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048 砂の罠

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 ノドに噛みつかれてじたばたしていた白銀の小龍。ゴキリとイヤな音がしたとたんに、長い身がチカラを失ってだらりとなる。
 くわえたままで三度ばかりぶんぶん振り回した黒い小龍。真上へと放り投げた。
 ふっと白銀の小龍の姿がかき消え、もとの封魔の短剣となる。
 落ちてきた短剣を待っていたのは大口を開けた黒い小龍。
 牙にて噛み砕きゴクンと呑み込む。
 ひょうしに黒い小龍の身がさらに膨れて、ついには中龍ぐらいの大きさとなる。

「うそでしょう……、封魔の短剣が負けたの?」

 擬神サノミタマと異界を結んでいる神器の鎖。それと同じ材質で造られたとされる品が粉々に破壊された。
 それすなわち神をも縛る鎖を断ち切れるほどのチカラを擬神ウノミタマが有しているということ。
 黒き中龍、ぬめりを帯びた大きな瞳がギョロリとこっちを向いた。
 呆然としているわたしの脳裏に「クスクス」という笑い声が響く。

『やだなぁ、何をそんなに驚いているんだい、剣の母チヨコ。当然だろう。姉さんがちっぽけな世界を治めるのに汲々としている間、ボクがいったいどれだけの魂を、大地の気を、血や肉や命を、愛や希望、羨望に欲望に野心、死と絶望を喰らったと思っているんだい? あの程度のチカラで抑え込めるわけがないだろう』

 ペロリと舌なめずりをした黒き中龍。

『ちょっと予定が狂っちゃったけどまあいいさ。前菜はたいらげたことだし、そろそろ主菜をいただくとしようか。はじめてキミたちのことを知ったときからずっと愉しみにしていたんだよね』

 黒き中龍こと擬神ウノミタマが口にした主菜の意味を知り、わたしは戦慄しつつもすぐさま帯革よりアンとツツミを放ち、自身はベニオの変身した作業着姿となった。

「こうなったら、もうやるしかない! いくよ、みんなっ」

 かくして天剣五姉妹を率いる剣の母と擬神ウノミタマの戦いが始まる。

  ◇

 漆黒の大鎌、第二の天剣・魔王のつるぎアンが激しく回転。円刃となりて先行し空を駆ける。
 これに白銀の大剣、第一の天剣・勇者のつるぎミヤビに乗ったわたしが続く。
 擬神ウノミタマがひと噛みにせんと牙を向けるも、アンはひらりとかわし龍体の表面を転がるようにして走り抜ける。この攻撃により黒き中龍の肌に裂傷の線があらわれ、黒くドロリとした体液が飛び散り、「がぁぁっ」とウノミタマが苦しそうな声をあげた。
 これを見てわたしは「イケる! こっちの攻撃がちゃんと通じている」と勇んで、ミヤビにて突撃を敢行。
 空中にて交差する刹那。
 ミヤビの剣身に施された精緻な模様が輝き、刃に白き焔をまとう。
 黒き中龍の横っ腹を真一文字に、斬っ!
 かなりの深手を負わせたのみならず、傷口にて燻る白い炎。ちりちりとウノミタマの身を焦がす。
 でもまだわたしたちの連撃は終わらない。いつの間にかミヤビよりずっと後方へとのびている紅い紐のひらひら。
 それは第五の天剣・月のつるぎベニオが変じている作業着の袖の一部より生じたモノ。
 紐の先に結ばれてあったのは巨大な蛇腹の破砕槌、第三の天剣・大地のつるぎツツミ。
 高速飛行するミヤビにグンっと引っ張られ、存分に加速した破砕槌。勢いのままに黒き中龍の顔面にぶち当たる。その瞬間、ツツミの自重変化能力が発動!
 いつもは取っ手を握るチヨコの身を案じて抑えているけれども、今回はその枷がないので遠慮なし。

 ズゥシン!

 地の底から届くような重苦しいくぐもった音が帝都上空に鳴り響く。
 長い龍体を大きくのけ反らせた擬神ウノミタマ。痛みのせいでのたうち回っている。
 ここまではひょうし抜けするぐらいに一方的な展開。わたしたちが攻め立てるばかり。
 なのに黒き中龍がさっきから執拗にくり返しているのは単純な噛みつきばかり。
 どうやら身に触れただけでは魂や肉体を浸蝕されないらしい。
 それはこっちにとってはありがたい話。けれども、わたしはどうにも解せない。
 たしかにこちらの攻撃は当たっている。手ごたえもある。なのにちっとも勝利が近づいている気がしないのだ。むしろ遠ざかっているような印象すらも受ける。
 ぶっちゃけ抵抗が弱すぎるのだ。
 いかに人造とはいえ神の名を冠する者。さっき自分でも言っていたではないか。いろんなモノを大量に喰らってきたと。
 空飛ぶ巨体というだけでも脅威といえば充分すぎる脅威だけど、これまでにわたしと天剣たちが対峙してきた強敵たちに比べると、いまいち感が拭えない。
 もしかして何か狙いがあるのか?
 だからとて様子見をしている余裕はない。
 いまのわたしたちに出来ることはひたすら攻撃することだけ。
 擬神ウノミタマが何をたくらんでいるとしても、それごと粉砕するのみ!

「まずはヤツを帝都の外へ追い出そう。そうすればこっちも気兼ねなく大技が使える」

 縮んだ紅紐にて手元にやってきたツツミを持って、アンの援護を受けながら突進。
 さらなる追撃を黒き中龍に喰らわせる。
 わたしが大きく振りかぶった蛇腹の破砕槌はまたしても大当たり。
 ガツンと相手を吹き飛ばす。
 ミヤビにて飛び、加速しながらのツツミによる殴打。この攻撃が決まること六度。

「よし! このまま押し切るよっ! そしていっきにトドメを……」

 わたしの言葉が最後まで発せられることはなかった。
 ふたたび殴りかかろうとしたところで、黒き中龍の目が笑っているのが見えたから。
 ゾクリとイヤな予感がして、ハッと気づいたときには眼下に広がっていたのは四方を壁に囲まれた砂地。
 ここは帝国の人間たちが才芽を授かるという得体の知れない場所。そして以前にシャムドと見学に訪れたときに、何者かの視線を感じたところでもある。
 突如として大量の砂塵が渦を巻き吹きあがった。
 上空にいたわたしの視界が一瞬にして砂に埋めつくされる。
 激しい砂嵐。たまらず腕をかざして顔を守ろうとしたところで、後方からグイっと引っ張られた。砂嵐の中からのびてきた何者かの腕により、わたしの身が白銀の大剣より引き剥がされる。

「チヨコ母さまーっ」

 ミヤビがの悲痛な叫びが聞こえたと思ったら、たちまち遠ざかった。
 砂の奔流に呑み込まれ成す術なし。わたしに出来ることといったら固く目を閉じて、息を止めていることだけであった。


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