アンドレイド妃

その１０

　ひとは死んで一瞬の風になる。

　父のみ教えを忘れた俺は……
　午睡から目覚めるとふらふらの坊主頭で新副都心に出掛ける。

「週末教です」
　呑気な週末には街に出て、ぶらぶらと時間を潰す。今どきの時勢だもの、テロやヘイトスピーチや難民や下層老人に些かの用もない。
「週末教は、あなたに快適な終末をお約束するものではありません。むしろ快適な終末など充実したあなたの来世（せかんどらいふ）を適切に管理運営するためには決してお得とは申せません。単なる障碍物、信仰の邪魔物でしかありませんから」
　デパートの前は特設会場のように人ごみがしている。
「ただいま信者募集中です」
　その声はほとんどの人には届いていない。至極まっとうな状況。更地に離れでも建てたか埋めたか。

「あのう、あの世とやらは、ほんまに週にふつかしか営業されてへんのですか」
　真顔で聞かれたのは、これが最初で最後になる。

「地上の怨恨です」とでも答えるべきものなり、奥義忘我の境目に在り交渉安全教則本にはそう書いてあるらしいが、マニュアル一本槍とかは俺の流儀じゃない。

　死ねばあなたもきっとどこ吹く風になれますと、昔流行った歌にあったが、疑わしい限りだ。
　このままいくと…
　週末教も先が見えてるし
　身の振り方も愈々考えんとな。

　俺は千成瓢箪のミニチュアを言い値で無理矢理じいさんばあさんに売り付けると、デパートの地下の試食コーナーをぶらっとして。

　なんでここらにおる女ちゅうのは食欲ばっかり刺激するのんか。あっちのほうは、ちんけの先ほどの役にも立たんのに…ブリブリ

　ぶつくさ言ってエスカレーターにひょい乗ろうとしたら
　あのおっさん
　たよんない背中かがめて
　千の風、万の嵐吹こうとも
　一木一草千変万化
　常住不在悉皆成佛
　三帰五戒
　なむちひとたびみおしへにきえせむときはみはならくのふちにあらんともかならずたすけまひらせむ
　千の雲、万の風
　吹きこぼれ
　吹きあぐぬとも
　かならずたすけまいらすぞ
　されば
　あしたにこうがんびしょうねんたりともゆうべにうつせみはつこつとなりぬとも
　あだぶつ、あだぶつ、なみあだなみぶ
　たふときしょうみゃうみなとなふれば
　かならずたすけまいらさん
　みはたといみは罪業深重のみたらんとも
　たちまちに一瞬の風にならんものかは
　かならずたすけまいらすぞ…

　あのうんざりする声の主がまさか俺の目の前で
　鼻歌でも歌うみたいに…
　青汁出して
　汗出して
　手を合わせ。
　ありがたや、ありがたや、あな有り難し
　合掌礼拝