怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.9 死に至る病

File:17 宣戦布告

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 気が付くと、私たちは元の住宅街の中に居た。どうやら空間の歪みも消えたらしい。私は脚元に放置されている絵画を拾い上げ、それが絵画『死に至る病』である事を確認する。よし。素晴らしく美しい。
「お二方!無事ですか!?」
「私は無事だよ。ジョセフ君は……」
「……あぁクソ。何だったんだ一体」
「無事なようだ」
 突然気絶させられたようだったから心配だったが、杞憂に終わってくれたようで良かった。兎も角これで要件は済んだ。後は日本に戻るだけ……
 とその瞬間、オオツカの背後から拍手が聞こえた。その場に居た全員が臨戦態勢に入り、同時に拍手が止む。暗闇から出て来た音の主は、師匠……ギルベール・ローズベルトだった。
『大した物だ。まさかソレを物にするとは』
 先ずジョセフ君がギルベールへ襲い掛かる。しかし彼の斧はギルベールの体をすり抜け、ただ空を切るだけに留まった。どうやらただの立体映像らしい。
『ジョセフ。私はお前を、そんな無礼な人間に育てたつもりは無いが?』
「そうだなアンタは俺を怪物として育ててくれた恩人だ」
『なら、せめて首を垂れろ』
 ギルベールの立体映像が軽く指を振ると、突如ジョセフ君の体が地面に叩き付けられた。傍目にはただ、彼が地面に倒れているように見えるだろう。しかし、コンクリートの地面に入ったヒビが、決してそうではない事を物語っている。
 奴は国境を跨いだ先に居る筈なのに、ジョセフ君の体がギリギリ収まる程度の範囲に制限して魔術を使えるのか。私のような素人でも分かるような高等技術。
 やはり私は、あの日から少しも前に進めていない。この姿を見るだけで、声を聞くだけで、自分という人間の生が誰にも望まれていないという錯覚に陥ってしまう。何も言えない私の代わりに、オオツカが口を開いた。
「……何故、ここに?」
 ギルベールはオオツカの顔を暫く見つめた後、見透かしたように笑いを見せながら、応えるように言葉を紡ぎ出す。
「宣戦布告だ。ジョセフ。そしてソフィア。三十日後、私は日本に渡り、国立競技場に神隠しを設置し、お前たちを待つ。そこで、最後の話をしよう」
「……協会が黙っているとでも?」
「協会がこの話を知る訳が無いだろう。知ったとして、何故無能で傲慢な自称神秘学者共が、?」
 成程この男、そこまで読んでいたのか。この状況であれば、私とジョセフ君は間違い無く来る。そして表立って行動できない協会は、表向き協会所属ではない人間、詰まり自分の宣戦布告を聞かれても問題の無い人間を用意する。この状況なら、この男は私とジョセフ君に対して、個人対個人の決闘を申し込んだ形になる。これだけであれば確かに、協会の管轄外だ。
「決闘を行うに当たって、君たち三人と契約を結びたい」
「……内容は?」
「この会話を誰にも漏らさない事、三十日後、国立競技場並びその周囲に協力者を呼ばない事、決闘は原則として、ソフィアとジョセフ、そして私の三人のみで行う事」
「断れば?」
「無関係の日本国民が大量に死ぬ」
 そんな事をすればどうなるか分からない訳じゃないだろう。だが日本、または周辺諸国に集まっていたファミリーの人間たちがその為の駒であると考えれば、今言ったハッタリを現実にする事だってできる。
「……分かった。話を飲もう」
「話が早くて助かる。では、契約を結ぼうか」
 ギルベールが指を鳴らすと、空中に契約書が現れた。契約の詳しい内容が掛かれたその神には、既にギルベールの物らしき血が付着している。後は、私たちの分だけだ。
 私とオオツカは契約書に自分の血液でサインをした。直ぐにジョセフ君を抑え付けていた魔術も解かれ、彼もまた、自分の血でサインをする。ギルベールはそれらを確認した後、契約書に魔術で火を点けた。煙が鎖のように私たち四人を繋いだかと思えば、直ぐに消えた。これで契約が結ばれたんだろう。事実私の頭には、契約の内容が刻みつけられている。
「……これで良し。では、三十日後に」
 そう言い残して、ギルベールの立体映像は消えてしまった。ジョセフ君が直ぐに私の傍に駆け寄り、私の背中を撫で始める。
「ソフィア。大丈夫だ。大丈夫。俺もお前も生きてる。アイツはもう居ない。一回呼吸を整えろ」
 私はそこでようやく、自分の呼吸が浅く、早く、不規則になっていた事に気が付いた。私はそれを少しずつ整える。
「先ずは日本に帰りましょう。三十日間、可能な限りの準備をする必要があります」
「あぁ分かってる。ソフィア。動けるか?」
「……うん。もう、大丈夫だ」
 とても恐ろしかった。自分の存在を根本から否定され続けるような絶望感が、少しずつ足元から這い上がって来る感覚。できればもう二度と感じたくないが……確実にもう一度、三十日後に、私はその絶望感と対面する事になる。そしてそれが恐らく、私の人生において、あの感覚を味わう最後の日となる事だろう。
 兎にも角にも、今は日本に戻る必要がある。私たちは誰も来ない内にと、元来た道を戻り始めた。後ろを振り返ると、やはりそこには何も無く、ただ空虚な住宅街が続いているだけだった。
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