怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.9 死に至る病

File:5 絶望

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 エラニを殺した後、私はどうやら貧血か疲労で倒れたらしい。あれだけ走った上、全身傷だらけで右手には穴まで空いていたんだから当然だろう。
 そしてそれから一晩経った私は、協会の病室で目を覚ました。私の目は天井、そして壁、それからヤガミソウスケに向かって土下座をする数名の退魔師の姿を映した。私は上体を起こし、軽く目を擦り、そして眼鏡を掛け、正気に戻ったように、土下座している数名の退魔師の姿を二度見する。
 そして思い切り困惑する。寝起きの上手く動いてくれない脳味噌には重すぎる情報量に、思わず思考と動きが止まる。ヤガミソウスケと目が合うまでに十秒。そしてそこからさらに二十秒経ってから、ようやく私は言葉を発する事ができた。
「……は?」
「気は触れていないようで結構」
 そういう事じゃない。決して、そして断じてそういう事じゃない。今私が聞きたいのはそういう事じゃない。その思いを察したらしい彼は、「これは俺の趣味ではないので誤解しないように」と、何故か丁寧な口調になって弁明を始めた。
「彼らが『ソフィアさんを守れなかった責任を取りたい』と言うので、君が起きるまで寝る事を許さず土下座の姿勢を続けさせているだけ。断じて、俺の趣味なんかではない」
「あぁ、それはそうだろうが……寝起きには少し情報量が……」
「そうだろう。じゃ、そろそろ彼らに施した術を解いて……よし。じゃ、もう行って構わない」
「「「はい!失礼します!」」」
 四人の退魔師達はそう言って、病室を出て行った。これが日本の上下関係か。中々面白い。
「ジョセフ君は?」
「彼は別室だ。もう直ぐ来るだろう」
「なら良かった」
 エラニに大分やられてたし、少し心配だったが、杞憂だったようだ。まぁあの時の彼には吸血鬼の特性もあるし、元から心配は要らなかった訳だが。
 そんな事を考えている私に対し、ヤガミソウスケは「さてじゃあ本題だ」と言って、話を切り出した。どうやら完全な親切心からお見舞いに来てくれた訳ではなかったようだ。
「本題?」
「使ったんだろう?眼と魔力」
「あ~……」
 確かに私は、エラニの両腕を落とす時に少しだけ眼鏡を外し、魔眼を使った。『使うな』とは言われていたが、あぁしなければジョセフ君も私も、彼女に殺されていただろう。それを避ける為に必要な事だった……が、そういう事ではないんだろうな。
「使ったね」
「検査の結果、魔力が更に神通力に近付いている。僅かだが、確かに変化している」
「……成程?」
 正直な所、私は魔術師と呼ぶには知識が少な過ぎる。本来の魔術師は研究者だが、私は魔術の研究なんてしていない。勿論、魔力が神通力に置き換わる事で何が起こるかなんて専門的な知識は持っていない。
「これ以上魔力を使ったら、私の身には何が起こるんだい?」
「前例が無いせいで何とも言えない。だが一つ言えるのは、神通力それはただの人間に扱える物ではないという事だ」
「つまり?」
「ソフィア・アンデルセンという人間が根本から、魂から人間ではなくなる可能性がある」
 成程。私は別に、人間であり続ける事に執着している訳では……いや、ここで断言はできないな。しかし確実に言えるのは、ジョセフ君はそれを望んでいないという事だ。
 ここで私は、ようやく事の重大さを理解した。私が人間でなくなれば、彼のここまでの努力が、そして思いが、およそ無意味な物になってしまう。そうなった時、彼がどんな表情をするのか……あまり想像したくない。
「戻す方法は無いのかい?」
「現時点、無理だろうな」
「君の力でも?」
「無理だな。そういう契約だ」
 どうやら中々難しい契約らしい。まぁ無理な物は無理と割り切ろう。これからはもっと慎重に使うタイミングを……いやそもそも魔力を使う必要が無い状況を作り出すように努めよう。まぁ、私一人ではそれも限界がある事は明白な訳だが。
「まぁ、要件はこれだけだ」
「私はもう動いて良いのかな?」
「今は休んでおくと良い。経過観察も兼ねている。では、お大事に」
 ヤガミソウスケはそう言い残し、病室を出て行った。部屋に居る人間は自分一人だけだという事実と、その事実から来る静寂だけが、私の頭の上に、重く、重く、覆いかぶさって来る。
 あぁどうやら私は、ようやくエラニを殺したという事実を自分の中で咀嚼し始めたらしい。悲しいとか悔しいとか、そういう感傷は変わらず感じないが……そうだな。疲れた。疲れたんだと思う。何も考えたくないし、何も感じたくない。見たくも聞きたくも触りたくもない。全身に重い鉛が括りつけられている心地だ。気分が悪い。
 私はその重さに従って、ベッドに全身の体重を預ける。不快な疲労感が全身を包むが、眠くはない。私は自然に横向きになり、体を丸める。
「ジョセフ君……」
 寂しいなぁ。寂しいなぁ。やっぱり、彼無しでは不安で不安で仕方が無い。自分を上手く肯定できない。とは言え、もう少しで来てくれるだろう。それまで、耐えていれば良い。
 私は、布団の中で更に体を丸め、襲い掛かる何かから身を守るように、或いは自分の中の何かを抑え付けるように、孤独感と不安感に耐え続けた。
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