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37 影に蠢く者
しおりを挟む住処である地下牢でゴロゴロとしていたらキュルルーとお腹が鳴りました。だから作り置きのチェリータルトをモグモグしていたら、またクルルーとお腹がなりました。
はて? いま胃袋に食べ物を入れたばかりだというのに……、不思議そうに自分のお腹を眺めていると、またもやクルルーという可愛らしい音が聞こえてきました。
どうやら音は自分のお腹からではなくて、違う場所から聞えているようです。ですがいくら周囲を見渡せども、どこから鳴っているのかわかりません。
これはまたドリアードさんと同じパターンで、実は精霊さんが! とかいうファンタジー展開かと考え、とりあえず声をかけてみることにしました。
「よろしければご一緒にどうですか?」
どこからともなくシュタっと姿を現したのは精霊さんじゃなくって、クノイチっぽい格好をした方でした。
小柄ですが覆面からのぞく目つきが鋭い。なんでも第七隊に所属する隠密さんなんだとか。ターニャさんの後輩にあたる方です。そしてそんなお方がどうして私の穴倉に潜んでいるのかと訊ねると、それは話せないと。
そこでチェリータルトだけでなく、桃と林檎のタルトも差し出すと、あっさりと私を見張っていたと白状しました。
こんな食堂勤めの小娘に隠密が何用、もしやフォークロアの泉でドリアードさんから聞かされた知ってはいけない王家の秘密が原因かとも勘ぐりましたが、違いました。たんに第三王女や伯爵令嬢と付き合いが深いので、こうやって定期的に身辺調査が為されているだけだったようです。
これは私だけでなく彼女たちの周辺にいる全員が対象なのだそうです。アシュリーちゃんはともかく、ルディアちゃんは確かにちょっと危なっかしいですから、これも必要なことなのでしょう。貴人には貴人なりのご苦労もあるようですね。
紅茶とタルトを囲んで、クノイチさんとしばし歓談をしていると、その中で色々と面白いお話も聞けました。「ここだけの話だが……」と一段声を潜ませたクノイチさん。
なんでも次の武闘大会で大きくことが動くというのです。
動くというのは、もちろん近衛の第五隊のメンバーたちについてです。
どうやらクラウセン隊長は着々と魔女ダリアに絡めとられているようで、それを見かねたカイン副長がついに腹をくくったらしく、今度の大会で優勝したら告白すると決めたようです。
いやいや、そんな面倒な真似をしなくても直接行けよ、と私なんぞは思うのですが彼は、こんなキッカケでもないと踏ん切りがつかないのでしょう。兄弟子として慕い、上司として慕い、男として慕い、一人の人間として慕う。そんな相手を陰日向にて一途に支え続けてきたカインさん。複雑な心情ゆえの自縄自縛、本当に不器用な人です。
大会参加を表明したカインさんに呼応してアデル君も名乗りをあげました。こちらは堂々とカインさんを試合で打ち負かした後に、自分の想いを伝える覚悟のようです。
更にレストも動くみたい。こちらは勝っても負けても告白するんだとか。祭りの雰囲気に流されて、を目論んでいるようです。ちょっとこすい気もしますが、それもまた恋の駆け引き大戦略。
やたらと第五隊の内部事情に詳しいクノイチさん。どうやら日常的に彼らに張り付いては、その動向を見張るのもお役目らしいです。そういえば近衛の隊が動くときには密かに監察官がお目付け役としてついて行くという話でしたね。もしかしたら彼女はその役目も担っているのかもしれません。
「そうですか……、それにしてもレスト以外は自分が勝ち残るのが前提なんですね。すごい自信です」
「実際にあの二人は強い。予選でかち合うか、よほどの不測の事態でもない限りは本選出場は確実。レストもそこそこ、組み合わせ次第でいい線いくだろう。ただし」
「?」
「今大会は未確認情報ながらも剣聖が出場するとの噂もある。あと流星も」
「剣聖はなんとなく意味がわかるのですが、流星とは」
剣聖とは伝説級の大剣豪。数多の大会にて優勝を掻っ攫ったくせに、俗世に交わることを好まず、気まぐれに各地を放浪しているんだとか。そして流星とは仮面をかぶった謎の女冒険者のことで、こちらも伝説級の逸話がゴロゴロの方なんだそうです。しかしここ数年ほどは、ぱったりと消息を絶っていたという。一体どこで何をしていたのやら、まさか魔王と戦っていたとか! なーんてね。
「うん、魔王? いるぞ。海を渡った東の大陸を支配している。でも良い奴みたいだから闘いとかはないと思うが」
ここにきて、またファンタジー要素が加味されましたよ。いたんだ魔王……。
しかしあまりにも遠すぎて関係ねえ。やはり私と異世界要素とは縁が薄いようです。
こうしてたらふく有益な情報を垂れ流したクノイチさんは、満ちたお腹とお土産のミクル飴の詰まった瓶を持って、現れた時と同じようにシュタっと消えてしまいました。いろいろと問題点はあるものの、彼女の隠形の技術は本物です。なにせ騎士たちに一切存在を悟られることなく、すぐ側で見張りを続けていられるんですから大したもの。私ごときに居場所が皆目見当がつかなかったのも納得ですね。
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