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024 帝
しおりを挟む運河の突きあたりにそびえる巨大建造物。
どうやって設置したのか想像もつかないほどに太い石柱たち。それらに支えられている屋根は都中の建物同様にお椀型をしている。
これを守護する衛士のように両端に塔が配置されてあるが、双子のようにそっくりにて背も幅もまるで同じ。
荘厳というよりも重厚。神殿ではなく城塞といった趣がある。
それでいて左右対称による様式美が見る者を圧倒する。
イタカ水殿。
これを前にして、わたしは巨人が両腕を広げて客人を出迎えているかのように感じた。
◇
北の大陸から帰還した者たちのための凱旋祝いの式典は、イタカ水殿の正面屋外にて催された。
整然と並ぶ万の兵士がすっぽり収まるほどの大広間。足下には真紅の布が隙間なく敷かれてある。楽団がいかにもな音楽を奏で、煌びやかな格好をした参列者が数多。
規模はけた違いだけれども、催し物の形式は海をまたいでもあんまり変わらないらしい。
でもって上座の最上段には王座にてふんぞり返る男。
おそらくあれがレイナン帝国の現帝なのだろう。
わたしたち神聖ユモ国の使節団は下座のかなり末端にて控えているから、ここからだと帝の姿がよく見えない。だから遠目の術を発動してとっくり観察してやろうかと思ったが、寸前でやめた。
仮にも超大国の頂点に君臨している男。そばに凄腕の魔術師とかが控えていてもおかしくない。チカラを行使したのを感知されて誤解されたら釈明がめんどう。なんだかんだでうちは敗戦国だしね。ここはおとなしくしておくのが吉。
そうそう、帝といえば驚いたことに名前がないのだという。
帝位に就くのと同時に捨てる慣わし。『帝は帝でありそれ以外の何者でもない』
ということらしい。個人としての意識を捨てるという意味では神聖ユモ国の皇(スメラギ)さまも同じだけれども、こっちの方がより徹底している。
式典はラクシュ殿下の帰還の挨拶と戦果報告などの奏上からはじまり、帝からの労いの言葉に続き国内の有力者連中からのお祝いなどがつらつら続く。
それらがひと段落したところで、ようやくわたしたちの出番となる。
係の者に案内されるままに、神聖ユモ国の使節団は下座から前へ前へと。
静々、御前にて頭を垂れて、ははーっと平伏。
で、これまた形式的なやりとりがひと通り行われる。
国同士の挨拶とはかくももったいぶったモノなのである。
ぶっちゃけ呪文のような難解な文言にてちんぷんかんぷん。眠くなる退屈な時間だ。
事実、わたしは危うく寝オチしかけてシャムドから肘で小突かれる場面もあった。
「遠路はるばる大儀であった。まずはゆっくりと旅の疲れをとるがよかろう」
そんな言葉が殿上より降ってきたとたんに、ホッとした空気が使節団の中に流れる。
いくらラクシュ殿下との密約があるとはいえ、表面上は敗戦国から使わされた特使。国の命運を託されたその重責足るや想像を絶するものであろう。
とりあえず第一関門を突破したのに過ぎないが、それでもひと息つくぐらいは許されていいはずだ。知らず知らずのうちに彼らの緊張が伝播していたわたしも内心で「よかった」とつぶやく。
だというのに……。
◇
ひとしきり予定が終了した直後のことであった。
急にザワつきはじめた式典会場。
参列者たちが「まさか」「えっ」「あれは」「どうして」と騒ぎ出す。
一方で使節団の方はカチンと固まった。
周囲とのあまりの温度差。何ごとかとわたしは顔をあげる。そしてギョッとなる。
王座にいたはずの男がこっちにずんずん降りてくるではないか!
帝自らがわざわざ降臨する。
レイナン帝国の絶対王者。彼のそんな姿なんていままで見たことがないがゆえのザワつきであったのだ。
ガッチリした体躯。白髪まじりの頭。齢六十を超えているというがいまなお壮健にて、全身よりあふれる覇気がみなを圧倒する。暗い藍色の双眸にて見つめられるだけで、息が止まりそう。
威風堂々。この親にしてラクシュやアスラという傑物の子ありと、否応なしに納得させられる。
そんな人物がよりにもよって自分の目の前にきたものだから、わたしは平伏するのも忘れてあんぐり見上げるという粗相をしてしまう。
だが帝は特に機嫌を損ねることもなく、興味津々といった様子にて「その方が報告にあった剣の母チヨコか」と言うなり、ひょいとわたしの身を持ち上げてしまった。
まさかの帝からの高い高い。
「うーん、小さい。それになんという軽さだ。まるで羽ではないか。ちゃんと肉を喰ってるのか?」
これには参列者たちも、使節団の面々も、シャムドも、ラクシュ殿下も、当事者であるわたしですらもが「えっ!」となる。
かとおもえば、「おもしろいな。この小さな身でこなしてきたという冒険の話にも興味がある。よし、ラクシュよ。この者、しばらく余に預けぬか」なんぞと言い出す。
よもやの申し出、わたしは内心で大あわて。こっそり探るつもりだったのに、いきなり虜囚となってはにっちもさっちもいかなくなっちゃう。
そしてより戸惑っていたのがラクシュ殿下である。切り札となる存在をいきなり取り上げられそうになったこともさることながら、このように帝が不用意に近づいてくることも、親しげに言葉をかけてくることもはじめてのことであったからだ。
さりとてこの要請を聞き入れるわけにはいかない。だが帝の思し召しを公衆の面前で拒絶することもはばかられる。
柳眉を寄せて苦慮するラクシュ。
それを前にして帝がわたしの身をポイっと娘の方へ投げ渡すなり「おまえでもそんな顔をするのだな。戯言だ」とにやり。けれどもすぐに真顔となり告げた。
「帝位を継ぐ前に雑草を間引いて来い」
自分の領地にて戻って戦支度をしている第三王子と第八王子を討伐してこいとの勅命。
我が子を雑草と呼び冷酷に刈れと命じる親も親だが、それを平然と受ける娘も娘。
そんなおっかない父娘の会話に挟まれるかっこうになったわたしは、いまにも泣き出しそう。
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