62 / 153
No.5 英雄
File:17 猫の足跡
しおりを挟む
エラニと裸の付き合いをした一週間後、私はジョセフ君のカフェに来た。しかし店内に十代半ばといった印象の女性二人が居たので、私は店から少し離れた場所に放置されていたブロックを椅子替わりにして、小説を読み時間を潰す事にした。
あの店にも推定堅気のお客さんがねぇ……常連という訳でも、自分にとって特別な意味がある場所という訳でもないにも関わらず、中々感慨深い。いつか『隠れた名店』みたいな扱いを受けたりするんだろうか。そしたら常連になろう。老後の楽しみが増えた。
店内から人が居なくなった後で、私はようやくカフェの中に入る気になった。やはりあの子達以外に客は居なかったらしい。ジョセフ君は私の来店を確認すると、その嬉しそうな顔をこちらへ向けた。
「や。ジョセフ君」
「ソフィア。今の見てたよな」
「勿論。長かったね」
「あぁ長かった。ここまで来るのに苦労した……」
「おめでとう。ご祝儀は次会った時で良いかい?」
「欲しいは欲しいが、そこまでの事じゃねぇよ」
私はジョセフ君の向かい側の椅子に座った。どうやら注文する手間は省けているようで、テーブルの上には二つのコーヒーが置かれ、湯気と共に香ばしい香りを放っている。
「私も常連って事かな?」
「そこまで頻繁に来る訳じゃねぇだろ」
「それもそうか。しかし、普段よりも良い豆のようだね」
「気分が良いから奢るってだけだ」
彼が人にコーヒーを奢るだけでも珍しいのに、良い豆まで使ってくれるとは……本当に気分が良いんだな。心なしか表情も普段より柔らかい。まぁ、顔にそこそこな大きさの傷も入っている上、眉間には皺が刻まれた、所謂怖い顔な訳だが。
「顔、怖がられなかったかい?」
「怖がられてはいたんだろうが……若者の適応力って凄ぇわ。聞こえてたろ?」
「まぁね」
さっきすれ違った時、『怖いけど、よく見ると結構可愛い顔してるかも』と小声で話していたのが聞こえた。余計な事を言うと、『でも絶対堅気じゃないよね』とも。
確かに、顔の傷のせいで気付かれない事も多いだろうが、結構可愛らしい顔の造りをしている。一度傷が消えた状態も見てみたいが……まぁ、本人が『コレは残しとく』と言ったのだから、少なくとも私は無理だろう。
「しかし、半年前にようやく酒が飲める年齢になった男の言葉とは思えないな」
「法的にって話なら利権に狂ったオヤジ共の考えた物だから然して意味無ぇな」
元々、私達は法に縛られている人間ではないものな。とは言え、若者である事に違いは無い。いくら私より人を殺していようが、酒に詳しかろうが、結局の所そこは変わらない筈だ。年齢の話なんだから。
「あぁそうだ。体、大丈夫か?」
「勿論。鱗は任意で消せるようだし、不調も不自由も無い。健康そのものだとも」
「そいつぁ何よりだぜ」
鱗が消せるのは、エラニと風呂に入る直前に分かった事でもあったんだがね。力も強くなったお陰で助かる事も多いが、不可解な状態である事に変わりはない。さてどうした物か……
と、私が長考しようとしているのを察知したのか、ジョセフ君は「さて。無駄話はここまでにするぞ」と言って、話題を切り替えた。
一週間前、私達は絵画を『黒猫』に横取りされた。現場には『黒猫』の痕跡こそ残されていたものの、後を追えるような物ではなかった。今頃は既に痕跡も消え、協会の調査も入っているだろう。今から再調査は流石に無理がある。
しかし、ジョセフ君はそう考えてはいなかったようだ。彼は「絵画は『黒猫』に奪われたが、奪い返せねぇ事も無ぇ」と言い、スマホの画面をこちらに見せて来た。地図のようだが……いくつかマークされている地点がある。
「これは……?」
「協会に所属していない魔術師、退魔師なんざ星の数程居る。だが一週間前、絵画を奪われた日に人の出入りがあった場所ってんなら……生鮮食品の魚の数程度に絞り込める」
そこまで絞り込むのにも苦労しただろうに……星と魚ではまるで数が違う。人の出入りを調べ、それをリストアップするとは……相当時間と人を使っただろう。彼の組織内での位置は上の方なんだろうが、それでもかなり無理があった筈だ。
「それで?数だけ見れば一個一個丁寧に精査できるだろうが、魚と家では訳が違うぞ?」
「二人ならな」
ジョセフ君はそう言って画像を変えた。画面はいくつかのセクションに分けられた人の顔写真で埋め尽くされる。それがジョセフ君の組織の人間である事は、容易に想像がついた。
「俺らも前から『黒猫』を追っていた。今までは俺とお前、それと数人の仲間だけの協力だったのが、遂に組織単位での協力になったって話だ」
「成程。一斉に家宅捜査をしようという話だね?」
確かにそれなら、複数の魔術師が繋がりを持って、『黒猫』として活動していたとしても一網打尽にできる。敵に逃げられないとも限らないが、顔と本人の魔力は押さえられる。そこまで行けば追跡も可能だろう。
「決行は一週間後。既に組織の人間が動いている」
「分かった。準備しておこう」
「段取りは纏まってるが……『当日で良い』とか言うんだろ?」
「あぁ。『当日で良い』。装備は軽い方が良いかい?」
「その方が好都合だ」
一週間前ので私の武器の大部分が吹き飛ばされるか破壊されるかしたんだが……またマーズ君を頼らせてもらおう。彼は良い物を比較的安く売ってくれるから良い。通帳と金庫を確認しておこう。
「そういや、あの元気なお嬢ちゃんどうしてる?」
「エラニの事かい?報復を考えているなら私は君を殺すけど」
「違ぇよ。不意に気になっただけだ」
嘘は吐いていないようだが……良いだろう。まぁ、私とエラニは常日頃から連絡を取り合っている訳でもないから、詳しい状況は分からない訳だが。
「多分元気にしてると思うよ」
「それは何よりだな」
「意外だね。君は他人の不幸を嗤うタイプだと思っていたんだが」
「心外だな。元気な奴が元気なままなのは良い事だろ」
「全くその通り」
私が思っていたよりもエラニの印象は良いようで良かったよ。顔を合わせる回数さえ増やして行けば、きっとエラニも人見知りしないようになるだろう。
あの店にも推定堅気のお客さんがねぇ……常連という訳でも、自分にとって特別な意味がある場所という訳でもないにも関わらず、中々感慨深い。いつか『隠れた名店』みたいな扱いを受けたりするんだろうか。そしたら常連になろう。老後の楽しみが増えた。
店内から人が居なくなった後で、私はようやくカフェの中に入る気になった。やはりあの子達以外に客は居なかったらしい。ジョセフ君は私の来店を確認すると、その嬉しそうな顔をこちらへ向けた。
「や。ジョセフ君」
「ソフィア。今の見てたよな」
「勿論。長かったね」
「あぁ長かった。ここまで来るのに苦労した……」
「おめでとう。ご祝儀は次会った時で良いかい?」
「欲しいは欲しいが、そこまでの事じゃねぇよ」
私はジョセフ君の向かい側の椅子に座った。どうやら注文する手間は省けているようで、テーブルの上には二つのコーヒーが置かれ、湯気と共に香ばしい香りを放っている。
「私も常連って事かな?」
「そこまで頻繁に来る訳じゃねぇだろ」
「それもそうか。しかし、普段よりも良い豆のようだね」
「気分が良いから奢るってだけだ」
彼が人にコーヒーを奢るだけでも珍しいのに、良い豆まで使ってくれるとは……本当に気分が良いんだな。心なしか表情も普段より柔らかい。まぁ、顔にそこそこな大きさの傷も入っている上、眉間には皺が刻まれた、所謂怖い顔な訳だが。
「顔、怖がられなかったかい?」
「怖がられてはいたんだろうが……若者の適応力って凄ぇわ。聞こえてたろ?」
「まぁね」
さっきすれ違った時、『怖いけど、よく見ると結構可愛い顔してるかも』と小声で話していたのが聞こえた。余計な事を言うと、『でも絶対堅気じゃないよね』とも。
確かに、顔の傷のせいで気付かれない事も多いだろうが、結構可愛らしい顔の造りをしている。一度傷が消えた状態も見てみたいが……まぁ、本人が『コレは残しとく』と言ったのだから、少なくとも私は無理だろう。
「しかし、半年前にようやく酒が飲める年齢になった男の言葉とは思えないな」
「法的にって話なら利権に狂ったオヤジ共の考えた物だから然して意味無ぇな」
元々、私達は法に縛られている人間ではないものな。とは言え、若者である事に違いは無い。いくら私より人を殺していようが、酒に詳しかろうが、結局の所そこは変わらない筈だ。年齢の話なんだから。
「あぁそうだ。体、大丈夫か?」
「勿論。鱗は任意で消せるようだし、不調も不自由も無い。健康そのものだとも」
「そいつぁ何よりだぜ」
鱗が消せるのは、エラニと風呂に入る直前に分かった事でもあったんだがね。力も強くなったお陰で助かる事も多いが、不可解な状態である事に変わりはない。さてどうした物か……
と、私が長考しようとしているのを察知したのか、ジョセフ君は「さて。無駄話はここまでにするぞ」と言って、話題を切り替えた。
一週間前、私達は絵画を『黒猫』に横取りされた。現場には『黒猫』の痕跡こそ残されていたものの、後を追えるような物ではなかった。今頃は既に痕跡も消え、協会の調査も入っているだろう。今から再調査は流石に無理がある。
しかし、ジョセフ君はそう考えてはいなかったようだ。彼は「絵画は『黒猫』に奪われたが、奪い返せねぇ事も無ぇ」と言い、スマホの画面をこちらに見せて来た。地図のようだが……いくつかマークされている地点がある。
「これは……?」
「協会に所属していない魔術師、退魔師なんざ星の数程居る。だが一週間前、絵画を奪われた日に人の出入りがあった場所ってんなら……生鮮食品の魚の数程度に絞り込める」
そこまで絞り込むのにも苦労しただろうに……星と魚ではまるで数が違う。人の出入りを調べ、それをリストアップするとは……相当時間と人を使っただろう。彼の組織内での位置は上の方なんだろうが、それでもかなり無理があった筈だ。
「それで?数だけ見れば一個一個丁寧に精査できるだろうが、魚と家では訳が違うぞ?」
「二人ならな」
ジョセフ君はそう言って画像を変えた。画面はいくつかのセクションに分けられた人の顔写真で埋め尽くされる。それがジョセフ君の組織の人間である事は、容易に想像がついた。
「俺らも前から『黒猫』を追っていた。今までは俺とお前、それと数人の仲間だけの協力だったのが、遂に組織単位での協力になったって話だ」
「成程。一斉に家宅捜査をしようという話だね?」
確かにそれなら、複数の魔術師が繋がりを持って、『黒猫』として活動していたとしても一網打尽にできる。敵に逃げられないとも限らないが、顔と本人の魔力は押さえられる。そこまで行けば追跡も可能だろう。
「決行は一週間後。既に組織の人間が動いている」
「分かった。準備しておこう」
「段取りは纏まってるが……『当日で良い』とか言うんだろ?」
「あぁ。『当日で良い』。装備は軽い方が良いかい?」
「その方が好都合だ」
一週間前ので私の武器の大部分が吹き飛ばされるか破壊されるかしたんだが……またマーズ君を頼らせてもらおう。彼は良い物を比較的安く売ってくれるから良い。通帳と金庫を確認しておこう。
「そういや、あの元気なお嬢ちゃんどうしてる?」
「エラニの事かい?報復を考えているなら私は君を殺すけど」
「違ぇよ。不意に気になっただけだ」
嘘は吐いていないようだが……良いだろう。まぁ、私とエラニは常日頃から連絡を取り合っている訳でもないから、詳しい状況は分からない訳だが。
「多分元気にしてると思うよ」
「それは何よりだな」
「意外だね。君は他人の不幸を嗤うタイプだと思っていたんだが」
「心外だな。元気な奴が元気なままなのは良い事だろ」
「全くその通り」
私が思っていたよりもエラニの印象は良いようで良かったよ。顔を合わせる回数さえ増やして行けば、きっとエラニも人見知りしないようになるだろう。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる