12 / 153
No.3 果実
File:2 情報戦
しおりを挟む
翌日。私は協会上層部の人間の情報を集める為、協会の資料室に来ていた。ここで少しでも情報を集めなければならない。
「だけど、こんな様子じゃなぁ……」
上層部の情報自体はそこまで希少じゃない。彼等の情報だけなら、資料室で簡単に閲覧できる。だがそれは、彼等の情報だけだ。彼等が保有する絵画、またその保管についての情報は一切記されていない。そこはジョセフ君も手に入れていない情報らしく、場所も方法も不明のままだ。
それに、上層部の連中を出し抜く事自体が困難だ。もし場所と方法が分かったとしても、そこには侵入者を撃退する為の、上層部が一斉に揃う準備もある筈だ。下手を打てば、一騎当千のスーパーマン百人とちっぽけな脇役十人が、真正面から戦う事になる。オチが見える事この上無い。
「どうしよう……」
「どうかしましたか?」
驚いた。誰かが後ろに立っている事に気付かなかった。集中してた上、この人物は気配が薄い。どうやらアジアの人間のようだが……あまり強くない。退魔師が持つ霊力も微弱だ。神秘抜きでの近接は強そうだが、退魔師としては弱いだろう。
だが、体全体の造形が美しい。まるで著名な創作者が生み出した芸術品のようだ。『モナリザ』や『最後の晩餐』を見ている時と同じ感覚……私が人間に対して、あまり抱かない感覚だ。
しかし何にせよ、こちらが協会の人間ではない事を悟られぬようにしなければ。最悪魔眼を使って廃人にすれば良いが、それ本当に最終手段だ。もし使えば、協会に目を付けられるだろう。それは面倒だ。
「……どなたですか?」
「日本から来ました。八幡凛太朗と申します。あ、名刺を……」
「日本から……ですか」
私がそう聞くと、リンタロウと名乗った青年は「はは。日本ってワードだけで反応されるって、面白いですよね」と笑った。当たり前だろう珍しい。まぁ、日本人自体が珍しいのではなく、退魔師が珍しい訳だが。
日本という地域は、神秘学の観点から見た時に『特異点』となる。何百年何千年と、海外との関わりを薄いままにしていた結果、魔術や錬金術の発展が乏しくなった。その代わり、日本では独特の神秘が発展した。協会の大きな組織が日本に多いのは、そういう事情もあるそうだ。
「で、ここで何を?」
「協会上層部について調べてまして。そちらは?」
「宿替わりにこの施設を利用しようと思ったんです。ああそれと、ここに居る魔術師に、少し用事が」
そう言えば宿泊施設もあるんだったか。相変わらず便利な施設だ。空きだらけだから予約が無くとも使えるし、そこらのホテルよりも安い。私もこんな身の上じゃなきゃ、きっとそこそこ利用……しないか。ダイヤモンドクラス以外に開放される部屋は、一人分のスペースしか無いのだ。まぁ、所詮非常時に備えた数だけの部屋なので仕方が無い訳だが。
「用事は済んだんですか?」
「いえこれからです。丁度人も居なくなりましたし、そろそろ……」
青年は私に一枚の紙を差し出して来た。そこに書かれていた言葉に、私は背筋が凍り付いた。
『絵画は、太平洋の中心に存在する神隠しの中に、厳重な警戒の下、魔術による保護を施された状態で保管されている』
直ぐに後ろを振り向き、魔眼を使って青年を廃人にしようとした。だが、そこに青年の姿は無かった。
「今のは……一体……」
いや、一服盛られる場面は無かったので薬ではない。紙が存在している。彼は確かにそこに居た。足音がしなかった。扉は閉まっている。しかし霊力は感じない。ここには居ない。霊体ではなかった。魔術も退魔の術も使う気配が無かった。転移でもないのか。ならどうやって……
いや。今は彼について考えを巡らせている場合ではない。今は彼から与えられた情報の信憑性を確かめなければ。私は携帯を開き、ジョセフ君に電話を掛けた。
俺は路地裏で、待たせてしまっていた人に手を振る。彼女はこちらに手を振り返しながら、真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
「用事は済んだかい?」
「ええ。資料室で上層部について調べている女性に、あのメモを渡して来ました」
「なら良し。彼女には、もう少し頑張ってほしいからね」
彼女の行動は少し面白い。絵画一枚の為に、犯罪組織と手を結び、平気で手を汚す。絵画自体は興味をそそられるが、アレは彼女の手元になるべく集まるべきだろう。そうでなければ、少々面倒な事になる。
「彼女、驚いていただろう?」
「それはもう目を見開いて。少し愉快でしたね」
霊体への変化は初めて試したが、やはり便利な権能だ。やろうと思えば何でもやれてしまう。使い過ぎると怠け者になりそうだし、無暗な使用は避けておこう。
「彼女の行動は止めたいが、止めれば面倒な事になる」
「アレは止めようが無いでしょう。『絵画が欲しい』ってだけであそこまでやるんですから」
もう少し見ていたいが、彼女は暫く放置の方が良いだろう。警戒された以上は無暗に近付けない。いや、近付いても問題は無いが、それは無用の長物となるだろう。
「さて。これでやるべき事は終わったので……アメリカ観光にしましょう!」
「タイムズスクエア!ハリウッド!ワイキキビーチ!」
「ええ全部行きましょう。時間も金もたっぷりありますからね。それに、土産話にもなります」
ここまでこぎつけるのに大分待ったのだ。少し位楽しんでも余裕で許されるだろう。俺達は軽い足取りで、大通りに出た。
因みにこの日、いくつかのレストランで、異様な量を食べる東洋人カップルの目撃情報があったそうだ。
「だけど、こんな様子じゃなぁ……」
上層部の情報自体はそこまで希少じゃない。彼等の情報だけなら、資料室で簡単に閲覧できる。だがそれは、彼等の情報だけだ。彼等が保有する絵画、またその保管についての情報は一切記されていない。そこはジョセフ君も手に入れていない情報らしく、場所も方法も不明のままだ。
それに、上層部の連中を出し抜く事自体が困難だ。もし場所と方法が分かったとしても、そこには侵入者を撃退する為の、上層部が一斉に揃う準備もある筈だ。下手を打てば、一騎当千のスーパーマン百人とちっぽけな脇役十人が、真正面から戦う事になる。オチが見える事この上無い。
「どうしよう……」
「どうかしましたか?」
驚いた。誰かが後ろに立っている事に気付かなかった。集中してた上、この人物は気配が薄い。どうやらアジアの人間のようだが……あまり強くない。退魔師が持つ霊力も微弱だ。神秘抜きでの近接は強そうだが、退魔師としては弱いだろう。
だが、体全体の造形が美しい。まるで著名な創作者が生み出した芸術品のようだ。『モナリザ』や『最後の晩餐』を見ている時と同じ感覚……私が人間に対して、あまり抱かない感覚だ。
しかし何にせよ、こちらが協会の人間ではない事を悟られぬようにしなければ。最悪魔眼を使って廃人にすれば良いが、それ本当に最終手段だ。もし使えば、協会に目を付けられるだろう。それは面倒だ。
「……どなたですか?」
「日本から来ました。八幡凛太朗と申します。あ、名刺を……」
「日本から……ですか」
私がそう聞くと、リンタロウと名乗った青年は「はは。日本ってワードだけで反応されるって、面白いですよね」と笑った。当たり前だろう珍しい。まぁ、日本人自体が珍しいのではなく、退魔師が珍しい訳だが。
日本という地域は、神秘学の観点から見た時に『特異点』となる。何百年何千年と、海外との関わりを薄いままにしていた結果、魔術や錬金術の発展が乏しくなった。その代わり、日本では独特の神秘が発展した。協会の大きな組織が日本に多いのは、そういう事情もあるそうだ。
「で、ここで何を?」
「協会上層部について調べてまして。そちらは?」
「宿替わりにこの施設を利用しようと思ったんです。ああそれと、ここに居る魔術師に、少し用事が」
そう言えば宿泊施設もあるんだったか。相変わらず便利な施設だ。空きだらけだから予約が無くとも使えるし、そこらのホテルよりも安い。私もこんな身の上じゃなきゃ、きっとそこそこ利用……しないか。ダイヤモンドクラス以外に開放される部屋は、一人分のスペースしか無いのだ。まぁ、所詮非常時に備えた数だけの部屋なので仕方が無い訳だが。
「用事は済んだんですか?」
「いえこれからです。丁度人も居なくなりましたし、そろそろ……」
青年は私に一枚の紙を差し出して来た。そこに書かれていた言葉に、私は背筋が凍り付いた。
『絵画は、太平洋の中心に存在する神隠しの中に、厳重な警戒の下、魔術による保護を施された状態で保管されている』
直ぐに後ろを振り向き、魔眼を使って青年を廃人にしようとした。だが、そこに青年の姿は無かった。
「今のは……一体……」
いや、一服盛られる場面は無かったので薬ではない。紙が存在している。彼は確かにそこに居た。足音がしなかった。扉は閉まっている。しかし霊力は感じない。ここには居ない。霊体ではなかった。魔術も退魔の術も使う気配が無かった。転移でもないのか。ならどうやって……
いや。今は彼について考えを巡らせている場合ではない。今は彼から与えられた情報の信憑性を確かめなければ。私は携帯を開き、ジョセフ君に電話を掛けた。
俺は路地裏で、待たせてしまっていた人に手を振る。彼女はこちらに手を振り返しながら、真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
「用事は済んだかい?」
「ええ。資料室で上層部について調べている女性に、あのメモを渡して来ました」
「なら良し。彼女には、もう少し頑張ってほしいからね」
彼女の行動は少し面白い。絵画一枚の為に、犯罪組織と手を結び、平気で手を汚す。絵画自体は興味をそそられるが、アレは彼女の手元になるべく集まるべきだろう。そうでなければ、少々面倒な事になる。
「彼女、驚いていただろう?」
「それはもう目を見開いて。少し愉快でしたね」
霊体への変化は初めて試したが、やはり便利な権能だ。やろうと思えば何でもやれてしまう。使い過ぎると怠け者になりそうだし、無暗な使用は避けておこう。
「彼女の行動は止めたいが、止めれば面倒な事になる」
「アレは止めようが無いでしょう。『絵画が欲しい』ってだけであそこまでやるんですから」
もう少し見ていたいが、彼女は暫く放置の方が良いだろう。警戒された以上は無暗に近付けない。いや、近付いても問題は無いが、それは無用の長物となるだろう。
「さて。これでやるべき事は終わったので……アメリカ観光にしましょう!」
「タイムズスクエア!ハリウッド!ワイキキビーチ!」
「ええ全部行きましょう。時間も金もたっぷりありますからね。それに、土産話にもなります」
ここまでこぎつけるのに大分待ったのだ。少し位楽しんでも余裕で許されるだろう。俺達は軽い足取りで、大通りに出た。
因みにこの日、いくつかのレストランで、異様な量を食べる東洋人カップルの目撃情報があったそうだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる