戦人 ~いくさびと~

比呂

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戦人外伝 ~木ノ下家の事情~

血と嘘

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 一夜明けた、翌日。

「なるほど、こいつぁ酷ぇ。妖怪でも現れたって言われた方が、まだ信じられるな」

 矢五郎は腕組みをしながら、血で汚れて黒くなった道を見ていた。
 既に死体は片付けられているが、片付けた者達はしばらく飯を食えないほどだった。

 それくらいは、片付けきれていない肉片を見ればわかる。

「……あぁ、あの馬鹿」

 検分に立ち寄った惣鳴は、これが誰の仕業か即座に気付いて、それから嘆いた。
 片手で両目を覆い、天を仰いで途方に暮れる。

 この話を聞かされたときからまさかとは思っていた惣鳴であったが、まさにその通りだった。
 
 三十人からの手勢を、たった一人で肉塊に変えた化け物。
 馬より早く駆け抜ける人間。
 
 そんな者は、そうそういない。
 むしろ相手側の騎馬隊が大いに触れ回っていた。

 曰く――こちらには二人目の『戦人』がついた。貴様達に勝ち目は無い。
 その『戦人』に心当たりのありすぎる惣鳴であった。

「大丈夫ですか……」

 心配そうに、紗枝が顔を覗き込んできた。
 どうやら心配されているらしかった。

 この程度ならば、惣鳴は戦場で見慣れている光景だ。
 耐えられないこともない。
 それよりも、この惨状を見た紗枝が平気であることの方が不思議だった。

「ええ、ありがとうございます。僕は何ともありませんが……紗枝さんは?」
「私は平気です。私が拾われた故郷も、戦でこんな有様でしたから」

 遠くを見るような、それで居て何も見ていないような瞳だった。
 ――――この人も、過去に何かを忘れてきた人か。

 惣鳴は一歩前に出て、紗枝の視界を塞いだ。

「それなら、この光景は毒だ。あまり見ない方が良いです。決して帰ることのできない過去を見ても、意味が無い」

 ふふ、と紗枝が軽く笑う。

「やっぱり、惣鳴様も私と同じですね。そんなことを言うのは、辛いことを覚えている人だけですよ」

 そうですかね、と彼は頭を掻きながら視線を逸らした。
 その背後から、矢五郎が声をかけてきた。

「よう、面倒くせぇことになりやがったな」
「ちょっと、僕の読みが甘かったようです」

 惣鳴がそう言うと、矢五郎が何かを投げ渡してきた。
 妙に見覚えのある小袋で、口を開くと印が入っていた。

「……鉄印?」
「返しとくぜ。元はあんたのもんだしな。それに、あんたの読みは外れてねぇよ。新しい『戦人』は勘定に入ってなかったんだ。そこを攻めるのは野暮ってぇもんだろう。……それで、ちょいと荷が重くなったようだが、仕事としてあんたに頼めるかい?」
「ええ、構いませんよ」

 そいつぁありがてぇな、と矢五郎は言った。
 しかし言葉とは裏腹に、表情は硬い。

「とにかく、今回はしてやられたぜ。待ち伏せが全滅したのも痛ぇが、騎馬隊に馬小屋を燃やされちまった。何とか早めにこの騒ぎを終わらせてぇんだが……」
「ほぅ、何か問題があるようですね」

 自信さえ窺える顔で、惣鳴が訊ねた。

「できる限りのことは、相談に乗りますよ」
「……へっ、案外あんたなら予想はついてそうだがな。まあいい、話してやろう。今の状況ってのは、簡単に打破できる。わしが将軍様に泣きついて、兵隊を送ってもらえば事足りる話だ。だが、そいつをすれば、わしの失態が明らかになる。どう足掻いても打ち首は免れねぇ。だから、できるだけ短期間に『黒鎧城』を取り戻さなきゃなんねぇんだよ」

 惣鳴が頷く。

「城塞攻略戦は、守り手側の三倍の兵力が必要ですからね。僕も、どうして援軍を呼ばないのか不思議に思っていたんですよ」
「そうかい。……『戦人』ならこんな時、どうするんだい?」
「ま、考えますね」
「んなこたぁわかってんだよ……てめぇ、わしを馬鹿にしようってのか」

 矢五郎が憤怒の形相をして、惣鳴の襟首を片手で持ち上げた。
 持ち上げられた方は、意外と冷静に相手の目を見ていた。

「落ち着いてください。別に、坊主よろしく禅問答をやろうってんじゃないですよ。劣勢を覆すのなら、それなりの理屈がいる。この世に名策奇策は数あれど、どれも不可能って話じゃない。そういう状況を作り上げるには、まあ、考えるのが一番というわけです」
「で、その策ってぇのは、あんのか」
「その前にお聞きしておきたいんですが、大体の戦力差ってのを教えてもらえますかね」
「今回のことを差し引くと、兵力はわしらの方が少なくなった。『戦人』を話通りに千人と数えりゃ、まあ確実に負けてるが」

 それなら商人衆に竹槍持たせても無理だ、と付け加える。

「なるほど。……では、昨日の晩に見せてもらった地図に、間違いはありませんね、、、、、、、、、、
「ねぇよ。商品が逃げ出すこともあるからな。道だけはきっちり書かせてある」

 矢五郎の『商品』という言葉を聞いて、惣鳴は嫌な気分になった。
 背後にいる紗枝のことが気にかかる。

 ――――戦で拾われた。

 火傷だらけの女性。
 人買いの元で暮らす生活。

 そんな話は、この戦乱の時代には何処でもありふれている。
 
 しかし。

 それを納得することだけはしたくないな、と惣鳴は思った。

「それが、どうなんでぇ」

 ようやく、矢五郎は襟首から手を放した。
 地に足の着いた惣鳴は、ええ、と表情を柔らかくさせた。

「考えに必要なものですよ。……では、最後に聞きたいのですがね。その西倉という人は、本当に人身売買の元締めになりたくて矢五郎さんを裏切ったんですか?」
「なんだ、わしの言ったことを疑おうってぇのか」
「いえ、とんでもない。確認ですよ。西倉さんが人身売買の元締めになりたいのなら、この街を燃やすようなことはしない、と仮定できますよね。手に入れたいものを自分で燃やす馬鹿はいませんから。それならそれで、戦もしやすくなるってもんです」
「……ぐ、む」

 矢五郎は顔を顰めた。何か言い出しそうになって、すぐに後ろを向いた。

「どうかしたんですか」
「何でもねぇ! ……悪いが、先に帰らせてももらうぜ」

 大柄な体格が、苛立たしげに歩いていく。
 その先には、秋政が控えていた。

 二人は小声で幾つか言葉を交わす。
 会話の最中に、一度だけ秋政が鋭い目で惣鳴を見た。

 直後、彼らは本拠地である遊女屋に帰っていった。

「どうにも、隠し事が多そうですね」

 惣鳴は顎を撫でながら、そう呟くのだった。
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