怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

文字の大きさ
133 / 153
No.9 死に至る病

File:18 試練

しおりを挟む
 協会本部に戻ってから暫く、私は依然も来た名前の無い部屋で、サクラとヤガミソウスケを待つことになった。オオツカは契約をすり抜ける方法があるとかで、二人へ状況の説明をする為に別行動をしている。
 しかし、大変な事になってしまった。三十日後の、ギルベールとの決戦……全く勝てる気がしない。個人としての戦闘能力は勿論だが、対面するだけで動けなくなるような相手に勝てる訳が無い。一体どうやって……
 そんな事を考えている内に、どうやら状況の把握が済んだらしいサクラが部屋に入って来た。その表情はやはり苦く、彼女が恐らく無力感を噛み締めている事を示している。
「……済まない。私のミスだ」
「あの状況じゃ仕方無ぇ。そんな事よりも、今後どうするかだ」
「今後については手短に話そう。先ず最初に、協会としてやれる事は無い。動かせる人員は全て、万一テロが起こった際の為に、把握している敵の監視に可能な限り使う事になっている。決戦は本当に、君たち二人だけで戦ってもらう」
 まぁ、そうだろうな。奴がみすみす、協会の援護を許すような状況を作る訳が無い。改めて言われると、血の気が引くような状況だ。ジョセフ君もそう考えているようで、「だが勝てる見込みは無ぇ」と、サクラに向かって吐き捨てる。しかし、彼女には何か考えがあるようで、「それは現時点での話だ」と返す。
「何の狙いがあるかは知らないが、敵は三十日の猶予を設けた。この期間を使って、私たちは君たちそれぞれに、試練を課す事にした」
「試練?」
「ジョセフ君には私が、ギルベールに対抗できるように戦闘訓練を、ソフィアさんには八神くんが、魔力の使用ができるように体の調整をする」
「詳細は?」
「時間が惜しいから個別に話す。取り敢えず今は、この試練を受ける事を承諾してくれ」
 どうやら契約ではないらしいが……三流の神秘学者が扱う粗悪な契約以上の拘束力を持ちそうだ。しかしここで首を横に振るのは、恐らく命を捨てる事に他ならない。私とジョセフ君はほぼ同時に、「分かった」と声に出した。
 それを確認したサクラは、何故か私たちそれぞれに桜の枝を投げ付けて来た。勿論、咄嗟の事だったせいで、それは見事に私の額に衝突した。しかし不思議と痛みは無い。いや恐らく、そんな物よりも遥かに印象的な物が眼前に広がったせいで、一時的にそれを忘れてしまっただけだろう。
 桜の枝と額が運命の出会いを果たした瞬間、私の視界は季節外れの桜吹雪によって覆い尽くされたのだ。神通力や霊力を殆ど感じない、本物の桜だ。しかしそれが晴れた時には、私は協会の一室から既に移動させられていた。
 無機質な天井は、空を埋め尽くさんとする星々を湛えた夜空へ。白い床は、コンクリートで舗装された道路へ。そして周囲の光景は、恐らく日本にありふれているのだろう、郊外の景色へ変わっていた。
「ここは……」
「マジでここんとこずっと心臓に悪い事ばっか起きやがる……」
「あ、ジョセフ君」
 どうやら彼もここに転移させられていたらしい。どうやらかなり参った……と言うか、酔ってしまったらしい。『姿現し』を経験した後の魔法使いのようだ。
 直ぐにサクラとヤガミソウスケが姿を現した。やはり彼らもここに居たのか。しかし試練というのはどういう……
 そう考えようとした直前、サクラの姿が消えた。そしてそれとほぼ同時に、ジョセフ君の姿が消え、突風のような衝撃波が空気を伝い、私の体を揺さぶった。恐らくサクラによって、ジョセフ君が遠方へ殴り飛ばされたか、蹴り飛ばされたか、或いはもっと別の方法で吹き飛ばされたのだろう。どうやら本当に、時間の余裕が無いらしい。
「ジョセフ君!」
「ソフィアさん。俺たちはこの建物の中で試練を行う」
「さっきのは……」
「アレがジョセフに課せられた試練だ。まぁ死ぬような事は無いだろうから、気にするな」
 いや気になるだろう。相棒が思い切り吹き飛ばされてるんだが。しかしヤガミソウスケは、そんな私を気にも留めず、と言うかほぼ無視して、目の前の建物……恐らく何かの事務所だろう……に入って行った。どうやら鍵は掛かっていないらしい。私も後に続いて、建物の中に入る。
 中に入ると、そこはやはり何かの事務所だった。しかしそこそこ生活感があるな。高価そうな骨董品やら、古い小説やらがいくつも置かれている。ヤガミソウスケは、雑に物を退かしたらしい部屋の中心に座ると、私へむかって手招きをした。私が促されるままに床へ座ると、彼は試練の説明を始めた。
「これから、俺が思い付く限りの苦痛を君の精神、肉体に叩き込む。そこで緩んだ精神、肉体を人間の状態で固定する。勿論、壊れる前に止めるから、そこは心配しないでくれ」
「……は?」
「……じゃあ、行くぞ」
 彼がそう言って床に触れると、そこを中心に巨大な魔法陣のような物が展開された。そしてその中から、光の鎖が私へ向かって伸び、全身を拘束した。全てが、瞬き一回にも満たない時間で行われた事だった。
 そしてその瞬間、全身に激痛が走った。潰れる痛み。焼ける痛み。骨が砕ける痛み。肉が裂ける痛み。目が潰れる痛み。爪が剥がれる痛み。それら全てが断続的に、且つ同時に、全身を襲った。頭の中は自分、或いは自分と親しい者の死にざまを映した映像で埋め尽くされる。その全ての表情は、私へ向けられた憎悪に満ちている。
 突然、それらが止んだ。最悪な気分のまま、長い、永い時間が経ったような感覚を噛み締める。顔を上げると、ヤガミソウスケが私を見下ろしていた。
「思ったよりも長く続けられたな……取り敢えず、これで今日は終わりだ」
「……何分……経ったんだ」
「十二秒」
 たった十二秒であんなに苦しいのか。『思ったよりも長く続けられた』という発言からして状況はそこまで悪くなさそうだが……
「これが後何回続けるんだい?」
「この調子なら……一日一回で二十四回。その後の二日を休息に、三日日を最終調整に回せる」
「この後はどうすれば?」
「可能な限り休め。こっちで飯は用意する」
「……食欲無いんだが」
「安心しろ。食欲が無くても食べ易い物にする」
 どうやら若干棘のある口調とは裏腹に、かなり優しい人らしい。私は言われた通り、部屋の隅にあったソファにもたれ掛かり、目を閉じた。悪夢のような十二秒間の反動か、私はそこから三十秒後、気絶するように眠った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

勝手にダンジョンを創られ魔法のある生活が始まりました

久遠 れんり
ファンタジー
別の世界からの侵略を機に地球にばらまかれた魔素、元々なかった魔素の影響を受け徐々に人間は進化をする。 魔法が使えるようになった人類。 侵略者の想像を超え人類は魔改造されていく。 カクヨム公開中。

処理中です...