見当違いの召喚士

比呂

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第10話

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「あ、足手まといで思い出したよ。よく偉い人に『人類の面汚し』って言われたものさ。いやあ、懐かしいなぁ」

 アルマンは暢気な声で言った。
 本人は思い出に浸っているようだが、周囲の人間が同じ気分とは限らない。

「今、思い出すことですか?」

 数合ほど剣撃を打ち払い、レオネールが溜息を吐く。
 外套しか身に着けていない魔族の女は対照的に、肩で息をしている。

 実力差は、圧倒的だった。

 既に勝負は見えており、彼女の頭の中では、周囲に魔族の援軍が潜んでいないか確認している最中だ。
 もちろん、アルマンがいなければ、もっと早くに勝負はついていただろう。

「まったく――――ん?」

 彼女の手元が違和感を覚えた。

 レオネールの動きが変わった訳ではない。
 剣を合わせた相手の、剣質と言うべきものが変わっていた。

 僅かではあるが、力任せに叩きつけていたものが、物を斬るための動きに変化している。
 ただし、動きは明らかに読みやすい。

 何故ならば、レオネールの動きに似ているからだ。

「私から剣を学んでいる、ですか」

 彼女の眼に、僅かな殺気が宿る。
 ここに来て初めて、魔族の女を脅威として認識した。

 剣の事など何も知らず、ただ振り回すだけだったものに、虚実が交じり始めている。
 成長の早さが、とてつもなく早い。

 数年、十数年後には、レオネールに届きうる速度だ。

「惜しい、ですね」

 彼女が体の入れ替えで身を躱し、魔族の剣が空を斬る。
 隙だらけの首筋に剣を振り降ろそうとして、剣が止まった。

「グルルルルオオゥゥ」

 レオネールと魔族の間合いが離れる。

 魔虎の鳴き声だが、周囲に援軍は居ない。
 ならば、頭を槍で貫かれた魔虎しかいないだろう。

「グルルル――――もう充分だ、マウル」
「魔獣が、喋った?」

 アルマンは眼を見開き、呟く。

 今まで魔獣が喋っていることなど、一度たりとも見たことは無い。
 そもそも会話しようと思ったことも無いが、レオネールの様子を見ても、喋る魔虎は珍しいと言えた。
 
 女の魔族が自分の喉に手を当て、声を確かめている。

「アァァ、ウ。ア、ア、コチワ……コニチワ。こんにちは?」
「やれやれ、困ったものだ。まあ、気持ちはわからんでも無いが」

 女の魔族――――マウルを見ていた魔虎の視線が変わり、アルマンを捕える。
 いきなり頭を貫かれた虎に見つめられれば、彼も首を傾げることしかできなかった。

「何?」
「いやはや、このような姿で失礼します。一礼したいところなのですが、見ての通り槍で縫い留められていまして、ご無礼をご容赦ください」
「いや、謝られても困るよ」
「それもそうですね。では失礼を重ねて申し訳ありませんが、元の姿に戻るとしましょう」

 魔虎の毛皮が、激しく波打つ。

 突き破るほど皮が伸びたかと思うと、肉を失って緩み切ってしまう。
 そうしていると、魔虎の背中を割って人間の手が伸び出てきた。

 その手が槍を掴み、引き抜いた瞬間だった。

 毛皮が弾け飛び、中から礼服を着た青年が現れる。
 胸には魔界の勲章を並べ、手に短い杖を持つ。

「エドヴェンス・ガウエル、と申します。貴方様の御名を頂くその前に――――マウル」
「こんちわ」

 淑女のように外套の端をつまみ、広げて礼をする。
 顔を上げたマウルが、両目を見開いてアルマンを凝視する。

 彼の爪先から頭の天辺まで見通したところで、首を横に振った。

「凄くよく似てるけど、違う。本物の偽者。騙された」
「あらら、残念だったね」

 可哀そうに、とアルマンは他人事のように答えた。
 赤い瞳をした青年――――ガウエルが、白い手袋をした手で口元を隠す。

「なるほど、なるほど。遠方なら『天眼通』すら欺きますか。肉体は本物で、魂が偽者?すると、我らは嵌められたということですね」
「そうなの?」

 アルマンは不思議そうに言った。
 ガウエルの口が、吊り上がる。

「ええ、ええ、我らが悲願を成就するため、お相手しましょう――――サブトナル=『ドラコ』=コルケス!」

 月夜でさえ照らせない暗闇を睨むガウエルだった。
 水面から浮き上がるように、強烈な気配が漏れ始めた。

「――――そうか、地獄の公爵が釣れたかね。これは大物だ。よほど魔界は切羽詰まっていると見える」

 濃い暗闇の中から、従者を連れたサブトナルが現れた。

 連合軍の総司令官と、魔界の重鎮が睨み合う。
 緊迫した空気の中、篝火の爆ぜる音が大きく響くのだった。


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