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女の花道4
しおりを挟む三人目である武士は、銀姫のいる部屋に入ってくるなり欠伸をした。
白の襦袢の上に、青の小袖が鮮やかだった。
裾の高い侍袴を穿き、白い足袋を覗かせている。腰には大小を差しておらず、懐刀があるだけだった。
これだけ見るなら良家の武士と思っても不思議ではない。
しかし、眠そうな目と無精髭がすべてを台無しにしていた。
「いやあ、こいつは別嬪さんだねぇ」
愛嬌のある笑い顔を見せて、悠然と銀姫の前まで歩いてきた。
銀姫が喋ろうとした瞬間、男は彼女を手で制した。
「俺は真木忠宗という。ちょいと失礼するよ」
いきなり真木は、銀姫の前で寝転がった。頭を彼女の膝に乗せ、満足そうに息を吐いた。
成り行きを呆然と見守っていた銀姫は我に帰り、膝の上にある頭を見た。
「……ああ、やっぱりだ。初めて見たときから、貴女の膝枕は最高だと思っていた」
子供のような喜びように毒気を抜かれた銀姫は、仕方ない、という風に肩の力を抜く。
それが伝わったのか、真木は安心するように笑った。
「気を張らなくていいぜ。俺は何も気にしない」
「そうか。ならば私も清々する」
膝の上にあった武士の頭を、ぺしん、と良い音をさせて叩いた。
普通なら無礼討ちで殺されても文句は言えない行為である。
しかし、真木は苦笑いを浮かべて、叩かれたところを擦っていた。
「良い音がしたの。どうやら中身は詰まっておるようじゃ」
「ははは、そいつはどうも。……いきなり膝枕させて、怒ってるのか?」
「それはそうじゃ。乙女の膝枕はそれほど安くない。武士の額と同じでな」
真木は嬉しそうに口笛を吹いた。寝転がったまま足を伸ばし、障子に引っ掛けた。そして器用に障子を開け放ってみせる。
二人のいるところからは、小さな庭が見えた。意匠の篭った素晴らしい庭園では無いにせよ、自然を生かすように手入れをされた庭は、見ていて飽きなかった。
「行儀の悪い男よのう」
「いつも気を張っているのは疲れる。誰も見てない所でくらい、気を抜くさ」
「私は数に入っておらんのか」
「なに、気を抜いた者同士だ。遠慮などしない」
障子が開かれた所為で、清涼な風が銀姫の頬を撫でた。
気持ちの良い緑の香が漂ってくる。穏やかな日の光が、とても心地よかった。
「ま、これで膝枕をしている男がお主でなかったら、本当に言うことはないの」
「……本当に遠慮がないねぇ」
銀姫と同じく庭を眺め、どこか楽しそうに呟く真木だった。
しばらく庭を観賞した後で、唐突に真木が口を開いた。
「そういえば、俺って嫁さんを探してんだ。そろそろ身を固めようかなぁ、って思ってるし」
「他を当たるが良い」
「即答かよ」
「見たところ、お主はそれほど女人に苦労している風でもない。頭も悪く無さそうじゃ。それでも女子が近寄らんと言うのであれば、それはお主の方が女人を近づけないようにしておるだけよ」
「それは、俺の求婚を断る理由にはならないだろ」
銀姫は微笑みながら言った。
「お主は私の好みではない」
「そうか」
真木は頷くだけだった。それを見て、銀姫が首を傾げる。
求婚を断られたにしては、真木の態度に動揺が見られなかったからだ。
「……お主、頭は大丈夫か」
「自分では大丈夫だと思ってるが、他人がどう思ってるかまでは知らん」
銀姫の膝の上にあった頭が動いて、視線を彼女に向けた。
「ただ、貴女の言葉が、俺の求婚を止める理由にならないだけだ。それにまあ、今は断られても、明日にはどうなるかわからんだろう?」
「前言撤回する。お主は阿呆じゃ」
「死んでも治らない馬鹿よりはましだと信じたいね。……それで、貴女の好みって、どんな奴だよ」
「聞いてどうするのじゃ」
「できるだけの努力はするつもりだぜ? 好きなことに対しては、何も惜しまんようにしている。好きな者の言うことに従うのも、やぶさかではない」
「ふむ」
片眉を上げた銀姫は、腕組みをしながら考えた。
腕組みをする際に、打掛の袖が真木の顔に被さるが、それは故意にやったことである。
新兵衛のことを考えているときの己の顔を、真木に見せたくなかったからだ。
「……馬鹿じゃな。私は、死んでも治らん馬鹿が好きじゃ」
「ほぉー」
打掛の袖を暖簾のように掻き分けて顔を出す真木だった。
下から見る銀姫の、好きな男を語る仕草は、万金を積んでも惜しくない代物だった。
決心した真木忠宗は、むくり、と立ち上がった。
「やっぱり、うん、諦めるのは無理だ」
銀姫の前までやってきたときと同じく、悠然とした足取りで出口まで歩く。
「貴女を買おう。話はそれからだ」
「三百両、持っとるのか?」
「どうかな。まあ、やるだけやってみよう」
「ならば、良いことを教えてやろう」
意地悪そうに微笑む銀姫の顔は、中々に魅力的だった。
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