怪しい二人 美術商とアウトロー

暇神

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No.9 死に至る病

File:8 生まれ故郷

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 扉の先に広がっていたのは、まぁ見慣れた雰囲気の路地裏だった。エラニが住んでいた場所という事は、私の自宅からは多少離れた場所の筈だが……まぁ、こういう所は似通った雰囲気がある物だろう。
「……思ってたより遠いんだな。俺らが住んでた所から」
「まぁ、そうだね」
「それで?こっからどうするんだ?」
「絵画を輸送していた者が襲撃を受けた場所は、ここから直ぐ近くです。是非一度見てほしい。お二人にしか分からない痕跡があるかも知れませんから」
「分かったよ」
 路地裏から表通りに出たが、深夜という事もあって人通りは少ない。しかし、人はそこそこな数居る。目を光らせておかなければ……でもないかな。ジョセフ君が睨みを利かせている。見知らぬ人間からの襲撃を許す彼じゃないだろう。
 しかし、偽物か……どうしてもエラニの発言が頭をよぎる。『黒猫』の評判を聞く限り、彼女が偽物たちを見逃しているとも思えない。勿論真贋を見極めて、何もしていない、ただ名前を借ろうとした偽物だと断定したのであれば……
 いやまぁ、だとしてもか。『絵画泥棒』という名を借りたいという時点で、何かしら後ろ暗い事を考えているのはほぼ確実。となるとこの偽物は、エラニが私とジョセフ君を見付けた後に名乗り始めたという事になる。タイミングが良過ぎる。まぁ、ただ単に運が良かっただけという可能性もある訳だが。
「着きました。ここです」
 オオツカの声に顔を上げると、そこにはこれといった特徴も無い小道があった。魔力で遺体が倒れていた場所、姿勢がマークされているが、本当にそれだけだ。
「……何も無ぇな」
「やはり、そうですか」
「私の目は使っても良いのかい?」
「八神が言うには、ここでは使わない方が良いとの事です」
「まぁ、何も見付からないだろうしね」
 暗いせいもあって、本当に何も見つけられない。夜目が効くジョセフ君も同じなら、本当に何も……いや、一つ試してみるか。私は懐中電灯を点け、周囲を照らす。
「ソフィアさん?何をしているんです?」
「調査してる」
 周囲を照らしていると、一か所だけ光を反射した箇所があった。私はそこを照らしながら近付き、よく目を凝らす。するとそこには、とても小さなプラスチックの球体があった。本当にただの、プラスチックの球体だ。こんな物がここにある事は不自然だが、これ自体には何も不審な点は無い。
 やはり、期待外れか……そう肩を落とした私の後ろから、ジョセフ君が「見せてみろ」と声を掛けて来た。
「良いけど……ほら」
「投げるなよ。誰もチケットを買わねぇ映画が、実は名作だったなんて事もあるだろ?」
 ジョセフ君はそれを指で摘み、あらゆる方向からそれを観察する。やはり何も見付からないらしいが……彼はこういう時、無駄な行動を取るタイプじゃない。信じて待ってみよう。
 そうして待っていると、彼はおもむろに、球体へ魔力を流した。当然何も起こらない。ただのプラスチックの球体に魔力を流し込んだ所で、何か起こる筈も無い。
 だが次の瞬間、プラスチックの球体は膨張、変形を始めた。五秒程度経過した所で、それは変化を止め、黒鉄で作られた立方体のような形で安定した。
「これは……」
「神秘の遺産だ。有名な量子力学のたとえ話になぞらえて、『シュレディンガーの猫』と呼ばれている」
「どういう物なんだい?」
「観測される度に形状を変化させるという特性を持った……まぁ、隠しカメラだな。コイツを放置しておけば、傍目にはただの石ころとかに映ると踏んだんだろう。体積以外、形状の指定ができねぇって特性に助けられたな」
 本当に助けられたのは、君の博識さになんだがね。しかしこんな所に隠しカメラとはきな臭い。神秘の遺産と来れば、仕掛けた人間は間違い無く魔術師だ。そしてここにカメラを仕掛けて得をする人間なんて、一人……いや正確には一組しか思い浮かばない。
「どうやら偽物は、ここに誰かが来るのを待っているようですね」
「そして待っているのは、恐らく本物の『絵画泥棒』」
「名前を借りるにしても今後絵画泥棒になり替わるつもりにしても、本物の存在は邪魔になるからな」
 偽物が協会から絵画を強奪したという話が流れれば、本物は調査の為にここに来る。そしてもし、ここに協会の外の魔術師が調査しに来たなら……その人間は、かなり怪しく映る筈だ。事実、敵は私たちというエース二枚を引いた。
「取り敢えず、ここから離れた方が良さそうだな」
「いや、これは寧ろ好都合じゃないかい?ここで待っていれば恐らく……」
 次の瞬間、私の体はジョセフ君によって抱えられ、民家の壁の後ろへ運ばれた。壁から少しだけ顔を出し、私たちが先程まで経っていた場所の地面を見ると、そこには二つの弾痕と、頭、腹、足が弾丸によって貫かれたオオツカの体が残されていた。
 ジョセフ君は不敵に笑い、先程私が紡いでいた言葉の先を、生意気にも呟いてみせる。
「敵はここに来てくれる……か」
 幸か不幸か、私たちは一日目にして大当たりを引いたらしい。
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