剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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031 第四の壁

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 第三王子の首級をあげた勢いのままに金狼将軍の軍勢が向かうのは第八王子の領地。
 けれども目的地が近づくほどに空気は乾燥してゆき、風にも砂が混じるようになっていく。
 それもそのはずだ。なにせ領地の半分は砂漠だったのだから。
 もとは領地の端っこ、全体の五分の一程度しかなかった砂漠。近年みるみる拡大の一途を辿り、ついには現状へと至る。
 何も第八王子とて指をくわえてぼんやりしていたわけじゃない。
 対策として大規模な植林をしたり、進攻を止めようと堤防を築いたり、運河を通してみたりもしたが、すべては徒労に終わる。若い森はたちまち砂漠に浸蝕され枯れ失せた。堤防や壁は削られ虫食い状態となり埋まった。大量の水と砂は混ざり泥となって流れは滞り運河は死んだ。
 ゆっくりと砂漠に喰われてゆく土地。
 それが第八王子の支配域。しかしこのような場所は帝国内では珍しくない。他にも多々見られるという。

「南の大陸に君臨するレイナン帝国を一番苦しめているのはこの砂だ。考えうる手段をこうじているが、いまだに正解は得られていない」

 ひたすら拡大路線に終始している帝国のあり方。その根源にも砂漠がある。帝国の歴史はひたすら砂漠から逃れようと足掻いてきた歴史と言っても過言ではない。
 だがどれだけ領土を増やそうとも、どれだけ富を得て肥え太ろうとも、気がつけばすぐ背後に迫っている砂の海。
 どこまで逃げても執拗に追いかけてくる。そして影のように張りついてけっして離れようとはしない。

「だからこそ北の大陸での遠征は驚きの連続だった」

 とは馬上にて手綱を握るラクシュ殿下。
 わたしの身はいま彼女の懐にある。

 旺盛な植生、生命力が充ちている大地、禍獣という脅威が当たり前に存在しながらも、たくましく生きている人々。
 南の大陸はやせ細るばかりの地。ここで生きるがゆえに必要に迫られて技術開発と文明を急速に発展させるしかなかった。
 北の大陸は豊かな地。それを活かし共存する道を模索したがために生じた文明の停滞。
 武力という一点においては南と北との間には大きな差があるものの、文明として真に正しいのは、優れているのはどちらなのか……。
 あえて結論までは口にしないラクシュ殿下。
 わたしも何も言わない。
 次なる戦いを前にして、つかのまの語らいの時間が静かに流れてゆく。

  ◇

 行軍が止まった。
 進路上には軍勢の姿がある。
 だがそれは友軍であった。率いていたのは懐かしい顔。

「アスラっ!」
「よっ、ひさしぶり、チヨコ。しっかし、おまえはあいかわらずだな。びっくりするぐらい変わってねえ。ちんまいままだ」

 藍色の髪と瞳、陽によく焼けた浅黒い肌をした青年がニカっと白い歯をみせる。
 かつてクンルン国にある試練の迷宮をともに探索した偉丈夫。オレさまがっかり王子こと、レイナン帝国の二十三番目の王子さま。
 再会したアスラ。失礼なところはあいかわらずだけれども、肉体は以前よりもひと回りほど厚みを増しており、若さゆえの繊細さや軽薄さが抜けて、どっしり腰の座った精悍な男の面構えとなっている。着実にあがっている男ぶり。ちょっと悔しい、ぐぬぬぬ。
 そんなアスラにつき従っているのは二人の人物。
 ひとりは彼の武芸の師でありお目付け役でもあるヴルス老。大柄なご老体にて大きな片刃の戦斧を軽々と操る豪快な御仁。
 いまひとりは意外な女性だった。試練の迷宮にて案内役をしてくれていた凄腕の女用心棒であるゲツガさん。わたしよりも大きい、そりのある野太刀と呼ばれる長剣を用いた居合を得意としている。ではどうして彼女がアスラたちといっしょにいるのかというと「腕を見込まれて雇われた」とのこと。
 お忍びで海を渡ってぷらぷらしていたアスラ。各地を適当にぶらついていた一方で「これは」という人物には目をつけていたという。本国に引き揚げるさいに、それらを勧誘して根こそぎ連れてきたんだとか。
 いくら好待遇を約束されたからとて、ホイホイ海を渡って遠い異国の地へとおもむく。
 なかなか出来ることじゃない。誘った側にそうさせるだけの魅力があったればこそ。
 ひさしぶりに会ったアスラをまぶしそうに眺めつつ、わたしは内心で「なるほど」と独りごちる。
 ラクシュ殿下が以前におっしゃっていた。「弟は良縁に恵まれており、不思議とあの子の周りにはよき人材が集まる」と。
 その通りにて、だからこそ産まれながらに血みどろの権力闘争を強いられる帝国の王族の中にあって、たいして歪むこともなくスクスク育てたんだ。
 ラクシュ殿下が自分の後継にと密かに決めているのもわかるような気がする。彼女にとって、きっとアスラは未来を託せるひと筋の光明なんだ。

  ◇

 ひとしきり再会をよろこんでから、合流したわたしたちが向かうのはとある城塞都市。
 第八王子がラクシュに強襲を受けた第三王子の救援に馳せ参じようとするも、その横っ腹に噛みついたのがアスラの軍。はなからそういう算段であったのだ。
 これによって前後に分断された第八王子の軍は散々にアスラたちに蹴散らされる。
 しかし討伐まではいたらず、主力には逃げられてしまった。
 そして第八王子たちが逃げ込んだ先が城塞都市ロディーテ。
 亡国の首都であったのを接収された都にて、外壁、中壁、内壁と三つの壁に守られており、内部には十一万人以上もの民が暮らしている。
 チカラにものをいわせて外壁を強引に突破することは可能だが、そこから先がやっかい。
 壁と壁の間には街があり民が大勢生活をしている。攻め込めば入り組んで密集している住宅地が戦場になってしまう。
 第四の壁として立ちふさがるのは、人間で構成された肉の壁。
 やれやれである。どうやら第八王子というのもたいがいな人物らしい。


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