怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.6 後悔

File:2 しょうたい

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 エンターファミリーの『お城』は、ギャングエリアの中央。眼の死んだホームレスと汚いゴミとゴミを漁る捨て犬と……まぁそういう暗~い物で飾られた素敵な街並みに囲まている、異様に綺麗な事務所らしい。
 私達はそんな場所へ向かっている。まぁ、別に好き好んで向かっている訳でもない訳だが。
 あの短い電話の直後、ジョセフ君の店の前に一台の車が停まった。黒塗りで古臭い、多分高級車だ。車内から出て来たスーツの男は、『ボスがお待ちです』とだけ言って、私達に車に乗るように促した。ここであらがうメリットも見当たらなかったので、私達はそれに従った。
 しかしどうも、ジョセフ君の様子が変だ。何かを考え続けているかのような様子……いや、こういう状況は珍しいのだろうし、無理も無い。それに私も落ち着かない。こういう経験が無いのもそうだが、先程から胸の奥で何かが警鐘を鳴らし続けている。
「……ジョセフ君」
「安心しろ。別に今直ぐ殺されるって訳じゃねぇだろう。大丈夫だ」
 そうは言っても、この空間で一番動揺しているのは君じゃないか。それにそうは言っていても、相手の狙いが分からない以上は、今直ぐ殺されてもおかしくはない。いつでも応戦できる状態にはしておかなければ。
「到着しました。案内は別の者が用意されています」
「あぁ……分かった」
 私達が車から降りると、すぐ目の前に例の事務所があった。巨大という訳でも新築という訳でもないが、周囲の状況と比較してみると、まるでそこだけが別の空間とつながっているような違和感を覚える。それ自体に不可解な部分は無いせいで、この建築物そのものが、不可解の塊のように感じたのだ。
 異様な雰囲気な圧倒されている私をよそに、ジョセフ君と案内役と思しき男性がハイタッチをした。私はその音で現実に引き戻され、二人の姿を視界に納める。どうやらジョセフ君が、私の事を紹介してくれていたようだ。
「……で、このお嬢さんが例の……」
「初めまして。ソフィアです」
「初めましてお嬢さん。俺はミゲル。コイツの兄貴分だ」
「否定はしないでおく」
「はっはっは」
 気持ちの良い人だ。それに誠実な色をしている。ジョセフ君が微妙に真面目な正確に育ったのは彼のお陰だろう。まぁ、真面目じゃない部分ばかりが目立つ気もする訳だが。
 彼は「無駄話はここら辺にして……」と前置きをしてから、私達を建物の中へ案内した。内装はやはり豪奢だ。壺やら絵画やら、時計やら……何かと高級な物ばかり置いている。やはり相当巨大な組織なのだろう。
 少し歩くと、『会長室』と彫られたそこそこ巨大な扉が姿を現した。どうやら、ここが最奥のようだ。扉の向こうから五人程の人の気配がする。全員魔術師だ。
「俺が来るのを許されてんのはここまでだ」
「あぁ。ありがとな」
「あぁ。それと少し……」
 ジョセフ君と短くやりとりをした後、ミゲルと名乗った男性は踵を返した。会話が無いのは先程から変わっていないが、歩いている訳でもないせいで、今まで隠れていた緊張感が顔を出す。
 深く考える事も無くここまで来てしまった。一体何が起こっているのだろう。清廉潔白に生きて来たとも、こういう場所に全く縁が無いとも言わないが、これと言った心当たりがある訳でもない。何故私が……
 いや。ここでその目的が分かった所でどうなる。私達は既に引き返せない所まで来ているんだ。どうせこの扉を開ければ分かる事を考えてどうなる。覚悟を決めろ。
「ソフィア。覚悟は良いな?」
「あぁ……問題無い」
 ジョセフ君は一度深呼吸をしてから、少し重そうに扉を開いた。その向こうには想像していた通り、五人の魔術師が待ち構えていた。全員が高いスーツを着て、懐に拳銃か何かを隠し、椅子に座っている一人を除いて、容姿をほぼ統一している。服装や髪型という話ではなく、顔つきや表情まで、全てが統一されている。
 しかし、その異様な程統制が取れた光景という情報が、私の脳まで届く事は無かった。それ以上に異様な何か……いや、受け入れがたい物が、全ての感覚器官から届く情報を押しのけて、私の思考を支配したからだ。
 特別な事だった。異様な事だった。だがそれを、私はどこかで考えていたのかも知れない。だからこそ、受け入れがたいソレを、私の脳は簡単に、単なる視覚情報として受け入れたのだろう。

 部屋の奥に居た男は、間違い無く私の育ての親……私の師匠だった。

「よく来たな。ソフィアにジョセフ。
「……は?『達』?」
 こんな事があり得るのか?いや事実起こっている。いやそれより、今何が起こっている?
 呼吸が荒く、早くなる。なのに私の肺には、十分な空気が入って来ない。
「爺さん、アンタ何を……」
「まぁ聞けジョセフ。俺は魔術師として昔協会に居た。やっていたのは、古代に存在していた神秘についての研究だ。それを現代に再現し、現代に存在する神秘をより強大な物とする」
「だから何を言って……」
 何故師匠がここに?何故今になって私と会おうと?それよりも何故、あの時私を置いて行ったの?
 さらに呼吸が早くなる。ざわつく胸の内を外から押さえても何も変わらない。
「現代の人類は果たしてどれだけ進化している?石と石をぶつけて削ってできた物を、槍だ斧だと喜んでた時と何が変わっている?断言しよう。人類の本質は、火を手に取った猿から何一つ進んじゃいない」
 あの時、なんで師匠と直接結びつく物を置いて行ってくれなかったの?眼鏡も部屋にあったがらくたも、師匠は何で、私に誰でも使える魔術だけを置いて行ったの?
 さらに呼吸が早くなる。痛む目から涙を流せども、眼前の光景は変わらない。
「俺は人類を進化させる。獣から神へ。神から神を超えた存在へ。生産性の無い争いを一掃し、生存の為だけの争いをする、誇り高き生命へ昇華する。その過程として、現代を神代へ巻き戻す」
 私は師匠にとって、大事な娘や弟子じゃなかったの?己の願望を満たす為の道具でしかなかったの?
 さらに呼吸が早くなる。痛む頭の中で、『ソフィア・アンデルセン』を構成する何かが壊れて行く。
「俺は古代神代の神秘を現代に蘇らせる。そしてその実験は、
 私は人じゃなかったの?私は怪物だったの?私は……
 さらに呼吸が早くなる。痛みは少しずつ引いて行く。しかしそれは、良い方向へ向かって行かない。
「そして俺の計画の中に、失敗作は必要無い」
 男は拳銃を懐から取り出し、それを私に向ける。私は微動だにしない。ただ焦点の合わない目で、涙に滲み、黒く汚れた世界絵画を見つめている。
「ソフィア!」
「さらばだ。私の最初の子供我が人生第二の汚点よ」

 火薬の弾ける音がした。私の中の『人間』が、黒く塗り潰されていく。
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