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第4話
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「ところで僕の苦労、わかってくれた?」
依頼を受けた村から遠く離れた都市の一角に、豪奢な造りの屋敷がある。
ほぼ治外法権並みの権力を持つ商人の邸宅だった。
その客間で、アルマンは机に顎を乗せて、ストローを口に咥えている。
彼の両側には、お世話係のメイドが控えており、箸の上げ下げまでやってもらえる雰囲気であった。
「あなたのその恰好を見て、苦労しているとは見えませんが……うぅ、美味しそう」
レオネールが言う嫌味にも、威力が欠けている。
彼女の眼先のテーブルには、見たことも無い豪勢な食事が並んでいるからだ。
訓練兵時代に食べた歯の折れる(実際折った奴がいた)堅パンが煉瓦に思えるほどの柔らかいパンで、ふんだんにドライフルーツが散りばめられている。
肉厚でプリプリと身が弾けそうなガーリックソテーされた大海老が、更に鎮座する。
メインディッシュであろう子豚の丸焼き香草包みなど、王侯貴族の晩餐会で見たことしかない。
手元に置かれたワインなど、レオネールが筆頭騎士に選ばれたときに同僚たちから送られた高級品よりも更に上のランクである。
王国貴族が自分たちだけのために職人を雇い入れ、葡萄畑とワイナリーから作らせた、良い意味で『とても頭の悪い』超高級品だ。
このテーブルに並ぶ料理について、アルマンは興味も示さず言う。
「僕は良いから、好きなだけ食べたら? 保存が利くものは持って帰ってもいいんじゃないかな」
ねえ、と彼が顔だけメイドに向ける。
するとメイド長らしき人物が、静かに頷いた。
「仰せのままに。主人からは、どんな要件でも受け入れるように承っております。食から色まで、すべて取り揃えております」
「ほへー、大したもんだ。あ、フルーツちょうだい。あの黄色いやつ」
怠惰の権化となったアルマンは、机に顎を乗せたまま動かない。
カットされてフォークに刺されたマンゴーが、メイドによって口元へ運ばれる。
食べ終わったら食べ終わったで、体勢も変えずにストローでフルーツジュースを飲む。
ああはなるまい、とレオネールが心に誓いつつ、疑り深く訊ねる。
「ここの支払いは、大丈夫なんですか?」
「僕がそんなお金持ってるように見える?」
「全く見えないから、聞いているんです」
「払いはサブちゃんだから、平気だよ」
はあ、とアルマンは溜息を吐いた。
針と管を使って採血され、小さな酒瓶一本分くらいは血を持っていかれていた。
透明なガラス瓶に詰められた血液を宝石のように扱っていたサブトナルが忘れられない。
そんな上司を見て幸せそうなエイリスもオマケに覚えている。
とても機嫌のよいサブトナルが、血液提供のお返しとして招待してくれたのが、この場所だ。
通称、ゾンブリム・タウンと呼ばれ、八大強国との商取引を率先して行い、一代で豪商に上り詰めた男――――カレス・ゾンブリムの、別荘みたいなものだった。
「後で払えとか言われませんよね。私のお小遣いでは全然、足りませんよ」
片や、地方の田舎から剣と魔法の才能だけで筆頭騎士になったレオネールでも、この高級感には気おくれしていた。
「大丈夫だよ。払えって言われても、払うお金ないからね。あはは。あ、それ何? ん? 食べ物じゃないの? ただの飾り? 食べられる? なら、それでいいからちょうだい」
アルマンは豪奢な料理の横に添えられた野菜の飾り付けを指さして、真面目なメイドを困らせている。
本物の美味しい魚を食べれば良いのに、彼の口は美しく彫刻された魚の人参を齧っていた。
「…………もう、いいですか」
どこまでも気にしないアルマンを見て、レオネールが覚悟を決める。
支払いを求められたら、その場で切腹するつもりだった。
それまでは、この幸福に舌鼓を打ち続けよう。
アルマンの世話に疲れすぎて、幸福耐性がなくなっていた彼女だった。
手近な大海老を皿に取り分けると、フォークで刺して身を頬張る。
「ふぅ、んーーー、んんーーーっ」
変な鳴き声を出す鳥の如く、彼女が語彙力を失った。
滋味あふれる海老汁が、口の中いっぱいに広がる。
解きほぐれる肉の繊維一つ一つから旨味が出てくる。
惜しみつつも喉に落とし込み、ワイングラスを手に取った。
寸分とも間を置かずにメイドがやってきて、グラスにワインが注がれた。
「あぁ、良い香りですね」
グラスの中でワインを回してから目を閉じると、瞼に葡萄畑が広がって見えた。
涼やかでいながら、芳醇を思わせる。
恐る恐る口をつけると、夏風を感じさせる透明感があった。
口当たりは軽い――――けれど、先ほど食べた海老に負けないコクがある。
それでいて、海老とワインの嫌味が一つも感じられない。
むしろ、お互いを高め合うマリアージュが、一つの作品として出来上がっていた。
「これ、何なんですかね。私、明日にでも魔界に放り込まれるんですかね。そうでなきゃ、夢でも見てるんですかね。ああもう、夢でも良いです。この海老美味しいです」
「ふーん。よかったね」
アルマンは行儀悪く、ストローから空気を送り込んで、フルーツジュースをブクブクと泡立たせていた。
彼自身は、この屋敷に案内された理由について、少しばかり考えていたのだった。
依頼を受けた村から遠く離れた都市の一角に、豪奢な造りの屋敷がある。
ほぼ治外法権並みの権力を持つ商人の邸宅だった。
その客間で、アルマンは机に顎を乗せて、ストローを口に咥えている。
彼の両側には、お世話係のメイドが控えており、箸の上げ下げまでやってもらえる雰囲気であった。
「あなたのその恰好を見て、苦労しているとは見えませんが……うぅ、美味しそう」
レオネールが言う嫌味にも、威力が欠けている。
彼女の眼先のテーブルには、見たことも無い豪勢な食事が並んでいるからだ。
訓練兵時代に食べた歯の折れる(実際折った奴がいた)堅パンが煉瓦に思えるほどの柔らかいパンで、ふんだんにドライフルーツが散りばめられている。
肉厚でプリプリと身が弾けそうなガーリックソテーされた大海老が、更に鎮座する。
メインディッシュであろう子豚の丸焼き香草包みなど、王侯貴族の晩餐会で見たことしかない。
手元に置かれたワインなど、レオネールが筆頭騎士に選ばれたときに同僚たちから送られた高級品よりも更に上のランクである。
王国貴族が自分たちだけのために職人を雇い入れ、葡萄畑とワイナリーから作らせた、良い意味で『とても頭の悪い』超高級品だ。
このテーブルに並ぶ料理について、アルマンは興味も示さず言う。
「僕は良いから、好きなだけ食べたら? 保存が利くものは持って帰ってもいいんじゃないかな」
ねえ、と彼が顔だけメイドに向ける。
するとメイド長らしき人物が、静かに頷いた。
「仰せのままに。主人からは、どんな要件でも受け入れるように承っております。食から色まで、すべて取り揃えております」
「ほへー、大したもんだ。あ、フルーツちょうだい。あの黄色いやつ」
怠惰の権化となったアルマンは、机に顎を乗せたまま動かない。
カットされてフォークに刺されたマンゴーが、メイドによって口元へ運ばれる。
食べ終わったら食べ終わったで、体勢も変えずにストローでフルーツジュースを飲む。
ああはなるまい、とレオネールが心に誓いつつ、疑り深く訊ねる。
「ここの支払いは、大丈夫なんですか?」
「僕がそんなお金持ってるように見える?」
「全く見えないから、聞いているんです」
「払いはサブちゃんだから、平気だよ」
はあ、とアルマンは溜息を吐いた。
針と管を使って採血され、小さな酒瓶一本分くらいは血を持っていかれていた。
透明なガラス瓶に詰められた血液を宝石のように扱っていたサブトナルが忘れられない。
そんな上司を見て幸せそうなエイリスもオマケに覚えている。
とても機嫌のよいサブトナルが、血液提供のお返しとして招待してくれたのが、この場所だ。
通称、ゾンブリム・タウンと呼ばれ、八大強国との商取引を率先して行い、一代で豪商に上り詰めた男――――カレス・ゾンブリムの、別荘みたいなものだった。
「後で払えとか言われませんよね。私のお小遣いでは全然、足りませんよ」
片や、地方の田舎から剣と魔法の才能だけで筆頭騎士になったレオネールでも、この高級感には気おくれしていた。
「大丈夫だよ。払えって言われても、払うお金ないからね。あはは。あ、それ何? ん? 食べ物じゃないの? ただの飾り? 食べられる? なら、それでいいからちょうだい」
アルマンは豪奢な料理の横に添えられた野菜の飾り付けを指さして、真面目なメイドを困らせている。
本物の美味しい魚を食べれば良いのに、彼の口は美しく彫刻された魚の人参を齧っていた。
「…………もう、いいですか」
どこまでも気にしないアルマンを見て、レオネールが覚悟を決める。
支払いを求められたら、その場で切腹するつもりだった。
それまでは、この幸福に舌鼓を打ち続けよう。
アルマンの世話に疲れすぎて、幸福耐性がなくなっていた彼女だった。
手近な大海老を皿に取り分けると、フォークで刺して身を頬張る。
「ふぅ、んーーー、んんーーーっ」
変な鳴き声を出す鳥の如く、彼女が語彙力を失った。
滋味あふれる海老汁が、口の中いっぱいに広がる。
解きほぐれる肉の繊維一つ一つから旨味が出てくる。
惜しみつつも喉に落とし込み、ワイングラスを手に取った。
寸分とも間を置かずにメイドがやってきて、グラスにワインが注がれた。
「あぁ、良い香りですね」
グラスの中でワインを回してから目を閉じると、瞼に葡萄畑が広がって見えた。
涼やかでいながら、芳醇を思わせる。
恐る恐る口をつけると、夏風を感じさせる透明感があった。
口当たりは軽い――――けれど、先ほど食べた海老に負けないコクがある。
それでいて、海老とワインの嫌味が一つも感じられない。
むしろ、お互いを高め合うマリアージュが、一つの作品として出来上がっていた。
「これ、何なんですかね。私、明日にでも魔界に放り込まれるんですかね。そうでなきゃ、夢でも見てるんですかね。ああもう、夢でも良いです。この海老美味しいです」
「ふーん。よかったね」
アルマンは行儀悪く、ストローから空気を送り込んで、フルーツジュースをブクブクと泡立たせていた。
彼自身は、この屋敷に案内された理由について、少しばかり考えていたのだった。
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