怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.8 ふじのやま

File:14 怪物であれ

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 今までの人生の中で一番気分が悪ぃ。吐き気すら覚えるような心地だ。だが不思議と、不快感は無ぇ。むしろこれが、俺のあるべき状態だったように感じる。腸が煮えたぎるように熱く、頭が割れるように痛む。だがそれでも、悪くねぇ。
 気付くと、俺の前には眠っているソフィアが居た。そしてその傍には、ソフィアと同じ姿をした、見知らぬ誰かさんが立っている。その女はこちらを睨みながら、既に臨戦態勢に入っている。コイツが元凶か?なら、挨拶位済ませとくか。
「ようシャイガール。初めましてだな」

「……どうやった?」

「『ハリー・ポッター』見た事無ぇのか。愛の力は偉大なんだぜ?」
 実際俺も説明できねぇし。まぁ、精神世界ってだけあって、心の持ちようが大事って事かねぇ。
 ソウスケやサクラに近い圧を感じるが……大した事じゃねぇ。俺は無敵だ。今ならそう断言できる。何も怖くねぇ。魔力は相変わらず使えねぇ。身体強化魔術も真空を作り出す魔術も、血液を操る魔術すら使用できねぇが、それでも何一つ怖くねぇ。そう思えるような全能感が、全身を貫いている。
「ソフィアを解放しろ。相棒だ」

「ことわる。たからものをじぶんからわたすばかはいない」

「じゃ、殺し合いだな」
 俺はソフィアの姿をした誰かさんに向かって走り始めた。大きく拳を振り被り、敵の顎に向かって振り上げる。しかし敵は当然のように、俺の右目に何かを突き刺し、潰した。飛び道具……てかナイフか。狡いって事ならこの上無ぇ。だが、

「ばんゆうだな」

「勝利宣言には早いんじゃねぇの!?」
 俺は止まる事も、勢いを弱める事も無く、敵の顎を殴り飛ばす。そしてその勢いを生かしたまま後ろ回し蹴りを繰り出すが、敵はそれを受け止た。続けて敵は俺の体を投げ飛ばし、そのまま俺の心臓にナイフを突き立てようとして来た。俺はそれを弾き、敵にタックルする。敵は少しよろめき、同時に俺は三歩後ろへ下がる。
 今のやり取りで分かった。コイツ、身体能力自体は特性抜きのソフィアと同程度しか無ぇ。動きもソフィアと同じだが、それだけなら身体能力で優れているらしい俺の方が、多少有利に立ち回れる。
 蛇を出す能力を使って来ねぇって事は、それを使う事で自分が不利な状況を作り出しかねないという事だ。恐らく能力の使用に条件があるんだろう。
「弱いな。見掛け倒しか」

「なめるなよにんげん」

「俺は吸血鬼だ。世にも恐ろしい化物だぜ」
 俺は右目に刺さったナイフを抜き、それを構える。俺は武器を持ってねぇのに、コイツばっかこういうを使うのはアンフェアだよな。まぁ、そうでもなかったかもだが。
 右目は直ぐに再生し、視界が元通りになる。吸血鬼の特性は使えるようになったらしい。これならナイフ無しで丁度公平だったかも知れねぇな。周囲は日中のようだが……まぁ、気にする事じゃねぇか。
 吸血鬼の特性が使えるんだ。俺はもっと自由になれる。俺は全身を蝙蝠の群れへ変え、敵を取り囲んだ。敵は拳や足でそれらを叩き落とそうとするが、蝙蝠の群れはそれを容易く避ける。俺は蝙蝠の群れを時々拳へ変え、敵を叩く。勿論防がれる事も多いが、反撃される前に腕を蝙蝠の腕に戻せばノーリスクだ。

「こざかしい……」

 硬ぇ訳じゃねぇ。体自体はソフィアと同じ物だから、寧ろ柔らけぇ位だ。だが全身を蝙蝠にしたままじゃ、俺は結構非力だ。どこかで決定打を……ってあぁそうだった。今の俺は無敵なんだった。
 俺は拳を両腕分作り、敵をわざと弱く殴りつけようとする。勿論敵はそれぞれに片手ずつ使い、それらを受け止める。それまでなら直ぐに蝙蝠の群れへ戻した所だが、俺はその拳をそのままにした。これで、

「なぜ……」

 そう敵が呟いた瞬間、俺は敵の背後に自分自身の首を作り出し、敵の首に噛み付いた。鋭く鍛えられた歯が敵の皮膚に傷を付け、傷口からは鮮やかな赤色をした血液が溢れる。俺は恐らく赤いんだろうそれを、啜るようにして飲み下す。
 あぁ不味い。不味い。不味いが、心地良い。くたびれるまで演奏を続けたバンドマンの気分だ。今は蝙蝠の群れになっている全身に、力が漲って行くような心地がする。
 二秒程度した後、敵は俺の頭を掴み、首から引き離そうとした。俺はその直前で首を蝙蝠の群れに戻した。だがもう、この姿でいる理由も無ぇ。俺は全身を人間の形に戻し、全身が軽くなったような感覚に心を躍らせる。この感覚も久し振りだ。やっぱ、良い物だな。
 敵は深く傷付いた首を押さえながら、こちらを睨み付けている。掌の隙間や脇からは血液が流れ続けている。どうやら再生は無ぇようだな。やっぱ体はソフィアと同じ……ただの人間と同じ造りらしい。威圧感は神とかその辺に近い、それでもやはり、見掛け倒しだ。

「きさま……」

「俺の勝ちだな。ソフィアを解放しろ」

「……ことわる」

「そうか。じゃ、さよならだ」
 俺は手に持っていたナイフを取り出し、敵の懐へ潜り込んだ。敵はそれを防ごうとしたが、俺はそれを難なく弾き、敵の胸を、心臓を貫いた。
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