選ばれし王女は玉座を夢見ない~その玉座、譲る気はありません~

葉月葵

文字の大きさ
1 / 4
第一章

1.シェリル

しおりを挟む
ルーヴェリア王国王都、ルフェーブル。その最奥部にそびえたつ王宮の一角には、五人いる妃とその子供たちが住まう小さな宮殿が並んでいる。その中でも最もひっそりと建つ宮殿に、シェリル=ルーヴェリアは暮らしていた。

庭先から妹・フェミルの笑い声が聞こえる。その声に応えるように、弟のトリスタンが何かを言い返していた。二人の楽しげなやり取りに、小さく口元が緩む。

「トリスタンもフェミルも楽しそうね」

思わず呟くと、そばに控える侍女が微笑んだ。

「今日はアデル様がいらっしゃいますから」
「そう……来るのがアデル姉様でよかったわ。セシル姉様とミレルが来たら何をされるか分からないもの」

アデルはシェリルの姉だ。正確に言えば生まれ月が二ヶ月しか違わない腹違いの姉。そしてセシルもミレルも腹違いの姉と妹。多くいる兄弟姉妹の中で、シェリルと母を同じくするのはトリスタンとフェミルだけだった。
父である国王・ダミアンには五人の妃と五人の王子、六人の王女がいる。この国の国王は複数の王配を持ち、彼女たちとの間に子を成すのだ。そして王位はその子供たちの中から、選挙によって決まる。血筋よりも、誰が王にふさわしい能力や素質を有するかが問われる国だ――建前としては。
だが、現実には妃の出自と家柄がものを言う。
シェリルたち三人の母であるシャナは、かつて東方の旅一座で踊り子として活躍していた。興行でこの国の王宮を訪れた際にダミアンに見初められ、妃として迎えられた。メリハリのある健康的でしなやかな体つき、人目を引くはっきりした顔立ち。国王に見初められてもおかしくないほどの美貌の持ち主だったのだ。だが、如何せんその出自が問題である。旅一座の踊り子――平民である上に、そもそもこの国の人間ですらない。そんな彼女が妃として迎えられたことに反発し、嫌悪感を抱く者は少なくなかった。ダミアンがシャナを迎えた時点ですでに彼には四人の妃と四人の子がおり、だからこそ、最終的には「王としての責務は既に果たしているのだから多少は許容しよう」という空気が流れたのである。
そんな中でも、ダミアンはシャナを一途に愛した。他の妃たちとは子を二人ずつしかもうけなかったのに、シャナとだけは三人の子をもうけた。それが余計に他の妃たちの不快感を煽ったのだ。

「……ねぇ、カナン」
「はい、シェリル様」
「たまに思うの。お母様は幸せだったのかしら」

シェリルの問いかけに、侍女――カナンは沈黙した。
四人いる妃のうち二人――最初の妃であるクラリッサと二番目の妃のヴァレンティナはシャナに好意的だった。しかし、三番目の妃であるエリオノーラと四番目の妃であるマルセラは違ったのだ。自分たちよりずっと身分の低い、そもそも異国の人間であるシャナが自分たちと同じ「妃」の地位についたことに強く反発し、シャナを軽蔑し、嫌悪し、どうにかして妃の座から追おうと画策した。その敵意はシャナが産んだ三人――つまりシェリルたちにも今に至るまでずっと向けられている。シャナ亡き今はその分も。

「……私には、シャナ様の真意は分かりません。ですが、シェリル様たちを心から愛しておられたのは事実かと」
「ええ、そうね。それは疑ってないわ」

いつだって母は笑顔だった。笑顔でシェリルたちを腕に抱き、頭を撫で、歌ってくれた。異国のメロディーで紡がれる歌声が、シェリルは大好きだった。

「……身分なんてバカバカしい。みんな同じ人間なのにね」

後ろから声がして振り返ると、そこにはいつの間にか来ていたらしいアデルが立っていた。姉とはいえど母が違うためか、あまりシェリルとは似ていない。似ているところと言えば青い瞳くらいである。

「母上の受け売りだけどね。みんな同じ人間で、身分なんて誰かが勝手に決めた区別なのよ。人類皆兄弟――ってのは大げさだけど、みんな同じ人間で、上下区別がつけられるべきじゃないの。平等であるべきだと私は思ってる」

アデルはそう言ったあと、「ま、でも」とあっけらかんとした調子で言葉を継いだ。

「そもそも、身分制度の恩恵を受けて王女様の地位にいられる私が言うのも変な話なんだけどねっ」
「ふふ……アデル姉様らしい言い方で私は好きよ」
「あら、誉め言葉として受け取っておくわ。――とにかく、あまり気負うんじゃないわよ。私もあんたもトリスタンもフェミルもみんな父上の子で、「王子」と「王女」なんだから。セシル姉様やミレルもおんなじ。あんたたち三人をやたら差別してるけど、みんな父上が同じなんだから対等なの」

アデルがそう言ったとき、ぱたぱたと足音がした。扉が勢いよく開き、フェミルが駆け込んでくる。

「アデル姉様っ!」

勢いよく駆けてきて、フェミルは咳き込んだ。すぐにシェリルはそんな妹に駆けよろうとするが、トリスタンが追い付いてくるほうが早かった。

「ほらほら、フェミル。急に走ったりするからだぞ」

トリスタンはそう言いながらフェミルの背中をさする。寝込んだりすることはそこまで多くないとはいえあまり身体が丈夫ではないフェミルを、トリスタンはいつも過保護なほどに気にかけていた。今みたいにちょっと咳き込んだだけで駆け寄ったり、少し頬が赤いだけで熱があるのではないかと騒いだりするのは割と日常茶飯事である。
そんなトリスタンを見て、アデルがやや呆れを含んだ笑みをこぼした。

「相変わらず過保護ねぇ、トリスタン」
「だって、フェミルは俺の妹だから。守ってあげなきゃいけないんだ」
「じゃあミレルのことも守る?妹でしょ」
「それはない」
「よろしい」

アデルが笑い、トリスタンが笑う。フェミルは話の内容はよく分かっていないようだが、異母姉と兄が笑っているのが嬉しいのかニコニコしている。
そんな光景を見て、シェリルは思った。

――トリスタン。フェミル。この子たちが笑っていられるなら、それでいい。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...