32 / 57
32 笑う紅蓮
しおりを挟むいつもより食堂内が閑散としています。
といいますか訓練所周り全域にてこの調子です。
なぜならいくつかの隊が街道警邏の出張に出ているから。
定期的に巡回しては賊やらモンスターやらを狩るそうです。なおゲームとかでよくあるモンスターの体が素材になるとかいう、エコロジーな都合のいい話はありません。むしろ放置すると疫病の元になるらしくって、基本的に穴を掘って中に放り込んで、油を撒いた後に燃やして埋める処理が施されるそうです。
そんなわけで騎士たちの姿も少ないので、こちらの仕事も手すきに。第五隊の面々もお出かけ中につき、観察対象不在でちょっと退屈。でもそんな部下たちを遊ばせておくほど、ラメダさんは甘くありません。
「いい機会だから、ここいらで新メニューを開発したいと思う」
彼女が一同に向かってそう言い出しました。
お姉さま方がテーブルを囲んで熱心に話し合われているのを尻目に、下っ端の私はみなの賄いを準備します。賄いは三日ずつの当番制なんですよ。今日は私の番なのです。だからじっちゃんに作ってもらった中華鍋を振るって、じゃんじゃんと炒飯を仕上げていたら、いつの間にか背後にラメダさんが立っていました。
「エレナ、その鍋は?」
「これですか? 煮る焼く揚げるがこなせる万能鍋です。ちょっとクソ重いのがたまに傷ですが……」
説明したら、ちょっと貸して見ろと言われたので場所を交代しました。
鍋を片手に厨房に立つ姿が凛々しい。これを見るとやはり彼女は料理人なのだとしみじみ思いました。
私が両手でうんとこどっこいしょと振っていた鍋を、片手で軽々と扱う姉御。ほんのわずかな時間にて中華鍋の扱いをマスターしてしまい、お米が豪快に宙を舞い踊っております。当然のごとく仕上がった焼飯の出来も雲泥の差に。
私のはしょせん素人が上手に作った品、でもラメダさんのは確かなプロのお仕事でした。どうやら私に本格的な厨房勤務は無理のようです。
中華鍋はラメダさんが気に入ったようなので進呈しました。非力な私の手には余るようなので。なお新メニューの一つに炒飯が決定しました。理由は作るのが簡単なわりに奥が深いからだそうです。
翌日も昨日と似たり寄ったりの流れ。だから私も賄い作りに精を出します。じっちゃんに作ってもらった浅型の大鍋に生米を敷き詰めて、そこに出汁を投入し、上に適当に魚介類を散りばめてぐつぐつ煮て、パエリアもどきを仕上げます。味は好評でしたが大鍋にて作ったせいか、火の通りにムラが出来てしまいそこがマイナス評価、ですがこれも新メニューに組み込まれることになりました。催事用の料理として鍋ごと提供するとの話です。
その次の日は、面倒だったので出汁で風味を効かせたお粥にしました。これが二日酔いのお姉さま方に好評につき、即採用となりました。
そしてお昼時の食堂にて新たな名物が産まれました。
それは高笑いをしながら大きな中華鍋を豪快に振るうラメダさんの雄姿です。
その赤い髪の色とコンロから立ち昇る炎が相まって、ついた字名が紅蓮の料理人。どうやら彼女はハンドルとかを握ると性格が変わるタイプの人だったようです。それがたまたま中華鍋のグリップだったと。
強気なところに更に強気が重なって豪気となった。無双の彼女を止められる者は誰もいません。おかげで調理中の彼女の側には危なっかしくて近寄れなくなってしまいました。しかし焼飯の美味さは本物で、魔女ダリアのせいで幾分下がったうちの売り上げも、見事にV字回復を果たしました。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
970
1 / 4
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる