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俺達、海水浴に行く。
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悟りを開くと、ありとあらゆる苦しみから解放される。
仏教なんかが言っている『悟り』という物は、厳しい修行によって、自身が持つ『欲』を捨てる事で、世の苦しみから解放される事を言うらしい。
しかし、欲を捨てる事なんてできるのだろうか。人が極楽浄土へ行きたいと思い仏を崇めるのも、『苦しみたくない』という欲なのではないか。
欲を捨てる事ができたとして、その人間の人生は果たして幸せなのだろうか。欲を捨てると、何も欲する事が無くなる。世に溢れる、魅力的な物体や、人の心、或いはもっと別の何かを欲する事が無くなるのだから、それらが手に入らなかったとして、落胆する事も無いのだから、苦しまないというのは当然だろう。
しかし、それらが全て手に入ったとして、欲を持った、所謂『普通の人間』であれば、飛び跳ねて喜ぶだろう。しかし、何も欲しない、『悟りを開いた人間』は、それらが手に入ったとして、果たして喜ぶだろうか。欲を捨てるという事は、苦しみと同時に、喜びも手放すという事である。
例えありとあらゆる苦しみを感じなかったとして、幸せや喜びも感じないのであれば、その人間は幸せだと言えないと考えている。人は感情の動物。そのアイデンティティーが失われては、人間として生きる目的は何だと言うのだろう。
人間の一生は、何も苦しみだけで構成されている訳ではない。縄は、一本だけの糸では作れない。『幸せ』や『喜び』という糸だけでなく、『怒り』、『苦しみ』といった、複数の糸を使う事で、ようやく『人生』という、一本の縄ができる。
人間の執着と欲は、恐らくこの世界に比肩し得る物が無い程大きな物だろう。それが無くなった人間は、果たして生きていると言えるのだろうか。死んでいないだけの、ただの舞台装置ではないか。
欲を持った状態で、確実に幸せになる方法は、たった一つ。しかし、複数とも無限とも言える程ある。
目の前に現れた好機は、絶対に逃さない事だ。
この環境にもすっかり慣れて、結構気が楽になって来た今日この頃。俺達は夏を迎えた。太平洋側の蒸し暑さに参りながら、俺達は大学に通っている。
「太平洋側って、こんな蒸し暑いんだな」
「結構辛いだろ?俺も辛い」
外を歩くと、雨上がりの湿気に直射日光が合わさって、殺人的な暑さが襲い掛かる。殺人的というのは比喩ではなく、いやまあ勿論比喩も含まれているのだが、熱中症で亡くなる人も居るそうだ。正直、冷房も何も無しで、この暑さを凌ぐ方法は無いと断言できる。
しかし、夏だからこその良い事だってある。夏と言えば何か。水泳である。夏にやる事は何かと言われると、一番目が家でぐうたらで、二番目が実家への帰省で、三番目が水泳だろう。無論個人の意見なので、異論は認めようじゃないか。
「で、お前はこの夏、また七海さんとやらと出掛けるんだろ?」
「ああ。水泳に行くとか言ってた。多分どっかの市民プールにでも行くんだろうよ。都心と海水浴なんて、有り得ない組み合わせだし」
「いやいや、お前こないだ泊りがけで外出してたじゃねえか」
「いや、それは無い」
本当にそれは無い。と思いたい。正直、あの仙台観光のツケがまだ残っているのだ。ここでまた遠出と言われると、俺はそろそろキツくなってくる。バイトをいくつか掛け持ちしているので、多少の貯金はあるが、また遠出できる程ではない。七海さんの方も、流石に無理だと信じたい。
しかし、今日はれっきとした予定があるので、七海さんと話す事は無いだろう。この話も、また今度でも良いだろう。
今日の予定は一つ。かつシンプル。陽太と親睦を深める為、俺は少しばかり外出する事になったのだ。まあ、俺は金欠の身。陽太の計らいによって、陽太や俺の知り合いや友人を集めて、陽太の家でカードゲームをする予定なのだ。ありがてえ。
「おらあ!三番は数学の鬼教師に告ってこいやあ!」
「嫌だああああああああ!」
「ざまああああああああ!」
それが何でこうなった。
あそこで叫んでいるのは佐々木翔太さん。陽太と俺の共通の知人で、かなり顔が良い。それ相応にモテる。しかし、彼女は作らないらしい。羨ましいな畜生。
そして翔太さんに命令しているのが赤城倫太郎さん。陽太とは旧知の仲らしく、とても仲が良い。スポーツ万能なので、男友達が多い。すげえ。
最後に、翔太さんを煽っているのが伊藤伸二。俺とバイト先が同じ人で、一つ上の先輩。さっき翔太さんにエグイ命令をされたので、散々煽っている。大人気ねえ。
三人ともコミュ力が高く、会って数分で仲良くなっていた。結果、かなり踏み込んだ命令をするようになり、結構荒れている。楽しいので良いか。
「うっうっ……初めての恋人があのオッサンとか嫌だ」
「安心しろ翔太さん。多分反省文で済むだろうよ」
「おい亮太。同じ事をやった奴がどうなったか知らねえのか?」
おっと目がガチだ。墓は建ててやる。南無阿弥陀仏。
こんな事を考えている俺も、『腕立て百回』とか行った。倫太郎さんに当たったのでつまらなかったが、結構良い画が撮れた。やったぜ。
「そろそろ命令も打ち止めかねえ。どうするよ陽太」
「こうなったら『真実と挑戦』をやるしか……っ」
「おいそれ物によってはかなりエグイ地獄に……」
「倫太郎さん、もう遅いんだよ」
「くっ!あのオッサンと付き合う位なら腹を……」
「おい誰かそいつ止めろ」
倫太郎さんの制止も虚しく、俺達は次のゲームに移った。
『真実と挑戦』とは、かなりシンプルかつエグイゲームである。あの名作、『君の膵臓を食べたい』でも登場したこのゲームは、負けた人間が、聞かれた事に正直に答える『真実』か、言われた命令をやる『挑戦』を選択し、勝った人間がお題を出すと言うゲームだ。つまる所、運の要素を減らし、選択肢を増やした王様ゲームのような物だ。なかなかエグイゲームだと思う。
「で、何で勝敗を決める?」
「トレーディングカードゲームはここにはねえし、トランプでも良いか?」
「ルールは?」
「七並べで良くね?」
「それだ」
そして、手先が器用な翔太さんがトランプをシャッフルし、カードを配る。この際、彼が有利な配り方をしないよう、四人がそれぞれ四方向から見張り、且つ、五つに分けた束の中から、翔太さんが最後になるように、自由に選んで取るようなルールにした。流石は一つ上、疑い方がガチってる。
ほほう初っ端からジョーカーか。まあ最初のジョーカーは大して重要じゃない。他に押し付け易いし、パスも基本無い。初っ端ジョーカーは良い手札と言えるだろう。
そして、ゲームが始まった。一進一退の攻防。高度な心理戦。案外こういう事をしている訳でもないのかも知れないが、かなり白熱した。
「うわっ!ジョーカー!」「助かった~!」
何か動きがある度に騒ぎ、はしゃいで楽しんだ。一時は、これが真実と挑戦の役決めという事も忘れて、没頭した。中が良い学生同士特有のノリは楽しく、心地良かった。
そして最終的に、最下位は陽太、一位は伸二さんになった。
「くそぉ負けた!」
「うへへ……さあ、真実か挑戦かを選ぶのだ」
「すげえ良い笑顔してるなあの人」
「もう四か月の付き合いになるけど、あんな顔初めて見たわ」
そして、選択の時。因みに、一見微笑ましいこのゲームは、物によってはその人間の社会的地位を失わせる事にもなりかねない。陽太の選択、伸二さんの命令によっては、俺達全員に影響が及ぶ。
「さあ陽太。選ぶんだ」
「じゃあ……挑戦で」
そう陽太が言った瞬間、伸二さんの顔が愉快そうに笑った。おいヤバいのが来るぞこれ。
伸二さんは立ち上がり、陽太に指を突き付けながら、高らかに宣言した。
「じゃあ、陽太君はここに居る全員分、ビッグマックのセットを買って来い!勿論自腹な!」
「くそおおおおおおお!金が飛んで行くううううう!」
そう叫びながら、陽太は財布を片手に走って行った。クーポン無し五人分は結構キツイぞ。
「じゃ、陽太が帰るまで雑談でもしましょ」
「良いねえ」
「じゃあ俺から!亮太君は何でこっちまで来たの?」
「ほほう。あれは中一の夏……」
それから暫く話をした。
「亮太君の故郷って新潟なの!?」「給食でコシヒカリが出るのは、あそこの数少ない良い所だったな」「羨ましい!」「でも揚げパンが出ねえのよ」「いえ~い俺の生まれ故郷では出る~」「クソ!負けた!」「勝ち負け無いでしょ」
陽太が居ない状態でも賑やかで、それぞれの故郷の話、バイト先、大学の嫌な所、適当な愚痴など、共通の話題という程でもないが、誰しも話せるような話題だったからか、結構話し易かった。楽しい。
「買って来たぞ~」
「来た!昼飯!」
「やっぱアンタそういうつもりだったか」
「面倒でしょ?」
「そのお陰で俺は並んだよ」
「ドンマイ」
その後も、俺達は目一杯遊んだ。カードゲームしたり、秘蔵のホラー映画を見たり、色々な事をして楽しんだ。
日も沈み、外はすっかり暗くなった辺りで、俺達は各自で解散する事になった。倫太郎さんと翔太さんは電車、伸二さんと俺は自転車で帰った。
いつも通りのアパートはどこか寂しくて、つまらなかった。退屈を持て余した俺は、今日の所はさっさと寝てしまう事にした。シャワーを浴び、軽く夜食を食べ、歯を磨き、布団を広げた。
今日も良い一日だった。
翌日、月曜日を迎えた俺は、早速七海さんに絡まれていた。この騒がしさには慣れたが、それでも何故か抵抗がある。まだ慣れ切っていないのだろうか。
「ところで、夏の風物詩とやらは、どこに行く予定なんだい?市民プールでも、言ってもらわないと準備とかに手間取る」
「え?何言ってるんです?市民プールなんて行きませんよ?」
は?いやアンタ泳ぎに行くって言ったろ。東京で海水浴とかできるのか?
しかし彼女が言っているのは、どうやら俺が想定していたよりも大きな事らしく、それを聞いた俺は、頑張ろうと決意した。
「海へ泳ぎに、千葉の前原海水浴場に行きますよ!」
「マジか」
そう、俺の節約生活の延長が決定した瞬間であった。
節約。現代社会で、最も多くの人間が行っているであろう行動。いざという時、満足に金や物を使えるように、それらをなるべく使わないようにする事である。辞書的な意味は違うかも知れないが、感覚的にはこんな感じだ。
俺は以前、泊りがけで仙台まで行った。その時、結構な額の金を使ったので、暫くの節約生活を余技なくされているのだ。楽しかったので公開はしていないが、まあ辛い。できるなら止めたいが、それではいざと言う時に困る。それはもっと辛い。だから節約しているのだ。
しかし今回、またも遠出となった俺は、さらなる節約を決行する事になった。
と言っても、俺にはそっち方面の知識が薄い。これでは限界がある。何事にも限りはあるが、それはここではないという事だけは、確実に言えるだろう。自分ではどうしようもない時は、他人を頼るのが一番である。俺はネットの情報を頼りに、節約術を学ぶ事にした。
何か物を調べる時は、『簡単』、『確実』の二つには気を付けるべきである。簡単にできる方法はあっても、確実に上手く行く方法は、かなり限られる。そういう資料は、基本的には参考程度に抑え、他のいくつかの資料を基に、自分で考えた物を実行するのが一番である。
節約するに当たって、チェックしておくべき事がある。どれ位、何に金を使っているかである。食費、光熱費、電気代、水道代など、ただ生活しているだけでも、これだけの金が掛かる。趣味を考えれば尚の事。どこにどれだけの金額を使ったかを調べ、どこかを削る事が重要である。
俺は基本、趣味に金を使わない。いや、金を使わない趣味が多い。読書にしても、一度読んだ本を、時間を置いてもう一度読んだりなど、一度金を使ってからは、追加で金を払わないようにしている。最近は趣味に金を使う事も無かったし、趣味は考えなくて良いだろう。移動も、基本は徒歩か自転車なので、考えない物とする。
風呂もさっと済ませたりはしているが、偶に蛇口をよく締められていなかったりした事もあったし、その辺りも気にしてみよう。
スマホの料金も金が掛かるし、充電で電気代がかさむ。少し使用を抑えるかな。コンセントもこまめに抜いて、使っていない部屋の明かりを消したりして、電気代や光熱費を少しでも軽くするように努めよう。
後はバイトで頑張るしか無い。マスターも、頑張れば給料を上げても良いと言っている事だし、頑張れば頑張った分だけ、良い事があるかも知れない。一先ず、千葉に行く予定の日まで、あと半月あるのだ。やれるだけの事はやろう。
それから、俺は節約に努めた。電気の使用を減らし、スマホ以外の暇潰しを使い、移動や趣味で金を浪費しないよう工夫し、バイト先では以前よりも頑張った。
そのお陰か、俺は陽太に「ガチで仙人になる気かお前」と言われた。少し心外だった。
しかしこれで、多少の出費にも目を瞑れるようにはなったと思う。これなら、千葉まで行っても、まあ何とかなるだろう。東京から千葉は、仙台程金も掛からないし、まあなんとかなりそうだ。
「で、それで俺の家に来た理由は?」
「よく考えたら水着持ってなかった。選ぶの手伝ってくれない?マック一つ奢るからさ」
「まあ良いけどよ……」
少し文句を言いながらも、陽太はついて来てくれる様子だった。やはり、持つべきは良い共だな。
そしてショッピングモールに移動した俺達は、水着が売っている店に入った。夏真っ盛りなので、店内は若者で賑わっていた。
まあ、他人なんて気にしなくても良い。若いカップルとか羨ましくねーし。仲睦まじいカップルとか羨ましくねーし。
「なあこれどうよ」
「アロハ柄は水着の代表例なり」
「異論は?」
「良いだろう」
そんな感じの話をしてから、俺達はレジに向かった。サイズはピッタリ、柄はアロハの水着である。これぞ夏よ。
「お前も買うんだな」
「彼女と水着デートとか素敵じゃない?」
けっ。裏切者がよお。
まあ陽太は友人だ。今は何も言うまい。陽太の彼女さんがそういう事をしようと言い出すかは謎だが。まあこの様子だと、陽太の方から言い出すのかも知れない。幸せそうで何よりだよ。
そして当日、俺はいつもの喫茶店で、七海さんを待った。数分もすれば七海さんが来た。海水浴に行くという事もあり、結構大きな荷物を持っている。もしかして買ったのか?この為だけに?金持ちってすげえ。
七海さんは以前仙台に行った時のように、店の扉を叩いた。しかし、今回は事前にアポを取っていたので、前よりもスムーズに入れた。今回は準備もできていたらしく、俺はピラフを頼んだ。
「で、お二人は今日もデートかい?」
「グーで叩きますよ」
マスターは「おおこわこわ」と言って、店の奥に引っ込んで行った。頭ピンク色なのどうにかならないのだろうか。
「で、今回も電車だろう?」
「はい。これ食べたら出発です」
財布の中身は……十分。こえなら生き帰りで七海さんに頼る事も無さそうだ。良かった。出来る限り、七海さんに奢ってもらったりとかは避けたい。何か後ろめたい物を感じる。
それぞれが頼んだ物を食べ終わった俺達は、荷物を持って、駅の方へ向かった。以前仙台に行った時よりも、少し遅い時間だったので、電車はかなり混雑していた。夏の暑い休日とは言え、外出する人間は多いらしい。流石は日本の首都東京。人の移動の仕方が違う。
新幹線も前より人が多かった。まあ座れたが、こうしていると、都会程人間の行き来が多いと言う事が良く分かる。すげえ。
今回も寝ようかな。いや、前回は少し遅めに寝て、早くに起きたのだ。今回はそうでもないので、多分大丈夫だろう。今日は景色を楽しむのだ。七海さんに話しかけられる事も、まあ多少マシだろう。
「亮太さん、水着新しく買ったんですか?」「アロハ柄ですか。面白いですね」
まあ、結果から言おう。全然そんな事は無かった。折角窓際に座っているのに、七海さんときたら景色そっちのけで俺に話しかけて来たのだ。何故窓際に座っておいて景色を見ないのだ。訳が分からん。
そんなこんなで、俺達は千葉は前原に着いた。
「千葉!初!上!陸!」
「そういや俺も初かな~」
前原海水浴場と言えば、『綺麗な海水浴場』で検索をかけたら出て来る、日本の海水浴場の中では、かなり有名な海水浴場である。ここをチョイスする辺り、しっかりネットでリサーチして来ているらしい。
「じゃ、しっかり海の家の席取っとておいてくださいよ」
「へいへい仰せのままに」
俺達はトイレの個室で着替え、合流する流れになった。多分俺の方が早く着替え終わるだろうという事で、俺は七海さんから荷物を渡された。でかい上に重い。七海さんが来たらコインロッカーとか探そう。
さっさと着替えた俺は、荷物を持って外に出た。日焼け止めを塗っても、日差しというのは気になる。ていうか眩しい。暑い。この荷物を地面に叩きつけてやりたい。しっかりしろ。これは一応にも七海さんの荷物だ。落ち着け。
七海さんが指定していた海の家に着いた俺は、適当な席を取って荷物を置いた。一先ず退屈になる訳だが、海特のこの生臭い潮風にはあまり慣れない。加えて、真夏の海水浴場の騒がしさもあるのだ。これだけで少し夏を感じている。やはり夏は海水浴なのか。
「お待たせしました~!」
「言うて五分程度だし、別に変わらないぞ。席は取っておいたから、この荷物置いて来るわ」
うん。いつも一緒に居るから気にならなかったが、こうしているとかなり顔とスタイルが良いと感じる。何故だろう何か少し気まずい。
まあ、これは七海さんの『お礼』に付き合っているだけなのだ。後ろめたい物を感じる必要も無いし、堂々としていれば良いのだ。いくら七海さんの見た目が良くても、それは見た目に過ぎないのだ。気にしたら負けだ。
俺は荷物を置いてから、七海さんが居る席に戻った。七海さんは慣れない土地にワクワクしているようで、しきりに辺りを見回している。うん。いつも通りの七海さんだ。何か安心したわ。
「荷物置いて来たぞ」
「お、ありがとうございます」
俺は七海さんの向かいの席に座り、これからどうするかの話し合いを始めた。
「で、何して遊ぶ?」
「そうですね~一旦何か食べます?」
「アンタ本当に花より団子だな」
「それどういう意味です?」
「『沢山食べる君が好き』とか言う奴だ」
まあ、朝しっかり食べれた訳でもないので、確かに小腹は空いた。ここは七海さんの提案に従おう。
俺はたこ焼き、七海さんは焼きそばを頼んだ。結構早くに出て来たそれらは、出来立てアツアツで、早速口に放り込んだ七海さんは、熱そうにはふはふ言っている。この顔面白いな。
俺も少し冷ましたたこ焼きを一つ食べた。うん。旨い。流石に海の家なのだし、しっかり旨い。可も無く不可も無い、所謂スタンダードなたこ焼きだ。しかし、家で作れるかと言われると、微妙にできなさそうな味だ。
「あ、亮太さん。それ一つ下さい」
「じゃあそっちのも少しくれ」
俺達はそれぞれの食べている物を少しずつ交換した。この焼きそばも旨い。若干味が濃い目なのも良い。
「そう言えば、七海さんってずっと敬語だよな。理由でもあんの?」
「あ~癖ですかね。この話し方が身に付いてるんだとおもいます」
やっぱり七海さんの親は厳しめの人らしい。ウチは結構放任主義が強めで助かったわ。
それぞれが食べ終わった後、ごみを捨てた俺達は、一旦海の家の外に出た。
「で、何やる?頼まれてた水中カメラは持って来てるぞ」
「そうですねえ。じゃ、私の写真でも撮ってもらいましょうか」
「SDカードの容量は?」
「少なくとも今日一日持つ程度はあります」
「じゃあ良いだろう」
それから、俺は七海さんが写った写真を、数枚撮った。こんな小さい見た目でも、しっかりカメラらしい。背景をぼかしたり、多少の加工もこれ一つでできるようになっている。少し楽しい。
しかし、このサイズでこの機能とは、これ一つで一体いくらするんだ。金持ちの金の使い方は豪快だな。
それらの写真を七海さんに見せた所、「中々良いの撮ってますね」と、多分褒められた。うん。仲が良い人間の言葉でも、承認欲求は満たされるらしい。
一方で、写真を撮られる事に満足したらしい七海さんは、発狂しながら海に走って行った。どうやら次は泳ぐらしい。こうなりゃ俺も行くしかねえ。俺達の夏はこれからだ。海田亮太先生の次回作にご期待ください。
それから、俺達ははしゃいだ。夏を満喫している学生ばりのはしゃいだ。実際そうなのだが、七海さんがここまではしゃいでいるのを、俺は初めて見たと思う。何だか得をした気分だ。スーパーで、図らずしてタイムセールが始まった時間にスーパーに着いた時に匹敵する。
一頻りはしゃいだ俺達は、疲れた体を引き摺りながらシャワールームへ向かった。海水でベタベタする髪がさっぱりした。気がする。
私服に着替えた俺達は、少し海辺を散歩する事にした。暑い日差しが照り付ける中、肌に当たる潮風が涼しかった。
「いや~夏ですね~」
「まだ八月の半分も過ぎてないけどな」
「そう言えば、亮太さんはお盆に帰省しないんですか?」
「あ~しないかな。ずっとだらだらしてるわ」
ていうか、あの家には帰れない。半ば家出のような形で一人暮らしを始めたし、向こうも俺の帰省なんて望んでいないだろう。この夏は暑さに悶え苦しみながら、友人と遊んで暮らすのだ。
「そう言う七海さんはどうなんだ?」
「私もしませんかね~」
ほほう。何か事情があるのか、それとも単に面倒なのか。気になる部分ではあるが、他人の家庭環境にとやかく言える程、俺は偉くないのだ。何も言うまい。
そんな事を話していると、突如、俺のスマホが鳴った。
「着信音『残酷な天使のテーゼ』なんですね」
「好きだからね」
しかし、俺に電話をしてくる人物なんて、あまり心当たりが無い。バイト先には連絡を入れてあるし、陽太達もLINE派だ。そうなると、後はもう家族しか居ない。まさか、お盆に帰省しろなんて言わねえよな。
まあ、心配は要らない。誰からの電話であったとしても、今の俺は少しテンションが高いのだ。ある程度であれば、耐えられる。だから大丈夫。俺はスマホの画面を見た。
『親愛なる弟』
アイツか。なら大丈夫だろう。正直、アイツはLINEや電話の名前以外は、何も恐れる事は無い、人畜無害な人間である。
「え?亮太さん弟さん居たんですか?」と言っている七海さんを無視しながら、俺は電話を開いた。
『おお兄貴!久しぶり』
「ホントに久しぶりだなあ。元気してたか?」
『ああ。そっちは?』
「頗る元気。電話を寄越すなんて珍しいな。何かあったか?」
『ああ、それなんだけど……』
お?何かあったのか?愛する弟の為ならば、俺はある程度の事はできるぞ。まさか、あの母親関係か?もしそうだったら勘弁してくれ本当に。
こういう時、人間の勘という物はよく当たる。どうやら、俺の弟が抱えている問題は、俺達の母親関連らしかった。
『家、追い出されちゃった』
「はああああああ!?」
この瞬間、俺は大声で叫び、七海さんは飛び上がり、俺の家に弟が来る事が確定した。
仏教なんかが言っている『悟り』という物は、厳しい修行によって、自身が持つ『欲』を捨てる事で、世の苦しみから解放される事を言うらしい。
しかし、欲を捨てる事なんてできるのだろうか。人が極楽浄土へ行きたいと思い仏を崇めるのも、『苦しみたくない』という欲なのではないか。
欲を捨てる事ができたとして、その人間の人生は果たして幸せなのだろうか。欲を捨てると、何も欲する事が無くなる。世に溢れる、魅力的な物体や、人の心、或いはもっと別の何かを欲する事が無くなるのだから、それらが手に入らなかったとして、落胆する事も無いのだから、苦しまないというのは当然だろう。
しかし、それらが全て手に入ったとして、欲を持った、所謂『普通の人間』であれば、飛び跳ねて喜ぶだろう。しかし、何も欲しない、『悟りを開いた人間』は、それらが手に入ったとして、果たして喜ぶだろうか。欲を捨てるという事は、苦しみと同時に、喜びも手放すという事である。
例えありとあらゆる苦しみを感じなかったとして、幸せや喜びも感じないのであれば、その人間は幸せだと言えないと考えている。人は感情の動物。そのアイデンティティーが失われては、人間として生きる目的は何だと言うのだろう。
人間の一生は、何も苦しみだけで構成されている訳ではない。縄は、一本だけの糸では作れない。『幸せ』や『喜び』という糸だけでなく、『怒り』、『苦しみ』といった、複数の糸を使う事で、ようやく『人生』という、一本の縄ができる。
人間の執着と欲は、恐らくこの世界に比肩し得る物が無い程大きな物だろう。それが無くなった人間は、果たして生きていると言えるのだろうか。死んでいないだけの、ただの舞台装置ではないか。
欲を持った状態で、確実に幸せになる方法は、たった一つ。しかし、複数とも無限とも言える程ある。
目の前に現れた好機は、絶対に逃さない事だ。
この環境にもすっかり慣れて、結構気が楽になって来た今日この頃。俺達は夏を迎えた。太平洋側の蒸し暑さに参りながら、俺達は大学に通っている。
「太平洋側って、こんな蒸し暑いんだな」
「結構辛いだろ?俺も辛い」
外を歩くと、雨上がりの湿気に直射日光が合わさって、殺人的な暑さが襲い掛かる。殺人的というのは比喩ではなく、いやまあ勿論比喩も含まれているのだが、熱中症で亡くなる人も居るそうだ。正直、冷房も何も無しで、この暑さを凌ぐ方法は無いと断言できる。
しかし、夏だからこその良い事だってある。夏と言えば何か。水泳である。夏にやる事は何かと言われると、一番目が家でぐうたらで、二番目が実家への帰省で、三番目が水泳だろう。無論個人の意見なので、異論は認めようじゃないか。
「で、お前はこの夏、また七海さんとやらと出掛けるんだろ?」
「ああ。水泳に行くとか言ってた。多分どっかの市民プールにでも行くんだろうよ。都心と海水浴なんて、有り得ない組み合わせだし」
「いやいや、お前こないだ泊りがけで外出してたじゃねえか」
「いや、それは無い」
本当にそれは無い。と思いたい。正直、あの仙台観光のツケがまだ残っているのだ。ここでまた遠出と言われると、俺はそろそろキツくなってくる。バイトをいくつか掛け持ちしているので、多少の貯金はあるが、また遠出できる程ではない。七海さんの方も、流石に無理だと信じたい。
しかし、今日はれっきとした予定があるので、七海さんと話す事は無いだろう。この話も、また今度でも良いだろう。
今日の予定は一つ。かつシンプル。陽太と親睦を深める為、俺は少しばかり外出する事になったのだ。まあ、俺は金欠の身。陽太の計らいによって、陽太や俺の知り合いや友人を集めて、陽太の家でカードゲームをする予定なのだ。ありがてえ。
「おらあ!三番は数学の鬼教師に告ってこいやあ!」
「嫌だああああああああ!」
「ざまああああああああ!」
それが何でこうなった。
あそこで叫んでいるのは佐々木翔太さん。陽太と俺の共通の知人で、かなり顔が良い。それ相応にモテる。しかし、彼女は作らないらしい。羨ましいな畜生。
そして翔太さんに命令しているのが赤城倫太郎さん。陽太とは旧知の仲らしく、とても仲が良い。スポーツ万能なので、男友達が多い。すげえ。
最後に、翔太さんを煽っているのが伊藤伸二。俺とバイト先が同じ人で、一つ上の先輩。さっき翔太さんにエグイ命令をされたので、散々煽っている。大人気ねえ。
三人ともコミュ力が高く、会って数分で仲良くなっていた。結果、かなり踏み込んだ命令をするようになり、結構荒れている。楽しいので良いか。
「うっうっ……初めての恋人があのオッサンとか嫌だ」
「安心しろ翔太さん。多分反省文で済むだろうよ」
「おい亮太。同じ事をやった奴がどうなったか知らねえのか?」
おっと目がガチだ。墓は建ててやる。南無阿弥陀仏。
こんな事を考えている俺も、『腕立て百回』とか行った。倫太郎さんに当たったのでつまらなかったが、結構良い画が撮れた。やったぜ。
「そろそろ命令も打ち止めかねえ。どうするよ陽太」
「こうなったら『真実と挑戦』をやるしか……っ」
「おいそれ物によってはかなりエグイ地獄に……」
「倫太郎さん、もう遅いんだよ」
「くっ!あのオッサンと付き合う位なら腹を……」
「おい誰かそいつ止めろ」
倫太郎さんの制止も虚しく、俺達は次のゲームに移った。
『真実と挑戦』とは、かなりシンプルかつエグイゲームである。あの名作、『君の膵臓を食べたい』でも登場したこのゲームは、負けた人間が、聞かれた事に正直に答える『真実』か、言われた命令をやる『挑戦』を選択し、勝った人間がお題を出すと言うゲームだ。つまる所、運の要素を減らし、選択肢を増やした王様ゲームのような物だ。なかなかエグイゲームだと思う。
「で、何で勝敗を決める?」
「トレーディングカードゲームはここにはねえし、トランプでも良いか?」
「ルールは?」
「七並べで良くね?」
「それだ」
そして、手先が器用な翔太さんがトランプをシャッフルし、カードを配る。この際、彼が有利な配り方をしないよう、四人がそれぞれ四方向から見張り、且つ、五つに分けた束の中から、翔太さんが最後になるように、自由に選んで取るようなルールにした。流石は一つ上、疑い方がガチってる。
ほほう初っ端からジョーカーか。まあ最初のジョーカーは大して重要じゃない。他に押し付け易いし、パスも基本無い。初っ端ジョーカーは良い手札と言えるだろう。
そして、ゲームが始まった。一進一退の攻防。高度な心理戦。案外こういう事をしている訳でもないのかも知れないが、かなり白熱した。
「うわっ!ジョーカー!」「助かった~!」
何か動きがある度に騒ぎ、はしゃいで楽しんだ。一時は、これが真実と挑戦の役決めという事も忘れて、没頭した。中が良い学生同士特有のノリは楽しく、心地良かった。
そして最終的に、最下位は陽太、一位は伸二さんになった。
「くそぉ負けた!」
「うへへ……さあ、真実か挑戦かを選ぶのだ」
「すげえ良い笑顔してるなあの人」
「もう四か月の付き合いになるけど、あんな顔初めて見たわ」
そして、選択の時。因みに、一見微笑ましいこのゲームは、物によってはその人間の社会的地位を失わせる事にもなりかねない。陽太の選択、伸二さんの命令によっては、俺達全員に影響が及ぶ。
「さあ陽太。選ぶんだ」
「じゃあ……挑戦で」
そう陽太が言った瞬間、伸二さんの顔が愉快そうに笑った。おいヤバいのが来るぞこれ。
伸二さんは立ち上がり、陽太に指を突き付けながら、高らかに宣言した。
「じゃあ、陽太君はここに居る全員分、ビッグマックのセットを買って来い!勿論自腹な!」
「くそおおおおおおお!金が飛んで行くううううう!」
そう叫びながら、陽太は財布を片手に走って行った。クーポン無し五人分は結構キツイぞ。
「じゃ、陽太が帰るまで雑談でもしましょ」
「良いねえ」
「じゃあ俺から!亮太君は何でこっちまで来たの?」
「ほほう。あれは中一の夏……」
それから暫く話をした。
「亮太君の故郷って新潟なの!?」「給食でコシヒカリが出るのは、あそこの数少ない良い所だったな」「羨ましい!」「でも揚げパンが出ねえのよ」「いえ~い俺の生まれ故郷では出る~」「クソ!負けた!」「勝ち負け無いでしょ」
陽太が居ない状態でも賑やかで、それぞれの故郷の話、バイト先、大学の嫌な所、適当な愚痴など、共通の話題という程でもないが、誰しも話せるような話題だったからか、結構話し易かった。楽しい。
「買って来たぞ~」
「来た!昼飯!」
「やっぱアンタそういうつもりだったか」
「面倒でしょ?」
「そのお陰で俺は並んだよ」
「ドンマイ」
その後も、俺達は目一杯遊んだ。カードゲームしたり、秘蔵のホラー映画を見たり、色々な事をして楽しんだ。
日も沈み、外はすっかり暗くなった辺りで、俺達は各自で解散する事になった。倫太郎さんと翔太さんは電車、伸二さんと俺は自転車で帰った。
いつも通りのアパートはどこか寂しくて、つまらなかった。退屈を持て余した俺は、今日の所はさっさと寝てしまう事にした。シャワーを浴び、軽く夜食を食べ、歯を磨き、布団を広げた。
今日も良い一日だった。
翌日、月曜日を迎えた俺は、早速七海さんに絡まれていた。この騒がしさには慣れたが、それでも何故か抵抗がある。まだ慣れ切っていないのだろうか。
「ところで、夏の風物詩とやらは、どこに行く予定なんだい?市民プールでも、言ってもらわないと準備とかに手間取る」
「え?何言ってるんです?市民プールなんて行きませんよ?」
は?いやアンタ泳ぎに行くって言ったろ。東京で海水浴とかできるのか?
しかし彼女が言っているのは、どうやら俺が想定していたよりも大きな事らしく、それを聞いた俺は、頑張ろうと決意した。
「海へ泳ぎに、千葉の前原海水浴場に行きますよ!」
「マジか」
そう、俺の節約生活の延長が決定した瞬間であった。
節約。現代社会で、最も多くの人間が行っているであろう行動。いざという時、満足に金や物を使えるように、それらをなるべく使わないようにする事である。辞書的な意味は違うかも知れないが、感覚的にはこんな感じだ。
俺は以前、泊りがけで仙台まで行った。その時、結構な額の金を使ったので、暫くの節約生活を余技なくされているのだ。楽しかったので公開はしていないが、まあ辛い。できるなら止めたいが、それではいざと言う時に困る。それはもっと辛い。だから節約しているのだ。
しかし今回、またも遠出となった俺は、さらなる節約を決行する事になった。
と言っても、俺にはそっち方面の知識が薄い。これでは限界がある。何事にも限りはあるが、それはここではないという事だけは、確実に言えるだろう。自分ではどうしようもない時は、他人を頼るのが一番である。俺はネットの情報を頼りに、節約術を学ぶ事にした。
何か物を調べる時は、『簡単』、『確実』の二つには気を付けるべきである。簡単にできる方法はあっても、確実に上手く行く方法は、かなり限られる。そういう資料は、基本的には参考程度に抑え、他のいくつかの資料を基に、自分で考えた物を実行するのが一番である。
節約するに当たって、チェックしておくべき事がある。どれ位、何に金を使っているかである。食費、光熱費、電気代、水道代など、ただ生活しているだけでも、これだけの金が掛かる。趣味を考えれば尚の事。どこにどれだけの金額を使ったかを調べ、どこかを削る事が重要である。
俺は基本、趣味に金を使わない。いや、金を使わない趣味が多い。読書にしても、一度読んだ本を、時間を置いてもう一度読んだりなど、一度金を使ってからは、追加で金を払わないようにしている。最近は趣味に金を使う事も無かったし、趣味は考えなくて良いだろう。移動も、基本は徒歩か自転車なので、考えない物とする。
風呂もさっと済ませたりはしているが、偶に蛇口をよく締められていなかったりした事もあったし、その辺りも気にしてみよう。
スマホの料金も金が掛かるし、充電で電気代がかさむ。少し使用を抑えるかな。コンセントもこまめに抜いて、使っていない部屋の明かりを消したりして、電気代や光熱費を少しでも軽くするように努めよう。
後はバイトで頑張るしか無い。マスターも、頑張れば給料を上げても良いと言っている事だし、頑張れば頑張った分だけ、良い事があるかも知れない。一先ず、千葉に行く予定の日まで、あと半月あるのだ。やれるだけの事はやろう。
それから、俺は節約に努めた。電気の使用を減らし、スマホ以外の暇潰しを使い、移動や趣味で金を浪費しないよう工夫し、バイト先では以前よりも頑張った。
そのお陰か、俺は陽太に「ガチで仙人になる気かお前」と言われた。少し心外だった。
しかしこれで、多少の出費にも目を瞑れるようにはなったと思う。これなら、千葉まで行っても、まあ何とかなるだろう。東京から千葉は、仙台程金も掛からないし、まあなんとかなりそうだ。
「で、それで俺の家に来た理由は?」
「よく考えたら水着持ってなかった。選ぶの手伝ってくれない?マック一つ奢るからさ」
「まあ良いけどよ……」
少し文句を言いながらも、陽太はついて来てくれる様子だった。やはり、持つべきは良い共だな。
そしてショッピングモールに移動した俺達は、水着が売っている店に入った。夏真っ盛りなので、店内は若者で賑わっていた。
まあ、他人なんて気にしなくても良い。若いカップルとか羨ましくねーし。仲睦まじいカップルとか羨ましくねーし。
「なあこれどうよ」
「アロハ柄は水着の代表例なり」
「異論は?」
「良いだろう」
そんな感じの話をしてから、俺達はレジに向かった。サイズはピッタリ、柄はアロハの水着である。これぞ夏よ。
「お前も買うんだな」
「彼女と水着デートとか素敵じゃない?」
けっ。裏切者がよお。
まあ陽太は友人だ。今は何も言うまい。陽太の彼女さんがそういう事をしようと言い出すかは謎だが。まあこの様子だと、陽太の方から言い出すのかも知れない。幸せそうで何よりだよ。
そして当日、俺はいつもの喫茶店で、七海さんを待った。数分もすれば七海さんが来た。海水浴に行くという事もあり、結構大きな荷物を持っている。もしかして買ったのか?この為だけに?金持ちってすげえ。
七海さんは以前仙台に行った時のように、店の扉を叩いた。しかし、今回は事前にアポを取っていたので、前よりもスムーズに入れた。今回は準備もできていたらしく、俺はピラフを頼んだ。
「で、お二人は今日もデートかい?」
「グーで叩きますよ」
マスターは「おおこわこわ」と言って、店の奥に引っ込んで行った。頭ピンク色なのどうにかならないのだろうか。
「で、今回も電車だろう?」
「はい。これ食べたら出発です」
財布の中身は……十分。こえなら生き帰りで七海さんに頼る事も無さそうだ。良かった。出来る限り、七海さんに奢ってもらったりとかは避けたい。何か後ろめたい物を感じる。
それぞれが頼んだ物を食べ終わった俺達は、荷物を持って、駅の方へ向かった。以前仙台に行った時よりも、少し遅い時間だったので、電車はかなり混雑していた。夏の暑い休日とは言え、外出する人間は多いらしい。流石は日本の首都東京。人の移動の仕方が違う。
新幹線も前より人が多かった。まあ座れたが、こうしていると、都会程人間の行き来が多いと言う事が良く分かる。すげえ。
今回も寝ようかな。いや、前回は少し遅めに寝て、早くに起きたのだ。今回はそうでもないので、多分大丈夫だろう。今日は景色を楽しむのだ。七海さんに話しかけられる事も、まあ多少マシだろう。
「亮太さん、水着新しく買ったんですか?」「アロハ柄ですか。面白いですね」
まあ、結果から言おう。全然そんな事は無かった。折角窓際に座っているのに、七海さんときたら景色そっちのけで俺に話しかけて来たのだ。何故窓際に座っておいて景色を見ないのだ。訳が分からん。
そんなこんなで、俺達は千葉は前原に着いた。
「千葉!初!上!陸!」
「そういや俺も初かな~」
前原海水浴場と言えば、『綺麗な海水浴場』で検索をかけたら出て来る、日本の海水浴場の中では、かなり有名な海水浴場である。ここをチョイスする辺り、しっかりネットでリサーチして来ているらしい。
「じゃ、しっかり海の家の席取っとておいてくださいよ」
「へいへい仰せのままに」
俺達はトイレの個室で着替え、合流する流れになった。多分俺の方が早く着替え終わるだろうという事で、俺は七海さんから荷物を渡された。でかい上に重い。七海さんが来たらコインロッカーとか探そう。
さっさと着替えた俺は、荷物を持って外に出た。日焼け止めを塗っても、日差しというのは気になる。ていうか眩しい。暑い。この荷物を地面に叩きつけてやりたい。しっかりしろ。これは一応にも七海さんの荷物だ。落ち着け。
七海さんが指定していた海の家に着いた俺は、適当な席を取って荷物を置いた。一先ず退屈になる訳だが、海特のこの生臭い潮風にはあまり慣れない。加えて、真夏の海水浴場の騒がしさもあるのだ。これだけで少し夏を感じている。やはり夏は海水浴なのか。
「お待たせしました~!」
「言うて五分程度だし、別に変わらないぞ。席は取っておいたから、この荷物置いて来るわ」
うん。いつも一緒に居るから気にならなかったが、こうしているとかなり顔とスタイルが良いと感じる。何故だろう何か少し気まずい。
まあ、これは七海さんの『お礼』に付き合っているだけなのだ。後ろめたい物を感じる必要も無いし、堂々としていれば良いのだ。いくら七海さんの見た目が良くても、それは見た目に過ぎないのだ。気にしたら負けだ。
俺は荷物を置いてから、七海さんが居る席に戻った。七海さんは慣れない土地にワクワクしているようで、しきりに辺りを見回している。うん。いつも通りの七海さんだ。何か安心したわ。
「荷物置いて来たぞ」
「お、ありがとうございます」
俺は七海さんの向かいの席に座り、これからどうするかの話し合いを始めた。
「で、何して遊ぶ?」
「そうですね~一旦何か食べます?」
「アンタ本当に花より団子だな」
「それどういう意味です?」
「『沢山食べる君が好き』とか言う奴だ」
まあ、朝しっかり食べれた訳でもないので、確かに小腹は空いた。ここは七海さんの提案に従おう。
俺はたこ焼き、七海さんは焼きそばを頼んだ。結構早くに出て来たそれらは、出来立てアツアツで、早速口に放り込んだ七海さんは、熱そうにはふはふ言っている。この顔面白いな。
俺も少し冷ましたたこ焼きを一つ食べた。うん。旨い。流石に海の家なのだし、しっかり旨い。可も無く不可も無い、所謂スタンダードなたこ焼きだ。しかし、家で作れるかと言われると、微妙にできなさそうな味だ。
「あ、亮太さん。それ一つ下さい」
「じゃあそっちのも少しくれ」
俺達はそれぞれの食べている物を少しずつ交換した。この焼きそばも旨い。若干味が濃い目なのも良い。
「そう言えば、七海さんってずっと敬語だよな。理由でもあんの?」
「あ~癖ですかね。この話し方が身に付いてるんだとおもいます」
やっぱり七海さんの親は厳しめの人らしい。ウチは結構放任主義が強めで助かったわ。
それぞれが食べ終わった後、ごみを捨てた俺達は、一旦海の家の外に出た。
「で、何やる?頼まれてた水中カメラは持って来てるぞ」
「そうですねえ。じゃ、私の写真でも撮ってもらいましょうか」
「SDカードの容量は?」
「少なくとも今日一日持つ程度はあります」
「じゃあ良いだろう」
それから、俺は七海さんが写った写真を、数枚撮った。こんな小さい見た目でも、しっかりカメラらしい。背景をぼかしたり、多少の加工もこれ一つでできるようになっている。少し楽しい。
しかし、このサイズでこの機能とは、これ一つで一体いくらするんだ。金持ちの金の使い方は豪快だな。
それらの写真を七海さんに見せた所、「中々良いの撮ってますね」と、多分褒められた。うん。仲が良い人間の言葉でも、承認欲求は満たされるらしい。
一方で、写真を撮られる事に満足したらしい七海さんは、発狂しながら海に走って行った。どうやら次は泳ぐらしい。こうなりゃ俺も行くしかねえ。俺達の夏はこれからだ。海田亮太先生の次回作にご期待ください。
それから、俺達ははしゃいだ。夏を満喫している学生ばりのはしゃいだ。実際そうなのだが、七海さんがここまではしゃいでいるのを、俺は初めて見たと思う。何だか得をした気分だ。スーパーで、図らずしてタイムセールが始まった時間にスーパーに着いた時に匹敵する。
一頻りはしゃいだ俺達は、疲れた体を引き摺りながらシャワールームへ向かった。海水でベタベタする髪がさっぱりした。気がする。
私服に着替えた俺達は、少し海辺を散歩する事にした。暑い日差しが照り付ける中、肌に当たる潮風が涼しかった。
「いや~夏ですね~」
「まだ八月の半分も過ぎてないけどな」
「そう言えば、亮太さんはお盆に帰省しないんですか?」
「あ~しないかな。ずっとだらだらしてるわ」
ていうか、あの家には帰れない。半ば家出のような形で一人暮らしを始めたし、向こうも俺の帰省なんて望んでいないだろう。この夏は暑さに悶え苦しみながら、友人と遊んで暮らすのだ。
「そう言う七海さんはどうなんだ?」
「私もしませんかね~」
ほほう。何か事情があるのか、それとも単に面倒なのか。気になる部分ではあるが、他人の家庭環境にとやかく言える程、俺は偉くないのだ。何も言うまい。
そんな事を話していると、突如、俺のスマホが鳴った。
「着信音『残酷な天使のテーゼ』なんですね」
「好きだからね」
しかし、俺に電話をしてくる人物なんて、あまり心当たりが無い。バイト先には連絡を入れてあるし、陽太達もLINE派だ。そうなると、後はもう家族しか居ない。まさか、お盆に帰省しろなんて言わねえよな。
まあ、心配は要らない。誰からの電話であったとしても、今の俺は少しテンションが高いのだ。ある程度であれば、耐えられる。だから大丈夫。俺はスマホの画面を見た。
『親愛なる弟』
アイツか。なら大丈夫だろう。正直、アイツはLINEや電話の名前以外は、何も恐れる事は無い、人畜無害な人間である。
「え?亮太さん弟さん居たんですか?」と言っている七海さんを無視しながら、俺は電話を開いた。
『おお兄貴!久しぶり』
「ホントに久しぶりだなあ。元気してたか?」
『ああ。そっちは?』
「頗る元気。電話を寄越すなんて珍しいな。何かあったか?」
『ああ、それなんだけど……』
お?何かあったのか?愛する弟の為ならば、俺はある程度の事はできるぞ。まさか、あの母親関係か?もしそうだったら勘弁してくれ本当に。
こういう時、人間の勘という物はよく当たる。どうやら、俺の弟が抱えている問題は、俺達の母親関連らしかった。
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