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No.9 死に至る病
File:3 猫の狩り
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鳥居で舗装された道を駆けて行く。しかし少しすると、全く同じ鳥居と顔を合わせる。時々飛んで来る魔術の弾丸に追い詰められながら、私は逃げ続ける。
恐らく私は、結界の中に閉じ込められている。仮にこの結界を円状と仮定すると、どこか一点から外へ出ようとした時、私の体は円の中心に関して対称な点に、向きはそのまま転移させられている状態。或いは長い道のような形の結界で、同じ風景が一定周期で繰り返される構造になっている。
魔眼なら無理矢理穴を開けられない事も無いだろうが、結界に関する正確な情報が無い以上、下手に手を出さない方が良い。それに加え、エラニと私の間にはどうしようも無い実力差がある。あれだけの魔力をほぼ完全に隠蔽していたとは驚きだ。今私が生きているのは、彼女の戯れか慈悲か、或いは彼女も自覚していない動揺のせいでしかない。いつ殺されてもおかしくない状況。
「随分探したよ。情報が少な過ぎてさ」
エラニが放った攻撃は私の右腕を掠める。痛い。痛いが、足を止めれば殺される。私は歯を食いしばりながら、更に進んで行く。
まるで猫の狩りだ。追い詰められて疲弊して、逃げられない状態まで追い込まれてから殺される。だがこれは、そんな物よりもよっぽど残酷だ。エラニが黒猫だとするなら、彼女が私を殺す理由は明白だろう。彼女にとっての私が、利用価値の無いゴミになったから。
彼女は私を利用して、自分の障害となり得る人間を消そうとしていたんだろう。以前見た『絵画保管状況』が証拠。今考えると、絵画の持ち主には協会が多かった。私達はそのほぼ全てを殺し、場合によっては協会の施設を破壊して来た。『黒猫』と協会が明確に敵対しているという情報とも齟齬が無い。
「有名人って大変だよね。偽物が多くてさ。それも、時間が掛かった要因の一つ」
次は脇腹。今度は掠めると言うよりも、表面を抉るような軌道。意識せず、小さく悲鳴を上げる。それでも、足を止める訳には行かない。私は走る速度が遅くなるのを感じながら、更に走り続ける。
エラニは何故、今になって私を殺そうとしているのか。恐らくジョセフ君がどういう人間かを知ったからだろう。彼らもエラニを……『黒猫』を追っていた。エンターファミリーは巨大だ。敵対する理由が十分な巨大組織に、自分の情報が洩れる可能性を考えたなら、殺す理由には十分。
「どんな気分だった?絵画を持ってるってだけの人を殺して、その絵画を奪う時」
エラニの攻撃が左足の表面を抉る。痛みから歯を食いしばり、耐えるように呻く。もう走れない。それでも私は、上手く動かない左足を引き摺るように、エラニから逃げ続ける。
不味い。逃げられない。ジョセフ君はまだ来てくれないのか?彼が居れば勝てるとまでは思わないが、彼が居れば、異変を察知した協会から人間が来る程度の時間は稼げるだろう。可能な限り逃げ続けなければ。時間を稼がなければ。
「壊して、追い詰めて、殺して、目的の物を手に入れる」
エラニの攻撃が右足を大きく切り裂く。痛みのせいで短く悲鳴を上げる。両足を動かせなくなった私は、痛みを必死に耐えながら、少しでも前に進めるようにと、右手を前に伸ばす。
しかし、その手は魔術の槍に貫かれ、地面に固定された。顔を上げると、満面の笑みを浮かべたエラニが、私の右手を貫く槍を優しく撫でていた。エラニはわざとらしい動作で体勢を低くし、私の耳元で囁くように言葉を続ける。
「凄く、愉しかったでしょ?」
そう言いながら、エラニは槍を強く握り、体重を掛ける。槍は私の右手を更に深く貫いた。私は大きく声を上げ、痛みを誤魔化す事無く受け入れる。
「私達ってこれ以上無く気が合うからね。分かるんだよ。欲しい物を自分の手で掴み取る達成感。邪魔する敵を殺す爽快感。そしてその両方を達成した時の、全身を貫く多幸感」
「……全部分かっているように話すんだね」
「当たり前じゃん。親友だよ?」
「そうだね……本当に、気が合う……」
これで終わりか。師匠と満足に話をする事も、ジョセフ君の事を深く知る事も、世界中に散らばる魔女の絵画を集める事もできず、殺されるのか。残念だなぁ。まだやりたい事も山ほどあったのに。
「……しないんだね。命乞い」
「しても無駄だろう?」
「そうだね。友情を盾に命乞いするソフィアとか、私からしても解釈違いだよ」
エラニは懐から銀の短剣を取り出して、両手でそれを振り上げる。その視線は真っ直ぐ、私の胸に向けられている。
「じゃあ、殺すね」
「あぁ。私を殺す相手が君で、本当に良かったよ」
「そう言ってくれて、私は嬉しいよ」
エラニは強く握りしめた短剣を振り下ろし、私の心臓を貫こうとした。しかしその寸前で、エラニの体は大きく横に蹴り飛ばされた。エラニを蹴り飛ばした人影……ジョセフ君は、彼女から私を守るような立ち位置で、血の剣を構える。
「……やっぱり来るよね。吸血鬼」
「あぁ来るともお嬢ちゃん。生憎と、まだコイツに死んでほしくねぇんだ」
「そっか。じゃあ、二人共殺せば良い話だね」
その直後、戦闘が始まった。
恐らく私は、結界の中に閉じ込められている。仮にこの結界を円状と仮定すると、どこか一点から外へ出ようとした時、私の体は円の中心に関して対称な点に、向きはそのまま転移させられている状態。或いは長い道のような形の結界で、同じ風景が一定周期で繰り返される構造になっている。
魔眼なら無理矢理穴を開けられない事も無いだろうが、結界に関する正確な情報が無い以上、下手に手を出さない方が良い。それに加え、エラニと私の間にはどうしようも無い実力差がある。あれだけの魔力をほぼ完全に隠蔽していたとは驚きだ。今私が生きているのは、彼女の戯れか慈悲か、或いは彼女も自覚していない動揺のせいでしかない。いつ殺されてもおかしくない状況。
「随分探したよ。情報が少な過ぎてさ」
エラニが放った攻撃は私の右腕を掠める。痛い。痛いが、足を止めれば殺される。私は歯を食いしばりながら、更に進んで行く。
まるで猫の狩りだ。追い詰められて疲弊して、逃げられない状態まで追い込まれてから殺される。だがこれは、そんな物よりもよっぽど残酷だ。エラニが黒猫だとするなら、彼女が私を殺す理由は明白だろう。彼女にとっての私が、利用価値の無いゴミになったから。
彼女は私を利用して、自分の障害となり得る人間を消そうとしていたんだろう。以前見た『絵画保管状況』が証拠。今考えると、絵画の持ち主には協会が多かった。私達はそのほぼ全てを殺し、場合によっては協会の施設を破壊して来た。『黒猫』と協会が明確に敵対しているという情報とも齟齬が無い。
「有名人って大変だよね。偽物が多くてさ。それも、時間が掛かった要因の一つ」
次は脇腹。今度は掠めると言うよりも、表面を抉るような軌道。意識せず、小さく悲鳴を上げる。それでも、足を止める訳には行かない。私は走る速度が遅くなるのを感じながら、更に走り続ける。
エラニは何故、今になって私を殺そうとしているのか。恐らくジョセフ君がどういう人間かを知ったからだろう。彼らもエラニを……『黒猫』を追っていた。エンターファミリーは巨大だ。敵対する理由が十分な巨大組織に、自分の情報が洩れる可能性を考えたなら、殺す理由には十分。
「どんな気分だった?絵画を持ってるってだけの人を殺して、その絵画を奪う時」
エラニの攻撃が左足の表面を抉る。痛みから歯を食いしばり、耐えるように呻く。もう走れない。それでも私は、上手く動かない左足を引き摺るように、エラニから逃げ続ける。
不味い。逃げられない。ジョセフ君はまだ来てくれないのか?彼が居れば勝てるとまでは思わないが、彼が居れば、異変を察知した協会から人間が来る程度の時間は稼げるだろう。可能な限り逃げ続けなければ。時間を稼がなければ。
「壊して、追い詰めて、殺して、目的の物を手に入れる」
エラニの攻撃が右足を大きく切り裂く。痛みのせいで短く悲鳴を上げる。両足を動かせなくなった私は、痛みを必死に耐えながら、少しでも前に進めるようにと、右手を前に伸ばす。
しかし、その手は魔術の槍に貫かれ、地面に固定された。顔を上げると、満面の笑みを浮かべたエラニが、私の右手を貫く槍を優しく撫でていた。エラニはわざとらしい動作で体勢を低くし、私の耳元で囁くように言葉を続ける。
「凄く、愉しかったでしょ?」
そう言いながら、エラニは槍を強く握り、体重を掛ける。槍は私の右手を更に深く貫いた。私は大きく声を上げ、痛みを誤魔化す事無く受け入れる。
「私達ってこれ以上無く気が合うからね。分かるんだよ。欲しい物を自分の手で掴み取る達成感。邪魔する敵を殺す爽快感。そしてその両方を達成した時の、全身を貫く多幸感」
「……全部分かっているように話すんだね」
「当たり前じゃん。親友だよ?」
「そうだね……本当に、気が合う……」
これで終わりか。師匠と満足に話をする事も、ジョセフ君の事を深く知る事も、世界中に散らばる魔女の絵画を集める事もできず、殺されるのか。残念だなぁ。まだやりたい事も山ほどあったのに。
「……しないんだね。命乞い」
「しても無駄だろう?」
「そうだね。友情を盾に命乞いするソフィアとか、私からしても解釈違いだよ」
エラニは懐から銀の短剣を取り出して、両手でそれを振り上げる。その視線は真っ直ぐ、私の胸に向けられている。
「じゃあ、殺すね」
「あぁ。私を殺す相手が君で、本当に良かったよ」
「そう言ってくれて、私は嬉しいよ」
エラニは強く握りしめた短剣を振り下ろし、私の心臓を貫こうとした。しかしその寸前で、エラニの体は大きく横に蹴り飛ばされた。エラニを蹴り飛ばした人影……ジョセフ君は、彼女から私を守るような立ち位置で、血の剣を構える。
「……やっぱり来るよね。吸血鬼」
「あぁ来るともお嬢ちゃん。生憎と、まだコイツに死んでほしくねぇんだ」
「そっか。じゃあ、二人共殺せば良い話だね」
その直後、戦闘が始まった。
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