怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.5 英雄

File:17 猫の足跡

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 エラニと裸の付き合いをした一週間後、私はジョセフ君のカフェに来た。しかし店内に十代半ばといった印象の女性二人が居たので、私は店から少し離れた場所に放置されていたブロックを椅子替わりにして、小説を読み時間を潰す事にした。
 あの店にも推定堅気のお客さんがねぇ……常連という訳でも、自分にとって特別な意味がある場所という訳でもないにも関わらず、中々感慨深い。いつか『隠れた名店』みたいな扱いを受けたりするんだろうか。そしたら常連になろう。老後の楽しみが増えた。
 店内から人が居なくなった後で、私はようやくカフェの中に入る気になった。やはりあの子達以外に客は居なかったらしい。ジョセフ君は私の来店を確認すると、その嬉しそうな顔をこちらへ向けた。
「や。ジョセフ君」
「ソフィア。今の見てたよな」
「勿論。長かったね」
「あぁ長かった。ここまで来るのに苦労した……」
「おめでとう。ご祝儀は次会った時で良いかい?」
「欲しいは欲しいが、そこまでの事じゃねぇよ」
 私はジョセフ君の向かい側の椅子に座った。どうやら注文する手間は省けているようで、テーブルの上には二つのコーヒーが置かれ、湯気と共に香ばしい香りを放っている。
「私も常連って事かな?」
「そこまで頻繁に来る訳じゃねぇだろ」
「それもそうか。しかし、普段よりも良い豆のようだね」
「気分が良いから奢るってだけだ」
 彼が人にコーヒーを奢るだけでも珍しいのに、良い豆まで使ってくれるとは……本当に気分が良いんだな。心なしか表情も普段より柔らかい。まぁ、顔にそこそこな大きさの傷も入っている上、眉間には皺が刻まれた、所謂怖い顔な訳だが。
「顔、怖がられなかったかい?」
「怖がられてはいたんだろうが……若者の適応力って凄ぇわ。聞こえてたろ?」
「まぁね」
 さっきすれ違った時、『怖いけど、よく見ると結構可愛い顔してるかも』と小声で話していたのが聞こえた。余計な事を言うと、『でも絶対堅気じゃないよね』とも。
 確かに、顔の傷のせいで気付かれない事も多いだろうが、結構可愛らしい顔の造りをしている。一度傷が消えた状態も見てみたいが……まぁ、本人が『コレは残しとく』と言ったのだから、少なくとも私は無理だろう。
「しかし、半年前にようやく酒が飲める年齢になった男の言葉とは思えないな」
「法的にって話なら利権に狂ったオヤジ共の考えた物だから然して意味無ぇな」
 元々、私達は法に縛られている人間ではないものな。とは言え、若者である事に違いは無い。いくら私より人を殺していようが、酒に詳しかろうが、結局の所そこは変わらない筈だ。年齢の話なんだから。
「あぁそうだ。体、大丈夫か?」
「勿論。鱗は任意で消せるようだし、不調も不自由も無い。健康そのものだとも」
「そいつぁ何よりだぜ」
 鱗が消せるのは、エラニと風呂に入る直前に分かった事でもあったんだがね。力も強くなったお陰で助かる事も多いが、不可解な状態である事に変わりはない。さてどうした物か……
 と、私が長考しようとしているのを察知したのか、ジョセフ君は「さて。無駄話はここまでにするぞ」と言って、話題を切り替えた。
 一週間前、私達は絵画を『黒猫』に横取りされた。現場には『黒猫』の痕跡こそ残されていたものの、後を追えるような物ではなかった。今頃は既に痕跡も消え、協会の調査も入っているだろう。今から再調査は流石に無理がある。
 しかし、ジョセフ君はそう考えてはいなかったようだ。彼は「絵画は『黒猫』に奪われたが、奪い返せねぇ事も無ぇ」と言い、スマホの画面をこちらに見せて来た。地図のようだが……いくつかマークされている地点がある。
「これは……?」
「協会に所属していない魔術師、退魔師なんざ星の数程居る。だが一週間前、絵画を奪われた日に人の出入りがあった場所ってんなら……生鮮食品の魚の数程度に絞り込める」
 そこまで絞り込むのにも苦労しただろうに……星と魚ではまるで数が違う。人の出入りを調べ、それをリストアップするとは……相当時間と人を使っただろう。彼の組織内での位置は上の方なんだろうが、それでもかなり無理があった筈だ。
「それで?数だけ見れば一個一個丁寧に精査できるだろうが、魚と家では訳が違うぞ?」
「二人ならな」
 ジョセフ君はそう言って画像を変えた。画面はいくつかのセクションに分けられた人の顔写真で埋め尽くされる。それがジョセフ君の組織の人間である事は、容易に想像がついた。
「俺らも前から『黒猫』を追っていた。今までは俺とお前、それと数人の仲間だけの協力だったのが、遂に組織単位での協力になったって話だ」
「成程。一斉に家宅捜査をしようという話だね?」
 確かにそれなら、複数の魔術師が繋がりを持って、『黒猫』として活動していたとしても一網打尽にできる。敵に逃げられないとも限らないが、顔と本人の魔力は押さえられる。そこまで行けば追跡も可能だろう。
「決行は一週間後。既に組織の人間が動いている」
「分かった。準備しておこう」
「段取りは纏まってるが……『当日で良い』とか言うんだろ?」
「あぁ。『当日で良い』。装備は軽い方が良いかい?」
「その方が好都合だ」
 一週間前ので私の武器の大部分が吹き飛ばされるか破壊されるかしたんだが……またマーズ君を頼らせてもらおう。彼は良い物を比較的安く売ってくれるから良い。通帳と金庫を確認しておこう。
「そういや、あの元気なお嬢ちゃんどうしてる?」
「エラニの事かい?報復を考えているなら私は君を殺すけど」
「違ぇよ。不意に気になっただけだ」
 嘘は吐いていないようだが……良いだろう。まぁ、私とエラニは常日頃から連絡を取り合っている訳でもないから、詳しい状況は分からない訳だが。
「多分元気にしてると思うよ」
「それは何よりだな」
「意外だね。君は他人の不幸を嗤うタイプだと思っていたんだが」
「心外だな。元気な奴が元気なままなのは良い事だろ」
「全くその通り」
 私が思っていたよりもエラニの印象は良いようで良かったよ。顔を合わせる回数さえ増やして行けば、きっとエラニも人見知りしないようになるだろう。
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