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第一章
2.選挙の兆し
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国王ダミアンの体調が思わしくない。
数ヶ月前から倦怠感と咳が続いており、当初はそれでも政務をこなし軍の演習にも積極的に参加していたのだが、ここ一か月ほどで体調は急激に悪化した。今では一日の大半を寝台の上で過ごしている状態である。
「『選王選挙』のときが近いのではないか」
貴族たちの間でそう囁かれるようになったのも無理からぬ話だ。このままダミアンが崩御すれば、すぐに次期国王を選定する『選王選挙』が始まる。
候補者はダミアンの子である王子・王女――計11人。選ぶのは貴族たち。誰を支持し、誰を即位させるかで、この国の未来――ひいては彼らの権力関係が大きく変わるのだ。
「少なくともエイデン様、ミレル様、フェミル様は選ばれることはないだろう。如何せん幼すぎる」
「エイデン様ですら御年13であられるからなぁ。フェミル様に至っては11だ」
「ああ。それに加えてフェミル様はお身体も弱い。陛下の弟君であられるグラン様と同じだ」
「年齢を考えると第一王子であるセバスチャン様と第一王女であられるイザベル様が妥当だろうか」
「いや、セバスチャン様は非常に聡明であられるが武勇が……イザベル様は逆に武勇には秀でておられるが勉学は苦手でいらっしゃる。何しろ、以前からご本人が王族離脱を
望まれているしな」
貴族たちは国王の体調を案じつつもいずれ来る選挙について語らった。そして、自分が支持する王子王女への接触を開始していたのだ。取り入り、味方だと示すことで、その者が即位した暁に優遇してもらえるようにと。
「……本当にくだらない人たち」
目の前に積まれた書状や贈り物を前に、シェリルは吐き捨てた。
これらはすべて、貴族たちから送られたものである。内容はほとんど同じ――『選王選挙』に向けて、シェリルを支持することを表明するものだった。そして、王となった暁にはぜひ贔屓にしてもらいたいと。
「お父様はまだ生きておられるのに、もうその死を前提に動くなんてね。不敬だわ」
「貴族なんてそんなものよ」
言ったのは今日も今日とて遊びに来ていたアデルである。
「この国のためにって口では言うけど、結局のところは自分が支持した相手を王にしてそのおこぼれに与りたいだけ。本当にこの国のことを想っている人がどれだけいることやら」
「そんなこと言っていると貴族たちから疎まれて『選王選挙』で選ばれなくなるぞ」
「むしろ好都合っ!」
トリスタンの突っ込みにニヤッと笑って返すアデル。
アデルの母・クラリッサは現宰相の娘である。母親の身分の高さも相まって、さっぱりした性格と歯に衣着せぬ物言いをするアデルは多くの人たちに好かれていた。そしてアデルも第一王女・イザベル同様、将来は王族離脱を望んでいる。私は王になんてならないわよ、と言って憚らなかった。
「ちょっと待って」
とはいえ、である。二人ともまるでシェリルが『選王選挙』で選ばれる前提で話を進めているが――
「私が王になるなんて無理よ。他の兄様姉様たちを支持する貴族たちが妨害するに決まってるわ。だって……」
そこでシェリルは言葉を切ったが、アデルとトリスタンには伝わったようだ。
シェリルの母・シャナは異国の踊り子。貴族でも商家でも武家でもなく、そもそもルーヴェリアの人間ですらない。シェリルが王になろうものなら、彼女に流れる異国の血を忌み嫌い騒ぐ連中が必ず出てくる。父を同じくする兄弟姉妹の一部ですらそうなのだから、赤の他人などなおさらだ。
「血筋なんて関係ないだろ」
しかし、トリスタンはあっさりと言ってのけた。
「『選王選挙』っていうのはあくまでも国王としての素質を問われるものだ。まあ、その素質に血筋が含まれてるのは否めないけど……俺は、シェリル姉様ならなれると思う」
「そうよ。シェリルには血筋の不利を補えるだけの才覚があると私には思うわ。トリスタンだってそう思ってるから言ってるんでしょう?」
アデルの言葉にトリスタンが大きく頷く。シェリルはどう返していいか困惑して二の句を告げない。
シェリルとしては王になる気は全くない。というか、そもそもなれると思っていないのだ。もしシェリルが選ばれようものなら、一部の兄弟姉妹たちやその母たちが何をしてくるか――想像するだけで恐ろしい。シェリルだけに攻撃してくるなら別にいいのだ。何も関係ないトリスタンやフェミルにまで危害を加えてくる可能性があるから恐ろしいのである。
(私は王にはなりたくない。トリスタンとフェミルさえ守れればそれでいい)
それが、シェリルの偽らざる本心だった。
数ヶ月前から倦怠感と咳が続いており、当初はそれでも政務をこなし軍の演習にも積極的に参加していたのだが、ここ一か月ほどで体調は急激に悪化した。今では一日の大半を寝台の上で過ごしている状態である。
「『選王選挙』のときが近いのではないか」
貴族たちの間でそう囁かれるようになったのも無理からぬ話だ。このままダミアンが崩御すれば、すぐに次期国王を選定する『選王選挙』が始まる。
候補者はダミアンの子である王子・王女――計11人。選ぶのは貴族たち。誰を支持し、誰を即位させるかで、この国の未来――ひいては彼らの権力関係が大きく変わるのだ。
「少なくともエイデン様、ミレル様、フェミル様は選ばれることはないだろう。如何せん幼すぎる」
「エイデン様ですら御年13であられるからなぁ。フェミル様に至っては11だ」
「ああ。それに加えてフェミル様はお身体も弱い。陛下の弟君であられるグラン様と同じだ」
「年齢を考えると第一王子であるセバスチャン様と第一王女であられるイザベル様が妥当だろうか」
「いや、セバスチャン様は非常に聡明であられるが武勇が……イザベル様は逆に武勇には秀でておられるが勉学は苦手でいらっしゃる。何しろ、以前からご本人が王族離脱を
望まれているしな」
貴族たちは国王の体調を案じつつもいずれ来る選挙について語らった。そして、自分が支持する王子王女への接触を開始していたのだ。取り入り、味方だと示すことで、その者が即位した暁に優遇してもらえるようにと。
「……本当にくだらない人たち」
目の前に積まれた書状や贈り物を前に、シェリルは吐き捨てた。
これらはすべて、貴族たちから送られたものである。内容はほとんど同じ――『選王選挙』に向けて、シェリルを支持することを表明するものだった。そして、王となった暁にはぜひ贔屓にしてもらいたいと。
「お父様はまだ生きておられるのに、もうその死を前提に動くなんてね。不敬だわ」
「貴族なんてそんなものよ」
言ったのは今日も今日とて遊びに来ていたアデルである。
「この国のためにって口では言うけど、結局のところは自分が支持した相手を王にしてそのおこぼれに与りたいだけ。本当にこの国のことを想っている人がどれだけいることやら」
「そんなこと言っていると貴族たちから疎まれて『選王選挙』で選ばれなくなるぞ」
「むしろ好都合っ!」
トリスタンの突っ込みにニヤッと笑って返すアデル。
アデルの母・クラリッサは現宰相の娘である。母親の身分の高さも相まって、さっぱりした性格と歯に衣着せぬ物言いをするアデルは多くの人たちに好かれていた。そしてアデルも第一王女・イザベル同様、将来は王族離脱を望んでいる。私は王になんてならないわよ、と言って憚らなかった。
「ちょっと待って」
とはいえ、である。二人ともまるでシェリルが『選王選挙』で選ばれる前提で話を進めているが――
「私が王になるなんて無理よ。他の兄様姉様たちを支持する貴族たちが妨害するに決まってるわ。だって……」
そこでシェリルは言葉を切ったが、アデルとトリスタンには伝わったようだ。
シェリルの母・シャナは異国の踊り子。貴族でも商家でも武家でもなく、そもそもルーヴェリアの人間ですらない。シェリルが王になろうものなら、彼女に流れる異国の血を忌み嫌い騒ぐ連中が必ず出てくる。父を同じくする兄弟姉妹の一部ですらそうなのだから、赤の他人などなおさらだ。
「血筋なんて関係ないだろ」
しかし、トリスタンはあっさりと言ってのけた。
「『選王選挙』っていうのはあくまでも国王としての素質を問われるものだ。まあ、その素質に血筋が含まれてるのは否めないけど……俺は、シェリル姉様ならなれると思う」
「そうよ。シェリルには血筋の不利を補えるだけの才覚があると私には思うわ。トリスタンだってそう思ってるから言ってるんでしょう?」
アデルの言葉にトリスタンが大きく頷く。シェリルはどう返していいか困惑して二の句を告げない。
シェリルとしては王になる気は全くない。というか、そもそもなれると思っていないのだ。もしシェリルが選ばれようものなら、一部の兄弟姉妹たちやその母たちが何をしてくるか――想像するだけで恐ろしい。シェリルだけに攻撃してくるなら別にいいのだ。何も関係ないトリスタンやフェミルにまで危害を加えてくる可能性があるから恐ろしいのである。
(私は王にはなりたくない。トリスタンとフェミルさえ守れればそれでいい)
それが、シェリルの偽らざる本心だった。
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