怪しい二人 美術商とアウトロー

No.5 英雄

File：１３ 不死者

　吸血鬼の男が戻って来たが、何か対策をしているようにも見えない。我の魔術は生半可な防御を突き抜けるが、何もしていないというのは愉快だ。生まれ方が違えば一流のピエロになっていただろうに。勿体無い。
　先程と異なり、敵が少なくとももう一人居る事が分かっている。こっちはさっさと殺して、もう一人の方から情報を引き出せば良い。
「『Magician's Melancholy』」
　トリガーなんて無い。我が認識している人間から対象と選択し、魔術を行使する。それだけで良い。それだけで、奴の感覚は消えて無くなる。物理的な防御は無論、魔術の防御も貫通する。
　ここで殺すのは、魔術師としてかなり口惜しいが、まぁ仕方あるまい。実験は先程ので十分。サンプルは既に消滅したが、これも貴重なデータだ。素晴らしい事だ。
「十字架と木の杭は……よし」
　死体がどうなるか気になるな。現存している資料では、殆どの場合灰になるとされている。だが一番新しい物で二百年も前になる。何かしら生態が変化していてもおかしくない。そもそも何故灰になるのかすら分かっていない。好奇心がくすぐられる。
　おぉいけないいけない。こういう所で直ぐ考え込んでしまうのは我の悪い癖だ。まぁ研究者としては良い事なんだろうが……考えるのは、吸血鬼を殺してからだ。吸血鬼が落下したのは向こうの方……少し遠かったか。まぁ良い。どうせ動けないのだから変わらんだろう。
　我は魔術で移動した先で、吸血鬼の男の体を見つけた。落下で体が傷付いていない……訳ではないな。やはり吸血鬼の再生能力は特異。道理で人類保護連盟が、人ならざる者達の力を利用しようとした訳だ。
「まぁ、殺せば人と変わらん」
　我は木の杭を振り上げ、吸血鬼の心臓目掛けて振り下ろす。吸血鬼を最も手早く殺す、伝統的な方法だ。心臓が損傷しても問題無く行動していたこの男に有効かは定かでないだけに、本当に殺せるのか興味が引かれる。実験の仕上げと行こう。
　しかし突如、真後ろから何かが飛んで来た。我はそれを右腕で受け、一度吸血鬼の体から離れる。
「あ～あ。仕留めたと思ったんだが……やっぱ協会の最高戦力サマは違うねぇ」
　何が起こっている？魔術は確かに発動した。仲間の援護も無かった。詰まりコイツは、全身の感覚が無い状態で、私の魔術を解いたという事になる。あり得ない。
「貴様……何故……」
「あ～アレだ。愛の力って奴だ」
　まぁ答えないだろうな。仕組みは分からんが、『』はもう使えないと考えるべきだ。ならば正面戦闘で殺すだけだが、何やら様子が先程と違う。何かしたんだろうが、その『何か』が分からん。何が起こるか分からないのだ。先程以上に警戒して当たろう。
　先程の攻撃で右腕に穴が開いた。暫くの間使えない。
「貴様がもし我の実験体になってくれるのならば、個人的に飼ってやろうか？」
「どうせ殺すんだろ？お断りだ」
「死ぬのが遅くなる。良い事ではないか？」
「お前を殺せば永遠に遅くなるって話だし、俺はそっちの方を取るぜ」
「確かに、実現性を考えなければ一番良い案だ」
　我は魔法陣を展開し、魔術の刃で弾幕を張る。だがそれを意に介さぬように、敵はこちらへ突っ込んできた。
「馬鹿が！切り刻まれて終い……」
「忘れたかこちとら不死身なんだよ！」
　だとしてもおかしい。先程は『Magician's Hat』を警戒してか、攻撃を避けていた。加え、いくら再生があると言っても、再生中は動きが鈍くなる。だが今のコイツは刃で全身を切り裂かれながら、一切速度を落とさずこちらへ向かって来ている。
「Magician's……」
　と、呪文を唱えようとしたその瞬間、吸血鬼の体が何かに貫かれた。魔術でも何でもない、ただの鉛の塊。だからこそ、反応が遅れた。吸血鬼の銅を背後から貫通した弾丸は、そのまま直線状にあった我の腹部を貫いた。
「ぐっ……っ！」
　三人目の援護か。目の前の敵に集中させる事で我の視界を潰し、吸血鬼の男が死なない事を見越して、諸共打ち抜くとは……っ。吸血鬼の男はそのまま走り出し、拳を体の横に構えた。
「取ったぁ！」
　吸血鬼は構えた拳を前に突き出し、我の体を大きく吹き飛ばす。確かに威力はある。先程よりも優れた身体能力と再生速度。魔術の使用はどうだ？肉弾戦が主体なだけに掴めん。だが元から使用から発動までの速度は我とそう大差無い。アレより上がるとすれば相当な脅威となる。
　弾丸でできた傷と初手で潰された右腕は回復できた。傷口が開かんとも限らんが、十分に動ける。
「ただの打撃で我を……」
「どうこうできるなんざ思っちゃいねぇよ！」
　何を……と考えた瞬間、我の腹に鋭い痛みが走った。腹部には……血液？だが我の物ではない。先程の打撃で我に血液を付着させ、それを刃か針に変形させたのか。
　内臓が軽く損傷したが、戦闘は続行可能。我は着地しながら魔法陣を展開し、再び弾幕を張る。
「思ってたより芸が無ぇなぁ三流手品師！」
「焦るなよ。まだ公演は始まったばかりだ」
　やはり弾幕では足止めにならんか。だがまぁ、そこそこな量貯まっているな。これなら十分な隙を作れる筈。切り傷が付く程度で無理なら、体の大部分を同時に消し飛ばすまでだ。
　弾幕の中を突っ切るとは、確かに不意を突かれた。だがそこで当てた一撃で殺せなかった時点で、貴様の負けは確定している。
「『Magician's Hat』」
　我が開発した魔術は、二つの効果を同時に発動する。一つはそれぞれの魔術で異なる。攻撃や移動、防御など、それぞれの魔術に対応したスタンダードな効果。そして二つ目が、一つ目の効果で触れた場所に、一つ目とは異なる魔術を残す。そして決められた呪文を唱える事で、その魔術が発動。着弾地点から爆破する。
　吸血鬼の体は爆発し、腕や肉片が周囲に飛び散った。これなら一瞬動けないだろう。その隙に、古い宗教系の魔術で殺す。
「『Divine Punishment十字架よ。悪しきを貫け』
　光の十字架が手元に現れ、大きく振りかぶる。これで心臓を貫けば確実に殺せる。しかし振り下ろした先に吸血鬼の姿は無く、十字架は地面に突き刺さった。
「どこに……っ！」
　周囲を見渡そうとした次の瞬間、我の心臓が何かで貫かれた。驚きで硬直する我の体を、赤い刃が滅多切りにする。成程これは……吸血鬼の男の……
「いやぁ本当良かったぜ。あそこで爆破させられてたら無理だったかも知れねぇ。本当、良いタイミングだった」
「何故……我の……魔術を……」
「感覚を無くす魔術……体へのダメージで解けないかと思ってな。少し、心臓に細工をした。心臓が動くと、体の内側が血液の刃で引っかかれるようにな。魔術の仕組みは知らねぇから、当たっててくれて良かったぜ」
　成程、再生能力によって、外傷に対してはほぼ不死身となっている吸血鬼ならではの戦術か。全く最初から最後まで、人を手玉に取ろうとする奴らだ。
　そこで、我の体は地面に倒れた。もう指一つ真面に動かせない。これが死という物か。実に興味深い。体が冷えて行く感覚の中で、小さく感じ取る事ができたのは、首への鋭い痛みと、そこからなにかが抜けて行く感触だった。

「主よ。まっずい血液と救いの弾丸に感謝します。アーメン」

　あぁそれと、下手くそで侮辱的な祈りの言葉だ。