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第一章
3.下賤呼ばわり
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「なんであんたがここにいるの?」
冷ややかな声が王宮の廊下に響き、シェリルはトリスタンとフェミルを庇うように一歩前に踏み出した。
「ここはお父様の宮よ。あんたたちみたいな薄汚れた下賤な連中が来る場所じゃないのよ」
口調と違わぬ侮蔑に満ちた表情を浮かべるのはセシル。この国の第二王女であり、シェリルたちの腹違いの姉である。腹違いの姉という点ではアデルと同じなのだが、シェリルたちへの対応は雲泥の差だ。シェリルたちが異国の血を引くことを理由に彼女たちを蔑み、顔を合わせるたびにこうして侮蔑に満ちた顔をされ侮蔑に満ちた言葉を投げられていた。
「……」
腹立たしい。言い返したい。けれど、言い返そうものなら気位の高いセシルは「下賤な女から生まれた分際で私に逆らうの?」とでも言ってさらに攻撃してくることだろう。怒ればさらに攻撃してくるし泣けばつけあがる。生まれてこの方セシルからこの対応をされ続けているシェリルは、こういう時の対応は心得ていた。
唇を引き結び、目を細めて口角だけを吊り上げる。何も言わず、ただ笑え。こうすればこの女は反応に困ることをシェリルは知っていた。
「なんで笑うのよ、気色悪い」
セシルは吐き捨て、王女にあるまじき舌打ちをして足早にその場を離れる。まるで腰巾着のようにその後ろについていたカイランーーセシルの同母弟ーーが姉を真似るかのように舌打ちしてそのあとを追った。
「……ふぅ」
足音が遠ざかったのを感じ、シェリルは貼り付けた笑みを崩した。ついでに足の力も抜けそうになって何とか踏みとどまる。
「シェリル姉様、大丈夫?」
「……ええ」
フェミルが腕に抱き着いて支えてくれた。トリスタンもそんな妹に倣いつつ、セシルとカイランの後ろ姿を睨みつけていた。
「何が下賤だよ……選民意識に凝り固まった自分たちのほうがよっぽど下賤だろうが」
「トリスタン、やめなさい。聞こえるわよ」
「でもっ」
「仕方ないことよ。小さい頃から刷り込まれて育っているんだもの」
セシルとカイランの母・エリオノーラはこの国の騎士団長の娘である。そして、騎士団長はルーヴェリア人至上主義で有名だ。純ルーヴェリア人だけが優れており、少しでも異国の血が混じっていれば劣ると言って憚らない。ルーヴェリアは異国との交流も盛んで国際結婚もざらなので、むしろ異国の血がこれっぽっちも入っていないルーヴェリア人などほとんどほとんどいない。両親がルーヴェリア人――ここではルーヴェリア生まれルーヴェリア育ちを指す――でも、何世代も前に異国の血が混じっている人が大半なのだ。騎士団長も、家系図を遡れば異国人がきっといることだろう。そんな父親の影響を強く受けたまま王の妃になったエリオノーラの影響を、セシルとカイランも強く受けていた。
とにかく、そんな過激な思想を持つ騎士団長のそんな言動には眉を顰めるものは少なくない。だが、それでも騎士団長というこの国の武人の頂点にいられるのは、彼自身の武勇が非常に秀でていること、そして娘が王の妃であることの二つが大きかった。
「……またセシルが騒いでいたな」
薬の匂いが漂う王の私室。寝台の上に臥す国王・ダミアンはかすれた声でそう言った。
「聞こえておられたのですか」
「セシルは地声が大きいからな……それに、悪しき言葉というのはよく聞こえるものだ」
シェリルの言葉に苦く笑いながら、ダミアンは息をついた。フェミルが駆け寄り、布団の上に出ている父の痩せた手をさする。
「お父様、お加減はいかがですか?」
「今日はだいぶ良い。さっきまでセシルの不平不満を聞いて、気が滅入っていたが……お前たちの顔を見て、少し、持ち直した気がする……」
末娘の優しい声かけにかすかに表情を緩め、ダミアンはそう答えた。
「……シェリル、トリスタン、フェミルよ」
「はい」
「今日、お前たちを呼んだのは他でもない。余は――俺は、もう長くはない。俺が死ねば……すぐに『選王選挙』が始まることだろう。その前に、お前たちの意向を……聞いておかねばならぬ」
そこで言葉を切り、ふうっとダミアンは息をついた。
「お前たちは……シャナが産んでくれた、大切な子だ。お前たちを不幸にしたくはない……王になりたくないのであれば、ならずに済むよう……計らうつもりだ」
「お言葉ですが父上」
ダミアンの言葉を、トリスタンが遮った。
「父上が崩御すれば、連中が動き出します。あいつらは、遺言など守りはしないでしょう。自分たちの望み通りの者を即位させれば、下賤な俺たちを排除するに決まっています」
名指しは避けていた。けれど、その場にいる誰もが分かっていた。
シェリルたちを疎む妃とその子供たち。そして彼らを支持する貴族たち。連中はダミアンの崩御後結託することだろう。シェリルたちを王家から追い出すくらいならまだいい。だが、最悪の場合--生きていると不都合だからという理由で、この国どころかこの世から消されかねないのだ。
「……だから、そうならぬよう手を打とうと」
「連中は父上の命令に表向きは従うでしょう。しかし、父上が崩御すれば口約束など簡単に反故にすることでしょう」
「……では、どうしろというのだ」
そういう連中だということはダミアンとて分かっている。けれど、できることはしようと思ってこうして子供たちを呼んだのだ。
困惑の色を浮かべる父に、トリスタンが言い切った。
「俺は『選王選挙』に出ます。王となり、シェリル姉様とフェミルを守ります」
冷ややかな声が王宮の廊下に響き、シェリルはトリスタンとフェミルを庇うように一歩前に踏み出した。
「ここはお父様の宮よ。あんたたちみたいな薄汚れた下賤な連中が来る場所じゃないのよ」
口調と違わぬ侮蔑に満ちた表情を浮かべるのはセシル。この国の第二王女であり、シェリルたちの腹違いの姉である。腹違いの姉という点ではアデルと同じなのだが、シェリルたちへの対応は雲泥の差だ。シェリルたちが異国の血を引くことを理由に彼女たちを蔑み、顔を合わせるたびにこうして侮蔑に満ちた顔をされ侮蔑に満ちた言葉を投げられていた。
「……」
腹立たしい。言い返したい。けれど、言い返そうものなら気位の高いセシルは「下賤な女から生まれた分際で私に逆らうの?」とでも言ってさらに攻撃してくることだろう。怒ればさらに攻撃してくるし泣けばつけあがる。生まれてこの方セシルからこの対応をされ続けているシェリルは、こういう時の対応は心得ていた。
唇を引き結び、目を細めて口角だけを吊り上げる。何も言わず、ただ笑え。こうすればこの女は反応に困ることをシェリルは知っていた。
「なんで笑うのよ、気色悪い」
セシルは吐き捨て、王女にあるまじき舌打ちをして足早にその場を離れる。まるで腰巾着のようにその後ろについていたカイランーーセシルの同母弟ーーが姉を真似るかのように舌打ちしてそのあとを追った。
「……ふぅ」
足音が遠ざかったのを感じ、シェリルは貼り付けた笑みを崩した。ついでに足の力も抜けそうになって何とか踏みとどまる。
「シェリル姉様、大丈夫?」
「……ええ」
フェミルが腕に抱き着いて支えてくれた。トリスタンもそんな妹に倣いつつ、セシルとカイランの後ろ姿を睨みつけていた。
「何が下賤だよ……選民意識に凝り固まった自分たちのほうがよっぽど下賤だろうが」
「トリスタン、やめなさい。聞こえるわよ」
「でもっ」
「仕方ないことよ。小さい頃から刷り込まれて育っているんだもの」
セシルとカイランの母・エリオノーラはこの国の騎士団長の娘である。そして、騎士団長はルーヴェリア人至上主義で有名だ。純ルーヴェリア人だけが優れており、少しでも異国の血が混じっていれば劣ると言って憚らない。ルーヴェリアは異国との交流も盛んで国際結婚もざらなので、むしろ異国の血がこれっぽっちも入っていないルーヴェリア人などほとんどほとんどいない。両親がルーヴェリア人――ここではルーヴェリア生まれルーヴェリア育ちを指す――でも、何世代も前に異国の血が混じっている人が大半なのだ。騎士団長も、家系図を遡れば異国人がきっといることだろう。そんな父親の影響を強く受けたまま王の妃になったエリオノーラの影響を、セシルとカイランも強く受けていた。
とにかく、そんな過激な思想を持つ騎士団長のそんな言動には眉を顰めるものは少なくない。だが、それでも騎士団長というこの国の武人の頂点にいられるのは、彼自身の武勇が非常に秀でていること、そして娘が王の妃であることの二つが大きかった。
「……またセシルが騒いでいたな」
薬の匂いが漂う王の私室。寝台の上に臥す国王・ダミアンはかすれた声でそう言った。
「聞こえておられたのですか」
「セシルは地声が大きいからな……それに、悪しき言葉というのはよく聞こえるものだ」
シェリルの言葉に苦く笑いながら、ダミアンは息をついた。フェミルが駆け寄り、布団の上に出ている父の痩せた手をさする。
「お父様、お加減はいかがですか?」
「今日はだいぶ良い。さっきまでセシルの不平不満を聞いて、気が滅入っていたが……お前たちの顔を見て、少し、持ち直した気がする……」
末娘の優しい声かけにかすかに表情を緩め、ダミアンはそう答えた。
「……シェリル、トリスタン、フェミルよ」
「はい」
「今日、お前たちを呼んだのは他でもない。余は――俺は、もう長くはない。俺が死ねば……すぐに『選王選挙』が始まることだろう。その前に、お前たちの意向を……聞いておかねばならぬ」
そこで言葉を切り、ふうっとダミアンは息をついた。
「お前たちは……シャナが産んでくれた、大切な子だ。お前たちを不幸にしたくはない……王になりたくないのであれば、ならずに済むよう……計らうつもりだ」
「お言葉ですが父上」
ダミアンの言葉を、トリスタンが遮った。
「父上が崩御すれば、連中が動き出します。あいつらは、遺言など守りはしないでしょう。自分たちの望み通りの者を即位させれば、下賤な俺たちを排除するに決まっています」
名指しは避けていた。けれど、その場にいる誰もが分かっていた。
シェリルたちを疎む妃とその子供たち。そして彼らを支持する貴族たち。連中はダミアンの崩御後結託することだろう。シェリルたちを王家から追い出すくらいならまだいい。だが、最悪の場合--生きていると不都合だからという理由で、この国どころかこの世から消されかねないのだ。
「……だから、そうならぬよう手を打とうと」
「連中は父上の命令に表向きは従うでしょう。しかし、父上が崩御すれば口約束など簡単に反故にすることでしょう」
「……では、どうしろというのだ」
そういう連中だということはダミアンとて分かっている。けれど、できることはしようと思ってこうして子供たちを呼んだのだ。
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