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No.??? 魔女の絵画
File:9 目或いは眼
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何かが私の名前を呼んでいる。その声の主は私の体を僅かに揺さぶり、私の意識を現実へ引き戻した。視界が晴れ、一番最初にそこに飛び込んで来たのは、一匹の蝙蝠だった。
「おぉソフィア。目が覚めたか」
「ジョセフ……君」
「あぁ俺だ。なんでこんな所で寝てやがった?」
気絶する前……もっと正確に言うなら、魔力を使い始めてから直ぐ、眼に激痛が走った。ギルベールにトドメを刺そうと弾丸を放つ所までは意識を保てていたが……どうやらまだ決闘は続いているらしい。
「そこは後で話すさ。状況は?」
「道徳の授業を受けて来なかった天才サマが、俺の二倍程度のサイズの炎の巨人になって大暴れ」
「オーケー大体理解できた」
炎の巨人……ギルベール自身が五人目の実験台になったという事か。だとすると、ジョセフ君だけがもっていた人ならざる者の力というアドバンテージは無くなった。元々それに人数差と初見殺しを加えて、ギリ勝てるか否かという所だったのだが……不味いな。
「私の援護は効きそうかな?」
「地面が融解するレベルの熱だ。精々が無視の羽音程度だろう」
「それは厄介」
「取り敢えず、俺は可能な限り耐久する。お前は奴に効きそうな手を探し……」
そこまで言い掛けて、蝙蝠の体は崩れた。ジョセフ君に相当なダメージが入っていると考えるべきだろう。吸血鬼である彼と戦いに来たんだ。彼を殺す手段があると考えて良い。そして実力差は歴然。時間は無い。
だがどうする?地面が融ける程の熱量だけでも災害のような物だ。そしてそれをどうにかしたとしても、ジョセフ君の二倍程の体格の強力な魔術師が残る。それをどうこうする手段は、私には思い付かない。
いやそうじゃないだろう。先ず足を動かせ。この状況で役立たずになるのは御免だ。兎に角何か、使える物を探さなければ。
先ずは熱か動き、どちらかを制限する。熱はこちらの攻撃が通る程度まで、動きは足を固定させられる程度までで良い。見た感じ、奴は体が少しずつ巨大化している上、地面が融ける程の熱を常に放っている。あの状況なら恐らく、私の援護は先程に比べて警戒していないだろう。
私が付け入る隙があるとすればそこだ。恐らく最初の一度だけ、私の行動は通る。その一度だけの行動で、熱か動きのどちらかを制限する必要がある。
大分気が楽になってきた。お陰で良い考えが浮かんだ。まだ完璧とは言えないが……それでも、今はこれに賭けるしか無い。私は空を見上げ、眼鏡を外した。
炎の刃が俺の腕を、足を斬り落とす。俺はそれを再生させ、逃げに徹しながら耐え忍ぶ。
「どうした?まさか恋人が愛の奇跡で助けてくれるとでも?」
「残念こっちはそんなロマンチストじゃねぇんだわ!」
「ならば諦めて死ぬと良い。お前たちの攻撃が通用しない事位は分かるだろう?」
あぁ確かにその通りだ。真空を作り出す魔術で触れようにも、熱で焦げて腕が無くなる。血液の武器は熱で燃やされて届かねぇ。そもそも魔術による強化も上乗せされたコイツの攻撃を、俺は満足に捌けねぇ。少なくとも今の俺には、コイツに対して有効な攻撃手段は無ぇ。
斬ると同時に焼く攻撃のせいで、普段よりも再生が僅かに遅れる。銀の短剣だけは防げちゃいるが、それもいつまで続くか分からねぇ。ソフィアはまだか?アイツが何かやってくれねぇと死んじまう。どうにか……
と、そう考えていた瞬間、地面がコンクリートに覆われ始めた。ソフィアの魔眼だ。何をするつもりだ?コンクリをただ地面に敷くだけなら、ギルベールはそれを溶かして終わりだ。
「これで拘束するつもりだったのか?急ごしらえの思い付きらしい雑な作戦だな」
ギルベールは構わず俺の方へ突っ込んでくる。俺は振り上げられた炎の剣に注意を引かれ……異変に気付いた。それが効果を発揮したのは、まさに一瞬の事だった。
次の瞬間、土砂降りの雨が降り出した。炎の剣は僅かに揺らぎ、俺の体を切り裂き、焼きこそしたが、深手にはなっていない。
「なんだ?何故雨が……」
状況は分からねぇ。だがこれは恐らく、ソフィアの仕業だ。俺は反射的に思考したせいか、一瞬動きが止まったギルベールの懐に潜り込み、真空を作り出す魔術を発動する。そして何故か、俺の腕は熱によって灰にされる事無く、奴の左脇腹を抉った。
「ほう……!」
「成程なソフィア!良い攻撃だ!」
日本の国立競技場は、天井が空いている。結果雨が入り込む事ができる。雨が入り込めば、必然それらはグラウンドで殴り合っていた俺たちの頭上に降り注ぐ。俺には大した影響を及ぼさねぇが、熱を纏っているコイツは違う。熱が勝手に雨を蒸発させ、勝手にその温度が下がる。『焼石に水』なんて言葉はあるが、こんだけ雨が降っちまえば焼石もただの石に早変わりだ。
ギルベールは再び炎の剣を作り出し、それを振り下ろそうとするが、足が動かないらしく、大きく体勢を崩した。当然だ。熱によって融かされた地面は今、雨によって冷やされ、元の状態に戻ろうとしている。さっきみてぇに素早く動くのは無理。
行ける。今なら真空を作り出す魔術で心臓を抉れる。勝てる。俺は再び魔術を使い、巨大化したギルベールの背後に回ってから、心臓の真上に手を置こうとする。
「『嘗めるなよ』と言った筈だ」
しかし次の瞬間、ギルベールは俺に向かって大きく炎の柱を作り出した。それは俺の体を一気に焦がし、吹き飛ばす。そして雨雲の上まで到達したその柱は、無数の槍に分裂する。しかし、それが地面に降り注ぐ様を、俺は見ることができなかった。理由は簡単だ。俺の胸が何か冷たい物に貫かれた。そしてそれは、とても熱い、炎のような何かによって握られている。
そこで、俺の意識は途切れた。
「おぉソフィア。目が覚めたか」
「ジョセフ……君」
「あぁ俺だ。なんでこんな所で寝てやがった?」
気絶する前……もっと正確に言うなら、魔力を使い始めてから直ぐ、眼に激痛が走った。ギルベールにトドメを刺そうと弾丸を放つ所までは意識を保てていたが……どうやらまだ決闘は続いているらしい。
「そこは後で話すさ。状況は?」
「道徳の授業を受けて来なかった天才サマが、俺の二倍程度のサイズの炎の巨人になって大暴れ」
「オーケー大体理解できた」
炎の巨人……ギルベール自身が五人目の実験台になったという事か。だとすると、ジョセフ君だけがもっていた人ならざる者の力というアドバンテージは無くなった。元々それに人数差と初見殺しを加えて、ギリ勝てるか否かという所だったのだが……不味いな。
「私の援護は効きそうかな?」
「地面が融解するレベルの熱だ。精々が無視の羽音程度だろう」
「それは厄介」
「取り敢えず、俺は可能な限り耐久する。お前は奴に効きそうな手を探し……」
そこまで言い掛けて、蝙蝠の体は崩れた。ジョセフ君に相当なダメージが入っていると考えるべきだろう。吸血鬼である彼と戦いに来たんだ。彼を殺す手段があると考えて良い。そして実力差は歴然。時間は無い。
だがどうする?地面が融ける程の熱量だけでも災害のような物だ。そしてそれをどうにかしたとしても、ジョセフ君の二倍程の体格の強力な魔術師が残る。それをどうこうする手段は、私には思い付かない。
いやそうじゃないだろう。先ず足を動かせ。この状況で役立たずになるのは御免だ。兎に角何か、使える物を探さなければ。
先ずは熱か動き、どちらかを制限する。熱はこちらの攻撃が通る程度まで、動きは足を固定させられる程度までで良い。見た感じ、奴は体が少しずつ巨大化している上、地面が融ける程の熱を常に放っている。あの状況なら恐らく、私の援護は先程に比べて警戒していないだろう。
私が付け入る隙があるとすればそこだ。恐らく最初の一度だけ、私の行動は通る。その一度だけの行動で、熱か動きのどちらかを制限する必要がある。
大分気が楽になってきた。お陰で良い考えが浮かんだ。まだ完璧とは言えないが……それでも、今はこれに賭けるしか無い。私は空を見上げ、眼鏡を外した。
炎の刃が俺の腕を、足を斬り落とす。俺はそれを再生させ、逃げに徹しながら耐え忍ぶ。
「どうした?まさか恋人が愛の奇跡で助けてくれるとでも?」
「残念こっちはそんなロマンチストじゃねぇんだわ!」
「ならば諦めて死ぬと良い。お前たちの攻撃が通用しない事位は分かるだろう?」
あぁ確かにその通りだ。真空を作り出す魔術で触れようにも、熱で焦げて腕が無くなる。血液の武器は熱で燃やされて届かねぇ。そもそも魔術による強化も上乗せされたコイツの攻撃を、俺は満足に捌けねぇ。少なくとも今の俺には、コイツに対して有効な攻撃手段は無ぇ。
斬ると同時に焼く攻撃のせいで、普段よりも再生が僅かに遅れる。銀の短剣だけは防げちゃいるが、それもいつまで続くか分からねぇ。ソフィアはまだか?アイツが何かやってくれねぇと死んじまう。どうにか……
と、そう考えていた瞬間、地面がコンクリートに覆われ始めた。ソフィアの魔眼だ。何をするつもりだ?コンクリをただ地面に敷くだけなら、ギルベールはそれを溶かして終わりだ。
「これで拘束するつもりだったのか?急ごしらえの思い付きらしい雑な作戦だな」
ギルベールは構わず俺の方へ突っ込んでくる。俺は振り上げられた炎の剣に注意を引かれ……異変に気付いた。それが効果を発揮したのは、まさに一瞬の事だった。
次の瞬間、土砂降りの雨が降り出した。炎の剣は僅かに揺らぎ、俺の体を切り裂き、焼きこそしたが、深手にはなっていない。
「なんだ?何故雨が……」
状況は分からねぇ。だがこれは恐らく、ソフィアの仕業だ。俺は反射的に思考したせいか、一瞬動きが止まったギルベールの懐に潜り込み、真空を作り出す魔術を発動する。そして何故か、俺の腕は熱によって灰にされる事無く、奴の左脇腹を抉った。
「ほう……!」
「成程なソフィア!良い攻撃だ!」
日本の国立競技場は、天井が空いている。結果雨が入り込む事ができる。雨が入り込めば、必然それらはグラウンドで殴り合っていた俺たちの頭上に降り注ぐ。俺には大した影響を及ぼさねぇが、熱を纏っているコイツは違う。熱が勝手に雨を蒸発させ、勝手にその温度が下がる。『焼石に水』なんて言葉はあるが、こんだけ雨が降っちまえば焼石もただの石に早変わりだ。
ギルベールは再び炎の剣を作り出し、それを振り下ろそうとするが、足が動かないらしく、大きく体勢を崩した。当然だ。熱によって融かされた地面は今、雨によって冷やされ、元の状態に戻ろうとしている。さっきみてぇに素早く動くのは無理。
行ける。今なら真空を作り出す魔術で心臓を抉れる。勝てる。俺は再び魔術を使い、巨大化したギルベールの背後に回ってから、心臓の真上に手を置こうとする。
「『嘗めるなよ』と言った筈だ」
しかし次の瞬間、ギルベールは俺に向かって大きく炎の柱を作り出した。それは俺の体を一気に焦がし、吹き飛ばす。そして雨雲の上まで到達したその柱は、無数の槍に分裂する。しかし、それが地面に降り注ぐ様を、俺は見ることができなかった。理由は簡単だ。俺の胸が何か冷たい物に貫かれた。そしてそれは、とても熱い、炎のような何かによって握られている。
そこで、俺の意識は途切れた。
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