怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.3 果実

File:2 情報戦

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 翌日。私は協会上層部の人間の情報を集める為、協会の資料室に来ていた。ここで少しでも情報を集めなければならない。
「だけど、こんな様子じゃなぁ……」
 上層部の情報自体はそこまで希少じゃない。彼等の情報だけなら、資料室で簡単に閲覧できる。だがそれは、彼等の情報だ。彼等が保有する絵画、またその保管についての情報は一切記されていない。そこはジョセフ君も手に入れていない情報らしく、場所も方法も不明のままだ。
 それに、上層部の連中を出し抜く事自体が困難だ。もし場所と方法が分かったとしても、そこには侵入者を撃退する為の、上層部が一斉に揃う準備もある筈だ。下手を打てば、一騎当千のスーパーマン百人とちっぽけな脇役十人が、真正面から戦う事になる。オチが見える事この上無い。
「どうしよう……」
「どうかしましたか?」
 驚いた。誰かが後ろに立っている事に気付かなかった。集中してた上、この人物は気配が薄い。どうやらアジアの人間のようだが……あまり強くない。退魔師が持つ霊力も微弱だ。神秘抜きでの近接は強そうだが、退魔師としては弱いだろう。
 だが、体全体の造形が美しい。まるで著名な創作者が生み出した芸術品のようだ。『モナリザ』や『最後の晩餐』を見ている時と同じ感覚……私が人間に対して、あまり抱かない感覚だ。
 しかし何にせよ、こちらが協会の人間ではない事を悟られぬようにしなければ。最悪魔眼を使って廃人にすれば良いが、それ本当に最終手段だ。もし使えば、協会に目を付けられるだろう。それは面倒だ。
「……どなたですか?」
「日本から来ました。八幡凛太朗やはたりんたろうと申します。あ、名刺を……」
「日本から……ですか」
 私がそう聞くと、リンタロウと名乗った青年は「はは。日本ってワードだけで反応されるって、面白いですよね」と笑った。当たり前だろう珍しい。まぁ、日本人自体が珍しいのではなく、退魔師が珍しい訳だが。
 日本という地域は、神秘学の観点から見た時に『特異点』となる。何百年何千年と、海外との関わりを薄いままにしていた結果、魔術や錬金術の発展が乏しくなった。その代わり、日本では独特の神秘が発展した。協会の大きな組織が日本に多いのは、そういう事情もあるそうだ。
「で、ここで何を?」
「協会上層部について調べてまして。そちらは?」
「宿替わりにこの施設を利用しようと思ったんです。ああそれと、ここに居る魔術師に、少し用事が」
 そう言えば宿泊施設もあるんだったか。相変わらず便利な施設だ。空きだらけだから予約が無くとも使えるし、そこらのホテルよりも安い。私もこんな身の上じゃなきゃ、きっとそこそこ利用……しないか。ダイヤモンドクラス以外に開放される部屋は、一人分のスペースしか無いのだ。まぁ、所詮非常時に備えた数だけの部屋なので仕方が無い訳だが。
「用事は済んだんですか?」
「いえこれからです。丁度人も居なくなりましたし、そろそろ……」
 青年は私に一枚の紙を差し出して来た。そこに書かれていた言葉に、私は背筋が凍り付いた。

『絵画は、太平洋の中心に存在する神隠しの中に、厳重な警戒の下、魔術による保護を施された状態で保管されている』

 直ぐに後ろを振り向き、魔眼を使って青年を廃人にしようとした。だが、そこに青年の姿は無かった。
「今のは……一体……」
 いや、一服盛られる場面は無かったので薬ではない。紙が存在している。彼は確かにそこに居た。足音がしなかった。扉は閉まっている。しかし霊力は感じない。ここには居ない。霊体ではなかった。魔術も退魔の術も使う気配が無かった。転移でもないのか。ならどうやって……
 いや。今は彼について考えを巡らせている場合ではない。今は彼から与えられた情報の信憑性を確かめなければ。私は携帯を開き、ジョセフ君に電話を掛けた。


 俺は路地裏で、待たせてしまっていた人に手を振る。彼女はこちらに手を振り返しながら、真っ直ぐこちらへ歩いて来る。
「用事は済んだかい?」
「ええ。資料室で上層部について調べている女性に、あのメモを渡して来ました」
「なら良し。彼女には、もう少し頑張ってほしいからね」
 彼女の行動は少し面白い。絵画一枚の為に、犯罪組織と手を結び、平気で手を汚す。絵画自体は興味をそそられるが、アレは彼女の手元になるべく集まるべきだろう。そうでなければ、少々面倒な事になる。
「彼女、驚いていただろう?」
「それはもう目を見開いて。少し愉快でしたね」
 霊体への変化は初めて試したが、やはり便利なだ。やろうと思えば何でもやれてしまう。使い過ぎると怠け者になりそうだし、無暗な使用は避けておこう。
「彼女の行動は止めたいが、止めれば面倒な事になる」
「アレは止めようが無いでしょう。『絵画が欲しい』ってだけであそこまでやるんですから」
 もう少し見ていたいが、彼女は暫く放置の方が良いだろう。警戒された以上は無暗に近付けない。いや、近付いても問題は無いが、それは無用の長物となるだろう。
「さて。これでやるべき事は終わったので……アメリカ観光にしましょう!」
「タイムズスクエア!ハリウッド!ワイキキビーチ!」
「ええ全部行きましょう。時間も金もたっぷりありますからね。それに、土産話にもなります」
 ここまでこぎつけるのに大分待ったのだ。少し位楽しんでも余裕で許されるだろう。俺達は軽い足取りで、大通りに出た。

 因みにこの日、いくつかのレストランで、異様な量を食べる東洋人カップルの目撃情報があったそうだ。
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