見当違いの召喚士

比呂

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第3話

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「で、これですか」

 レオネールが残念な顔をして、足元に転がされた村娘を眺めていた。
 手足を縛られ、口も塞がれた村娘が、震えながら一点を見つめ続けている。

 余程恐ろしい目に会ったのだろう、と誰もが気の毒に思う有様だ。

「大丈夫? 生きてるのかな、この人」

 流石のアルマンでさえ、苦い顔をしている。
 村娘を荷物のように連れてきた女兵士――――『人狩り』が得意なサブトナルの配下が、嫌そうに口を開く。

「ふざけたことを抜かすな。注文通りの生け捕りだ。心臓も動いてる、息もしてる、意識はあるだろ。何が不満だ」

 長い白髪が揺れる。
 牙が口元から見え隠れし、苛立ちを隠さない。
 細く白い手は何の荒事も経験していないように見える。

 しかし実際、彼女が『人狩り』のトップエースであることは事実だった。
 何度も捕まったことのあるエルマンは、両手をあげた。

「命だけは、大丈夫そうだね」
「心は息絶えてそうですけどね」

 可哀そうに、とレオネールが呟く。
 屈み込んで村娘の顔の前に手をかざし、左右に振って見せる。

「ああ、何の反応も無いですね。たまに新兵が戦場で罹患する、心の病でしょう。しっかり療養させないといけません」
「……エイリス、何したの?」

 アルマンの視線が注がれる。
 彼女――――エイリスの白髪が、ふわりと広がった。

「こいつの前で、何人か素手で引きちぎっただけだ。問題ない。時間を考慮した結果だ」
「確かに、びっくりするくらい早かったねぇ」

 アルマンは太陽を見上げた。
 まだ暮れかけてすらいない、穏やかな午後の日差しを感じている。

 村長と問題を話し合ってから、数刻すら経っていない。
 彼が冒険者ギルドで依頼を受けたところから、既にサブトナルに知られていたのだろう。

「馬鹿にしてんじゃねぇ、当然だ。コルケス閣下の御下命は、何より優先されんだよ。閣下の御時間を無駄に浪費させるんじゃねぇよ」
「いいんじゃない? だってサブちゃん、僕のところに来るなんてよっぽど暇でしょ」

「サ、サブちゃん、だと。この人間風情が、調子に乗るなよ」

 エイリスがこめかみに青筋を立てて、臨戦態勢に入る。
 すかさずサブトナルが割って入ってきた。

「俺が許したのだ。それに、研究結果を自慢しに来たのだから、まあ暇と言えるだろう」
「ぐぬぅ、閣下ぁ」
「もうよい、下がっていろ。貴様の働きには感心している。だが今は、邪魔をしてくれるな。趣味くらい楽しませてくれ」

 そこまで言われて、エイリスが膝をついて黙った。
 サブトナルが顎髭を撫でつける。

「とまあ、これでアルマンは依頼も無く自由な身となったな?」
「そうだけど」

「うむ、では本題だ。貴様の血を分析した結果が出た」
「別に、普通だったでしょ」

「成分は、な」

 抑えきれない笑みを浮かべた紳士の表情からは、拭いきれない狂気の色が見て取れた。
 竜人に特徴として現れる、縦に割れた黄金の瞳孔が開く。

 甘い飴玉を転がすように、低くゆったりと言葉が紡がれた。

「問題は、時空間の連続性だよ。過度にエーテルを満たした疑似世界の中へ血を垂らすと、貴様の血が二重になったのを観測した。もちろん質量は変わっておらん。質量ゼロで疑似世界の中にだけ『観測』される状態だ。これだけで断言するのも困難だが、現状では貴様の血は、並行世界を縦に貫いているとしか考えられん。この時空間におけるすべての『アルマン』と同一性を持っているのだろう。それ故に、各々の世界の『アルマン』と同一存在が召喚魔法を使うことにより、我ら異国を呼び出したのだ。次元の裂け目を同時期に発生させ、時間の復元力を利用して位相を逆転させ、反発させ合って裂け目を保持し、召喚を成功させたと思われる。それには、寸分たがわぬ時空間固定の技術と次元干渉能力が必要だ。全てが偶然として――――」

「ごめん、わからない」

 アルマンは最初から理解を放棄していた。
 わかったところで、何も変わらないからだ。

 召喚魔法を使うと偉い人から怒られる、ということだけ知っていれば良い。

「――――ああ、すまんな。では要件だけ言おう。検体用の血がなくなった。渡して欲しい」
「えー」

 彼は明らかに顔をしかめた。

 血を取られるのは決して気持ちの良い事ではない。
 ただし、研究材料としてではあるが、世界を滅ぼしかけた男を生かすように尽力してくれているのも、この男によるところが大きい。

 八大強国統合任務軍の総司令官――――サブトナル=『ドラコ』=コルケス。

 竜人族としては稀有な例と言える、研究者と武人の顔を持つ者だ。
 逆らえばどうなるか、わかったものではない。
 彼は仕方なく、頷くのだった。
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