 笑い掛ける楡の目は、少し俺を疑ってもいるようだ。
 「雨が、降ってきたから…その…」
 香柴さんは、戸惑うように僕を見下ろしてきた。
 「大丈夫です。部屋の場所…そこだから…」
 と、指を差した。
 それなりの階数があるマンションの横には、香柴さんの車。
 さっきまでは、いきなり乗せられたから車種とか気になる暇がなくて、連れ回された感が強いけど…
 これオプション付けると、それなりに高くなる国産車だ。 
 確か…オーナーも、持ってる車種で一度だけ…自慢されたような…
 乗ってけって…うるさかったなぁ…
 何かどうでもいいような事が、思い浮かぶ。
 駐車スペースは、隣の敷地で一部屋に一台が、割り振られている。
 「じゃ…その駐車スペース貸して、何番?」
 「確か…○○○番です…」
 僕はと言うと、マンションから少し離れたフェンスに寄り掛かって、ボーッと通りを眺めていた。
 次第に雨の降り方が、朝方みたいに強くなっていくのを感じていると、風が流れるみたいな勢いで、淡く漂う香水と共に傘を差し出された。
 そこには、少し息が上がった香柴さんが、心配そうな顔で僕を見下ろしている。
 「…香柴さん…大丈夫ですよ。僕も、傘持ってるし…」
 楡は、ポンッと傘を差して肩に乗せると振り返った。
 無理をしている。
 そんな表情だった。
 「ごめんって、言った方がいい?」
 「なんで?」
 俺は、歩き出す楡の後を追うようにマンションのエントランスホールに入る。 
 楡は、部屋番号を入力している最中らしく少し下がって楡の様子を伺った。
 「あら。紫藤さん」そう声を掛けきたのは、管理室と呼ばれる小窓から顔を覗かせてきた初老の女性だった。
 上品そうで、柔らかい声の持ち主だと印象に残った。
 「こんにちは…あっ…こんばんは?」
 「大丈夫よ。一瞬。フードを被って居たから。分からなかっただけよ。ほら。いつもなら4時過ぎに…お仕事に出られるから珍しいと思って…」
 「休暇で…」
 「あら。そうなのね。お忙しいみたいだから。ゆっくりしたら?」
 「…そうですね…たまには、良いかも知れませんね…」
 フードの裾を持って、顔を隠し頭を下げて見せる。
 「…で、そちらの方は?」
 管理人さんの目線の先立って居るのは、あきらかに俺だ。
 「あっ…雨が降っているので、送ってもらったんです…ただ普通に帰ってもらうもの…と思って、お茶でもと…」
 「そうなのね。いえ…さっきまで、例の女の子が、うろついていたから」
 カノジョの存在は、マンションの管理人が把握する程にヤバイ子なのかも、知れないと用意に察する事は出来た。
 「あの…管理人さん。僕の借りてる部屋分の駐車スペースに車が、停まってると思うんですけど…この人の車なので…よろしくお願いします…」
 「そうなのね。では、念のために車種とナンバーを控えてもよろしいでしょうか? たまに見慣れない車が停まっていると、無断じゃないのかとか、言ってくる他の住人の方も、おりますので…」
 「かまいませんよ」 
 そう答えながら差し出された付箋にナンバーと車種を書き込むと、初老の管理人さんは、それを窓口の下に貼り付ける動作を見せる。
 「こうして置くと窓口で、やり取りできますし。電話の応対も出来ますからね」
 ニッコリと笑う管理人さんに見送られる様にエレベーターで上がっていく。
 着いた階は、8階。
 明かり取りの小窓から薄暮れる街並みが見える。 
 「良い眺めだね」
 「香柴さの部屋の方が、高くて良い眺めでしょ? 高層階だし夜景も凄かったし。大体エントランスホールも、通路も…倍以上に広いし部屋数だって、何部屋あるのか…」
 初めて嫌味を、言われたような気がする。
 「でも、管理人さんはとてもしっかりとした人だと、思うけど?」
 「…うん。その点は助かってる。このマンション…僕みたいな職種の人が、多く住んでるらしいんだ。トラブルは聞かないけど、未然に防いでくれたり。不審者とかの情報を回してくれたり。昼間は、今の人で夜は、その息子さんが管理をしてくれてるんだ…」 
 なる程、どうりで防犯カメラが多いと思った。
 楡の職種に近いならそれなりのセキュリティじゃないと…て?
 「香柴さん。どうぞ」
 楡は、開けたドアの前に立っていた。
 「あっ…お邪魔します…」
 「今、電気付けますね」
 パタパタと廊下と部屋の明かりを付ける。
 フワフワのラグに2人掛けの黒い皮のソファーにテーブルは、白の木目調。
 それと同じ白の木目調のテレビ台の上には、ちょっと大き目なテレビ。
 思ったよりも殺風景だと想った瞬間、フワッと香ったのは、サンダルウッドと呼ばれる優しい甘さと、ウッディ系の香りを持つ…
 「お香です。落ち着くんですよね…」
 「白檀の香り。俺も好きだよ」
 日が差さない部屋の奥に置かれたシックで、モダンな木製の戸棚にはめ込まれたガラスの開き扉。
 キレイにディスプレイされたその棚からいくつか小瓶が見えた。
 あれは…
 「香水?」 ってか、これ…
 例のカノジョのアイコンと同じじゃねぇかよ…
 「…あっ…えっ…と、その買ったり。プレゼントされたり…」
 気を取り直して覗き込むと、その中で1つだけあまり使われた形跡のない小瓶が、中央に飾られていた。
 「これ…随分前に発売されたシトラス系の香水だね? あとは…みんなウッディ系だね…」
 「嫌いな香りじゃないけど、今は使ってなくて…」
 「そうなんだ…って…」
 「えっ?」
 何気なく隣に立った楡の頬は、少し腫れていた。
 「殴られた所が、腫れてる。タオルか何かで、直ぐに冷やさないと…」
 「大丈夫ですけど…」
 「タオルは、どこ?」 
 「…洗面台の収納棚の中にでも、あの…たいした事じゃないし…」
 「洗面所は、ここのドア?」
 香柴さんを目で追うも、テキパキとしていて、あっと言う間にタオルを取り出しその場で水に濡らし冷したタオルを、顔に押し当てようとしてくれた。
 「取り敢えず座って!」
 「いや…この服も汚れてるし…着替て…」
 「服は、寝室?」
 「あの! 自分で、着替えてきますから!」
 バタバタと、リビングを飛び出していき通路の先でパタンと、扉が開き閉められた音を聞きながら俺は、ディスプレイされた香水を眺めていた。
 この部屋に漂うのは、白檀のお香。
 よく使うのは…
 シトラス系以外のウッディ系。
 かなり香りに気を使っているのか、それとも、何かあるのか…
 程なくして楡は、パーカーを片手に戻ってきた。
 「スミマセン。転んだ時に貸してもらったパーカーが、汚れたみたいで…クリーニングに出して…」
 「大丈夫だよ。普通に洗ってもらっても、結構着古してるし…」
 「でも…」
 楡は、シャツにまた別な暖色系のカーディガンを、はおって横に並んだ。
 赤く少し腫れた頬にタオルを、押し当てる。
 「口の中とか、切ったりしてない?」
 「大丈夫です」
 「…何なら。病院にでも行く? 診断書とかもらっておくと、相手への牽制にもなるよ。管理人さんも、心配してそうだったし…」
 「カノジョだけじゃなくて、僕も悪いから」
 「付けたのは、俺だけど…」
 ハッとなりながら照れたように下を向く楡は、俺がしていたように香水が飾られた戸棚を見詰める。
 「さっきシトラス系が、余り使われていないって、言いましたよね?」
 「うん…」
 「これ…」そう答えながら楡は、俺の手から離れるようにガラス扉を開け中央に飾られた香水瓶を取り出す。
 「僕が、初めて買った香水なんです。ホントに偶然、街中を歩いていて…何気なく目に飛び込んできて…瓶のデザインも、流線型で…今まで見たことなくて…香水って言うのも、そもそも良く分かってないのに…無性に欲しくなって…」
 「うん」
 「初めて、欲しいモノができたみたいで、嬉しかった…」
 急にニッコリと笑って、振り向くから。
 ドッキッとなって、思わず楡の頭を撫でていた。
 普通だったら。
 大人が、同じ大人に頭を撫でられるとか、ふざけるなって言われそうだけど楡は、嫌がったりしない。
 安心したように、おとなしくしてくれる。
 「それで…お金を貯めて買ったの?」
 「はい。でも、いざ手に入れたら勿体無くて使えなくて…けど…香水とかって、使用期限みたいな物があるでしょ? もう6年も前のモノだから。最初だけ開けて使って、それっきり封は、開けてない。本当にただ飾ってるだけ…」 
 「シトラス系は、嫌いなの?」
 「嫌いじゃないけど、似合う香りを付けろって言われたから」
 似合う香り。
 確かに楡に合う香水は、ウッディ系かも知れない。
 ウッディ系の香りには、クールやミステリアスなんってイメージがあるから。余計にそう言った香りが、似合うんだろう。
 「だから。その…昨日、香柴さんが付けていた。ムスク系の香水が、気になってて…」
 「あぁ…あれのこと?」
 「あの香水って、希少価値が高いからって、完全予約販売で…」
 「へぇ~…良く知ってるね。その時の香水だよ」
 やっぱり。
 たまたま同じムスクの香りを、持っているって人に香りを嗅がせてもらった時に感じた。仄かに漂う甘い香りを、香柴さんから嗅いだ時。ドッキッとした。
 「なんで、その香水の希少価値が、高いのか分かる?」
 「店員さん達からムスクは、動物性のだから…条約が、どうのって説明はされました…けど…」
 香柴さんは、相変わらず余裕な笑みを見せてくれている。
 麝香鹿 〈ジャコウジカ〉 の腹部から取れる香嚢 〈コウノウ〉 と呼ばれる麝香腺から得られる分泌物を、乾燥したものが、ムスクの材料になるとか…
 ただソレを、採取する目的で乱獲なんってことになって個体数が、少なくなり。取ることが、条約で禁止されていて今現在流通しているのは、合成ムスクが殆だと教えてくれた。
 「この間の数量限定の予約販売は、新しい合成ムスクを知ってもらう為と宣伝を、兼ねての先行販売らしいよ。供給具合や反応を見て…一般販売を検討しているらしいって聞いた…」
 香水の匂いだけじゃなくて、香水自体にも、詳しい。
 まぁ…調べれば、これぐらいの事は簡単に調べられるかもしれないけど…
 「まぁ…一種のフェロモン剤みたいなものかなぁ?」
 微笑んでいそうだけど…
 薄笑っているようにも見える表情は、相変わらず読めない。
 昨日も思ったけど、流されてしまうのは簡単な事だと思う。
 誰かにすがるみたいに、ひたすらに引き摺られるみたいにすれば、楽なんだろうけど…
 人を頼って、身を委ねたり。
 寄り掛かって、素直になれば僕も、こうなったりはしなかった?
 人から愛される事は、遵う事じゃないと分かっているのに、どう接していいのか香柴さんを、見る度に戸惑ってしまう。  
 この感情が、好きって事なのか… 
 好きって感情は、こんなにも分かりにくいものなの…

 「楡?」
 不安そうな楡の目は、俺にどうして欲しいのか…
 大切に扱っても、怖がられて逃げられてしまう。
 大事にしたいと思えば、思うほどに空回りする。
 昨日みたいに不意に抱き寄せて、甘えさせるように仕向けるのは、もしかしたら簡単な事かもしれない。
 ただそれだと楡の意志は、関係なくなる。
 自分から甘えて欲しいとは思うけど、そう言う気分には、なれさそうもないし。
 昨日みたく酒でも入っていれば? とか…
 それとも、朝方みたく寝惚けてはもっと、有り得ない光景だったのかもな…

 今日の所は、このまま帰った方が良さそうか?
 


 9.



 急に香柴さんが、黙った。
 香水の話しって、ダメだった?
 …ダメな訳ないか、嫌いだったら香水なんって付けないだろうし。
 色々と、詳しそうだし。
 うん。
 本当、色々と吹っ飛ばしているし。
 妙に気持ちが、ザワザワする。
 引っ叩かれた頬を冷たいタオルで冷やしているけど、顔が熱くてたまらない。
 落ち着け。
 今日は、酔っぱらっていた。
 事故だよ。事故。
 それでも、香柴さんの大きな手で撫でられた頭は、気持ちが良かった。
 ずっと、撫でられていたい。
 でもそれは、僕の我儘だし香柴さんにとっては、迷惑なはずだから。
 こう言う場合って、香柴さんからしたら。 
 きっと、遊びみたいな…
 かまってやろう的な考えなんだと思う。
 そう。
 暇潰しみたいに、からかわれているだけだよ。
 何気なく横並びに立っているけど、なんか居づらい。
 触れるか触れないかぐらいの腕が、チリチリと痺れる。
 「どうかした?」
 「別に何も…」
 視線を、逸らそうとしたら。
 僕の肩に香柴さんの腕が、ぶつかって自分でも、大袈裟じゃないかってぐらいに飛び上がるように避けた。
 「楡?」 
 「あの…」
 意識するな。
 こんな肩がぶつかるとか、腕に触れたとか、よくある事だろ? 何動揺してんだ? 
 思わず触れた所を、服の上から擦る。 
 何とも無いはずなのに、そこだけ妙に熱くて変に意識してしまう。
 多分。
 香柴さんは、そう言う僕の仕草とか態度を見ながら自分の言葉や行動を、僕に合わせてきているんだと思う。
 僕なんかよりも、余っ程ホストみたいな人だ。
 だから。
 演技してそうな…
 嘘っぽそうに見えてくるのかな?
 「楡?」
 どう返すのが、正解なのか見当もつかない。
 「はい…」
 「…俺。今週中に片付けないとならない仕事があるから。今日は、帰るよ。」
 そう言えば、仕事中みたいな事を、言ってたような気がする。
 「後ちゃんと、冷やしておくように!」
 自分の頬を軽く指差して、玄関の方に向かおうとする香柴さんの後ろ姿に、ズキッと心臓が、苦しむみたいに動き出す。
 今まで、こんな風に気持ちが、振るえる事なんってなかった。
 逆に今まで僕が、感じていた気持ちは、何だったのか?
 人から向けられ多くの気持ち。
 憧れ。尊敬。信頼。
 愛情とか、自分は求められる相手なのか、自信が持てなかった…
 昔みたいに無関心に気持ちを、返されたらと思うと、一歩も動けない。
 多分。
 香柴さんに ” 帰るよ “  って、言われてガッカリしてる。
 しかも、少しだけ寂しいって思ってる。
 引き止めて、無関心そうな顔されたと思うと手を伸ばす前に身体が、動こうとしない。

 「……………」
 引き止められるとは、思ってはいないけど、少し気になって振り返ってみると楡は、小さく固まっていた。
 おそらくそんな風になっている理由を楡は、話してくれないだろう。
 「…どうしたの?」 ぐらいの素振りで声を掛けるで、十分なはずなのに、いざ振り返ってみれば、下を向いてシュンと小さくなっている楡の姿。
 考えるよりも先に手を伸ばさずには、いられなかった。 
 掴んだ腕は細くて華奢なはずなのにコチラ見詰めてくる目は、しっかりとしていて思いの外にびっくりした。
 これが、不安そうなら。
 抱き締めてなんって、安易に考えていたけど、楡の意志の強さを垣間見れた気がした。
 そりゃそうか… 
 いつも、何らかのプレッシャーやらストレスを抱えていそうだし。
 こうやって、誰の手も借りずに一人で暮らしていたら自分以外の存在は、邪魔になるのだろうから。頼るなんって選択肢はないのかも知れない。
 それでも、
 「…楡は、強いの? それとも、強い振りをしているの?」
 その的を得た言葉に香柴さんの顔を、二度見してしまった。
 振りと言われると、何とも言えない気持ちになる。
 僕は、意地っ張りで弱い所とか見せたくなくて強くいようって、振る舞っているだけ…
 そう見られるように仕向けているんだと思う。
 素の自分をさらけ出すのが、怖くてバカみたいに一人でも十分だって、粋がっているだけ。
 だって、昔の自分みたいに素直な気持ちで、頑張ったから褒めてと言い。それを、目の前で拒否られたら。
 もう立ち直れない気がして…
 どんどん自信が、無くなっていく。
 こう言う時の一人っきり程、寂しい感情はない。
 掴まれた腕から香柴さんの熱が、入り込んでくるみたいでドキッとした。
 でも、どこまで信じていいのか分からないから。
 逆に、力を込めて前を向いた。
 やった事は、それだけ…
 我ながら間の抜けた話だよなぁ…
 とか、アドリブにもなってないなぁ… 
 とか、なんで僕はこんなに面倒くさいヤツなんだ? とか…本気で考えてた。
 香柴さんだけじゃない。色々な人に、良くしてもらってると思う。
 僕一人だけが、不安なだけ…
 「…そんな顔されたら帰れないんだけど…」
 そんな顔って、どんな顔なんだろう…
 当たり前みたいに、抱き締められたら。
 少し前の弱った僕に…
 あっと言う間に戻ってしまう。
 僕にとって香柴さんの温もりは、溶けて滲む程に心地良いから。
 すがり付きたくて、たまらなくなる。
 で…
 少し冷めた僕が、僕を見下ろすように… 『逃げるとかズルい』 と、耳元で言う。
 そのもう一方の耳元で香柴さんが 「平気。大丈夫?」 と、僕が欲しがりそうな声を掛けてくれる。
 自信がないから支えて欲しいと、見上げてしまう。
 流されているだけと言いつつも、自分から望んでいるように相手を見れば、後は成り行き。
 絡め取られるみたいに強く抱き締められながら。お互い擦り寄るみたいに絡み付いて、大きな手が、また僕の頭をゆっくりと優しく撫でてくれる。
 香柴さんから微かに漂うムスクの香水と体温とが、混ざり合って僕の脳内を刺激する。
 離れたくない。
 この感情も、きっと我儘。 
 良い年した大人が、取る行動じゃない。
 それでも溶けるような…
 まどろむようなこのキスを、逃したくないと僕は、シャツを掴んだ。
 

 やっぱり僕は、こう言う流されてばっかのズルいヤツなんだ…
 
 
 自分から行動した結果が、今だからロクな事は望めそうもない。
 今の仕事だって、このままを維持していける訳がない。
 昨日も、そうだったけど…
 疲れる。
 で、また。
 逃げようとしている。
 時々、鳴り続けていたスマホは、充電が切れたのか、いつの間にか静かになり。
 壁掛け時計の秒針が、ボッーとする頭に響いた。
 気怠い身体に掛かる熱気に近い息が、間近で聞こえる度に身震いしそうになる。
 素肌が触れ合う感触は、普通に触れ合うのとは異なって、ジットリと汗ばみヌルッと手の平を滑らせ。たまに香ってくるムスクが、胸を締め付けた。
 香水って人を惑わせるとか、魅了するって言うから。
 もしかしたら媚薬みたいなモノの1つなのかも知れない。
 僕が、息を吐こうと前を向こうとすると、口を塞がれようなキスをされた。
 深くて予測できない流れのキスに呼吸が乱された僕は、荒く息を吐き出す。
 そんな僕に香柴さんは、静かに笑い首にキスをしてくる。
 「あの…キスマ…」
 「付けてないよ。それにここは、髪で微妙に隠れる所だから。大丈夫…」
 吐息の混じった言葉に抗えず。
 その長く伸びた指で、中を掻き混ぜられ擦られる度に香柴さんの首にしがみつく僕は、小さく息を飲み込む。
 「…昨日の今日だけど…実際は、まだ痛みはあると思うから。軽く指で慣らしてって思ったけど、柔らかいままで安心した…」
 口から溢れそうになる。おかしな声を抑えるのに必死で、全くその他に余裕がない。 
 恥ずかしさよりも、実際はその余裕の無さもありだとか、正直意味の分からない単語を並べては、その恥ずかしさに身を委ねてる状態だった。
 「まぁ…初めてだろうからって、だいぶ時間を掛けて、指でほぐしておいたけど……今日は、もう抜こうか?」
 正面から組敷かれて、お腹を圧迫される感覚で指先が、僕の中を這いつくばるように突き上げてくる。
 「余裕で二本は、すんなり入ってくれた感じだけど?」
 もし。
 イヤだと、迫ってくる香柴さんの肩や腕を、力付くで押さえても今の僕には、無理だと思う。 
 この感覚に痛みやそれ以上にその存在が、僕の中に入ってくる事に何とも言えない皆楽的な嬉しさが、押し寄せてくる。 
 押さえ付けられている腕よりも、ソレは熱くて悶そうになるぐらい僕の中に居場所を作るみたいに何度も、突き上げてくる。 
 苦しいんだろうけど、その苦しさを自然と受け入れているようで、僕が動いているのか、香柴さんが動いているのか、分からない程に強く絡み合っている感覚が、頭の中の理性を薄めていく。
 ただ相手だけを受け入れて、求めていく。
 手を握ると、握り返してくれる。
 唇も求め合うみたいに何度も、重なり合い。口の中の性感帯を、舌でイかされる度にキスが、深みを増す。
 腰に回された手の平が、左の太ももを押し上げ内ももを、甘噛しながら甜め上げる。
 その行為は、ゾクッと僕の脳内に響いて頭が、沸騰しかけた。
 今までしてきたセックスって、ただ何となく誰かに求められたもので…
 元々、自分から強く誰かを求めたりしてこなかった。
 流れって言えば、そうかも知れない。
 今の流れも、似ているのかなぁ…
 求められているから。
 抱かれてるだけ。
 僕に誰かを、求めようとする感情ってあるのかな?
 好きだよとか、愛してるって沢山言われ続けてきたし僕も、言ってきたけれど、どれもピンとこなかった。
 だから多分。
 香柴さんの言葉も、そんな風にしか受け取れない僕が居る。
 恋愛って、どうするのが正解なんだろう…
 「…楡?…」
 香柴さんの手の平が、僕の頬を包む。
 「…やっぱり。嫌だった?」
 指先が、何かを拭う。
 その時、初めて自分が泣いている事を知った。

 「…ごめんなさい。あの…僕…」

 まさかあのまま号泣されるとは、思わなかった。
 色々と訳ありなんだとは、最初に居酒屋で飲んだ時に軽くぼかしながら言っていたから。
 そうなんだとは、思っていたけど…
 不思議と嫌な気持ちはなく。 
 優しく抱き締めようとすると、慌てたように俺を押し避け服を、おはだけさせたまま廊下に出て行った。
 正直、萎えたと言えば萎えた。 
 でも楡に対しては、なぜか仕方がないかと思い直した。
 それで…逆に興味が、わいた。
 どうしてそこまで、頑なに身を委ねたりしないのかとか…
 俺を、どこまで信用しているのかとか…
 信用していないなら。
 どうして俺を、部屋に上げたのかとか…
 無防備って言うか、頑なの意味を履き違えてんじゃねぇの? とさえ思えてくる。
 あの顔で、あのルックス。 
 中性的な顔立ちにクールな見た目が、人恋しそうに儚げで、そんな訳有な目で見詰められたらば、女でも男でも周りは、ほっとかないだろう。
 俺の見た目で言うなら楡は、愛に餓えている。
 勿論。自分では、そうは言ってこないし一定の誰かに、そう思われている事にも、気付いてない。  
 まぁ…何っていうか、愛して欲しいから。愛してくれと言っても、相手が本当に愛してくれるとは、限らない。
 それは、下手に関わると一方的な愛になるかも知れないからだ。
 愛ってのは、普遍で曖昧で場合によっては、酷く自分勝手に歪んでいるのかも知れない。 
 そして、その自己都合な歪みを押し付けたくなる。
 俺は、どちらに見えただろう。
 その前に俺自身は、楡にとってどんな存在なんだ?
 自分の中では、気に入ったから…みたいな感覚に近いと思う。 
 だから。歪んでいるかと問われると、違うとも言い切れない。
 俺の場合は、手に入らなかったモノが、少なかったし望めば、買い与えられた。
 何でも、手に入った。
 そんなんで…
 ガキの頃は、デロデロに甘やかされて育った。
 オマケに兄弟と言っても、兄とは年が10以上違うし。両親も兄も俺に対しては、どうしても甘くなりがちだった。
 俺自身も、甘えは自分を守ってくれるものと変に解釈していたから。
 誰も、咎めたりもしなかった。 
 それが、俺のベースと土台になっていき親友関係や恋愛関係にも、拡がりをみせた。
 金を持ってると分かると、あからさまに避けるヤツと、媚ふるみたいに擦り寄ってくるヤツとキレイに分かれ。金持ってそうだから。何かしらのおこぼれを貰えるかも…
 恋愛にもそれは、大きくはっきりと出ていった。
 俺と付き合って、上手に甘えれば…  
 何って、バカバカしくも見え透いた欲を出してきヤツは、けして少なくない。
 つい。悪乗りして荒れたように付き合っては、振ってを繰り返していた頃に…
 業を煮やした兄から仕事を手伝えと、取っ捕まった。
 まぁ…昔から塾に家庭教師やらで、成績優秀な兄は、まだ小さかった俺を上手く丸め込み勉強の方法を教えてくれた。
 それもあって、成績だけは良かったから大学の学科も、勧められるまま受験して受かったから通っただけ…
 でもまぁ…兄や親族の仕事を任せてもらえて、生活できるわけだから…
 そこは、感謝している。
 だから恋愛は、そのガス抜きみたいなもんだ。
 ある程度は、自由に分別付けて後腐れなくと思って居たけど…
 楡を見て、気が変わった。
 でも楡は、俺が近寄ると逃げ出そうとするから。
 追い掛けたくなる。
 でも、追い付くと今みたいに逃げていく。
 
 『本当は、愛されていたかった。愛情が…欲しかった』

 項垂れながら。
 訴えるみたいに…
 目が、物欲しそうに嘆いていた。
 この時って言葉もおかしいけど、そんな風に俺に対して、本心から言ってきたヤツは、居なかったから追い掛けてしまった。
 けど実際は、こうやって逃げられた。 
 どうしたら逃げずにそばにいてくれるようになるのか… 
 今日の明け方みたいに寝惚けて頭を撫でほしいと、自分から接してきたみたいに促しても…
 簡単には、
 “ 甘えてくれないだろうな… ”
 俺には、楡がそんな風に見えた。
 
 
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