戦人 ~いくさびと~

比呂

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一国一城3

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 真木家の屋敷は、既に取り囲まれていた。

 屋敷を囲う漆喰の白い壁の外には、完全武装の武者が百人ほど戦闘待機している。蟻一匹も逃げ出す隙間は見当たらなかった。

 銀姫たちは、完全に閉じ込められていることになる。
 そして、取り囲む武者たちの中から、一人だけ屋敷の正門に向かってくる者がいた。

「頼もう! 我は木津島家の使いで、伯兵衛と申す者だ。逆賊の娘を一人、貰い受けに参った次第である。隠し立てをすれば、領内の者といえど容赦はせん。開門せよ!」

 呼びかけの声が反響して、空中に拡散してしまった頃だった。
 木の軋む音をさせて、門が開いた。
 武士の正装である、肩衣に袴を穿いた半裃の姿で真木忠宗が現れた。

「何かあったのかよ、ええっと……伯兵衛さん、とやら」

 面食らったように、伯兵衛は言葉を詰まらせた。
 それは、忠宗があまりにも無防備だったからだ。

 木津島の軍勢が真木の屋敷を取り囲んでいる暇に、彼らは戦の準備は整えられたはずだった。
 木津島の動きに気づいていないはずは無いのだ。

 ――――なればこれは陽動か、それとも服従の意を示すものか。

 と伯兵衛が悩みかけていたところ、更に忠宗は言った。

「なあ、用事が無かったら、俺は帰らせてもらうぜ」
「ま、待て。話は終わっておらん。こちらに娘が引き取られて来たそうだな」
「ああ、そのことか。来たよ」

 あっけらかんと言い切る忠宗だった。
 伯兵衛は、頬を歪めて笑う。
 真木は関所守のお役目を受けているとはいえ、所詮は木津島家よりも数段ほど身分が低い。
 口は悪くとも、それ以上に逆らってくることは無いと考えた。
 武装もせずやって来たのはやはり服従か、と伯兵衛は確信した。

「では、その娘をこちらに渡してもらおう」
「断る」
「ふふふ、そうか。ならばここで待っておるから、さっさと連れてこい」

 少しだけ、静かな時間が流れた。

「…………」
「…………ん?」

 ようやく首を傾げる伯兵衛だった。

「ちょっと待て。今、何と言った?」
「だから断ると言ったんだ、この阿呆」
「き、貴様ぁ、木津島の使者を侮辱することは、木津島の家名に泥を擦りつけるのと同じことぞ――――ぅぐぁっ」

 忠宗は片腕で伯兵衛の首を掴み、歯を剥き出しにして脅した。

「よく聞いてろ、下っ端。確かに木津島様は俺の上役であり、恐れ多いお方だ。しかしな、あんたに偉そうにされる筋合いはねぇんだ。ここは関所で、俺は関所の責任者だ。ここで俺と話がしたいのなら、あんたらの責任者を連れて来い」
「む、無理だ、それはつまり、木津島貴信様を連れて来るということだろう? そんな無礼なことは出来ん!」

 普通は礼儀として、身分の低い方が出向くことになっている。
 この場が関所だとしても、身分の低いのは真木忠宗の方なのだ。

 だが――――。

「無礼はあんたらだ。こちらには浄州守護大名、鷹峰重政様の実子――鷹峰銀様がおられるのだぞ! 何を言われて騙されたかしらないが、あんたらは間違いなく謀反人だ。皇帝覇軍には話をつけておいた。程なく皆殺しだよ、あんたら」
「ひ、ひぃぃ」

 恐怖で取り乱した伯兵衛は、忠宗の手を振り解くと、一目散に逃げ出した。
 前も見ずに走り出したため、すぐに何かと衝突した。
 勢いに負けた伯兵衛が、その場に尻餅をつく。

「うぉわ」

 彼が眼を開いて最初に見たものは、馬の四本足だった。
 その馬に誰が乗っていたのか確かめようと、見上げようとした瞬間に、空が割れた。

「あ、がぁ――――」

 割れたのは空ではなく、伯兵衛の頭蓋だった。
 真っ二つに左右に別れ、脳漿が毀れ落ちる。
 骸となったそれは、血を撒き散らして地面に崩れた。
 鉞が音を立てて風を切り、血振りを終えた。

「使えぬ男よ。使いさえ満足に果たせぬか」

 陣羽織を着て馬に騎乗している木津島貴信が、無情にも言い放った。
 それで既に興味を失ったのか、視線を忠宗に移す。

「その様子では、お前はすべてを知っているな」
「――――ぐっ」

 問われた忠宗は、息をするのを忘れた。
 場の主導権を、完璧に持っていかれたと思った。

 木津島貴信と真木忠宗では、格も役者も違っていた。
 しかし、忠信も引き下がることは出来ない。背後に惚れた女を背負っているからだ。無様な姿だけは見せられなかった。
 畳み掛けるように、貴信が笑う。

「皇帝覇軍、か。確かに、これほど恐ろしい言葉は無い。兵も不安がるであろうな。だが、果たしてそれは本当か? 銀姫を手に入れて二日しか経っておらんというに、どうして皇帝覇軍と連絡が出来ようぞ」

 ――――見抜かれた。と忠宗が冷や汗を流す。

 確かに、皇帝に文を出すにしても、二日で届くわけも無く、更には返信の文も届くわけが無いのだ。
 例え本当に文を出せたとしても、皇帝覇軍が出てくる前に真木家を取り潰して銀姫を殺せば良いだけの話だ。

「では、俺が直々に問うぞ。お前は――――銀姫を渡す気があるのか」
 
 僅かな沈黙。
 銀姫を差し出さなければ、皆殺しにされるのも嘘ではない。
 断れば銀姫を含めた全員が死ぬ。
 話を受ければ、己が身と身内は助かるかもしれない――――が、心が折れる。
 そして、ついに答えを出した。

「断ると言ったはずだ」

 忠宗は引きつるような笑いを浮かべ、右手を上げた。
 すると、真木家の開きっ放しの門の内側から、弓を構えた武士が三人ほど現れた。そのどれもが木津島貴信の額を狙っている。

「兵を引け。さもないと、頭が吹っ飛ぶぞ」
「…………」

 貴信は、忠宗と弓手の三人を交互に見比べた。

「ほう、策士だな。この構図が作りたくて、俺を誘い出そうとしていたのか」
「あまり悠長に喋ってる時間は無いぜ。馬に引かせて弦を張った剛弓揃いだ。手元が少しでも緩めば、矢が飛び出す。早く兵を退かせろ」
「退かせたとて、お前らはどうするつもりだ。他国へ逃げ出すか。それとも、自国で罪人のように身を隠して生活するのか」
「いいから早くしろ!」
「……はは、それほど焦ってくれると、つい面白くて遊んでしまうな。俺も切り札をだそうか」

 貴信がそう言うと、彼の乗った馬の背後から、童女を抱えた武士が現れた。

「な、佳代か。どうして」
「なに、花を摘んでいる可愛らしい娘がいたのでね。危ないから保護しておいたのだ。親切はしておくものだな。かっはっはっは!」
「この外道が!」

 そのとき、貴信の表情が一変した。冷たく、何の情も感じさせない顔だった。

「何を当たり前のことを叫んでいるのだ。謀反を起こした時点で、俺が既に道から外れておるとは思わなかったのか?」

 歯を食いしばった忠宗が、引き絞るような声を出す。

「佳代を放せ、まだ子供だ」
「お前は策を弄して俺を罠に嵌めておきながら、俺に善意を求めるというのか。それは都合が良すぎるだろう。お前が出した『答え』というのは、つまり、こういうことなのだ」

 馬に騎乗してる貴信が、片手で佳代を掴み、持ち上げた。首を絞めるようにして、自身の顔の前に持ってくる。

「さて。時間は無いぞ。この娘が窒息して死ぬ前に、銀姫を出せ。弓も下ろしたほうが賢明だな。まあ、童女の串刺しが見たければ構わぬがなあ」
「くっ」

 佳代の苦しそうな顔を見て、歯噛みを抑えきれない忠宗だった。

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