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No.8 ふじのやま
File:13 蛇の巣穴
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俺は広場に作られた道を走り続けている。こうすりゃ突然蛇が出て来てもある程度無視できる。落とし穴は勢いのままに飛び越えられる。こうしていれば、今の所判明してる攻撃には対応できる。
とは言え、これを一時間も二時間も続けんのは流石に厳しい。精々残り三十分って所だ。それ以上走ったら、ソフィアの近くに待ち構えているであろう敵との戦闘に耐えられねぇ。そもそも得物が無ぇんだ。いざとなった時に逃げられる体力も残しておきてぇ位だ。
だが手掛かりが無ぇ。あの声は空から降って来た。お陰で敵が居る方角すら分からねぇ。そこまで遠くには居ねぇだろうが、それでもかなり渋い状況だ。どっかで休憩してぇが……試しにあの公衆便所に入ってみるか。実験だ。
俺はドアを勢いのままに開き、突入した。扉の下にある隙間を見つめながら少し身構えたが……何故か、個室の中で蛇は出現しなかった。
「……成功だな」
何かを乗り越えるには、その何かを知る必要がある。まだ確定じゃねぇが、少なくとも現時点、敵は建物の中へ蛇を召喚して来ねぇ。そういう仕様なのか、俺の位置が建物の中じゃ特定できねぇのかは分からねぇが、一先ず休める。
どうやら、毒の効き目はそこまで強くない上、長続きもしねぇらしい。勿論、警告用にとわざと弱い毒を打ち込んだ可能性もあるが、重要なのはそこじゃねぇ。重要なのは、右足がほぼ普段通りに動くという事だ。
休憩がてら、敵の居場所を考えるか。俺がこの広場に入ってから攻撃が始まったんだ。この広場のどこかに居るのは確実。開けた場所には居ねぇよな多分。こっちを誘い出してぇならそれもアリだろうが、向こうがそうする理由は無ぇ。なら、小屋か便所か林の中に隠れてやがる筈。だがこの状況を鑑みるに、四方を壁に囲まれてる状況にはなってねぇだろう。詰まり敵が居るのは、林の中。幸い、あの道を通って行けば林へ辿り着くようになってる。迷う心配は無ぇな。
……そろそろ動けるか。できれば水か何か飲みてぇ所だが、売店らしき物も無ぇし、仕方無ぇか。まぁあった所で、何が入ってるか分からねぇ物を飲みたかねぇけど。
外に出ると、直ぐに蛇や落とし穴が出現した。やっぱ何か建物の中に居れば攻撃を受けずに済むって事らしい。撤退する時は活用させてもらおう。
暫く走っていると、林の入り口が見えて来た。流石に道のど真ん中に居る訳も無ぇし、こっからは林の中を捜索するか。足場は多少、視界も悪くなるが、無駄に体力を使うよりはマシだ。
俺は木々にぶつからないよう気を配りながら、林の中を捜索し続ける。だが何も見付からねぇ。その上、蛇が頭上から落ちて来る事すらある。攻撃の手段が多少ではあるが増えた事になる。先程よりも不利な状況って事だ。
だがそれも問題じゃねぇ。出て来る蛇はどれも小さく、力も弱ぇ。蛇が木の上から落ちて来た所で、噛み付かれる前に叩き落とせば良い話だ。アナコンダみてぇにデカい蛇が出て来たらまた違うんだろうが、出て来ねぇんだから関係無ぇ。
そうしていると、何かに注意を引かれた。
不意に起こった事だった。動かしていた筈の足すら止めて、俺は注意を引かれる方向へ目を向ける。何も無ぇ。ただの林だ。何かがあった痕跡も、誰かが通った痕跡も無ぇ。それでも、ここには何かがあった。
あそこに飛び込んでみたい。あそこに何があったのかを知りたい。俺はそんな仄暗い知識欲に突き動かされ、足を動かし始める。走ってはいなかった。急いでも、焦ってもいなかった。俺はただ、ただただゆっくりと、その場所へ向けて歩いた。
ようやく着いた。そう思ったのは、脳味噌に焼き付くような衝動とは裏腹に、体がゆっくりと動いていたせいだろう。俺はより注意を引かれる一点へ向けて、右足を踏み出した。
落ちた。朦朧とし、何もなかった俺の頭の中に、その実感が小さく現れた。多分落とし穴だろう。魔術か何かで意識をそちらへ向けられ、誘い込まれたのか。
詰みだな。今頃、全身に蛇が噛み付いている頃だ。脱出できねぇし、できたとしても直ぐにここへ戻される。このまま殺されんのかねぇ。不思議と恐怖は無ぇが、なんかこう……嫌な感じだ。
あぁそうだ。憎いんだ。今ソフィアを拘束している奴も、ソフィアを都合の良い道具として扱おうとするボスも、この状況を作り出しているこの世のありとあらゆる存在が憎い。
いや。これは違うな。これじゃただのガキの言い訳だ。何かがおかしい。何かがズレている。何かが本質から離れちまってる。意識が次第に明瞭になって行く。それと同時に、俺は記憶や感情に掛かっていた靄を晴らすように呟く。
「……俺だよな」
その瞬間、腹の奥が煮えくり返るような怒りに襲われた。そうだ。俺は俺が、他の何より憎い。責任だ何だと言っておきながら、今までも今も、何もできてねぇ俺が憎い。ソフィアをこんなクソっ垂れな状況まで追い込んだ俺が憎い。ソフィアに対して何もしてやれねぇ俺が憎い。
あぁクソ。何でこの体は動かねぇ。せめてこの怒りを発散させろ。殺してやる。体に毒が回ってようが関係無ぇ筈だろ。俺は吸血鬼だ。俺は何度でも再生する。腕が千切れようと首が消し飛ぼうと関係無ぇ。
全身を痛みが走る。恐らく俺は、とうに感覚が無くなっている筈の全身に力を込めながら、この場所から逃れようともがいているのだろう。次第に感覚が戻って来る。全身の痛みをしかと味わいながら、俺は微かに見える光へ手を伸ばした。
とは言え、これを一時間も二時間も続けんのは流石に厳しい。精々残り三十分って所だ。それ以上走ったら、ソフィアの近くに待ち構えているであろう敵との戦闘に耐えられねぇ。そもそも得物が無ぇんだ。いざとなった時に逃げられる体力も残しておきてぇ位だ。
だが手掛かりが無ぇ。あの声は空から降って来た。お陰で敵が居る方角すら分からねぇ。そこまで遠くには居ねぇだろうが、それでもかなり渋い状況だ。どっかで休憩してぇが……試しにあの公衆便所に入ってみるか。実験だ。
俺はドアを勢いのままに開き、突入した。扉の下にある隙間を見つめながら少し身構えたが……何故か、個室の中で蛇は出現しなかった。
「……成功だな」
何かを乗り越えるには、その何かを知る必要がある。まだ確定じゃねぇが、少なくとも現時点、敵は建物の中へ蛇を召喚して来ねぇ。そういう仕様なのか、俺の位置が建物の中じゃ特定できねぇのかは分からねぇが、一先ず休める。
どうやら、毒の効き目はそこまで強くない上、長続きもしねぇらしい。勿論、警告用にとわざと弱い毒を打ち込んだ可能性もあるが、重要なのはそこじゃねぇ。重要なのは、右足がほぼ普段通りに動くという事だ。
休憩がてら、敵の居場所を考えるか。俺がこの広場に入ってから攻撃が始まったんだ。この広場のどこかに居るのは確実。開けた場所には居ねぇよな多分。こっちを誘い出してぇならそれもアリだろうが、向こうがそうする理由は無ぇ。なら、小屋か便所か林の中に隠れてやがる筈。だがこの状況を鑑みるに、四方を壁に囲まれてる状況にはなってねぇだろう。詰まり敵が居るのは、林の中。幸い、あの道を通って行けば林へ辿り着くようになってる。迷う心配は無ぇな。
……そろそろ動けるか。できれば水か何か飲みてぇ所だが、売店らしき物も無ぇし、仕方無ぇか。まぁあった所で、何が入ってるか分からねぇ物を飲みたかねぇけど。
外に出ると、直ぐに蛇や落とし穴が出現した。やっぱ何か建物の中に居れば攻撃を受けずに済むって事らしい。撤退する時は活用させてもらおう。
暫く走っていると、林の入り口が見えて来た。流石に道のど真ん中に居る訳も無ぇし、こっからは林の中を捜索するか。足場は多少、視界も悪くなるが、無駄に体力を使うよりはマシだ。
俺は木々にぶつからないよう気を配りながら、林の中を捜索し続ける。だが何も見付からねぇ。その上、蛇が頭上から落ちて来る事すらある。攻撃の手段が多少ではあるが増えた事になる。先程よりも不利な状況って事だ。
だがそれも問題じゃねぇ。出て来る蛇はどれも小さく、力も弱ぇ。蛇が木の上から落ちて来た所で、噛み付かれる前に叩き落とせば良い話だ。アナコンダみてぇにデカい蛇が出て来たらまた違うんだろうが、出て来ねぇんだから関係無ぇ。
そうしていると、何かに注意を引かれた。
不意に起こった事だった。動かしていた筈の足すら止めて、俺は注意を引かれる方向へ目を向ける。何も無ぇ。ただの林だ。何かがあった痕跡も、誰かが通った痕跡も無ぇ。それでも、ここには何かがあった。
あそこに飛び込んでみたい。あそこに何があったのかを知りたい。俺はそんな仄暗い知識欲に突き動かされ、足を動かし始める。走ってはいなかった。急いでも、焦ってもいなかった。俺はただ、ただただゆっくりと、その場所へ向けて歩いた。
ようやく着いた。そう思ったのは、脳味噌に焼き付くような衝動とは裏腹に、体がゆっくりと動いていたせいだろう。俺はより注意を引かれる一点へ向けて、右足を踏み出した。
落ちた。朦朧とし、何もなかった俺の頭の中に、その実感が小さく現れた。多分落とし穴だろう。魔術か何かで意識をそちらへ向けられ、誘い込まれたのか。
詰みだな。今頃、全身に蛇が噛み付いている頃だ。脱出できねぇし、できたとしても直ぐにここへ戻される。このまま殺されんのかねぇ。不思議と恐怖は無ぇが、なんかこう……嫌な感じだ。
あぁそうだ。憎いんだ。今ソフィアを拘束している奴も、ソフィアを都合の良い道具として扱おうとするボスも、この状況を作り出しているこの世のありとあらゆる存在が憎い。
いや。これは違うな。これじゃただのガキの言い訳だ。何かがおかしい。何かがズレている。何かが本質から離れちまってる。意識が次第に明瞭になって行く。それと同時に、俺は記憶や感情に掛かっていた靄を晴らすように呟く。
「……俺だよな」
その瞬間、腹の奥が煮えくり返るような怒りに襲われた。そうだ。俺は俺が、他の何より憎い。責任だ何だと言っておきながら、今までも今も、何もできてねぇ俺が憎い。ソフィアをこんなクソっ垂れな状況まで追い込んだ俺が憎い。ソフィアに対して何もしてやれねぇ俺が憎い。
あぁクソ。何でこの体は動かねぇ。せめてこの怒りを発散させろ。殺してやる。体に毒が回ってようが関係無ぇ筈だろ。俺は吸血鬼だ。俺は何度でも再生する。腕が千切れようと首が消し飛ぼうと関係無ぇ。
全身を痛みが走る。恐らく俺は、とうに感覚が無くなっている筈の全身に力を込めながら、この場所から逃れようともがいているのだろう。次第に感覚が戻って来る。全身の痛みをしかと味わいながら、俺は微かに見える光へ手を伸ばした。
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