聖なる剣のルミエール

月芝

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24 勇者の故郷 Ⅰ

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 帰郷までに約一ヶ月ほどの旅路であった。
 かつて村を出て王都まで向かう際には数ヶ月もかかったのだが、勇者の体とは本当に頑強なものである。
 二十年ぶりに戻った故郷の村はまだ辛うじて原型を留めており、思いのほか植物の浸蝕も受けてはいなかった。元々、険しい環境ゆえに獣やモンスターもめったに姿をみせない地域なので、入り込んで荒らされることもなかったようだ。
 
 共有の井戸のある中央広場には雑草が生い茂っている。
 かつてはここで毎日のように村の女たちが飽きもせずにお喋りに興じていたものである。
 広場を中心にして、周囲に円を描くように配置されている家々は、どれもそっくりな見た目と造りをしている。これはいざというときの修繕がしやすいため。辺境ではよくことだ。
 井戸にはきちんと蓋がされていたので、内部にホコリや落ち葉などが紛れ込むこともなく、綺麗なままであった。この分ならばすこし水を掻き出せば問題なかろう。
 
 記憶にある情景と見比べながら、廃村の中を見て回る。
 情景の中で一緒に笑ったり泣いたりしていた者たちは、もう誰もいない。
 みな流行り病であっさりと逝ってしまった。あまりの呆気なさに、子供の頃の私は「命とはそういうモノ」と思い込むことで悲しみを乗り越えたものである。
 墓はない。死ねば燃やして灰と残った骨を地面に穴を掘って埋めてお終い。大地より生まれた命は死して大地に還る。これもまた辺境の文化だ。だから故人を偲ぶのは心の中でだけ……。
 
 家々は大半が朽ちており崩れているものの、数戸は少しマシな状況。
 さすがにそのまま住むわけにはいかないが、使えそうな箇所を寄せ集めればなんとかなりそうである。
 辺境民は自給自足が原則なので、畑仕事から狩り、大工、鍛冶の真似事まで幼少期から体験させられるので、私も一通りはこなせる。
 ガッチリとした体躯の父親は、母親に似てどこか線の細い私のことを心配して、小さい頃から厳しく仕込んでくれたので、自分で云うのもなんだがそこそこの腕前だと自負している。
 王都での結婚を機に家を購入した際にも、内部や外壁などの手入れを自ら行った。
 あの時は珍しくシーラが褒めてくれたものである。
 そういえば彼女は元気にしているだろうか……、私が王都を発つ頃にはすでに離縁の手続きは完了していた。出張から戻ったルイの奴とうまいこといくといいのだけれど。

 かつて畑があった土地も見て回る。すると人の手がなくなったのにも関わらず一部の作物が逞しく自生して残っていた。先祖たちの努力の結晶がわずかながらに息づいている姿を見て、私は少しだけ胸の奥が熱くなった。
 ぐるりと村や近辺を周って、最後に自分の家があった場所へと足を向ける。
 少し村外れの森の近くにあった家は、ものの見事に朽ちて一部の残骸を残すのみという有様であった。森に近い分だけ湿気などの影響を強く受けたようだ。一本だけ立って残っていた柱を蹴ると、足の裏から軽い感触がかえってきて、柱はポキリと半ほどから折れてしまった。内部にまで水気が及んでおり、これでは薪にも使えそうもない。

 今後の方針を考えながら広場へと戻る。

「土はまだ生きているか……、とりあえず広場の草を刈るか。なんだか鬱陶しいし」

 そう言って聖剣を鞘から抜く。

《また草刈りですか……、いい加減に自分が鎌になった気分ですよ》

 心底、うんざりしているといった調子でボヤク聖剣の声が脳裏に聞こえてくる。
 実際に村まで戻る道中で散々に草木を刈ったのだから、それもしようがあるまい。
 だからとていちいち手でなんて抜いていたら陽が暮れてしまう。
 ゆえに私は無視して、剣で地面を薙ぎ払う。
 ほんのひと薙ぎにて発生した斬撃が走り、我が物顔で広場にのさばっていた雑草どもを駆逐していく。五回ほど繰り返せば、もうあらかた刈り尽くして、足下が随分と明るくなっていた。この調子で村の主だった場所の雑草を始末していく。
 二時間も経つ頃には、とても廃村だったとは思えないほどに、村の内部は小奇麗になっていた。

「刈った草は集めて干し草にするとして、あとは寝床の準備だな。畑の方は明日にしよう」

 草刈りを終えた私は、今度は比較的無事な家を見繕って住居と定めると、ここを修繕するのに必要な資材を集めるために、村の家々を漁り始める。
 壊れ具合が酷い家は聖剣の一撃にて完全に破壊して、木材は燃料とすることにした。
 板や柱、釘などまだまだ使えそうなモノを集めがてら、不要となった家を破壊して回っていたら、気がつけば随分と見はらしが良くなっていた。

「少し調子に乗り過ぎたか……、でもボロ屋を残して置いても見栄えがよくないしなあ」
《いいのではないですか。どのみちガトーしか住む者はいないのですから。いわば村全体が貴方の私有地みたいなものでしょう》
「あー、そういえば領主兼唯一の住人だったな」

 そういえば私は土地持ちの領主である貴族であったのだな。
 すっかり忘れていたよ。



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