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女の花道
しおりを挟む銀姫は、山賊の屋敷から少し離れた茶室にいた。
数寄屋造りの建物で、小さな庭もある。
ただ、茶室とは名ばかりで、本来の目的に使われたことは一度も無かった。茶を淹れられる人物が居ないのだから当然だと言える。
その茶室が建てられた目的からして、大磯平蔵たちが取引を行うための場所だった。主に身分の高い者と会うために用意されたのだ。
それに伴い、建物も豪華となった。
柱には良質の杉が使われていて、天井の板にも染み一つない。障子紙などは張り替えたばかりのように白く、隅々まで手入れが行き届いていた。
周囲を見回した銀姫が、数回ほど瞬きをする。
「……目が眩みそうじゃのう」
確かに屋敷は良いものだったが、紅を基調とした拵えになっており、あまり品の良いものだとは言い切れなかった。
それでも人を惑わすには幾分かの効果はありそうかも知れぬか、と彼女は思った。
「まるで女郎屋敷じゃ」
「まあ、女を売ることに関しては間違っちゃいないだろう」
部屋の外から、自慢そうな顔をした大磯平蔵が現れた。
「まさか、私にここで客を取らせるわけではあるまいな」
「そいつは名案だ」
ぽん、と手を打ちつけて大磯が頷くと、銀姫は八重歯を見せて笑った。
「ほぅ……お主は目先の金に目が眩んで、三百両が要らぬと見える。では精々、金持ちを騙して、山賊を討伐するように唆すかの」
「脅してくれるな。口が滑ったことにしておいてくれ」
「お主の口は、元より滑っておるから心配いらぬわ」
「ぬかせ。……それより、客が決定したぞ」
「ふむ。では、聞かせてもらおうかの」
目を真剣なものにして、銀姫は居住まいを正した。
大磯は喉の調子を整えてから語り始めた。
「とりあえず、集まったのは十一人ほどだった。それから金持ってそうな奴を選んだわけだが……」
「何かあるのか」銀姫は首を傾げた。
「いや、別に。とにかく、それを三人ほどに絞った。まずは、この土地の住職をやってる徳海和尚だ」
「呆れた破戒僧じゃの」
「金は持ってるぜ。好色な助平親父だから、相当に上手くやれば三百両くらいは出すだろ。俺としては、こいつが本命だな」
「三百両も揃えられる金持ちがおったのか」
「ま、無ければ借金させればいい。あんたの考えた儲け話のこともある」
「上手くいけば良いがの」
「上手くいかなかったら、あんたが坊主の慰み者になるだけだ」
嫌そうな顔をした銀姫は、何も言わずに話の先を促した。
「次は、大棚を構える大商人だ。こいつは得意先の人間に紹介された奴だな。事情があって店の名前は教えられないらしいが、まあ、商売人にとっちゃあ噂も命取りになりかねないんだろうよ。それに、口止め料に小判を渡してきた。金は持ってそうだが、素性が知れない。大穴だ」
「口止めに小判、か。中々に羽振りの良さそうな御仁じゃな」
「商売人だからな。利のある所には金を出すし、損するなら鐚銭一文も金を出さないさ」
「では、その男は金の匂いに敏感だということじゃろう」
「だからこそ、あまり相手にしたくないんだ」
大磯は苦味のある顔つきになった。それこそ、その昔に商売人に騙された過去でもあるのかと銀姫が思うほどだった。
そんな気配を察した大磯が、口を曲げた。
「……で、最後だ。こいつは武士だ。こいつも職業上の理由で身元は判別してねぇがな、武士だってことで選ばざるをえなかった。しかし、とてもじゃないが三百両も払える武士じゃねぇな」
「ならば、何故に最後の三人に加えたのじゃ」
大磯が腕を組んだ。
「三百両は、金で貰わなきゃいけないと決ってるわけじゃない。身元が不明でも武士は武士だ。何かと役に立ってもらう機会はある」
「権力、か。……しかし、それだと私を転売できぬのではないか」
「武家にも横の繋がりってもんがある。そこらへんは考えてるぜ」
そして、大磯は視線を部屋の外に向けた。背中越しに言う。
「さて、それじゃあお手並み拝見といこう。これから三人が此処にやってくる手はずになってる。順番は説明した順だ」
「坊主、商人、武士じゃな」
「そうだ。三人にあんたを会わせてから、その後で競売をする。一番の高値をつけた奴に売るんだ。上手くやれよ」
それだけ言い残して、大磯はその場を去った。どこか近くで控えているのだろう。
銀姫は、ふむ、とだけ呟いて息を吐いた。
「……まったく」
自分が結婚した身の上でありながら、違う男を口説くのは、嘘とはいえ心苦しい。
ただし、『神速で迎えにいく』と宣言した当の本人は、未だこの場に現れない。
仕方ないといえば仕方ないのだが、好いた人に会いたい気持ちが理不尽さを正当化してしまう。
「はよう迎えに来ぬか。馬鹿者め」
新兵衛が死んでいるとは、思いたくなかった。
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