おじろよんぱく、何者?

月芝

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461 消えたタヌキ

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「ちょっと桔梗ちゃんと京都に行ってくる」

 そう言っていそいそ出かけた芽衣。
 なんでも伏見にある狐崑九尾羅刃拳の道場の稽古に誘われたとかで、ろくにありもしない胸を貸し、いい汗をかいたあとには、キャッキャと連れだって京都スイーツ巡りをしてくるんだと。
 おれなんぞは京都の甘味といえば、やたらとニッキ風味(甘い香りに辛味を持つ香辛料。肉桂の根皮から作られる。日本版シナモンみたいなもの)がキツイ生八つ橋か、細い竹筒に入った羊羹ぐらいしか思いつかない。あとは見た目ばかり凝っていて味がいまいちな茶菓子とか。

「若いのにずいぶんと渋好みだなぁ」

 おっさんがそう言うと「ふっ」と芽衣が鼻でせせら笑ったものである。

「遅れているどころか、三周ぐらい周回遅れもはなはだしい。いまや京都といえば古今東西のスイーツが集まる甘味の一大聖地といっても過言ではないんですよ、四伯おじさん」

 世界中から観光客が集まり過ぎて、いまやオーバーツーリズム問題に頭を悩ませている京都。
 人出の多さを見越して甘味処が出店ラッシュ。

 だというのに税収はいまいち振るわない。
 なにせ観光客の大半が押し寄せるのは歴史ある寺社仏閣。でもって寺社仏閣が税金にていろいろ優遇を受けているのは周知の事実。
 加えて誇るべき歴史こそが重たく地域にのしかかっている。
 地面を掘ったら出るわ出るわの埋蔵文化財、そこかしこに溢れる有形文化財、それらの管理にかかる費用を地方自治体が負担せねばならないのだが、これがとんでもなく莫大!
 せっかくのお宝なのできちんと博物館なり専用の施設を建てて、しっかり守りつつ収益につながるように展示したり、貸し出したりすればいいものを、そういったことは不得手なのか後回しにしてズルズルと現在にまできてしまった。
 そのツケが巡りめぐって、どっと押し寄せているのがいま。
 観光での収益がちっとも税収増加に反映されず、かさむのはインフラ整備の出費ばかり。
 景気がいいのは見た目ばかりにて、実態をちっともともなわない。
 住民たちからは「快適な市民生活が脅かされている」との不平不満が噴出し、開発するにも法律でがんじがらめゆえに、これを厭うて新規に参入する者があらわれない。
 よしんばあらわれたとて都流の出迎えを鼻白んですぐにそっぽを向かれてしまう。

 すっかり自縄自縛状態に陥っている千年王都。
 一方で、ほんの電車でニ十分足らず西へと向かった高月の地のなんとのんびりしたことか。
 大坂と京都の狭間に位置しており、目立った特産や名物がない地ゆえに観光客はみな素通りするものだから、とっても平和。
 やっかいな規制とかもないからタワーマンションなどの高層建築もばんばん建っちゃう。
 いや、より正しくは「建てられる」だな。
 この頃、ちらほら増えてはいるものの、さすがに大坂の中央に比べたら、ばんばんというほどでもない。せいぜいちょぼちょぼといったところ。
 でものんべんだらりと生きるのには、これぐらいが丁度いい。

  ◇

 芽衣が京都に行くと言って出かけたのが土曜日の朝。
 翌日も探偵助手のバイトはお休みになっていたので、芽衣が次に顔を見せるのは月曜日の放課後ということになる。
 先の不法投棄業者の一件を片づけてから、すっかり手持ち無沙汰となっている尾白探偵事務所。
 これは探偵業あるある。依頼が立て込むときはとことん立て込むし、さっぱりなときはさっぱり。
 だから焦ってもしようがない。
 だらだら果報は寝て待てにて、おれは事務所でだらだら過ごす。

 昼過ぎに事務所の電話が鳴った。
 相手は芝生綾。
 高月東高校の国語教師。近所の優しいお姉さんタイプにて「綾ちゃん先生」と生徒たちから慕われている。だがじつは高月に古くから住む忍びの末裔にして、その血にはケモノを使役するチカラが流れている。
 さいわいなことに術の伝承はとっくに途絶えており秘伝書も失せ、当人も「なんとなく動物に好かれる性質だなぁ」ぐらいにしか考えていないが、動物界はそのチカラを非常に危惧しており、悪用されぬようにと周囲にそれとなく警護を配置している重要人物。

 ちなみに感受性豊かなおれとの相性は最悪。
 こういう風に電話でやりとりする場合は問題ないが、至近距離での対面はヤバい。とたんに彼女のフェロモンでメロメロにされてしまい、ろくすっぽ思考が働かず、意のままとなってしまう。
 だからおれは極力彼女との接触を避けている。
 けれどもあまりにも露骨に避けるものだから、綾ちゃん先生がちょっと気にしているらしい。
 とは、芽衣より聞いた話ではあるがいかんともしがたく……。
 そんな綾ちゃん先生が開口一番。

「本日、洲本さんが欠席なされているのですが、どうかされたのでしょうか」

 芽衣は故郷の淡路島より飛び出し、高月にてひとり暮らしをしつつ学校に通っている。
 他の生徒たちとはやや異なった環境ゆえに学校側も何かと気にかけてくれているからこその、保護者となっているおれのところへ連絡してきた次第。
 綾ちゃん先生の口から「携帯電話にも繋がらない」と聞かされて、おれは目が点になった。


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