460 / 1,029
460 渡月橋黒の惨劇事件
しおりを挟むはるかいにしえより日ノ本の中心であった千年王都。
幾多の戦乱の時代を経て栄枯衰退を繰り返すも、そのたびに不死鳥のごとく蘇る。
積み上げし圧倒的歴史は他の追随を許さず。
経済や政治の中心が江戸幕府以降、東の地に移ったいまであってもココロの拠り所としてなお君臨し続けている。
いわば魂に刻まれた場所、それが京都。
古来より魑魅魍魎が跋扈し、人化けした毛玉どもも多数まぎれ込んでおり、修学旅行生やら観光客がうごうご。
華やかで雅な地ではあるが、人界・動物界・鬼界・妖界、各々の勢力がどっしり根を降ろし、お互いの動向を見張るかのような緊張感を保つことで、どうにか平穏を保っていることを知る者は存外に少ない。
その混沌とした様をして「魔都」と呼ぶ者もいる。
◇
長い歴史を誇る地だけに、その均衡が崩れて騒動が起こることはままあれども。
近々にて記憶に新しいのは半世紀ほど前に起きた「渡月橋黒の惨劇事件」である。
揉め事の中心にいたのは一匹の雌タヌキ。
名を葵といった。
三大タヌキの一雄・淡路の芝右衛門の家系に連なる者にて、そこの女子にのみ継承される狸是螺舞流武闘術の遣い手。
歴代最強との呼び声のままに西日本各地で武勇伝を山ほどこさえ、若くして「蒼雷」の二つ名を持つ葵。
そんな彼女が満を持して乗り込んだの魔都であった。
千年王都は表向き「おいでやすぅ」とにこにこ愛想がいいわりに、裏では余所者を「けっ、この田舎もんがっ。しっしっ、気安く近づくんじゃないよ。肥溜め臭いのが移ったらどうしてくれるのさ」とかなーり格下あつかいして、見下している。
ましてやそんな相手に自慢の街を我が物顔で闊歩され、穢されてはたまらない。
ゆえに外部からの闖入者には、ことの他目を光らせていたりもする。
いつしか京での葵の一挙手一投足にみなが注目するようになってゆく。
けれども当の葵はのんびりしたもので、都見物がてら生八つ橋や千枚漬けをむしゃこら、ときおりこの地に根を降ろす毛玉どもの道場に顔を出しては稽古をつけてもらったり、鴨川の中州での果たし合いに応じたり……。
とにかく葵の滞在目的がはっきりしない。そのくせだらだら長逗留にて腰をあげない。
やんわり京都流のイヤミをぶちかましても、ちっともこたえない。
「お茶のおかわりどうどすかぁ」
「おう、悪いな。もらおう。ついでにお茶請けの追加も頼む」
ときたもんだ。
言葉の裏を読まず額面通りに素直に受け取るから、かえってヤブヘビになる。
こうなると馬鹿と正直者はやっかいだ。ピリリと辛い山椒のごとき頓智もまるで通じず。
「ならばもういっそのこと放っておけ」
と言いながらもやはり気になる。そしていったん気になりだしたら、余計に気になって意識して深みにはまる。
恐怖とは未知と無知から派生するもの。
ひとり相撲が疑心暗鬼を産み、否が応にも高まるピリピリムード。
そんな動物界の緊張を敏感に察し他の勢力も葵の動向に注視する中にあって、真っ先に沈黙を破ったのが妖界。
「おい、聞いたか? 都中の動物どもが一匹の雌のタヌキに怯えておるそうな。なにかと小生意気な毛玉ら。そいつをビビらせるとは愉快痛快。どぉうれ、退屈しのぎにひとつそのタヌキの面を拝んでやるとしようか」
さっそく山奥より連れだって下界に降りてきたのは、カラス天狗たち。
自慢の黒翼を駆使し持前の機動力を活かし、都の空を手分けして飛び回る。
そのうちに仲間のひとりから「嵐山の方にそれっぽいやつがいた!」との報告が入ったもので、ぞろぞろと出向くことにしたのだが……。
◇
カラス天狗どもが群れをなして嵐山の方へと飛んで行けば、眼下の渡月橋をトテトテ歩く小娘がひとり。
それがタヌキが化けたものだと、ひと目で見抜いたカラス天狗たち。
いきなり空から舞い降りては前後を囲み「おまえが葵とかいうタヌキの娘か?」と居丈高にたずねたところ、返答のかわりに飛んできたのは右の膝頭であった。
まさかの飛び膝蹴り!
もろにアゴ下に喰らったカラス天狗の者は「ぐはっ」と悶絶。白目をむいて大の字にのびてしまう。
そいつを蹴転がして脇へとどけつつ、葵が言った。
「いきなり『おまえ』呼ばわりしたあげくに、だいの男が寄ってたかって女ひとりを囲むたぁ、いったいどんな了見だい? ことと次第によっちゃあ、ただじゃあすまさないよ」
かくしてファーストコンタクトに失敗したことを発端として始まった、タヌキ対カラス天狗たちの乱闘。
当初、カラス天狗たちは「いくら強いといってもたかが雌のタヌキ一匹、我ら天狗の敵ではないわ」と高をくくっていた。
けれども次々と倒されていく仲間たち。そればかりか無惨に羽をむしられては、丸裸にするご無体まで。なんたる破廉恥!
「なんだ、このタヌキ! めちゃくちゃ強いぞ。いかん、このままじゃまずい。おい、誰か、すぐに山にいって応援を呼んで来い」
仲間の窮地と聞いておっとり刀で駆けつけたカラス天狗たちの総数はわからない。
ただ空の月が集いし黒き翼によって隠れたと伝わっている。
乱闘が大乱闘へとなった。
あまりの乱痴気騒ぎっぷりに嵐山の渡月橋がギチギチ悲鳴をあげて、あわやバタンと倒壊しかけたとかいないとか。
多勢に無勢何するものぞ。
天下無双の蒼雷。桜舞い散る月下にて群がるカラス天狗どもを相手に大立ち回り。桂川をむしったカラス天狗どもの羽で黒く染めた。
葵にけちょんけちょんやられたカラス天狗たち。
そのダメージは深刻にて、一時期、都での彼らの権威は地に堕ちる。嘲笑の的となり、あまりの恥ずかしさに居たたまれなくなって、しばらく下界遊びが出来なかったほどである。
いや、ちょっと待て。
あれは抜かれた羽がふたたび生えそろうまで、空をろくに飛べなかったせいであったか?
◇
そして時は流れて現代へと。
先の不法投棄業者の一斉摘発。これに同行していたのは監査役のカラス天狗のうちの一人。
上空より小悪党どもが捕縛される様を高みの見物と洒落込んでいたのだが、その目が現場に居合わせたとあるおかっぱ頭の少女へと釘づけとなった。
「げげっ、あれはにっくき蒼雷! ……いいや、あれからすでに数十年経っているから歳が合わぬか。だとすれば縁者か。それにしてもよく似ている。とすればあれが近頃評判の二代目であろう。ウーム」
まったく期せずして交わった過去と現在。
これにより新たな騒乱の火ぶたが切って落されることとなる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます
難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』"
ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。
社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー……
……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!?
ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。
「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」
「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族!
「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」
かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、
竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。
「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」
人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、
やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。
——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、
「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。
世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、
最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕!
※小説家になろう様にも掲載しています。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
蔑ろにされましたが実は聖女でした ー できない、やめておけ、あなたには無理という言葉は全て覆させていただきます! ー
みーしゃ
ファンタジー
生まれつきMPが1しかないカテリーナは、義母や義妹たちからイジメられ、ないがしろにされた生活を送っていた。しかし、本をきっかけに女神への信仰と勉強を始め、イケメンで優秀な兄の力も借りて、宮廷大学への入学を目指す。
魔法が使えなくても、何かできる事はあるはず。
人生を変え、自分にできることを探すため、カテリーナの挑戦が始まる。
そして、カテリーナの行動により、周囲の認識は彼女を聖女へと変えていくのだった。
物語は、後期ビザンツ帝国時代に似た、魔物や魔法が存在する異世界です。だんだんと逆ハーレムな展開になっていきます。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます
なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。
だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。
……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。
これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。
特別。
月芝
ホラー
正義のヒーローに変身して悪と戦う。
一流のスポーツ選手となって活躍する。
ゲームみたいな異世界で、ワクワクするような大冒険をする。
すごい発明をして大金持ちになる。
歴史に名を刻むほどの偉人となる。
現実という物語の中で、主人公になる。
自分はみんなとはちがう。
この世に生まれたからには、何かを成し遂げたい。
自分が生きた証が欲しい。
特別な存在になりたい。
特別な存在でありたい。
特別な存在だったらいいな。
そんな願望、誰だって少しは持っているだろう?
でも、もしも本当に自分が世界にとっての「特別」だとしたら……
自宅の地下であるモノを見つけてしまったことを境にして、日常が変貌していく。まるでオセロのように白が黒に、黒が白へと裏返る。
次々と明らかになっていく真実。
特別なボクの心はいつまで耐えられるのだろうか……
伝奇ホラー作品。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる